エピローク① 兼本賢哉の物語

俺の名前は、兼本賢哉。みんな俺のことを「影の帝王」とか「キング」なんて呼ぶ。高校に入学してから一年で、この学校の裏事情はほとんど掌握できた。

なんで、そんなことをしているかって?そんなことを俺に聞ける奴はこの学校にはいない。そう思っていた。あいつに会うまではな。


あいつと俺の出会いは、高校2年生の春。クラス替えの時だ。一年のとき、俺の意向で、このクラスのメンバーは決定した。ちゃんと、先公に俺の考えたクラスの名簿を渡して置いた。蓋を開けてみれば、今のクラスの9割が俺の選んだメンバーだった。よしよし、ちゃんと言うことを聞く可愛いシモベたちだ。

あいつはその残りの一割のメンバーの中にいた。

里中ゆうき。女みたいな名前。特に変わった奴じゃない。どこにでもいるような至って真面目で普通の奴。顔は、まあまあイケている口だろう。なんせ、全校生徒の過半数が坊主頭の馬鹿猿ばっかだからな。それに比べれば、髪が長いだけでも、違って見える。

俺はそんな馬鹿猿どもとは出来が違う。じゃあ、なんで同じ高校なのかって。そんなの決まっているだろう。一番近い公立高校がここだった。それだけ。

俺には独自のルートが沢山ある。

例えば、不良グループ。こいつらはスポーツ馬鹿よりも単純で扱い易い。こいつらは、メンツと腕力が全て。じゃぁ、俺は腕力が強いのかって。そんな訳ないだろう。俺は平和な一般市民だ。表向きはな。

身体は細いが、中学時代から喧嘩という喧嘩に負けたことはない。小学校6年間は空手、中学校はボクシングをしていたが、喧嘩にはそんなことは大して関係ない。どんな手を使っても、要は勝てばいい。弱肉強食の世界。

ま、勝った奴が偉いなんて、大抵は弱い奴が言うことだ。

実際、俺は、ほとんど手を汚さずに、相手の戦意を無くさせる。誰にでも弱点はあるからな。

不良グループの簡単な制圧方法は、頭を潰すこと。皆の見ている前で、圧倒的な力の差を見せつけて勝利する。そうしたら、次の日から、もう誰も文句も言えない。俺は入学して一週間で、ここの3年生の頭を潰した。やるときは徹底的にやるよ、俺は。そいつは、次の日から学校に顔を出さなくなり、退学した。

残った手下どもは俺がまとめて面倒を見てやる。いくつかあった不良グループも全て一つにまとまった。中学のときと同じだ。人は何かに所属していないと安心できない、世の中でも珍しい生き物だから。

俺は、可愛いシモベたちにはそれぞれ階級を作り、役割を与えてやった。任務を果たした奴にはそれなりに褒美もやる。民主主義の今は、独裁政治なんて流行らないからな。

不良グループを制圧したら、今度は、スポーツ馬鹿どもだ。

こいつらは、基本的に表舞台のヒーロー気取りで、目立ちたがりの勢いと根性しかない馬鹿だから、不良よりもたちが悪い。なんたって、自分たちは偉いと思い込んでいるからな。たかだか人より、多少、身体を使うのが上手いからって、そんな理由で有頂天になれる、そんな猿のことなど俺にはよくわからん。

じゃあ、どうやってそんな奴らの頂点に立つのかって。簡単さ。同じだよ。それぞれの部長を懐柔する。そいつらの得意な種目で勝負して勝つ。サッカーでも野球でも、バスケでも負けないよ。俺は。なんでかわかるか。誰でも弱点はある。俺の勝負は、いつも始まる前から勝つことが決まっている。猿どもは絶対に俺に勝てないルールの上でしか戦えないようにできている。

あとは、先公だな。大人は簡単だな。しがらみや役職、守べき物が多い奴が多いほど、弱点は多いからな。

入学して半年で、俺に文句を言える奴は、いなくなった。もちろん、一回シメちまえば、あとは楽なもんよ。俺の基本姿勢は「規律」と「自由」だ。俺の決めたルールさえ守っていれば、この学校で生きていくのに何の不都合もない。むしろよその学校よりも、自由で快適な高校生活をお約束しようじゃないか。

俺のやり方に反発する奴はいない。俺のやり方は間違っていないからな。


しばらくすると、皆、俺のところにいろんな相談事を持ってくる。酒とタバコの構内販売ルートの整備、部活間の揉め事、個人的な喧嘩、妊娠、性病、いじめ、体罰。俺は、キングかそれとも便利屋か。

どっちにしても、毎日飽きないからいいか。普通の高校生活を送るなんて、俺には考えられないからな。

あいつもそんな普通の一般ピープルの一人だと思っていた。

里中ゆうきは、陸上部で、長距離専攻、うちの高校には彼女なし、一人暮らしをしているから、よそのにはいるかもしれん。今まで、スポーツ、勉強、女、不良、どこのグループからもこいつの名前は聞いたことがない。それだけ普通のやつなんだが、キングとしては、あいつの態度は気に食わない。

皆は俺を恐れるか、慕うかの二択だ。目立たない、文化部のオタクたちは俺を恐れている。目を見れば一発だ。不良、スポーツ馬鹿どもは俺を慕っている。当然、女たちは体制派を支持する。俺は、基本奴らの望みは何でも叶えてやっているからな。

なのに、こいつは違った。俺を恐れない。かと言って、慕いもしない。初対面で普通に俺にタメ口を聞きやがった。キングの俺に向かってだぜ。いい度胸しているか、よっぽどこの学校の事情に疎いバカか、どちらかだと思っていた。試しに、シモベにこいつのことを調べさせた。

こいつはただの走っているだけのバカです。という報告。そんなことは分かっている。あの陸上部のエースの中谷守も俺にとっては害はない。だが、あの武士みたいな男でさえ俺に頼ってきた。

「里中へのいじめを食い止めたい。」

だ。記録会で、あいつの邪魔をした後輩の一年生は、俺の差し金だとも知らずに、中島守は俺にそう頼んできた。ますます、気にいらない。

まして、最近のあいつは、急に女にモテ始めた。まるで、芸能人のノリだ。すぐにブームは去るかと思ったが、あいつの人気はなかなか下がらない。これも、腹が立つのだが、あいつはそんなバカな追っかけ女子どもを、軽くあしらっていやがる。

あいつは俺の決めたルールを破った。この学校で、俺以上に目立つ奴は許さん。キングは二人もいらない。頭は一つだからこそ、身体はうまく機能する。秩序を乱す奴には、教育的指導が必要だ。

まず、手始めに、俺は生徒会長に立候補する。その応援演説と俺の原稿をあいつに書かせる。それで、奴は俺の力に圧倒され、俺をリスペクトする。俺の仲間になる。立場がはっきりすれば、俺の女子の人気も回復する。それが上手く行かなければ、もう少し強引なやり方も2、3用意していたのだが、あいつは俺の予想を裏切った。

あいつは俺の裏の顔も知っていた。その上で俺に協力し、さらに俺の狙いも八割方読まれていた。

こんな奴は初めてだった。俺のことを分かっていながら、この半年、同じクラスで、何も知らない顔をしていた。とんだポーカーフェイスだ。こいつは使える。そう思っていたが、こいつはそんな俺の考えも読んでいた。俺の貸しを受け取らずに断ったのだ。

俺は初めて、自分と同等の奴に出会った。このスポーツ馬鹿校に、こんな奴がいたんて、正直嬉しいぜ。

だが、こいつはシモベじゃない。俺は今まで、ダチなんて作ったことがない。こいつに対して、どう接するべきなのか、俺にはよくわからない。


結局、俺があいつに与えた役割は、いわゆる、オブザーバーの相談役という役職だった。俺のところにきた相談のうち、女ネタ以外はあいつに相談することが増えた。

あいつは意外に冷たい奴だった。それなりに、誰とでも仲良くしているのに、内心のあいつはかなりクールだ。

こんな例がある。

「野球部には、かなりしっかりとして階級が定められている。上級生が偉いのは当然として、同じ学年でAからEランクまである。それはサッカー部でも、陸上部でも同じだな。」

「ああ。」

こいつは俺と話す時は、他の馬鹿どもと話す時と比べてだいぶトーンが暗い。

「ところが、問題はその扱いなんだ。野球部のEランクはどうやらいじめを受けているらしい。」

「どんな。」

「例えば、皆の前で、エロ本片手にオナニーさせられたり、好きでもない女に告白させられたりとかだな。」

「それで。」

「里中は、どう思う。」

「ひどいな。」

「そういうことじゃなくて、お前ならどう処理する。方法はいくらでもある。先公を使う。部長を脅す、いじめを受けている奴に反逆の手助けをしてやるとかな。」

「その話の出所はどこからだ。」

「それを俺がお前に言うと思うか。そんなことをしたら、俺の信頼は無くなっちまう。」

「じゃぁ、僕には何もアドヴァイスはできない。」

「何故だ。」

「兼本がどの観点からそのいじめ問題を見るかによって対応は変わってくる。いいとか悪いとかって基準でお前が動いているわけじゃないだろう。依頼人のためにお前の力が使われて、その結果、さらにお前に利益が生じる。なら、依頼人の意向や立場がお前にとっても重要になってくる。その依頼人の名前を伏せて僕に話をすること自体が間違いだ。」

「分かった。依頼人は女子だ。」

「女子?なんで?」

「さあな。要はそいつらが気持ち悪いんだろう。」

「だったら簡単じゃないか。いじめられている奴を辞めさせればいい。」

「部活をか。学校をか。」

「どちらでもいいんじゃないか。」

「意外だな。お前はもっとウエットかと思っていた。」

「弱肉強食のお前に言われたくない。いじめなんて、いじめられているそいつ自身が変えたいって思わない限り終わりはしない。そうだろう。今、そいつをあまやかしても、社会に出て困るのはそいつ自身だ。この話が仮にいじめられている当人からか、あるいは、見るに見かねての心優しい友人、部活の仲間からの話なら別だ。だが、実際は、皆見て見ぬふりをしているわけだろう。それはいじめに加担しているのと同じことだ。僕はそいつらがどうなろうが知ったこっちゃない。実際、僕の部活だってハブくらいはある。当人から相談を受けない限り、僕はそんなゴタゴタに首を突っ込まない。自分ができることは限られているからな。兼本は、兼本の立場でできることをすればいい。」

「そうだな。サンキュ。」


里中は、他人に対してドライなんだ。それは俺でもたまにドキッとする。でも俺には分かっている。あいつは好きな女がいる。斎藤良子。弓道部の女だ。地味で、俺なら絶対に手を出さないタイプだ。おそらく処女だろう、ヤルまでに時間がかかりそうだ。男慣れしてなさそうだし、俺の情報だと、彼氏はいない。彩って女と仲が良くて、いつも一緒にいる。彩は里中のファンだ。そいつの里中の方から何度か接触し、斎藤良子の調査をしていたらしい。あいつは今、女のことで頭がいっぱいで、他人のことなんて気にもしていないのだろう。

あいつは孤独だ。クラスメイトも、俺の生徒会の部下でもある森谷茂も本当の意味であいつとは対等にはいない。

そう言う意味ではあいつと俺は似ている。

基本単位が一人。孤独。そこからは抜け出せない。

まあ人には見せないがな。大事なものを守るためには、時には仮面をかぶる必要もある。

あいつと俺の関係?なんだろうな。ダチか。知人か。ライバルか。仲間か。俺はどれでもないと思う。あいつは孤独で自由だ。俺もそう。孤独と孤独が、いっとき交わっても、それは束の間の出来事。孤独に変わりはない。


俺の問題。それは学校のことじゃない。ごくプライベートな範疇だ。

俺には姉がいる。血が半分しか繋がっていない。姉の半分は日本の血じゃない。

人はよく血のことをいう。血縁関係なんて言葉があるくらいだからな。

特に愚かな日本人は、外国の血が入ることを忌み嫌う。現在は鎖国している江戸時代じゃない。

平成の世の中に、阿呆な日本人は、古い考えから脱却することができないで、愚かな差別をする。日本人だろうが、外国人だろうが、本当に心の美しい人間は美しい。見かけだけのものにしか目がいかないの奴らの方がよっぽど本質の見えない馬鹿だ。

姉は、それこそ、普通の日本人なんか比べ物にならないほど、外見も美しい。俺は今まで、姉よりも美しい人間を見たことがない。自慢の姉だ。

ところが、姉は病気だ。しかも世界に数千人しかいない、奇病で、治る見込みはない。持ってあと3年だそうだ。俺が初めて会った時はピンピンしていたのに、ここ数年で一気に病気が進んだ。

こんな理不尽がことが世の中にあっていいと思うか。

姉は誰にも迷惑をかけていない、外見のことでからかわれても、いじめられても、決して愚痴を言わないで、いつも笑っていた。姉は世界最強だ。

姉は笑顔のパワーで敵も味方にする。この六人部屋の病室も、姉が入ると一気に明るくなった。きっとどこの病室よりも、慈愛に満ちて、穏やかなはずだ。

姉は俺の学校生活の話を聞きたがる。

俺は学校でどれだけ慕われているかを自慢する。姉はいつも楽しそうに聞いている。どんな風に困っている人を助けたとか、その後どうなったかとか、原因はなんだったのかとか、いつも熱心に聞いていくる。

そうやって、俺を通して、本来なら自分が得るはずだった学生生活を身近に感じていたいのかもしれない。俺はできる限り、おもしろ可笑しく、学校の話をする。

それは至福の時だ。姉の笑顔は、世界で一番美しい。


そんな姉は、里中の話をしたら、是非会いたいと言う。姉がそんなことを言うのは初めてだ。

「姉さん、どうして里中に会いたいの。他の友達じゃなくて。」

「賢ちゃんの話を聞いてそう思ったのよ。今までのお友達の中で、賢ちゃんにとって一番のお友達じゃないの。私はそう感じたわ。ね。是非会いたいの。なるべく早く連れてきて。」

姉はわがままを言う人ではない。その姉が、かなり強引に俺にお願い事をした。それを断るわけにはいかない。断れば、姉はがっかりするだろう。姉のためになら、俺は、どんなことだってする。

しかし、俺は今まで、一度だって、学校関係者にプライベートを明かしたことはない。もちろん、姉を紹介したことも、、、


翌日、里中に声かけたが、フラれた。今日のあいつの目が普通じゃない。鬼気迫るものを感じた。

次の日、屋上に里中に呼びだした。あいつはやたらと機嫌がいい。珍しい。あいつの周りにはプラスのオーラが出ている。それはきっと姉にも伝わるだろう。

里中は姉と会うことを同意した。ところが、昨日から里中の彼女になった「白糸葉子」も一緒に来ると言う。断る理由はいくらでもあるのだが、里中の顔を立ててやる。

それにしても、里中の意中の女は、俺の情報とは違う女だった。確か、今年のミスコンのスタイル部門で一位だった女だ。俺のシモベからの情報でも、あいつとあの女を結びつけるものはなかった。同じ部活というだけで、特に親しくしているところは報告されていない。改めて、あいつの危機管理、情報管理能力を高く評価せざるを得ない。さすがだ。

まじかで見ると確かに、いい脚と腰だ。一般的には上位なのはわかる。けど、姉に比べたら、まだまだガキの身体だ。


病室に行くまで緊張した。俺らしくもない。俺は里中たちに姉の説明をしなかった。いや、できなかった。それでも、里中なら、なんとかしてくれるだろう。察してくれるだろうと考えていた。里中は期待に応えてくれてた。

驚いたのは、白糸葉子の方だった。

姉は目が見えない。だから二人の顔を確認するために、触れた。里中の時は普通だったのに、白糸の時は違った。姉が、今まであんなに長く、丁寧に人の顔を触っていたことはない。

俺には、白糸と姉が無言で会話している様子がわかった。

姉には不思議な力がある。時々、周囲の考えていることをズバリ当ててしまう。

姉曰く、声の調子、吐く息、伝わる熱、そうしたいろんなものを総合すると、目が見えなくても人の気持ちがわかるのだという。俺には不思議でならない。きっと神が姉に与えた唯一の贈り物なのだろう。

今、姉は初めて会ったこの女に何を伝えているのだろう。

この女は一体なんなのか。俺は、この女の瞳に、かすかに光る琥珀色の光を見た気がした。


翌日、姉との話。

「昨日は、どうして白糸の顔をあんなに長いこと、触れていたんだ。」

「賢ちゃん。」

「あの二人を大事にしてあげてね。」

「なんで。」

「彼女、きっと大きなものを背負っている。里中君もきっとこれから大きなもの背負うことになるような予感がするの。」

「どんな。」

「分からないわ。でも、昨日。彼女の肌を通して、彼女が私の中に。私の彼女の中に入った。そんな、感覚。運命的な感覚。そんなものを感じたの。きっと彼女の同じように感じていたと思う。」

「やっぱり。」

「何が。」

「俺も、姉さんが、白糸と会話しているように見えたんだ。やっぱり姉さんには何か特別な力があるんだ。すごいよ、姉さん。」

「賢哉。そういう話じゃないの。とにかく、あの二人のこと、頼んだわよ。」

「わかったよ。」

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