再生③ 告白ラッシュ
目標達成の過程にあるうちは、私は、誰かに告白されても、交際を承諾する気にはなれない。
事実、私は学校に復帰してからこの数ヶ月で3人の女子から告白されたが、3人ともお断りした。
一人は部活の後輩だった。
「里中センパイ、私と付き合って下さい。」
駐輪場で、これから帰ろうとしている時に、突然告白された。彼女は女子陸上部の後輩で。髪の毛はショートで、長距離を専攻しているだけあって、スカートからのぞく脚も普通の女子に比べてとても細かった。全体に小さくて、可愛らしい子だ。勇気を振り絞っているのだろう、緊張で膝が震えている。
「ごめんなさい。」
一言そう言って立ち去ろうとする私の行く手を遮るかのように、彼女は私の前に立ちはだかる。
「私、葉子センパイとのことはわかっています。葉子センパイのことを忘れるなんて無理かもしれないけど、私、里中センパイの力になりたいんです。私にできることならなんでもします。どうか私のそばに置いて下さい。置いてくれるだけでいいんです。他には何も望みません。お願いします。」
そう言って、深々と頭を下げた。
「君は同情してそんなことを言ってくれているのだろうけれど、僕は今一人で、十分にやっていけている。寂しくないかって聞かれたら、そりゃ寂しい時もある。でも、だからって、今、誰かと一緒にいて、甘える訳にはいかない。まして、僕が寂しいなんて理由で、そのために誰かの貴重な人生の時間を無駄に浪費されるなんて僕には出来ない。君が頭の中で思い描いている僕の姿と現実の僕の姿には大きな隔たりがある。僕は、お互いに交際しない方が良いと思う。」
「そんなことないです。私はその時間が無駄だなんて思いません。こうは考えられないですか。私は里中センパイと一緒に入られて幸せ。センパイも、誰かと一緒の時間を過ごせば、過去の辛いことも少しずつ忘れられるようになるかもしれないし、私、センパイの邪魔になるようなことは絶対しません。センパイが必要な時だけ呼んで下さい。いつでも、どこでも飛んでいきます。ね。お互いの利害は一致していませんか。」
「ごめんね。僕は同情をされるくらいなら、一人でいたいんだ。悪いけど、君だけじゃなくてね、今は誰とも付き合う気は無いんだ。」
そう彼女に告げて、その場から立ち去った。
もう一人は、同じクラスのアイコだった。アイコは不思議な子だった。前からわかってはいたけど、告白してきた時の彼女はいつも以上に理解不能だった。
その日、私は授業の遅れを取り戻すため、放課後の教室で一人居残り勉強をしていた。
スポーツの盛んな我が校に居残り勉強をしているものなど皆無だった。そこにアイコは現れた。
「ガラガラ」
と教室のドアを開けて中に入ってくる彼女を認めて私は声をかけた。
「どうした、アイコ。今日はバイトは?」
彼女は我が学校では珍しく帰宅部で、チェーンの回転すし屋で週5でバイトしていると以前に言っていた。
「、、、。」
アイコは私の問いには答えなかった。何かに怒っているようにすら見える。いつもとは少し感じが違う。
「里中ゆうき!」
「はい!」
突然、大きな声で呼ばれて、反射的に大声で返事をした。静かな教室の中が、まるで軍隊の点呼のようになった。
アイコは大声を出し終えると、いつもとは違って確かな足取りでこちらに近づいてくる。私の席の前まで来ると、大きく一礼し、私の前の席に、こちら向きでストンと腰を降ろした。香水をつけているのだろうか、女の子らしい、甘く、ここと良い香りがした。
「あのね、私は、里中ゆうきのことを愛しているの。だからキスする。」
そういうと、アイコは私の唇に、自分の唇を重ねた。
あまりにも唐突すぎて、交わすこともできずに、彼女の唇が離れるのをそのままの状態で待っていた。
時間にしたら、10秒にも満たない時間だったのだろう。けれども、私にはとても長く感じられた。
アイコはそっと唇を離して真っ直ぐな瞳で私を見つめながらいう。
「あのね、私は今、里中ゆうきの前にいる。いなくならない。だから、一緒にいよ。いつも。」
アイコの目はいつになく真剣なまなざしをしていたし、滑舌も今までに無いほど、滑らかな口調だった。きっと、私がハコに告白するときのように、何度も何度も練習したのだろう。
「アイコ。」
「あい。」
「今のことは忘れてあげる。でも、次同じことをしたら許さないよ。わかった?」
「わかる。けど、なんで?」
「僕はね、女性として君を好きって気持ちはないからだよ。今は、君を恋愛の対象としては考えられないから。」
「キスしても何も感じない?」
「やらかい唇の感触に対して身体は反応するよ。でもそれだけじゃダメ。心が好きじゃなければいけないよ。」
「身体が気持ちよかったら、心も気持ちよくならない?」
「肉体的な快楽だけが人間の幸せじゃない。」
「あたしは、生まれて初めてキスして、すごく感じた。里中はそうじゃない?」
「そうじゃない。」
きっぱりという、彼女は目を丸くして、首を傾げている、本当にどこまでわかっているのだろうか。
「わかった。」
突然、ぴしゃりと手を叩いてアイコは言う。
「もうしません、ごめんなさい。あたしは里中を愛している。それは分かって。」
「分かったよ。」
「じゃあ、あたしと付き合え。」
(やっぱり、全然分かってない。しかも命令口調?)
「アイコ、もう話したくないんだ。出てってもらえないかな。今、僕は勉強しなくちゃいけないんだ。」
「うん。分かった。」
そう言っても、アイコは一向にその場所を動こうとはしない。椅子の上で膝を抱えて体育座りをしている。スカートの中の下着が丸見えだ。
「はぁー。」
私は、アイコに聞こえるようにわざと大きなため息を吐く。相変わらず、小動物のようにクリンクリンの瞳で私を見つめている。その瞳からは、大粒の涙が溢れている。表情も顔色も変えず、声も立てずに、ただ透明な液体がアイコの頬を伝っていく。それは、「人間が泣く」と言うよりは、「機械が故障して液体が漏れて」いるようだった。
「アイコ。」
「うん。」
声のトーンも変わらない。
「泣いているの?」
「うん。悲しい。」
私はポケットからティッシュを取り出してアイコに渡した。
「どうも。」
アイコは何事もなかったかのようにそう言う。私は黙って視線を机の上のノートに落とした。すると。
「これ、あげる。」
と、いつものチョコパンを私の机の上に置いた。
「ありがとう。」
そう言って私が受け取ると、アイコは満面の笑みで。
「さようなら。もう、里中ゆうきに、アイコは必要ない。」
そう言って、彼女は入ってきた時と同じように、スタスタと教室を出ていった。
心なしか、彼女の背中は少し軽くなったように思えた。
教室の中で一人になった私は、手元のチョコパンを開けてかぶりついた。一口で違和感を覚えた。確かに袋には大きな文字で「チョコパン」と書いてあるのに、口の中に広がるこの味は、明らかにカスタードクリームの味だった。
もう、訳がわからなくなり、私はノートをしまって、教室を出た。
最後の一人は、私が去年の4月にもう一人の恋人候補に挙げていた、斎藤良子さんだった。
「どうしてですか?」
「はい?」
良子さんの目は細い。その細い目を見開いて、私の問いに戸惑う表情をしている。
「どうして、僕のことを放って置いてくれないんですか。」
「私は、何か、その、ち、力になりたくて、、、、」
良子さんは、内気な少女のようで、本当に可愛らしい。自身なさげに俯いていってしまう。きっと、ご家族に大切にされて育ったのだろう。
「あのね。彩ちゃんから、色々聞いているのだろうけれど、確かに僕は以前、君のことを恋人候補として見ていた時期はある。でもね、それはね、以前の話で、今は誰とも付き合う意思はないんだ。」
「で、でも、、、。」
「君はどうなの?今日のこの告白は、君の意思なの?」
「はい!」
今度ははっきりとした口調で返事があった。
「じゃあさ、君が僕の何を知っているの。何も知らないでしょ。」
「彩ちゃんから色々聞いています。一人暮らしをしていたこと、趣味の映画や写真のこと、私、勉強しました。それから、その、、、、、彼女さんのことも、、、。」
「そんなのは、みんな表面的なことじゃないか。そんなのは何も知らないのと同じじゃないかな、僕も以前は、君のことを彩ちゃんから聞いている。君はとても愛されて何不自由なく育って、とても素敵なお嬢さんだと思う。それ自体はとても素晴らしいことだと思うよ。でもね、君に僕のことが理解できる?真冬の冬空の下で野宿したことがある。空腹で倒れそうになったことは?愛する人を永遠に失ったことは?食うものに困らず、暖かい風呂に入り、柔らかい布団で眠る。平和に穏やかにこの国で育った人には、それが当たり前のことで、どれだか幸せなことか、わかってない。些細なことに幸せを感じたり、感謝したり、謙虚になることができる?もし、僕たちが付き合ったとする。その時はお互いにいろんな話をするよね、例えば、君が家族や友人との愚痴を僕にこぼしたりする。たったそれだけのことでも、僕は君に嫉妬するよ。『怒る相手がいるだけ幸せじゃん』ってね。そして、理解してくれない君に対して、徐々に不快感を募らせていく。僕には、もうそういう筋書きが見えているんだ。だからこそ、僕たちが付き合うことは、まず間違いなく、君にプラスにはならないよ。どれだけ、君が我慢して、優しく、尽くしてくれても、理解できない部分は必ずある。だから、一時の感情だけで、僕になんか告白するべきじゃない。もう一度よく考えた方がいいよ。」
彼女は顔を真っ赤にして涙を流していた。
「僕のための?それとも自分のための涙?どちらにしても、無駄な涙だから、もう泣かないで。君は笑顔でいて欲しい、とても素敵なお嬢さんだから。ごめんね。」
そう言って。その場を回れ右して立ち去ろうとした瞬間、前に進まない。良子さんが、制服の裾を強く掴んでいる。それは、まるで、幼児が母親に甘えるような仕草だった。とても、まっすぐで、強い気持ちが握りしめている彼女の力から伝わってくる。
「離して。」
どうしてそこまで彼女に強い口調になってしまうのか、自分でも分からない。私は駄々をこねている子供を引き剥がすかのように、彼女の手を振りほどいた。
彼女はそれでも、怯まずに、真っ赤な顔で、潤んだ瞳で私を直視し、一言呟いた。
「カナシイヒト」
実際に彼女がそう言ったのかは分からない。それほど、小さく、か細い声だった。何を言っているのか分からない程、小さく、小さく、唇が動いた。でも、私にはその時、確かに、そう聞こえた。
結局、その一言を確認することなく、私はその場から逃げるように立ち去った。
翌日、彼女は、あの美しく、腰まで伸びた黒髪をバッサリと切ってきた。
理由はわからない。でも、なんとも言えない罪悪感に苛まれた。
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