第2話 赤髪の少女
俺は三人に別れを告げると、馬車へと放り込まれる。
事実上の追放とはいえ一応は丁重に扱っていますよという体なのか、きちんと馬車で送ってくれる。
「おお、すげぇ……」
思わず声が漏れるのも仕方がない。だってめちゃくちゃファンタジーの世界なのだから。石畳の道、道行く冒険者らしき武器を持った人々、両サイドに広げられた様々な露店。
でも獣人とかエルフみたいなのはいないんだな……密かに楽しみにしていたのに残念。あとみんな小綺麗な格好してるなぁ。
「ねえねえ騎士さん。この町って何て言うの?」
俺の目の前に座る一人の騎士に声をかける。滞在中は俺のそばにいるらしいんだけど、辺境に飛ばされるって左遷だよね?お気の毒さまです。
それにしても何故かこの騎士さん、戦いに行くわけでもないのに全身フルプレートで、顔が見えない兜までしっかり被っている。
怪しいことこの上ないが、御者さんに聞くよりも、目の前にいる彼に聞く方が自然だろう。
「……」
え?無視?そう思ったとき、騎士さんがごそごそと紙を取り出して渡してくる。
「あ、どうも」
俺は騎士さんに怪訝な目を向けながらも、紙を受け取り視線を落とす。
えーっと、なになに?
【ペクトラ王国王都レイリスへようこそ異世界からのお客人】
この紙には経験から聞かれるであろうQ&Aが記載されております
記載無きものに関しましては、別途お問い合わせくださいませ
「なるほど……つまり質問はこれに目を通してからにしてくれと、そういうことですね?」
目の前の騎士さんが無言のまま、こくこくと頷く。返事くらいしてくれてもいいじゃないか……傷つくなぁ。
気を取り直して読み進めていくと、様々なことが分かってくる。
まずは気になっていた読み書きだ。
話が通じていることから、しゃべることが出来るのは分かっている。
えっと……読み書きにつきましては心配ございません。この文章もこちらの世界の文字で書かれていますし、あなたがあちらの世界の文字で書いても魔法の力で伝わります。
おおう、これは便利。一から勉強かぁって覚悟してた俺からしたら、まさしく僥倖でございます。
次は魔法について。
火、水、土、風、光、闇の属性があり、そのいずれにも属さない無属性魔法が存在する。
誰もが得意な属性を持っているが、稀に全属性持ちや無属性の者がいる、か。
そして総じて異世界からの召喚者は強大な魔力を持っており、空間収納(アイテムボックス)はデフォルトで使えるとのこと。
属性はギルドに行けば調べることができるみたいだ。
うん、アイテムボックスはいいね。超便利。でも魔法の適正くらいお城で調べさせてくれればいいのにさぁ、ケチだねぇ……
えっと、次は……
俺が次の項目に目を通そうとすると、馬車が急停止する。
「うわっ!」
「きゃっ!」
慣性の法則よろしく、俺は目の前の騎士さんに突っ込んでしまう。
ん?きゃって言った?男の娘的な?いやいや、普通に考えたら女性ってことか。
とりあえず騎士さんに謝って、何事かと思い外に出る。
「申し訳ありません、この娘が急に飛び出してきたもので」
御者の指差す方を見ると、十歳くらいの三つ編みをした赤毛の女の子が倒れている。
薄汚れてしまっているものの、その出で立ちは食堂の給仕を思わせる
「君、大丈夫かい?」
俺の問いかけに薄目を開けて少女が答える。
「お、お腹空いた……」
行き倒れかな?こっちの世界じゃ珍しくないんだろうか?周りの人も特に気に留める様子もないし。
でも日本という国に住んでいた俺からすれば、さすがにこのままバイバイは出来ないよ。
「帰るとこはないの?」
少女の栗色の瞳が、みるみるうちに涙で一杯になる。
「パパもママもこの前の流行り病で死んじゃった……住み込みでお仕事始めたけど、お皿割っちゃったら追い出されて……」
おお……予想以上にヘビーな環境じゃないか……ご飯でも食べさせてバイバイしようかと思っていたんだが……ていうかお皿割ったくらいで追い出すなんてなぁ。
そしてどうしたものかと、思案したところでグッドアイデアを思い付く。
俺はこの世界のこと全然分からないから、この子に助けてもらうってのもいいかもしれない。あの騎士さん全然喋らなくて怖いし……
幸い金貨十枚持っているし、早く仕事を見つけて節約すれば何とかやっていけるだろう。
「俺は今からデルトイドってとこに行くんだけど、一緒に来る?」
「……いいん、ですか?」
少女は今にも泣き出しそうな目で俺を見てくる。
あ、ヤバい。よくよく見ると、この子結構可愛い。これでは美少女の弱味につけ込むイケない大人だ。かと言って、やっぱりダメですとは言えない状況に既になっている。こうなったら、前進あるのみだ!
「もちろんだよ、俺はゴウ。その代わりと言っては何だけど、訳有ってあんまり常識を知らないから、色々教えてくれると助かるんだよね。いいかな?」
「私はセシリアです……よろしくお願いします、ゴウさん」
しかし、この子こんなに簡単についてきて大丈夫なのか?でもこのままだったら死ぬような状況だったんだから、仕方ないのか……つくづく日本とは全然違う世界だなぁ。
そして騎士さんから物凄い視線を感じるんだけど……兜を被っているので、表情は窺い知れないが、あれは間違いなくガン見してるね。なんなら睨んでいるね。
まあ成り行きとは言え、いきなり美少女を拾ったんだから、女性?としては複雑な気持ちだろう。
て言うか俺だってこの状況を端から見てたら、うわぁって思う。甘んじて受け入れよう。
「御者さん、どこか馬車を止められるところってある?」
「ええ、ここからまっすぐ歩いて五分ほどで駐車場に着きますよ」
きれいな口ひげを蓄えた御者さんが丁寧に答えてくれる。俺が女の子を拾っても軽蔑の目を向けてこない。ザ・プロフェッショナルだ。
「そっか、じゃあそこで待っててもらっていいかな?この子になんか食べさせてあげたいから」
「畏まりました、それではお気をつけて」
「うん、ありがとう。悪いんだけど騎士さんも待っててね。じゃあセシリア、行こうか」
俺が二人に礼を言って、セシリアの手を引いてどこか食事が出来る場所へと向かおうとすると、物凄い力で肩を掴まれる。
「いたっ!……騎士さん、どうしたの?」
「その子をどうするつもりだ?」
あ、やっぱり女性の声だ。俺の少ない経験上、この声はきれいな女性な気がするんだよね。ってそうじゃなくて……どういうことだろう?さっきの説明なら聞いていたと思うんだけど。
「どうするつもりも何も、この子を連れていく代わりに色々教えてもらおうと思って」
「い、色々教えるだと!この不埒者め!」
……これは完全に思い込みの激しいお方だね。大方俺がこの子を慰み物として扱うとでも思っているんだろう……うん、まあ普通はそう考えるかも。
「いやいや、信じられないかもしれないけど、そんなつもりは毛頭無いって!」
「そんなことが信じられるものか!男は皆そうなのだろう!」
この女性騎士さん、きっと男嫌いなんだろうな。だから馬車の中という密室で、己が女だと知られないように頑なに返事をしなかったんだな。でも戦えば普通に騎士さんの方が強いだろうに……
しかし困った。これでは堂々巡り、どこまで言っても平行線のままだろう。
「うーん、じゃあ騎士さんが引き取ってくれる?」
「わ、私は無理だ。実家には頼れないし、ここの住居は寮だからな。だが孤児院にでもいれればいいだろう!」
騎士さんの言葉に俺は成程と思ったが、セシリアがふるふると頭を振って伏し目がちに拒絶する。
「……孤児院は嫌です、私はゴウさんと一緒に行きます」
孤児院が嫌って何故だろうか?よっぽど劣悪な環境なのかな?でも本人がこう言っているんだから、孤児院は無理か。
「じゃあ騎士さんもなるべく一緒にいてよ。そうすれば少しは安心でしょ?」
「……ちっ、仕方あるまい」
騎士さんの同意も得られたので、俺たちは三人で取り敢えず腹拵えをすることにした。
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