手紙

鎌倉での一件以来、私たちの距離は幾分近づいたかのように感じていた。あのあと私は初めて彼女に手紙を書いた。彼女もまた長文の手紙を返してくれた。


ゆうちゃんへ

 ゆうちゃん。私ね。あなたが思っているよりもずっと愚かで不完全でくだらない人間よ。あなたはいつもまっすぐに私の言葉に耳を傾けてくれて、心の底から私を肯定くしてくれて、本当に嬉しいし、感謝しています。ありがとう。

だけどね。本当の私って、あなたが考えているより、いつも観ている私よりも、もっともっと病的で悲観的で陰湿なのよ。時々ね、、そんな自分を恐ろしいとさえ感じているの。きっと、ゆうちゃんには理解しがたいも沢山私の中には詰まっているわ。

 鎌倉の海。あの日私はPASTを思い出しました。不完全であやふやな私の心はときにひどくバランスを崩したりもします。数学の公式のように常に一定の答えを導き出せたら、どんなに楽でしょう。そういう時決まって私は夜、眠れなくなってしまいます。お布団に入って、部屋を暗くして、眼をつぶっても、全然眠くならないの。

 一度ゆうちゃんに電話したわね。覚えてる?電話の翌日、あなたは学校で、そのいつものキラキラと透き通った瞳で私を見つめて

「ごめん。寝ていて電話に出れなかった。」

って、とても困った顔で、本当に申し訳なさそうな顔で、まるで世界が終わってしまうかのような不安げな顔で謝っていたわ。私はそんなあなたが大好きよ。人としてとても正直で立派だと思う。でもね、だからこそ、余計に自分が愚かしい人間に思えてしまうの。後から冷静に考えてみれば、大したことでもないような些細なことを、そういう落ちている時って、とても深く深く、深海の奥底よりももっともっと深くまで考えてしまうの。

 あの日は、「永遠」という言葉一つに、私は頭を悩ませてしまっていたわ。今、こうしてPASTに囚われている時間、辛くて、悲しくて、寂しい時間もずっと続くということはないわ。頭ではそう分かっていても、心はそう感じないの。

 「1分が1時間のよう。」に感じてしまう。頭の中ではPASTや未来のことが試行錯誤される。鎌倉の冷たい海で感じたあなたの温もり、辛いPAST、勉強や母のこと。これから先の進路や、明日の授業のことや部活のこと、ユリやリエのこと。そうして、眼を瞑りながらぐるぐると思考し続け、疲れてふっと時計に目をやると、まだ10分も経っていないことに気がつくの。明日は学校もあるし、早く寝なくっちゃって思うし、身体を休ませてあげなくっちゃとも思っているのに。けれど、そんな私の身体とは裏腹に、頭の中は一向に休む気配がないの。まるで頭と身体が別々の生き物みたい。

 時間が進むのがいつもよりもずっと遅く感じて、朝までの時間、学校に行ってゆうちゃんに会うまでの時間が、はるか遠い未来の出来事に思えて、お布団の中の私は、この世界から隔離され、孤独な世界で、私だけの時間軸の中に取り残されてしまうの。この時間がずっと続くかのように感じるのよ。

 「永遠」って言葉を一体誰が作ったのかしら。ねぇ、ゆうちゃん。この世の中に「永遠」なんてものがある?

 私、考えたの。目に見える物質は変わらぬように見えても少しずつその形を変化させているわ。空気によって侵食されたり、化学反応したり、太陽の光や熱によって、雨や風によって、今、この瞬間、真っ暗闇のこの世界の中でさえ、原子レヴェルでは常に何かが変化し続けているのよ。人も動物も植物も海の空も大地さえも。そうして考えていくとこの世の中に「永遠」なんてものは見つからなかった。

 じゃあ、形のないものはどうかしら。人の気持ちや「愛」なんてどうかしら。例えばね、私は今17歳でまだ肌や身体にも特段悪い所はないわ。でも、私は確実に年々歳をとっていくわ。少しずつ老いて行って、肌にシミやシワができて、スタイルだって今のままって訳にはいかないわ。やがてはおばさんになっておばあさんになるのよ。そうして少しずつ衰えていく私の姿を見て、ゆうちゃんは今と変わらずにいられる?長い時間を共に過ごしても、今と変わらず、「同じ気持ち」を継続できる?きっと、ゆうちゃんは今と変わらずのハコに優しく接してくれると思う。今の気持ちを継続できるように精一杯努力してくれると思う。でもね、それでも、人の気持ちってずっと同じではいられないのよ。人は慣れていく生き物だから、環境への適応をしようとする生き物だから。私もそうなんだけど、身近にいる人間を大切にしなっくっちゃって分かってはいても、その人を困らせるような言動をしてしまったりします。

 外見のことだけじゃなくて、もし、ハコが我儘を言ってゆうちゃんを困らせてたり、ゆうちゃんに対して酷い裏切り行為をしてしまったら、ゆうちゃんは今と同じでいられる?

 そうやって考えてみると、人の気持ちや「愛」にも「永遠」なんてないの。なのにどうして「永遠」なんて言葉があるの?「希望」とか「夢」とか、形のないものを表す言葉は他にもあるけど、それは人の心情を表していると思うの。でも、「永遠」は違うわ。何か。こう。絶対的な力や人の憧れに似た感情を連想することはできるけれど、それは「永遠」の意味とはまた違うと思うの。英語にも「Forever」という「永遠」を表す言葉があるように、どこの国に行っても皆、人々は「永遠」という言葉を使っていながら、その意味を本当に理解している人はいないって思う。形がなくて、この世の中のどこを探しても見つからず、人の心情でもない、その言葉の示すのはナニ?何なの?

 きっと、普通の17歳の女の子は、夜中の1時2時まで「永遠」の意味について悩んで眠れなくなったりはしないのでしょうし、こんな手紙も書かないのでしょうね。

 もし、もしもよ。ゆうちゃんとハコがずっと一緒にいたとするわね。あくまでの仮定の話よ。その時間もずっとは続くことはないのよ。どちらかの寿命が先に尽きるわ。けれどその時には私たちの間には子供がいるかもしれないわ。(恥)

その子供は私たちの遺伝子を持って、また子供を作り、孫ができて、そうした命の連鎖はこの地球上でずっと続いてきたと思うけど、もし地球がなくなってしまったら?星にも寿命があるそうよ。いつかこの星の寿命が尽きて、その活動が停止し、生物がいなくなったら。命の連鎖も途切れてしまう。

 もぉ、私疲れた。ゆうちゃん。答えは何?私は瞼の裏にあなたの顔を思い描いていたの。大きな瞳、短い髪の毛、優しい笑顔、小さなお顔。そうしたらね、不思議なことに答えが見つかりました。もう一つ、誰もが普段から日常的に無意識に使っていて、形も実体もなくて、人の心情でもないことがあったわ。なんだと思う?

 答えは「時間」よ。「永遠」=「時間」それが答え。時間はたとえ地球が滅んでもずっと流れ続けるわ。この広い宇宙で永遠に。

 こんなことを考えているなんて私ってやっぱりちょっとおかしいわよね。でもね。私はこんな人間なの。悲観的だったり、神経質だったり、理屈ぽかったり、なんでもないようなことに真剣に悩んだり。ゆうちゃんはきっとそんな私の姿に戸惑ってしまうわね。でも、私はあなたにもっと一緒にいて欲しいと思うし、もっとお互いに理解し合いたいとも思っているの。本当よ。

 随分と長い手紙になってしまい、ごめんなさい。

 やっと少し眠たくなってきたわ。きっとゆうちゃんのことを考えたからね。あなたはいつだって私を温かい気持ちにさせてくれるから。本当にありがとうございます。ハコはこれで寝ます。おやすみなさい。また明日。(今日?)学校で会いましょう。

 P.S 勝手なことばかり書いて、御免なさい。  ハコ



彼女の赤裸々な文章が嬉しかった。鎌倉での一件は本当に申し訳なく思っていた。二人にとって初めての遠出のデートだったのに、私の私的な感情で迷惑をかけてしまった。こんなことなら祖父の死後無理に強がるんじゃなかったと心底後悔した。

彼女はなんて強いのだろう。自制心と自律心が強く、悪口や愚痴を言うこともなく目の前にある責任を真面目に一生懸命にこなしている。その頑張る姿は美しいし、潔い姿勢は尊敬に値する。確かに彼女は「普通」の女子高生ではなかった。彼女の手紙の一文「理解し合いたい」と言う気持ちが何より嬉しかった。そう、私たちはまだ付き合い始めて数週間で、一ヶ月にも満たないのだ。これから少しずつこうして互いへの理解を深めて、支え合っていけばいいのだ。




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