再生⑤ オーストラリア
高校3年生の夏休み、私はオーストラリアの大地に立っていた。
私は、短期の語学留学に来てた。私は大学受験する、ハコの目指したH大学を受験する。合格しても、入学はしないけど。ハコの目指した道を私も目指したかった。
模試の判定では、20%から始まって、今は60%まできた。
私はすぐには教師にはなれない。
一旦社会に出て、自分でお金を稼いで、大学に入学しなければならないから。
私は、日本の英語の教育に疑問を持っていた。読み書き中心の教育で、6年間一つの語学を勉強しても、会話ができない人間の多いこと。
日本人特有の、奥ゆかしさ、謙虚さが影響しているのは間違いないが、これからの国際社会で、英会話は必須な力いになる。だから、海外に来た。
「ねえ。ゆうちゃん。」
「何?」
「もし、いま、一つだけ、願い事が叶うとしたら、何をお願いする。」
「ハコと幸せになれますようにってお願いするよ。」
「もう。そういうことじゃなくて、他に何かお願いごとはないの?」
「ない。ハコは?」
「私は、海外に行ってみたい。」
「海外?へぇー。どこに行きたいの?」
「オーストラリアかな。イングランドやアメリカと違って治安がいいんだって。気候も良くって。私はまだまだ知らないことが沢山あるから。もっと色んなところに行って、色々な人に出会って、様々な価値観に触れて、成長したいの。たった一度の人生だもの。いろんなことを経験して見たいわ。できれば、ゆうちゃんと一緒に。離れ離れは寂しいから。」
「いつか、一緒に行こう。それなら神様にお願いしなくてもいけるよ。現実的に、可能だよ。パスポートを取って、あとはお金と時間と親の許可さえあれば。」
「最後が、一番難しいわ。」
あの時、彼女と共にオーストラリアを訪ねるつもりだった。
今は、私一人だけれども、そこは彼女が見たかったものがあるのだから。
海外は全てが目新しくて、全てに圧倒された。一人で空港に行くのも、飛行機に乗るのも。私はパスポートができるのに、一ヶ月もかかるなんて知らなかった。
北半球から南半球へ9時間のフライト。地図で見るのとは違う。実際に体験するというのは全く違う。時速何百キロで、何時間も飛行機に乗ってやっとたどり着く場所だ。それは未知の世界だ。
空港から出たら、もちろん日本語は通用しない。税関や、入国審査から英語なのだ。
ハコが外国に来たら、何を感じるのだろうか。
私はまだ、「ハコだったら」という目線でいろんなことを見ていた。ある意味では、自分の主観に流れずに、客観的な視点で見られることは有益だった。
不安になるのは大体ハコで、私はいつも楽観的だった。
でも、今は私は、不安を思っている。もうあの頃の私じゃない。
でも、きっと私たちの魂はいつも一つであると信じきっていた。
シドニーの語学学校では、日本人を含む、アジア人が多く通っていた。韓国、中国、東南アジアの人たちと、他国の人と知り合うことは大きな経験だった。
オーストラリアは、すべてのものが大きかった。人や、スーパー、衣類、食品、家、座席。そして、何よりも、空が違った。
シドニーはオリンピック前で、あちこち工事をしていたが、そんなごちゃごちゃした町の中から見上げる空が、日本とは全く違う。透き通っていて、とても美しい、こんな空は、日本では、年に数回しか見られない。
私は、青空を見ながら、心の中のハコを会話していた。
シドニーに数週間滞在したのち、私はオーストラリアの観光をした。エアーズロックに行ったんだ。オーストラリアの大自然は、日本の比ではなかった。大きな岩、赤い土、砂漠を超え、飛行機に乗って、バスに揺られて、やっとつく、アボリジニーたちの聖地だ。あたりには動物の気配はない。細々とユーカリの木があるだけで、あとはひたすら赤い大地がどこまでも続いている。
私は広大な大地に立って、不意に恐ろしくなった。
こんな荒廃した場所が世界にはある。そして、そこでも、生命は生き続けている。どんなに過酷な条件でも、風や水があれば、生命は生き続ける。
でも、ハコはもういない。
「ハコ。」
私は小さく、呟いた。何ヶ月ぶりだろう。ハコの名前を口にしたのは。
「ハコ。」
今度はもっと大きな声で呼んで見た。
私たち現代人は危険が少なくなった。古代人たちは危険に囲まれて、生存競争が厳しかった。この大地にはそうした厳しさがまだ残っている。大きな自然の前には、私なんてちっぽけな存在だった。
私の声は、一体この世界の無数の生命のどれだけに届くというのか。
たった一人の死が私に与えた影響はものすごく大きい。
でも、私がこの世界に与える影響なんてほとんどない。
私に何ができるのだろうか。愛する人一人守ることができなかった私に。
世界から見たら、こんなちっぽけな私に。
私の声は風に吹き消される。いとも簡単に。
今、目の前にある大自然は、紛れもなく、現実だった。
私は、走り出した。エアーズロックに向かう、どこまでも真っ直ぐな赤い道を。
涙が自然と流れていた。
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