第3話 水色の女騎士

 俺たちは大衆食堂に入り、日替わりランチを注文する。周りに座っているのは普通の町民の方たちが多いみたいだ。そんな中で俺たちの格好は目立つ。

 ちなみに入店したときには、それはもう怪訝な目を向けられましたよ。はい。

 俺はジャージ、騎士さんはフルプレート、セシリアは薄汚れた給仕服。どう見てもまともな客じゃない。

 金はあるからと、もらった金貨をチラッと見せてやっと入れた次第だ。


「そういえば騎士さん、お名前は?」


 俺が質問をすると、騎士さんは徐に兜を外す。

 予想通りの美人さんだ。水色のショートヘアーに、エメラルドの瞳。もとの世界ではコスプレ以外ではお目にかかれない色だが、なんの違和感も感じずに美人だと思える。


「私はティナだ」


 ぶっきらぼうな態度と、眉間に寄ったシワのせいで美人さんが台無しだ。


「よろしくね。ところでティナさんに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「なんだ?」


「多分ティナさんってかなり男嫌いだよね?でも騎士なんて男だらけじゃん。なんで騎士なんてしてるのかなって?」


 ティナさんにキッと睨まれ、思わずヒッと声を出しそうになるが、なんとか耐えられた。

 ふぅと息を吐いたティナさんが、少しずつ理由を話してくれる。


「まずは男嫌いの理由だが……自分で言うのもなんだが、私はメチャクチャ強いんだ」


 おっと、いきなり自慢話ですか?


「言っておくが自慢話をするわけではないからな」


 再び俺を睨むティナさん。強くて読心術持ちってやばすぎませんか?


「話を戻すぞ。なのに私は女だからという理由で出世できんのだ」


「ふーん、なんで?」


「この国は平然と性差別が行われているんだよ。女性が要職に就くことなどあり得んのだ。騎士団の男どもはそれを理解していながら、私をいつまで経っても平の騎士だとバカにしてくる。嫌いにならない方がおかしいだろう?」


 ふぅむ、まあもとの世界でも女性参政権とか認められるまでには時間かかってたし、おかしくはないのか?

 ハルナちゃんと、リンちゃんは大丈夫なんだろうか?……まあ要職に就くんじゃなくて戦うだけだから関係ないか。


「じゃあ何で上がり目のない騎士なんてやってるの?」


 俺の質問に、ティナさんは拳を握って立ち上がり、力強く宣言する。


「私はこの国の現状を変えたいんだ!絶対に誰もが認めるほどの手柄を上げてやる!女だからという理由で昇進できないなんて絶対におかしい!そういう声が上がるほどにな」


「「おぉーーー」」


 その宣言に俺とセシリアだけでなく、他のテーブルのお客さんからも拍手が送られる。どうやら女性を差別しているのはお偉いさんだけで、庶民にはそんなものは関係無さそうだ。


「お前は笑わないんだな?」


「え?何か笑うポイントあった?今のってもしかして冗談とか?」


 俺の言葉を聞いたティナが目を丸くして、笑顔を見せる。うん、やっぱりキリッとした美人さんもいいけど、俺は笑ってる顔がいいね。


「もちろん本気だ。だが一度騎士団でこの話をしたときには大笑いされたよ」


「ふーん、でもここのお客さんは笑わなかったでしょ?庶民からすれば優秀な人が上に立った方がいいに決まってるんだよ。性別なんて関係ないって。な、セシリア?」


「はい、私もそう思います。ティナさんは格好いいと思います!」


 セシリアがキラキラした目でティナを見ている。確かに美人さんで強いとなれば、女性からみれば憧れの的だろう。


「そうか、ありがとう二人とも」


「ティナさんは笑ってる方がいいんじゃない?せっかく美人さんなんだし、きっと味方も増えるよ?」


「なっ、何を!?」


 ティナさんが顔を真っ赤にする。もしかして言われなれてないのかな?そこら中で言われそうなものだけど。


「はい、ティナさんは笑っているほうが素敵です」


 セシリアの掩護射撃もあり、ティナさんの顔がますます赤くなり、もはや耳まで真っ赤だ。


「し、しかしヘラヘラしていると思われて、甘く見られないだろうか……?」


「それなら大丈夫だと思いますよ?今まで通り仕事の時はキリッとしていて、普段の時は柔らかい表情を見せれば男なんて手玉にとれますって。それに、もし上に立ったときに、話しかけ辛い人だったら部下が困りますよ?」


「た、確かにその通りだな。つまり上に立つことがゴールではない、そういうことだな?」


 ティナさんがハッとした表情を見せる。


「ええ、そういうことです!ティナさんが上に立って立派に職務をこなせば、女性の地位も向上するはずですよ」


「ありがとう……ゴウはいい奴だな。実を言うと、気を張ったままでいることに、少し行き詰まりを感じていたところだったんだ」


 柔和な表情を見せるティナさん。頬が熱を持つのを感じる。だって美人さんのこんな顔を見せられたら、ドキドキするのも仕方ないって。


「あはは、そりゃあ気を抜くときがないと、疲れちゃいますって」


 照れ隠しに笑っていると、ようやく日替わりランチがテーブルに届けられる。

 ほほう、これが黒パンというやつだな?確かライ麦で作るんだっけかな。一緒に出てきた野菜スープに浸して食べたりすればいいのか?


「ゴウは黒パンは食べたことがあるのか?」


「いや、初めてだよ。固いっていうことくらいなら知ってるんだけど」


「ああ、作りたてであればそうでもないんだがな。だからスープと一緒に食べるといい。そのままでは噛みきるのも、飲み込むのも苦労するぞ」


 俺は言われるがまま黒パンをスープに浸して口にする。うん、確かに固いけど大丈夫だ。

 横に座るセシリアを見ると、一心不乱に食べている。余程お腹が空いていたんだろうな。


「セシリア、誰も取らないからゆっくり食べるんだぞ?喉に詰まらすなよ?」


「うん、お兄ちゃん!あ……」


 セシリアが顔を赤くして俯く。そうか、お兄ちゃんがいるのか……でも今どうしてるとか聞いていいものなのか?

 俺がどうしたものかと逡巡していると、もじもじしていたセシリアが意を決してお願いしてくる。


「ゴウさん……えっと……お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」


 ……まあこの先一緒に行動するなら、似てない兄弟ってことにしたほうが都合がいいかもな。


「ああ、いいぞ。その代わり口調もちゃんと兄弟っぽくしてくれよ?」


「うん、ありがとう!お兄ちゃん!」


 おお、かわええなぁもう……


 セシリアが今日一番の笑顔を見せてお兄ちゃんと呼んでくれる。

 今日初めて会った血の繋がらない美少女にお兄ちゃんと呼ばせる。なかなか得難い経験だと思っていると、ティナさんがソワソワしていることに気付く。


「ティナさん、どうしたんですか?」


「そ、その、セシリアさえ良ければ、私をお姉ちゃんと呼んでくれないだろうか?」


 おっと、ここにもセシリアの可愛さに絆された人がいたか。まあ気持ちは分からないでもない。

 セシリアが俺と顔を見合わせて笑うと、その要求に応える。


「いいよ、お姉ちゃん!」


 セシリアにお姉ちゃんと呼ばれたティナさんは、花のような笑顔を俺たちに見せてくれた。

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