再生② 理解

そこには、快楽も、娯楽も、精神的な余裕も必要のない世界だった。

ハコは私から見ていても自分に厳しすぎだった。

そんなハコとのやりとりを思い出した。

「ハコ。」

「ん?」

「ねぇ。無理していない?」

「別に、何も無理なんかしてないわ。」

「そうかな。顔にしんどいって書いてあるよ。」

「、、、。」

「ねえ、辛い時は、辛いって言ってよ。愚痴を弱音を吐かないのは立派だけど、僕はもっと頼ってほしいな。もっと甘えていいんだよ。どうして、そんなに一人でいるも頑張るのさ。僕はもっとハコのことを解りたい。思っていることがあったら遠慮なくいってほしい。」

「だって、本当の私はとってもわがままで、きっとゆうちゃん私のこと嫌いになっちゃうよ。」

「絶対そんなことはない。約束する。」

「嘘よ。本当に私、最悪なんだから、、、」

「じゃぁ、僕はそんな最悪の子と付き合っているの。」

「そうじゃないけど、ハコはゆうちゃんの前では、いいハコしか見せていないから。」

「そういうのってフェアじゃない気がしない?」

「だって、私は、本当は、すごく醜いし、卑しいのよ。私、本当は独占欲もあるし、今まで言えなかったけれど、ゆうちゃんが他の女子と楽しそうにおしゃべりしているのを見るだけで、焼きもちを妬いていたし、先輩とか後輩とかにベルの番号を聞かれたり、プリクラ頂戴って言われたり、一緒に写真撮ってくださいって言われたりするのを見るのも、嫌。でも、ゆうちゃんは、ゆうちゃんで、誰のものでもないでしょう。こんなことを言って、ゆうちゃんの世界を狭めてしまうのも、嫌。独占欲は、欲であって、愛じゃない。頭では分かってても、感情が納得しなくて、、、、。ほらね、やっぱり私って馬鹿でしょ。ごめんなさい。忘れて。」

「嬉しいよ、話してくれて、ありがとう。焼きもちを焼くのだって、裏を返せば、それだけ好きってことでしょ。僕は平気だよ、女友だちなんていなくても。僕は君さえいてくれれば、他には何もいらないから。」

「ほら、やっぱり。ねえ、おかしいと思わない。ゆうちゃんが、私の子供の理屈に付き合う必要はないのよ。」

「いいじゃん。子供で。全部大人にならなくてもさ。そんなに駆け足で大人になったら、勿体なくないかな。人生が仮に80年だとしたら、子供の期間は20年間。人生の4分の3は大人で、子供で居られる期間はわずか4分の1の期間しかないんだから、その期間を大切にしようよ。」

「ゆうちゃんにかかったら、私のことはなんでも肯定できちゃうのね。いつも本当に感心するわ。あなたの理屈って今まで聞いたことないもの。どうして、そんな風に考えられるのかしら。私、改めて思うの。ゆうちゃんと巡り会えて、本当に良かったって。ゆうちゃんの方が、私よりもずっと大人ね。考え方に幅があって、余裕があって。いつも、いつもどうしてそんなんに前向きなの。」

「うーん。別にポジティブなのを意識しているわけじゃないけど、実は、僕、小学校2年生の頃、いじめにあっててね。」

「ゆうちゃんが?信じられない。どうして?」

「当時、いわゆる番長って奴がいてさ。そういつがクラスの男子を一人ずつ殴って、泣かしていって、自分に従わせていった。でも、私だけは、決して泣かなかったし、従わなかった。それからは、残酷だったよ。クラスメイトは番長の言いなりで、みんなで僕をいじめるんだ。男子は暴力、女子は無視。先生は面倒なことには首を突っ込まない主義で見て見ぬフリ。」

「学校に行くの嫌にならなかった。」

「逆に、毎日学校に行ったよ。一日でも休んだら、そいつらに、暴力に屈したことになるし、逃げ出したことになるから。でも、僕には耐える強さはあっても、やり返したり、事態を打開するだけの力はなかった。」

「昔からゆうちゃんは、優しくて、強かったのね。普通、7歳、8歳の子供がそんな辛さに耐えることなんてできないわ。私だったら絶対逃げ出しているわ。」

「そんなことはないけど、耐える一方で心はどんどん荒んで行ったよ。」

「ゆうちゃんにもネガティブな時期があったのね。」

「うん。それで、3年生のクラス替えで、恩師に出会ったんだ。私は三年生の頃には九九ですら怪しいってくらい成績も悪くて、クラスでダントツの最下位だった。でもその先生は根気強く、僕のことを褒め続けてくれた。それこそどんな些細なことでも褒めてくた。おかげで、荒んだ心も開かれて、成績もトップクラス、一躍クラスの中心人物にまでなれた。心の輝きを取り戻して、前向きになれた。」

「ゆうちゃんはその先生を目指しているの?」

「どうだろう。特に考えたこともなかったけど。ただ、自分が今まで生きてきた上で、先生の教えを忠実に守ってきたとは思う。僕は、不器用だから、信じたことを愚直に繰り返すことしかできないからね。」

「良い先生に巡り会えたのね。私もそんな先生になれたらいいな。」

「ハコならなれるよ。その先生はの方針は一つ。『人の長所を見つけて褒める』それだけ。人は他人の悪いところはすぐに目につく。人の長所を見つけて、褒めるって単純なことだけど、なかなか難しいよね。」

「でも、ゆうちゃんは出来ているわ。いつもいつもハコのことを肯定してくれるし、ゆうちゃんの口から、他人の悪口をきたことはないもの。まあ、たまにちょっと無茶な理屈はあるけど。」

「無茶苦茶な理屈は祖父譲りかな。」

「一度お会いしたいわね、ゆうちゃんのおじいさまに。」

「今度紹介するよ、楽しみにしていてね。」

「うん。」


今、私は彼女と同じ立場になって、初めて彼女のが時折見せた、寂しそうな表情、彼女の悩んでいたことがわかる気がする。

目標に向けて走り続けている過程では、他のことには目がいかない。恋愛や友人との付き合いを率先してする気にはなれない。


自分には辛い過去がある。そのことを100%理解できる人間はいない。人はその人と同じ立場になって、初めてそのことを理解できるのだから。今の私がそうなように。


理解しているつもりでも、それはつもりであって、当人の主観的な観点ではなく、どこか客観的な観点を含んだ発言になってしまうことは否めない。

ハコは、そういう私の発言を疎ましく思っていただろう。合理的に目標を達成るという観点から見れば、私は邪魔者ですらあっただろう。

一方で、私に対する好意もあって、彼女の中には常に激しい葛藤があった。日記にはそれが顕著に現れていた。

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