日記② 環境

私自身、どうしてい自分がこんなに頑張っているのか、自問自答する時がある。

月に一度のサイクルに合わせるように、精神的なブルーが迫ってくる。

こんな日はたとえ目を閉じても、なかなか眠りが訪れない。

瞼の裏には様々なイメージが写し出される。

真っ赤にゆらゆらと燃える炎や、真っ青な海を泳ぐ何百頭ものイルカの群れが織りなす波、暗闇から覗く男たちの冷たい視線など。

意識と無意識の狭間で、私に思考は泳ぎ続ける。

光の中に戻ると、そこにはいつもと変わらない私の部屋。

薄暗く、嫌味なほど整理整頓され、17歳の女子高生にはしてはあまりにも殺風景なこの部屋。空虚なプレゼントの空き箱みたい。

身体はいつも疲れている。リビングに降りて、誰も起こさないように、足音を殺して、そっと階段を一段ずつ下る。キッチンで目的の物を入手して、自分の部屋に戻って一息つく。

眠れない夜には、ハーブティーがいい。とても心が落ち着く。

私はいつも優等生。飲酒や喫煙なんて縁がないから、とりあえず勉強の合間に紅茶。それが私の唯一の楽しみ。


冷たい。とても。

自分の手を握り締めて、窓の外を見ると、外の世界は少しずつ色を変え始めている。この部屋は寒い。吐いた息が白くなるくらい。

私はこの時間が好き。

こんな時間まで勉強しても効率が悪いのは分かっているけど、この、ブルーともブラックとも言えない薄暗く、頼りない光は、いつも私を優しく包んでくれるから。

目薬をさすと、乾ききった目の中に水分が行き渡り、水中に飛び込んだ時みたいに、全身が潤う。私は、外の世界のブルーと一体になっているみたいに感じる。

皮膚一枚で、自分と外の世界が隔てられているのが、不思議。


「ハコちゃんは雨の日が好きなのね。」

遥か昔にお母さんがそう言ってたっけ。小さい頃、私は雨が降ると、外に出たがって、多少濡れても、いつまでも外で遊んでいたらしい。その結果よく熱を出して寝込んでいたらしい。覚えてないけど。

お母さんは、「まるで雨と遊んでいるみたいだった。」って言ってた。

いまも雨は好き。しとしとと静かに降る雨の音を聞いていると、眠くなる。


今朝は寝坊した15分も。時計を見ると6じ45分だった。

目覚まし時計を使ったことがないのが、私の自慢なのに。まぁ、体内時計もたまには狂うこともあるよね。いつもは、「明日何時に起きよう。」と思って寝ると、大抵その5分か10分前には起きられる。それが私の特技。


白糸家は時間に余裕のある生活を躾ているので、学校まではだいぶ時間がある。

朝のお風呂は諦めるとして、身支度して、朝食、新聞のルーティーンは大丈夫。

父より先にトイレに行っとかないと。一昨年亡くなった祖母が、

「他所さんでトイレに行きたくなったら困るから、必ず出かける前に行っときなさい。」という教えを父はもうすぐ50歳にもなるのに律儀に守っているのが、おかしい。

鏡を見ると、また顔色が悪かった。夜更かしと体のサイクルのせい。

色白で肌だ薄いのはいいんだけど、青白いのは病人みたいで嫌。リップだけでも塗ってから出よう。

お母さんは朝から化粧バッチリ。いつも父のために綺麗にしている。

「女はいつも人の目を気にしなさい。」

父はお母さんに、そういうし、お母さんも黙ってそれに従っているし、

お母さんってすごいなぁ。私、将来そんなことできるからな。だって一時間くらいお化粧に時間かかるから。

両親が仲良しなのもちょっと自慢。


「おはよーございます。」

って、うちの中でも敬語で挨拶するのも白糸家の決まり。NHKの朝の連ドラっか!って、あーイライラする。

「ハコ、今日は顔色が優れないけど、大丈夫?」

「うん。大丈夫。」

スクランブルエッグをよそりながら、いつものセリフを繰り返すお母さん。

我が家ではいつも朝食は洋食。若い頃、父が留学先の海外で身につけた習慣のせい。父は今もよく仕事で海外に行く。この前はシンガポールのお土産。お決まりのマーライオンがデカデカと胸にプリントされたTシャツ。その下には多くSINGAPOOLって入っているやつ。真面目な父らしい。とりあえず部屋着行き。

3歳上の兄も今はオーストラリアでホームスティ生活。いいなぁ。残された私は、こうして両親と3人で朝食。お母さんは父の隣に座るから、私は両親の顔を見ながら食事。うちではTVを見ながら食事はしない。

いつも通り、出かける前には、忘れ物チェックして出かける。

今日は雨が降りそう。降水確率は高くなかったけど、一応傘は持って行く。

うちの高校は、田舎だ。周りは田んぼと、畑ばっかり。

正直言って、高校受験は失敗。親の期待には応えてない。普通の偏差値の普通の公立高校。「一番近い」っていうだけで決めたから。仕方ない。あの頃はそれくらい投げやりだった。今は違うけど。

「転校・編入」って手もあるけど、偏差値の低い高校から某有名私立大に受かるって目標を立てて、毎日頑張るって決めた。


学校では絵に描いたような優等生。成績は常に学年でトップクラス。全国模試でもそれなりの順位は出してる。無遅刻無欠席。部活も入っている。

部活は、運動部が良かった。あまりにも勉強ばかりだと、息が詰まるから。

高校では、初めて陸上部に入った。球技とか団体スポーツは苦手。中学は文化部だったから。それに個人競技は自分のペースでできるのがいい。

高校入学して、この高校がスポーツ校なのを知った。野球部は専用グラウンドがあるし、サッカー専用、陸上専用、テニスコートは4面、体育館は3つに、屋外プール、弓道場、ウエイトルームまである。田舎で土地があるとはいえ、近隣の公立高校より明らかに施設が充実している。体育教師の数も多いし、全体の半分くらい体育教師なんじゃないっかってくらいいる。

最近、先生方から生徒会に入らないかってお誘いを受けたが、丁重にお断りした。お母さんは絶対認めない。本当なら、部活の時間だって勉強に費やすべきだってお母さんは言っている。なんとか、健康のためにも部活だけは許してもらえたけれど、生徒会も、ましてアルバイトなんてナンセンス。

だから私の時間は、この放課後の2、3時間だけ。あとは一日中勉強。

父が言うように、「学生の本分は勉強」ってそりゃそうだけど、普通、誰も好き好んで学生でいる訳でもないでしょ。高校だってほぼほぼ、義務教育みたいなものなのだから。

今時の女子高生は、ルーズソックス履いて、ブランドのニット着て、スカート短くして、髪の毛染めて、ピアス開けて、お化粧して、ポケベル持って、バイトして、カラオケ言って、異性とデートして、ショッピングして、忙しいのよ。

そんな女子たちを横目に、ちょっと羨ましい気もする。もっと、自由に、もっと気ままに生きたら楽だろうなぁとたまには思う。今とは違う自分に憧れたりもする。

髪の毛はは真っ直ぐなストレート。巻き髪なんてしたこともない。もちろん脱色や染色も。髪型だってごく普通。

スカート丈だって、普通で、下着が見えそうなほど短くする勇気なんてない。Yシャツは暑くても第一ボタンくらいしか外せないし、唯一のおしゃれは、メガネからコンタクトに変えたことくらい。

他の女子のファッションはあまり好きじゃない。なんで一律に皆で同じ格好をしなければいけないの。そうしたら、本人の「個性」なんてなくなるし。大人たちからだって「コギャル」って言う言葉でひとくくりにされるし。

だから、私はルーズも履かないし、ラルフのニットも着ない。

紺のワンポイントソックスは履いて、ラルフより高級なブランドのニットを着る。本当に良いものは、大量生産の廉価版とは違って、もちもいいし、肌触りからして違う。その違いが分かる人がどれだけいるかしら。

本当のファッションって、「その人に似合うものを身につける」ことなのに。

この国は制服文化だから仕方ないけど、せめてその制服を綺麗に着こなしてもらいたい。だらだらとだらしくなく着ることにどんな美意識があるのか、私にはよくわからない。

クラスメイトから以前に、

「それラルフじゃないよね。どこのブランド?」

女の子はこの手の話題に敏感。無名の三流ブランドを着ていれば、即座にバカにされて、噂が回る。かと言って高級ブランドだと、嫉妬からか、いじめの対象になることもある。女ってほんとめんど臭い。「私がどんなニットを着ようが、あなたに関係あるかしら」って言ってやりたい気持ちを抑えて、

「うーん。大したブランドじゃないと思う。祖母から入学祝いでもらったものだから。」

あくまで、相手の自尊心を傷つけずに、ソフトに、謙虚にかわさなければならない。「あなたがたが着てるラルフのニットベストの3倍の値段がする」なんて口が裂けても言えない。

私の対外的なイメージは、「地味」「目立たない」「真面目」「優等生」だ。女子の世界で、下手に目立っていいことはないから。

女子の世界は、お互いを褒め合い、誰かの非難中傷を聞き、愚痴を吐かなければならない。しかも、多すぎず、少なすぎず、空気を読んで、絶妙なバランスで。

同じグループ内でも、それなりに気を遣わないといけないこともある。

男子はいいな。基本一人だから。男の子がつるんで

「一緒にトイレ(お手洗い)行きましょ。」

なんて言わないだろうし、もしいたとしたら、ワルぶっている一部が、隠れてタバコを吸いにいくだけ。

女子みたいにベタベタしない、単純明快な男子社会っていいなあ。強い弱いもはっきりしている。

そのひとの人間性も本人は隠しているつもりだろうけど、バレバレだし。

「僕は真面目だからね。」

なんて言う割には、女子の胸やスカートの中からのぞく脚ばかり見ている男。

テスト前に

「全然勉強しなかった。」

なんて言う割には、目の下にクマができて、口臭はスタミナドリンク臭がする男。

嘘が下手なら、無理に見栄をはって格好つける必要なんかないのに。格好つけているつもりが、逆に格好悪くなっていることに気がつかない男たち。

男の子は要領が悪い。その分、分かりやすいけど。

女子はずっと気を遣い放しだから。疲れる。

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