第4話 セシリアの涙と亜人差別

 食事を終えた俺たちは会計を終えて、馬車へと向かう。その途中、人通りが少なくなったところで三人組のゴロツキが声をかけてくる。

 どうやら店内にいたようで、不用意に金貨を見せたことがいけなかったようだ。要するにカツアゲですね。何年ぶりだろう?


「ちょっと面貸してくんないかな?」


 どうしたもんかなぁ。俺とティナさんだけなら人通りの多い場所まで逃げられるけど、今はセシリアもいるし……


(ゴウ、誘いに乗るぞ。治安維持も騎士の勤め、私がカタをつける。セシリアも大丈夫だから安心しろ)


 おお、超イケメン。ティナさんは自分で強いって言うくらいなんだからヤバイんだろうな。お手並み拝見といきますか。

 俺はティナさんに頷くと、ゴロツキどもについていく。セシリアの不安を紛らわせるために、声をかけるのを忘れない。


 五分ほど歩くと、いかにも治安の悪そうなスラムって感じの場所に出る。

 町並みを見渡すとあばら家だらけだし、こちらに視線を向けてくる住人たちは一様にボロを着ている。

 大通りを通っているときは小綺麗な町だと思ったけど、やっぱり大きな町にスラムは付き物なんだろうな。


「セシリア、ご苦労だったな。こっち来い」


 ……え?俺は目の前のゴロツキが言っている言葉の意図を掴めずに、セシリアを見る。それはティナさんも一緒みたいだ。


「……お兄ちゃん、お姉ちゃん……ごめんなさい、私……お金無くて困ってたら……分け前やるから、お金持ってる人を呼ぶの手伝えって言われて……ごめんなさい」


 セシリアがポロポロと涙を流しながら告白する。

 俺とティナさんは目をあわせて頷きあう。俺たちはセシリアを責めるつもりなんて毛頭無い。だってそうだろう。セシリアは生きるために仕方なくやって、それを今後悔している。セシリアは今ならまだ引き返せる、それなら何の問題も無いんだ。


「残念だけどセシリアは俺とティナさんの妹だからな。お前たちの元になんか返してたまるか!」


「その通りだな、残らず潰してやる。かかってこい」


 セシリアが俺たちの言葉を聞くと、ペタンと座り込んで声を上げて泣き始める。妹を泣かせやがって……許せん。

 その泣き声を合図にゴロツキどもが、本当に斬れるのかって言うくらいサビサビのナマクラを振り上げて襲いかかってくると、ティナさんが腰に下げていた輝く剣を抜き放ち迎え撃つ。


「ゴウ、セシリアを頼むぞ!」


「分かった、ティナさんも気を付け……」


 俺が言葉を終えるまでもなく、ティナさんは襲いかかるゴロツキの剣を弾き飛ばしていく。なかには真っ二つに折れているものもあり、力量も武器の格も全く比較にならない。

 武器を失ったゴロツキどもは、驚愕の表情を浮かべながら距離を取ると、完全にやられ役の言葉を発しながらティナさんに殴りかかる。


「ちょっと武器がいいからって調子にのってんじゃねえぞ!」


 まあ確かに武器はティナさんのほうがいいもの使ってるけど、動きが全然違うじゃん。勝てると思っているのか?

 ティナさんもその言葉がちょっと癪に触ったようで、剣を納めて徒手で相手をする。


 一人目、右のテレフォンパンチを叩きつけようとするが、現役の騎士様にそんなものが当たるはずもなく、左手でその軌道をずらす。そして男が前につんのめったところを鳩尾に膝蹴り。あれは痛い、そして呼吸が出来ないはずだ。案の定、男は妙な呼吸音を出しながらもんどりうっている。


 二人目、少しは心得があるのか、サウスポースタイルに構えてジャブを出してくる。なかなか様になっているので、ボクシングみたいなものがあるのかもしれない。だがジャブのリーチなどたかが知れている。

 ティナさんは女性としては背が高く、恐らく百六十五センチくらいあるだろう。相手のジャブにあわせて前蹴りを金的に叩き込む。

 俺はおもわず『ひえっ』と声を上げて、自分の金的を押さえる。男は泡を吹いて気絶、ご愁傷さまです。


「ゴウっ!!」


 俺が二人目の男に手を合わせていると、三人目の男が俺を目掛けて一人目と同じように右の大振りをしてくる。

 ティナさんには敵わないと思ったんだろう。その判断は間違いじゃないけどね。


「よっと」


 俺は右足の位置を一歩右斜め前にずらして軸足を決めると、左の上段廻し蹴りを男の顎に叩き込む。

 男は糸の切れた操り人形のごとく、膝から崩れ落ちる。おっと、うまく入ったね。あれって俺も経験あるけど本当に落ちるんだよねぇ。


「ゴウ!大丈夫か?お前、戦えたのか?」


「え?俺は戦えないなんて一言も言ってないけど?」


 子供の頃から空手をしてたから、こんなゴロツキ程度には遅れを取ることはない。まあ実戦は初めてだからうまく行きすぎな気はするけどね。


「そ、そうか。全く、肝を冷やしたぞ」


 ティナさんが心配してくれるなんて嬉しいね。


「ありがとう、ティナさん」


「あ、ああ、無事ならそれでいい」


 また顔を赤くするティナさん。お礼とかも言われ慣れてないんだろうな。


「セシリア、大丈夫か?」


 俺とティナさんが泣きじゃくっているセシリアの顔を覗き込むと、俺の体に手を回して抱きついてくる。


「セ、セシリア?」


 思わぬ美少女からの抱擁にどぎまぎしてしまう。言っておくが女性経験が無いわけではないですよ?


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。私……本当に一緒に行ってもいいの?」


「当たり前だろう?セシリアはまだ子供なんだから気にするな」


 俺の言葉にティナさんもうんうんと頷き、同意を示す。


「でも私、これでも十六歳だから大人だよ?」


 ……え?俺いま十六歳の女の子に抱きつかれてるの?十歳くらいなら、まあ子供だからで済んでたけど……ほーん、十六歳……


「ご、ご、ご、ごめん!てっきりもっと若いのかと!」


「ううん、私ハーフリングだから。そう見えても仕方ないよ」


「ハーフリングか……私も初めて見るな……まあセシリアは可愛いから問題ないな」


 ティナさん受け入れるの早いね?まあ確かにそれでなにか問題があるわけでもないか……

 でも人間以外の種族に対する差別とかってあるのか?


「俺も問題ないよ。でも人間以外の……亜人って言えばいいのかな?差別とかってあるの?」


 俺の言葉が二人の表情に影を落とす。


「ある、と言ってもこの王都だけだ。今の王が亜人嫌いでな。即位したときに人種隔離政策を始めたんだ。その結果亜人は表向きはこの町から姿を消した。だが実際には、ここのようなスラムには今でも多くの亜人が住んでいる」


 ティナさんの説明のあとに、セシリアがぽつぽつと自身の経験を語る。


「私たちもずっと普通に王都で暮らしていたの。だけど人種隔離政策が始まって、その後に疫病が蔓延して……だけどすぐに治療を受ければ助かる病気だったんだよ!?でも……亜人は治療を受けることは出来なくて……」


 俯いたまま話してくれるセシリアが不憫で、俺はその背中をさする。しかしあのクソ王は本当に胸糞悪いな。


「ティナさん……もしかしてその疫病って……」


「……ゴウの言いたいことは分かるがな、証拠がないんだよ。滅多なことは言わない方がいい、不敬罪になる」


 ティナさんが肩を落とす。正しくあろうとする彼女にはその事実は残酷だろうな。国民を守るはずの為政者が亜人の間引きを行う。確たる証拠はなくとも、今の王国への忠誠心も揺らぎ始めていたんだろう。だから俺の監視役になったのかな?

 しかしとんでもない国に来てしまったなぁ。でも辺境の地に行けばゆったりと過ごせるかな?まあそれも悪くないか。少なくともセシリアにとっては、その方が幸せだろうしね。

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