高校2年・春

 4月。季節は春になり、学校の周りは桜の淡いピンクで一面彩られる。

周囲が田畑ばかりの学校への道のりは、この季節には鮮やかな色合いの花々で美しく、延々とどこまでも続く桜並木の脇には菜の花畑、沿道にはチューリップ、レンギョウ、ポピー、タンポポやモクレンなどが様々な花が咲き、私たちの目を愉しませてくれる。

足元では虫たちもゆっくり活動を開始している。

毎年、この季節に新学期を始めることにした、昔の日本のお偉いさんに感謝したくなる。

生命の活動が開始される季節には、人の心もポジティブになる。私たちも自然の一部であると実感する。

 こんな気持ちのいい季節には、カメラ片手に早朝の散歩をお勧めしたい。

とても気持ちがよく、シャッターをどんどん押せてしまう。フィルムをセットして、ファインダーを覗いて、シャッターを押す。その一連の作業がとても心地いい。

写真を撮る喜びの一つ、私が使っているカメラがある。私のカメラは、祖父のお下がりで全てマニュアルのカメラだった。最近のカメラはみんなオートでピントも露出も合わせてくれて、フィルムも自動で送ってくれる。そんな時代に全て手動でやらなければならないなんてとても不便なようだけれど、使っていくうちにこのカメラに愛着が湧くようになった。

ファインダー越しの世界を一枚一枚丁寧に露出やピントを合わせてはシャッターを押してフィルムを巻く作業は、美しいものを自分の中に取り込んでいくような錯覚を起こさせてくれるとても有意義な時間だ。

 春には新入生も入り、私もいよいよ高校2年生になる。後輩というのは厄介で、私は彼らのよき先輩になれる自信もないし、面倒を見れる自信もない。

部活では、中学で経験を積んできて、初心者の私よりも早いタイムで走る人間もいるだろう。

スポーツの盛んな我が校には、中学のエース級が入ってくる。 高校から始めた初心者なんて、全体の5%くらいだ。

しかも初心者は厳しい練習についていけずに次々と辞めていく。

事実、この1年で7名の人間が辞めて行った。私は初心者の中では唯一の生き残りだが、経験者の誰にもベストタイムでは追いつけずに一年を終えていた。

後輩からそんなプレッシャーを受けつつも、まだ幼さの残る彼らの緊張した表情を見ていると一年前の自分を見ているようで自然と頬が緩んだ。

 私は割と昔から身体を動かすことが好きだった。水泳を6年、サッカーを3年、スケボーを3年、ボクシングを半年経験していた。それはそれで自分の自信に繋がっている。初心者であろうが、タイムが遅かろうが関係ない。自分はまだ発展途上なのだ。後輩に対しても堂々としていれば良いのだと自分に言い聞かせる。

 さて、進級すると当然クラス替えもある。私は森谷とはまた違うクラスになった。彼は理系コース。私は文系コースに進む。これで高校3年生になっても彼とはクラスメイトになることはない。

きっと、私たちがクラスメイトになるというこてとは私たちの人生には初めから予定されていなかったのだろう。

 私の新しいクラスは、男子35人に対して、女子5人という不公平極まりない人員配置だった。ほとんど男クラだ。クラスが替われば、また新しい女子との出会いがあるかと期待していた男子にとっては残念極まりない。

 私は昨年の秋の失恋から、春の陽気も手伝って新しい恋をしようと目論んでいいた。今まで年上の女性ばかりと交際していた私は、同級生との恋愛にチャレンジしようと考えていた。

「思い立ったらすぐ行動」の私は、早速、2年生のクラスの全部を品定めに回った。今まで全く興味がなかったので、向こうから近づいてくる女子しか知らなかったが、改めてこうして自分の彼女候補をの娘を探して回ってみると色んな娘がいることに気がつく。これはこれで、楽しく、貴重な経験だ。

 私は自分の容姿に自信がある訳ではない。だからクラスのアイドル級の女子たちと自分は釣り合わないと思っている。

当然、恋人候補からは除外視される。私は身の程をわきまえているのだ。私はとびきりの美人でもなく、ブサイクでもなく、それでも、平均よりは少し上ぐらいの容姿の真面目でおとなしそうな娘を探した。

 同学年では200人近い女子がいる。その中でこの一年で話した記憶のある女子が30人、顔だけ知っている女子が20人。それ以外の150人はほとんど初めて目にした。そんな事実に自分でも驚いた。自分が如何に同級生に興味がなく、視野が狭かったのか実感した。

 全てのクラスの女子の偵察を終えて、少々疲れた。こんなにもたくさんの女子を注視した経験も初めてだった。私は最終的に、200人の中で2人の女子に目をつけた。

 一人目は、斉藤良子さん。名前の通り、育ちが良さそうな女子。背中までストレートに伸びた黒い髪、細い目に、端正な顔立ち、清潔感のある佇まい、顔全体に凹凸がなくのっぺりとして、人の良さそうな表情、それでいて人懐っこさのある小動物的な可愛さ。スタイルも服の上からでも十分に胸の膨らみをみて取れた。背は高くなく、170cmある私よりは10cmくらい低そうだ。何かに似ていると思ったら「こけし」に似ている。彼女は弓道部に所属していて、よく彼女の袴姿を目にしていた。不思議と袴姿の女子はそれだけで、静観さや清冽さなどのオーラを漂わせているように感じる。

 二人目は、白糸葉子さん。彼女は同じ陸上部。髪の毛は黒くストレートで肩口で綺麗に切りそろえられている。目ははっきりとしていて意思の強さを感じる。スタイルは全体的に凹凸のないスタイルだが、部活の時にみる彼女の足はとても形がよくて、長い。下半身の美しさだけで言えばモデル顔負けだ。普段はとても真面目そうで、清楚な服装からは隙がないようなきつい印象も受ける。キリッとした目元や、いつも背筋が伸びていて姿勢がよく、同じ年齢とは思えないほど、精神的に精錬されているように見える。いつも凛とした雰囲気を漂わせている。

 彼女は流行のダラダラしたファッションを好まないようで、自分流でいる。ルーズソックスも履かずに、足のラインが出てしまう黒のワンポイントソックスを履いている。女子高生の95%がルーズソックスをはくこの時代で彼女の勇気は凄い。彼女の佇まいから「自分に似合うものを身に纏うことが本当のファッションなのよ。」という声が聞こえてきそうだった。

 良子さんが無邪気な少女なら、葉子さんは大人でミステリアスな女性だ。葉子さんには、容姿とか、スタイルとかそういう俗世っぽい理由とは他の部分で私を惹きつける何かがあった。彼女の透明感のある瞳や、白い肌がさらに彼女の神秘的な怪しさを助長しているようにすら思えた。彼女は陸上部の中でもとりわけ肌の美しい女性だった。

 ターゲットを絞りこんだ私は早速彼女たちの調査を始めた。真正面から「彼氏いる?」と聞いてしまえば2秒で終わる作業なのだが、全く遂行できない。それどころか意識してしまって相手の顔すらまともに見られない。生まれて初めて自分の方から能動的に恋愛に向かうとこうも緊張してしまうものなのか。自分自身が情けなくなった。今まではたとえ初対面であっても、気軽に女性に話しかけられていたのに今は逃げ腰でいる。過去私に対して女性の方からアタックしてくれていたことに改めて感謝し、彼女たちの勇気を見習わなけばならないと反省する。

いつか森谷に、

「里中君の名前っていいね。」

と言われたことを思い出す。そう、私の名前こそ「勇気」だった。と言っても私の名前はひらがなで「里中ゆうき」そんな男だが女だか分からない名前は嫌だった。実際に小学生のときは、女子で「ゆうきちゃん」が二人もいて、男子のゆうきは私だけでよくからかわれていた。でも、今の私は「ゆうきちゃん」が相応しい。

 とりあえず、うじうじしていても始まらないので、行動に移す。良子さんの方は弓道部に綾ちゃんという知り合いがいるので、そのツテで調査を開始する。綾ちゃんは一年生のときに森谷と同じクラスで、森谷のクラスに顔を出した時に知り合って、お互いに映画が好きという話で盛り上がり、休日に時間が合えば一緒に二人で映画をみては、映画談義をする友人だった。

 綾ちゃんによれば、良子さんは、とても愛されて育って、大人しく、恥ずかしがり屋で、人見知り。人に誘われるとNOと言えない性格、すぐにもじもじしてしまい、おまけに赤面症。

 ぽっちゃりとした体格で明るく、元気で気の強い、いつもパワー全開の綾ちゃんからしたら、良子さんのそういう性格は見ていてもどかしくなるらしく、母性本能なのか面倒見の良い性格なのか、いつも綾ちゃんが良子さんをグイグイ引っ張っていく、そんな関係らしい。肝心の良子さんの恋人の有無にたどり着くまでい、映画代と、飲み物代、マクドナルドとミスタードーナツ代のお金と2週間の時間を要した。

 幸いにことに良子さんには、今も昔も好きな人も付き合っている人もいないみたいで完全にフリーなようだった。

「特に好きな人はいないみたい。モテない訳ではないんだけど、ほら、あの通り奥手で恥ずかしがり屋でしょ。男子もそういうところが可愛くて近づいてくるみたいなんだけど、あの娘があんまり恥ずかしがってばかりで、ちっとも前に進まないので、皆諦めてしまうのね。まぁ同性から見ても良子のおっとりぶりには、時々イライラしてしまう時があるもの。誰かいい人いないな。」

とできの悪い行き遅れた娘の身を案じる母のような口ぶりでそう話してくれた。

「男が去っていくほどのシャイな娘」

そう聞いたら、逆にやる気が湧いてきた。


 もう一人の恋人候補の葉子さんはに関しては全く接点がなかった。同じ部活で同じグラウンドを使用してはいるが、うちの学校の陸上部は規模が大きく、男子と女子は別で、それぞれに顧問もいる。彼女とはクラスも違うし、顔をみることができるのは休み時間と放課後の僅かな時間だけだ。しかもどういう訳か同じ学年なのに、私と彼女は階数が違う。しかも西の端と東の端とクラスも一番離れた位置にある。

 さらに、陸上部の一つ上の代は男女仲が良いのに、私たちの代は全くと言っていいほど交流がない。絶望的。

 私は小川先輩に事情を説明して、協力してもらうことにした。小川先輩はすぐに動いてくれた。小川先輩が普段から仲良くしている女子陸上部の真紀子先輩を紹介してくれたのだ。その日、私たちは3人で部活帰りにファミリーレストランに寄った。小川先輩の隣に真紀子先輩が座る。その向かいに席に私が一人で座る。普通はこういう時は男同士で座るのではないかと思うが、この際どうでもいい。今日の目的は葉子さんに恋人の有無を調査することなのだから。小川先輩はドリンクバーを3人分注文した。それから約10分くらいは部活のこととか他愛のない話をした。暫くして真紀子先輩が

「それで、ゆうきくん。今日は何か話があったのでしょう。お姉さんに話してごらんなさい。」

と降ってくれた。真紀子先輩に「お姉さん」と言わせるのは自分の容姿が、童顔で気の弱そうな性格のせいだ。今までの年上の女性は皆そうだった。

真紀子先輩の軽くウエーブのかかった茶色い前髪から覗く、少しつり上がった瞳が私の方を向いている。綺麗な人だと思った。真紀子先輩は短距離で県大会の決勝に進むほどの選手だ。肌は健康的にに日焼けしていて、彼女の容姿からはエネルギッシュで周りを元気にするオーラが出ているようだった。同じ短距離の小川先輩とも似ていて、どこか人を惹きつける魅力がある。そのまま二人で並んでいれば、どこかのスポーツ雑誌の表紙になっていてもおかしくない爽やかカップルに見える。

私は単刀直入に、

「白糸葉子さんに彼氏がいますか。」

と聞いた。つくづく年上の女性には素直になれる自分が嫌になる。

真紀子先輩は、

「あの娘に彼氏がいるという噂は聞いたことはないわ。他の娘は結構お盛んみたいだけどね。あの娘からはそういう浮いた話は一切聞かないわ。私の耳に入ってこないだけかも知れないけど、あの娘は結構お堅いところがあるから、あんまりモテないんじゃないかな。」

「そうですか。」

安心した反面、「モテない」という表現は微妙だ。それはある意味彼女を批判的に捉えているようにも聞こえる。真紀子先輩は続ける。

「それにあの娘、私たち3年生の中でもあまり話題に上らないのよ。っていうか、何を考えているのかよく分からないの。2年のユリやエリとかとは話しているけど、他の娘と話したり、ましてはしゃいでいる姿なんて見たことないし、私たちにもお上品な敬語しか使わないし、勿論先輩後輩の中だkら礼儀は必要よ。そこは確かに問題ないし、むしろ優等生なのよ。でもねあまりにもそれが徹底しすぎていていて、全く隙がない感じ。分かるでしょ。そういうのって可愛くないじゃない。多少は生意気でも、礼儀知らずでも、ゆうき君みたいに『先輩、先輩』って来られた方がやっぱり先輩としては可愛いのよね。でもあの娘は良いのか悪いのか、その判断基準がはっきりしていて、その線からは決して出ないし、真面目で、先輩が間違ったことを言えば、それには後でどんな酷いことを言われることになったとしてもぜったおの従わない。だからかな。あの娘に対して私たち3年生はいい印象はあまりないわね。」

「そうだな。ゆうきみたいに先輩と仲良くできる奴も珍しいけど、その娘も珍しいな。お前ら結構変わり者同士で気が合うかもよ。」

小川先輩は耳のピアスをいじりながらそう言った。小川先輩が耳を触る仕草をする時は、相手の話に飽きてきて、退屈そうな時にするいつも癖だ。

私は二人にお礼を言って、ファミリーレストランを出た。外に出るともう真っ暗だった。帰り道で真紀子先輩の言葉を思い出していた。

「何を考えているかよく分からない娘」

一体彼女はどんな娘なのだろう。意思が強く、融通が利かない。そんな印象を受けた。私はもっと彼女のことを知りたいと思わざるをえない結果だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る