日記④ ユリ
夏の大会の時に、里中君が私に話しかけてきた。どこかでちょっとだけ期待した自分がばかだった。
彼は長岡君の私への告白のお手伝いさんだった。
もし、私が長岡君の告白に応じても、彼には痛くもかゆくもないのでしょうね。
里中君が私のことなんて眼中にないのは知ってるけど、もしもあの時の告白が、長岡君じゃなくて、里中君からだったら、私はどうしていたかな。
私は、自分にはもう異性との明るい未来なんてない。異性と時間を共有すれば、当然、彼のことを思い出すから。そうれはパブロフの犬みたい。
ユリはそんな私のことをわかってくれる。自分の彼氏のことを私に話したりしないし、私に無理に異性との交際を進めたりもしない。
私はクラスメイトの女子達が無邪気に恋愛話をしているだけでも、耳を塞ぎたくなる。そういう話からは極力遠ざかるようにしていた。
ユリがいなかったら、私と外部をつなぐ線はずっとなかったに違いない。
私は孤独にせっせと努力するだけの女。毎日、家と学校の往復だけ。それでいいと思っていた。
でも、ユリに出会って、友人の良さを、喜びを再確認できた。
私は、積極的に友人を作ろうともせず、周囲から浮いてても、彼女達の攻撃目標にさえならなければいいと割り切って高校生活を送っていた。目立たないように、ひっそりと生活して、勉強をして、一日の中で気を抜けるのは、布団に入って眠たくなったあの一瞬だけ。
私なんかが何かを望んではいけない。何かを望めば、何かを得れば、何かを失う。友人も恋人もいらない。自分を向上させることに努力していれば、満足感も得られて、時間もあっという間に過ぎ、寂しさを感じる暇もない。成績が上がり、学年順位も上がり、お母さんや先生に褒められる。また次回を期待されて、また頑張る。そこになんの疑問も抱かなかった。
クラスメイトの話題についていけないことも多々あった、芸能人の話や噂のイケメンのことも。本当はそんな話題全く興味もないし、そんな彼女達の低俗さを軽蔑していた。価値観がまるで違うのだから仕方ないと自分で正当化していた。
彼のことを考える時間が増えると、そんな閉鎖的な自分が嫌になった。
彼に気に入られたい。好かれたい。って気持ちが密かに湧いてきた。
でも、想像の中で、彼の隣にいる女性は、自分とは違う女性像が必ず浮かぶ。
明るくて、社交的で、流行りに敏感で、可愛らしい、ユリみたいな女子。
私はユリに憧れた。
彼と自分が似ているかもって思ったのは、私の都合のいい想像。
彼が沢山の友人といても孤独に見えるって、本当は私みたいに別の自分を演じているのかもしれないって、そうしたら私とも分かり合えるんじゃないかって。
まさに自己中心的な妄想だ。
だって、彼が私を肯定してくれたから。こんなダサい私を、こんな生き方しかできない不器用な私を分かってくれる人がいるって、それが、ずっと追いかけてきた彼だったことに、涙が出るほど嬉しかったから。
元彼を失ったあの日から、温かいものに触れるのは初めてだった。
かつて私が好きな人を失ったことを知る周囲の人間は、私を腫れ物のように扱い、同情し、距離を作って行った、誰も私と対等の口を聞かず、みんな上から物を言うようになった。
友人達も、大いに私に同情し、励ました。でも私は、そんな彼らの言葉から何も感じられなかった。
彼を永遠に失ったことはもちろん一番辛かったけれど、そのあと、私を傷つけたのは、彼の死を取り巻く周囲の態度だった。
最初こそみんな同情して、そのあとは決まって「頑張って」って無責任なことをいう。
一体、何を頑張れって言うの。
彼のことをよく知りもしない人に、彼がいなくなったことを真に辛いなんて思ってもいない人がなんて無責任な言葉を吐くのだろう。
彼がいなくても、何も変わらない社会にも、何一つとして温かさなんて感じなかった。
メソメソ泣いてばかりいる私のことを煩わしく思う人たち、完全な傍観者の冷たい目、その視線がとても怖かった。
周囲から孤立して、一人になるしかなかった。
なのに、無責任な人々は、私に、自分たちの社会に戻ってくることを望んだ。
私はその期待に応えるしかなかった。それしか生きる道はなかった。
誰も「頑張らなくていいよ。」なんて言ってくれなかった。
両親だって、一ヶ月も私が自室に引きこもっていたら、でてくることを強要した。
私はあの時、もうこの世界に、心の繋がった人間は誰もいないことを悟った。
同時に、今後も二度とそんな存在はできないとも。
誰かに何かを望んだところで徒労に終わる。なら最初から何も期待しない。
自分の力で生きていくほかない。
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