6泊目 高級食材と練金魔法
「ただいま、今戻ったぞ!」
ゲストハウスの扉を開け、玄関に荷物を下ろしながら俺は叫んだ。
するとキッチンからオイゲンが顔を出し、物凄い勢いと笑顔でこちらに向かってくる。
「お、ユート! やっと帰ったか! 待ってたぜぇ! 今日はどんな食材を仕入れてきたんだ!? 早く見せろ!」
「聞いて驚くなよ……? 今日はなんと、ムチョ=ムッチョが売りに出されてたんだ! 日数にして4日分はあるな。早速今日、まずはブイヤベースにして出してくれないか?」
「ムチョ=ムッチョ!? おいおい、マジかよ……! シュトーレンでお目に掛かるのは初めてだぜ……! ヤベェな、このタイミングで宿に来た嬢ちゃんは運がいいな」
「俺がどうしても食べたくて奮発しちゃったわけだけど、この美味しさに目覚めさせてしまうのは申し訳ない気もするなあ。中々お目にかかれない上に高価だからなあ」
買ってきた食材について興奮したオイゲンと話しつつ玄関から続く談話室の方を見ると、エルが真剣に何かの本を読んでいるようだった。
荷物はオイゲンに任せることにして、熱い紅茶でも持っていってやろう。
この時期のゲストハウスに旅人が来てくれるのは珍しく、そしてとてもありがたいことだから精一杯のおもてなしを心掛けなくては。
「エル、寒くないか? 紅茶が入ったぞ」
トレイの上には、シュトーレンの高山エリアで栽培されている高級茶葉から淹れた紅茶がニ杯、熱いミルク、角砂糖を四個、そしてオイゲンお手製の一口スコーンがニつ。
「あっ! ひゃっ! ふぁい!? あ、ユートさん……!」
目の前の本に集中しすぎて談話室に入る俺に気付いていなかったのか、声をかけた瞬間、エルの肩が跳ねた。
「物凄い集中力だな、何を読んでいるんだ?」
エルの向かいに置かれている椅子に腰をかけると、エルは困ったように眉毛を下げて微笑んだ。
「これは錬金魔法の参考書です。……私、才能がなくて錬金魔法しか魔法を使うことができないんです。学校でも落ちこぼれ扱いで、だからこそ自分ができる分野の魔法はマスターしたいと思って……。」
そう、この世界では通常魔法と呼ばれるものは大気中にに存在するマナを使って発動したり、異界の精霊と契約をして使役したりすることを言うのだが、それができるかどうかは生まれ持っての才能や体質に依るところが大きい。
その点、錬金魔法は才能や体質で魔法が使えなかったとしても、マナを閉じ込めた道具や材料を使うことによって無理矢理魔法を発動させることができる。
そしてエルは、どうやら生まれながらの魔法の才能は持っていなかったようだ。
なるほど、だからこそここまで集中をして勉強に打ち込めるのだろう。
「エルはどうして魔法を勉強しているんだ? 王宮魔導士とか、魔術傭兵団とか、何かやりたい仕事があるのか?」
「いえ……、少し前、私の国では大災があったことはユートさんもご存知だと思います。その時、目の前で友人を亡くしたことがあって、それで魔法を使えさえすればもっと救える命があると思ったんです。勿論、その友人も私に魔法の力さえあれば救い出すことができた。なので、魔法とは全く縁が無かった私なのですが、がむしゃらに努力をしている途中……なんです」
エルの笑顔はいつも哀しそうで、見ているこっちの胸がチクリと痛む。
「なるほど……。辛い経験をしたんだな。まぁ俺も同じようなものか」
エルの気持ちが移ってしまったのか、どうにも上手く笑顔を作れている気がしなくて、髪をかき上げて取り繕った。
「ユートさんも同じ……って、何かあったんですか?」
「俺の場合はエルと逆だな。魔法によって家族を奪われたんだ。その時のことはよく覚えてないんだが、魔法暴走事故だと聞いている。魔法は便利な反面、脅威となる存在にもなるんだよな」
「……それは、何も言葉がでません。だけど私は、危険だと分かっていても夢を諦めることはしません。それに……」
そこまで言うとエルは口をつぐんで自分の足先に視線を落とした。
「それに、どうしたんだ?」
「いえ、何でもありません! まずは自分にできることをしっかりと頑張らないと……!」
「そうだな、目標に向かって努力をできるのはとてもカッコいいことだぞ! きっとエルなら何にだってなれるさ。ただ、くれぐれも魔法を使う時は用心して、自分と周りの命は守ってくれよ」
パッと明るくなったエルの笑顔に俺も一安心して、激励の言葉を贈る。
「カッコいい、何にだってなれる、ですか……。うん、私、頑張ります! そして、絶対に世界に名を轟かせるような錬金魔法の使い手になってみせます!」
俺はこの瞬間、ようやくエルの心からの笑顔を見た気がした。
「さて、もうそろそろ夕ご飯の時間ですよね? ここのご飯は絶品だって旅の人に聞いていたので、ご飯の時間がずっと待ち遠しかったんですよ」
俺は気づいてしまった。ふにゃっとした屈託のない笑顔で話しかけてくるエルは、とんでもなく可愛い……!!
落ち着け、落ち着くんだ俺。お客様にときめいてしまうだなんてあってはならん……!
ここは冷静に、年上としての余裕を見せるべきだ……!
「可愛い……」
あ。
「え?」
いやいやいやいや、危ない危ない!! エルのあまりのキュートさに思わず声が漏れてしまった!! 超絶可愛い、絶世の美少女と言っても過言がない……!! でもここは冷静になれ……!!
「いやなんでもない。そうなんだオイゲンが作る料理はシュトーレンの中でも美味しいと評判で宿泊者以外のお客様にもレストランは開放しているから噂を聞きつけた人たちや常連さんたちが毎日食べにきてくれるんだこの宿泊者が少ない冬季の間でもこのゲストハウスがやっていけるのはオイゲンの料理のおかげでもあるんだよな本当にオイゲンには心から感謝しているよ。あ、そうそう今日はムチョ=ムッチョを仕入れてきたんだがそのムチョ=ムッチョっていうのがまた珍しくて」
「あ! すみません、先に着替えておきたいのでお先に失礼しますね!」
そういって席を立ったエルの笑顔は、また眉が下がったら困ったような笑顔になっていた。
「お、おう! じゃあまた食事の時間に食堂で待ってるな!」
手を高くあげて振りながらエルを見送ったが、手を下ろす時にはなんとも恥ずかしく、気まずい気持ちが俺の中を駆け巡った。
まぁ仕方ないよな、可愛いのが悪いよな、うんうん。可愛いは正義なんだから、その持って生まれた美貌に感謝するべきだぞ!!
……と、呑気なことを考えながらも、頭の片隅には魔法の力がないせいで友人を亡くした、というエルの言葉があった。
魔法のせいで家族を亡くした俺、魔法が使えなくて親友を亡くしたエル。
どちらも魔法に関わることで大切な人を目の前でなくしている。
今まで俺は、魔法の力なんてこの世から無くなってしまえば良いのに、と考えたことはたくさんあったが、魔法の力で人の命を救う、ということについて考えたことはなかったかもしれないな、と魔法嫌いの自分を振り返った。
うん、考え事ばかりしていても頭が凝ってしまうなあ。俺も夕飯前に、少しだけ身体を休めようか。
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