ミスコン

うちの学校にはミスコンテストはない。

そういった前時代的な、外見だけで女性を評価するといった差別的な催しは行われない。表向きはね。

スポーツ校の我が校には部室棟が3棟もある。そのうち1棟、陸上部やサッカー部、テニス部、弓道部等が入るB棟では毎年「影のミスコン」が行わるのが昔からの伝統のようだ。男子生徒の約3分の1が参加するこのイベントは生徒内ではかなりの盛り上がりを見せている。どうせならば、A棟(野球部)、C棟(バスケ部など体育館使用部活)も加えて、全男子生徒を参加させた方がより盛り上がると思うのだが、伝統を重んじる体育会系の男子はB棟のみの主催にこだわり続けた。

対象となるのは全女子生徒。教師は対象外。雌ゴリラなど対象に入るわけがないのだが、たまに教育実習生の若い未来の教師が間違えて我が動物園に足を踏み入れることもあるらしいが、私が在学中にはそんな不幸な事故はなかった。

まず、どう見ても、明らかに一般的な観点から「美」とはかけ離れた女子は除外される。その選考はなんと影の実行委員会というものが、毎年各部活の代表を中心に十数名で構成され、彼らが執り行う。一次審査を合格するのは全体の6分の1くらいだ。それでもまだ100名近い女子がいる。二次審査からは我々一般の男子生徒の投票で決まる。

投票には三部門あり、外見部門(主に顔)、スタイル部門(主に胸)、キャラクター部門(主に性格やファッション)に分かれている。投票用紙にそれぞれの部門で自分が良いと思う女子の名前をフルネームで書くようになっている。投票用紙は記名式で、一年生の頃、初めてこの投票に携わった時は躊躇した覚えがある。しかし、投票を整理する側からは必要な処置だった。

投票は100人近くの女子のプロフィールを見て決める。信じられないことなのだが、全員のスナップ写真と部活、推定スリーサイズが載っているアルバムが各部に回ってくる。そのアルバムには歴代ミスコンの写真まで入っている。聖子ちゃんカットの顔からアムロ風まで、各時代の実に様々な美しい女子が微笑みかけてくる。写真提供は主に新聞部からだという噂だが、実行委員の働きもあり、新聞部はこの伝統行事が部活の中でも大きなウエイトを占めているという。そういえば、よく新聞部がグラウンドにいる気がする。一体あの経費はどこから捻出されているのだろう。どの写真もそれぞれの女子の特徴をつかんでいるが、説明的な写真だった。私ならもっと違う撮り方をすると思ったが、公平を機するためには、特定の女子だけをドラマチックに撮るわけには行かないのだろう。写真の良し悪しで見る側の印象もだいぶ変わってくるのだから。

さらに驚くことに、これだけ大々的に行われているはずの行事が、当の本人たちである女子生徒の大半が知らないことだった。ミスコンに選ばれた女子には毎年その事実は告げられているそうだが、特に表彰などはない。

実に地味で馬鹿馬鹿しいことに多大な労力をかけている。まぁ、スポーツしか取り柄のない高校生の楽しみなんてそんなものなのだろう。

今年は昨年に比して豊作の年のようで、新入生の一年生に可愛い子が多く、また、昨年には一次審査を通過できなかった子がこの一年で美しく変貌を遂げてめでたくリスト入りしたりと、昨年よりも審査に時間がかかったという実行委員会の裏話を聞いた。

投票は三日間で行われる。B棟の男子生徒約150名全員の票を集計し、翌日には結果が発表される。皆、自分が付き合っている彼女や憧れの先輩、あるいは性欲の対象など、それぞれの主観で投票する。

今年の結果には驚いた。外見部門では昨年と同様に葉子さんの友人であるユリさんが選ばれ、見事2連覇を飾った。キャラクター部門では森谷と同じ水泳部の元気印、同じく2年生の町田良子さんが選ばれた。彼女は特段美人ではないが、どちらかというとボーイッシュで、ショートカットに小麦色の肌、いつも笑顔で大声で話し、誰にみ対しても臆することなく壁がない。彼女の人から愛される資質は私も共感できる。

一番意外だったのはスタイル部門の第一位に「白糸葉子」の文字が並んでいたことだった。私は目を疑った。毎年選ばれるのは、巨乳の子だった。体操着の上からでも確認できる膨らみ、男子なら思わず視線がいってしまう。肩こりを心配してしまうような子が選ばれている。巨乳とは縁のない葉子さんが選ばれるとは信じられない。プロフィール帳によると葉子さんの推定スリーサイズは上から78、58、83だった。

実行委員会の話では今年は違う風が吹いたそうだ。彼女が選ばれたのは、その白い肌と長いあし、ウエストの細さ、いわゆる「くびれ」というやつだ。ヒップからウエストにかけての女性的なラインが、母性の象徴でもある胸のラインに勝ったのだ。

それは革命だと人は言う。今までの価値観が覆される瞬間だ。昨年までのスタイル部門で常に上位にいたバスケ部の女子には申し訳ないが、この評価は妥当なのではないかと思う。走るたびに胸元で揺れる二つのボールのいいが、大人はやはりラインだろう。ミロのヴィーナスは確かに美しい。しかし、あの時代の価値観によって作られたものなのだ。しっかりとした腰は子供を産む女性としては美しいのかもしれない。しかし現代の価値観は「スリム」なのだ。スパーモデルは皆目を見張る細さだし、10代の女子の大半はダイエットをして細くなることを望んでいる。

日本人は昔と違い、西洋的な体つきになってきたのだろう。以前は背も低く、髪の毛も長くて、胴長の印象が強い民族だったが、最近は背も高くなって、脚も長い子が増えた。西洋的な外見の美しさに加え、日本人が本来持っている内面的な美しさが加わり、その美しさは世界レヴェルに変容しつつあるのではないだろうか。

葉子さんは黒髪だし、美しい体のラインもある。幼い頃からの習い事により、女子として洗練されている。中学は文化部で肌も白い。高校に入り、スポーツを始めて、体は引き締まったはず。過去には今のプロポーションはない。これか未来においても、スポーツを続けると別の筋肉が発達する。つまり現在の彼女の美しさは現在しかないのだ。

自分の彼女が、多くの男性の注目を集める存在であると言うことは誇らしい反面心配もある。

残念ながら、三次審査で、今年のミスの座はユリさんになった。私としてはスタイル部門一位で十分だった。

それにしても、全女子の中で今年は陸上部から二人も選ばれる。しかも二人とも2年生。ユリさんは写真と名前、葉子さんも名前だけは学校の影の歴史に名を刻むことになった。何十年後かに私たちの後輩がその写真なり名前なりを目にすることだろう。それはすごいことだ。一応、伝統なので、ミス以外の女子にはそのことは口外無用と言う決まりなのだが、いつかこのことを葉子さんに伝えられる時がくるといい。その時は、私がどれだけ嬉しくて、どれだけ誇らしかったかを彼女に聞かせよう。

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