合宿

 8月に入ると部活では合宿がある。 新潟の山奥まで行き、 他校と合同で山道を

ひたすら走る。顧問の監督のコネで県内ナンバーワンの常勝軍団の高校と一緒に合宿が できる。そんなハイレベルな練習に去年は全くついていけなかった。1週間の合宿中、疲れすぎて全く食欲が無くなってしまう。それでも、食事をしっかり 摂らなくては、真夏の炎天下では耐えられずに倒れてしまうので、先輩達は無理やりにでも後輩達に食事を食べさせる。私と中島守以外の一年生のほとんど がほぼ侮日吐いた。私はただ内臓が強いのかもしれない。逆に吐くほど自分を追い込んでいないのかもしれない。そう言う意味では私はどこかまだ甘えていたのかもしれない。

 あの地獄の合宿から一年が経ち、今年の私はどこまで練習についていけるだろうか。部内の順位は相変わらず下のままだったが。この夏はよく走っていた。去年よりは大夫練習にもついていけるようになった。すでに全身日焼けで真っ黒だった。自分の力を、努力の成果を出したい。

 8月のはじめの週の朝7時に駅に集合し、大型のバスに乗り込み、一路新潟の山奥へと出発、バスに揺られること3時間半。到着し、荷物をおいて食事を済ませると、午後の練習がはじまる。夏の合宿は男女別々で行われるので、今回は葉子さんの目を気にすることも無い。 純粋に練習に集中することが出来る。一日目は軽めの練習で終えた。夜になると、2年生は3年生の部屋に行き、1、2年生の練習の報告をする。朝は下級生から起きてグラウンドの準備や食事の準備をする。去年までは私達がしていたことを今度は1年生にやらせなければならい。私は昔から雑用を自分でやった方が早い思い、自ら実施して、後輩にはその背中を見て自主的にやってもらいたいと考えているが、部の方針に従って強制的にやらせる。2年生は夜、恋話や噂などを修学旅行と同様にしていたが、私は一日も参 加しなかった。昨年と違い、肉体的に話しをするだけの余裕はあったのだが、それよりも練習に集中したかった。睡眠不足が翌日の練習でどれだけ身体に負荷を与えるものなのかと、自らを戒め、一人で早く床についていた。

よく朝は5時から朝練だったが、私は1年生とともに朝4時に起床し、一足早くグ

ラウンドに出て、ウオーミングアップを始めた。誰もいないグラウンドは静寂そのものでサイレントタイムだった。緑の匂い、湿気のある山の空気、たまに鳴く鳥の声、そんな大自然が私をリラックスさせてくれ、力を与えてくれそうに思えた。 やがて、 寝ぼけた表情の生徒達が姿を現し、朝練がスタートする。

 中・長距離の朝練は一周5k mのアップダウンの激しい山道を最低3周以上というメニューだった。5時から7時までの2時間で15kmいうのは、辛いタイムではないが、そのコースには1、8kmの登り坂がある 。高原で空気も薄い。 舗装されていない険しい道もある。 皆で一斉にスタートする。

 私は県内トップクラスの先頭集団に始めからついていく。1.8kmの苦手な上り坂で離されるものの、下りでは、追いつき、トップ集団と共に5周、 20kmを完走してしまっていた。 3年生の先輩や監督、あの中島守もその快挙に驚いていた。

 中・長距離は毎日30から40km走らなくはならない。 例年通り部内では、 一人

まだ一人と調子を崩していく。まず1年生、 次に2年生、最後まで調子を落とさずにいられるのは3年生の県大会出場レベルのほんの一部だけだった。ところが今年に限っては、私を除く全員が調子を崩した。 私は合宿中、 常に部内ではトップの成績だった。平地では抜かしたことのない先輩や中島守を抜けたのは私の自信になった。そんな私の快挙の理由は、 この合宿に対しての姿勢だろう。 皆と違い、夏休みの間も規則正しい生活のリズムを保ってきた。早起きも苦ではない。

脳がしっかりと覚醒してから身体を動かすということ。夏の始めから取り組んでいた肉体改造、 筋力トレーニングの成果、 翌日に疲れを残さない為の風呂上がりにはいつもの倍の時間をかけて柔軟体操をし、早くに眠る。そういった自分の身体のメンテナンスやリズムを整えるという作業がアスリートには必要であるということもこの合宿を通して学ぶことができた。走っていない時でも、走る為の生活をしなくてはいけない。 私は今年それが出来ていたというだけで、平地に戻れば、彼等の方が早いのだと自分に釘をさした。有頂天になるとよい事はない。

しかし、今年の合宿で一番感じた事はなんといっても精神的なことだった。

 吐きそうになったり、全身筋肉痛で苦しいとき、心臓が張り裂けそうに息が苦しい時、必ず葉子さんの辛さを想った。

「彼女の辛さに比べれば、こんな辛さなんて大したことではない」

その思いが私を支えてくれた。去年はただ「辛い」としか感じなかった時間が今年は有意義な時間として感じられた。この合宿を通して、部活内での私の見方は変わり始めた。秋にはまた記録会がある。燃えてきた。

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