107.5話 天使が近づくその日まで

 地面に倒れた隆の周りに出来た水溜まり。それは降り始めた雨と混ざり、赤に染まっていた。


「殺されるのは……、ああ、実に快感だ」


 胸を銃弾で打ち抜かれてもなお、生きていた。


 これが不死への探求の成果であり、結果でもある。


 オリジナルの薬品を解析し、長い時間と莫大な資産をつぎ込んでも不老不死には遠く及ばなかった。


 出来ることは所詮、延命処置に過ぎない。


「出来損ないの凶弾に討たれるのは少し納得いかないがな」


 今さっきできた傷跡をそっと撫でる。


「――うっわ、死にかけじゃん。もう無理だね」


 突然、女の声が聞こえて顔を上げる。


 隆は声を掛けられるまで、目の前に立つ赤い傘を持った少女に気づくことが出来ていなかった。彼女は完全に気配を消して隆に近づいたのだ。そんな芸当が出来るのに思い当たる人物は1人。


「エンジェル……どうして……ここに……」


 細く長い脚を強調させるようなショートパンツ。胸元が開かれたUネックの白いシャツ。その上に纏う黒いジャケット。紅い瞳を煌かせ黒髪が風で舞う。夜空の月光は艶のある美貌をより際立たせる。

 

 雨に濡れた彼女は、美しく麗しく絵画のような存在だった。隆は虚ろな瞳であったが、つい見惚れてしまう。

 

 彼女はやけに視線が熱いと気づいたのか、ワザとらしく胸を押し上げるように腕を組んだ。


「死に際にざまぁみろって言いに来たの」


「なるほど。君は暇人なのかな」


「暇ではないよ。なんせ天使、なんだからね。やることはたくさんあるわよ。特に、君の手放した『怪物』。あれを観察しているのが楽しくて楽しくて、忙しい忙しい」


「はははっ、あの子は私が育てたんだ。どうだ? 素晴らしいだろう?」

 

「……………何言ってるのかしら。あの子はあなたが育てたんじゃない。あなたの教育は一切関係ないわよ。その結果が……」


 彼女は最後まで語らず、自分の胸を叩く。そして、肩を竦めると踵を返して歩き始めた。


「……おい、どこに行くつもりだ」


 男の問いに、彼女は振り返らずに答える。


「化け物退治は天使様に任せな~」


 それじゃあと手を振った瞬間、彼女はすでに消え、隆の意識も永遠に失うことになった。



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