最終章 手 紙

オーストラリアから帰国すると、とても暑かった。北半球と南半球では季節が逆だったからだ。

日本に帰ると、予期せぬことが二つあった。

一つは、ハコと訪れた、鎌倉の海。あの時のフィルムが見つかったのだ。私はあの時、ハコに手紙を書くのに必死で、現像するのを忘れたままにして、さらにはそのフィルムをどこかに無くしてしまい、当時、非常に悔やんだ。

早速、私はその写真を現像した。写真の中のハコは笑っていた。残酷な程に、無邪気な笑顔。少しずつ、ハコのことを過去のことと捉え始めていた私は、また少し後戻りを余儀なくされた。

「美しい。何よりも。」

きっと、他人にとっては変哲のない一枚の写真だろう。制服姿の女の子が。海岸で撮影者に笑顔を向けている。ただそれだけの写真。

祖父の言っていたことが、分かった。撮影者と、被写体の関係が写真には現れる。

二つ目は、ハコの最期の手紙が届いていた。これには驚きだった。一瞬、彼女が生き返ったかなんて、馬鹿なことを考えてしまった自分がいた。

便箋の裏には。彼女のお母さんの名がある。私は高鳴る胸の鼓動を抑えながら、封を開けた。


里中ゆうき 様へ

 前略

  オーストラリアにご旅行に行かれているとお母様から伺いまして、本来ならば、直接、お渡ししたかったのですが、葉子の気持ちを一刻も早く、お伝えしたく、筆をとらせていただいた次第です。

  昨日、葉子の遺品を整理していましたところ、あなたに宛てた、この手紙が見つかりました。きっと、あなたにお伝えしたいことがあったのだと思います。

度々、葉子のことを思い出させてしまい、あなたのお邪魔になっていないか、心配しておりますが、どうぞ読んでやってください。

                            敬白

                         白糸 由美子    」


私は2枚ある、水色の紙を広げた。そこには、懐かしい、ハコの美しい文字が、並んでいた。


Dear ゆうちゃん


ゆうちゃん、私ね、時々思うの。

どうして、人と人はすれ違ってしまうの。

どうして、皆が幸せになれないの。

人を好きになる気持ちって、素敵なことよね。

なのに、一方で、人は人を傷つけたりもするのよね。

世の中って、うまくいかないことがたくさんあると思わない?

ゆうちゃんは、しっかりと未来を、前を向いて生きているわ。

けれど、私は時々、後ろを振り返ってしまうの。

振り返って、今と昔を比べたりするの。

それが、良い時も、そうでない時もあるわ。

正直、私、これから生きていく上で、何が良いのか、悪いのか、わからないわ。

私がこうして後ろを振り返っている事は、きっとゆうちゃんを傷つけると思うの。

ゆうちゃんはきっと「平気だよ」って、言ってくれると思う。

ゆうちゃんはとても優しい男の子だから。「それでもいいよ」って、私を甘やかすの。

その、たまらなく魅力的な、大きくて、キラキラ輝いている瞳で、私を見つめながらね。

けれど、私がゆうちゃんを傷つけて、ゆうちゃんが私に尽くし続けるのって、おかしくない?

付き合っているって言える?

ゆうちゃんは、ゆうちゃんよ。私の奴隷じゃないの。

私、ゆうちゃんと別れることを考えたわ。今の気持ちのまま、ゆうちゃんと付き合っていてはいけないと思ったの。

ゆうちゃんの事、好きよ。とても。

でも、私は弱いの。とっても。

いつも、いつも、強がってしまう。

私ね。ゆうちゃんみたいになりたい。大きな心と優しい気持ち。

あなたは、いつも、前向きで、人に元気を与えてくれる。

一途で、正直で、純真で、誠実で、ユーモアがあって、少し呑気なところや、マイペースなところ、時々見せる大胆な行動力。

ゆうちゃんの顔(特に照れている時の表情が可愛くて一番のお気に入り)、唇、瞳、髪、性格、屈託のない笑顔、あなたの流れる汗まで、全部、大好きよ。

ねえ。出会うことの素晴らしさに、この奇跡に感動したことってある?

57億人の人間の中で、私たち二人が、出会って、恋をして、付き合っているのよ。

この時代に、この場所で、出会い、恋に堕ちる確率って、どれくらいなのかしら。

白糸葉子は、里中ゆうきに出会う運命だったの。

きっとそれは、白糸葉子の人生にとって必要不可欠なことなのよ。

ゆうちゃん。覚えている?

告白してくれた時、私たちの間には猫がいたわね。

あの猫がいなかったら、私、OKしていなかったかも、、、

嘘よ。でも、あの猫ちゃんが、もうどれくらい生きていて、あとどれくらい生きるのかわからないけれど、あの猫ちゃんとの出会いだって、すごい確率よ。

こんなこと言うと、笑われるかもしれないけど、

あの猫ちゃんが、私たちのキューピットだったかもしれないじゃない。

恥ずかしいけど、想像してしまったわ。

あのベンチに、ゆうちゃんと私と子供の3人で腰掛けて、のんびり、日向ぼっこするの。

とっても心地ちよくて、眠たくなっちゃうわね。私、眠たがりだから。

こんな風に前向きな想像ができるようになった自分に、ちょっと戸惑うの。

私、元々、とても悲観的だから。

ゆうちゃん。嫌なことも書いてごめんなさい。

ハコはこれから、頑張って生きて参ります。

こんな私でよかったら、これからも末永く宜しくお願いします。

                     From 葉子   」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る