107話 出来損ないの引き金
隆は拳銃を突き付けられたまま、後部座席で腕組みをして座っているしかなかった。
車に乗り込んで、1時間は経っただろうか。
周囲に建物はなく、景色は雑木林だけ。車はガタガタと揺れ、舗装されていない道を進んでいた。
「いい加減、どこに行くかぐらいは教えてくれないかな」
スマホを没収され、暇を持て余していた隆は欠伸まじりに問う。答えは無いと独り言程度の言葉だったが、助手席に座る少女は短く答えた。
「もうすぐ」
「ふん、それは結構」
少女の言葉通り、1分も経たずに車は停止した。
*
「……久しぶり、父さん」
僕は手に持った拳銃を父親の額に突き付けた。
「おいおい、感動の再会に拳銃とは何の冗談だ?」
「全部知ってるんだ。プロジェクトアダムのこと」
「……そうか。では、彼女が見えるんだな?」
僕の右肩に視線が移る。そこには顎を乗せて気だるげにしている冥がいた。
「ああ。父さんにも見えているのか」
「勿論」
2人の会話について行けないと、拳銃を持った冥子は困惑の表情で2人を交互にみていた。
「父さんが若作りしている謎がようやく解けたよ。そりゃあ不老不死の実験をしているんだもんな」
「その通りだ。だが、あくまで若作り。老化を逆行することにはまだ成功していない。だからこそ、冠城の孫が必要なんだ。あの子供に実験を成功させる何かが隠されている!」
「何かって何さ。僕はそんな薬、存在しないと思うよ。冥から全部聞いたんだ。冠城家が大昔に始めた不老不死の実験のこと。試験薬2本を父さんが盗み出したこと。そして、その薬は僕と冥子に投与された。——結果として、強靭な肉体を手に入れたものの、僕は一時的なもので強烈な副作用付き。そして冥子は人を殺める力を手に入れたけど、冥っていう別人格らしきものが生み出された……どういう仕組みか、僕達だけにはなぜか見えてる」
『冥が見えるのは、見せたい人に見せてるだけだよ!』
冥はプンスカと僕の背中を叩いた。
「ああ、ごめんごめん悪かった。つまるところ、成功した事例はなく、盗まれなかった試験薬も2本投与はされたが、被検体に期待した効果は無かった。あるとすれば……冥を見ることが出来るってことかな」
「そうか。それがオマエの見解か」
父さんはニヤニヤと笑う。
僕の推察にどこか間違いがあるのだろうか。試験薬を投与されたのは2人だけのはずだ。……1本は父さんが使った。冥が見えているのが何よりの証拠だ。
この推理には重大な欠陥がある。それは、もう1本の試験薬の存在だ。だが、いますべきは父さんの断罪。
理由なんて後付けで良い。余罪も僕が清算すれば良い。
原罪は父さんに贖ってもらう他ないのだ。
「見解も考察も間違っていて構わない。父さん。アンタはこれから実の息子に殺されるんだよ。——出来損ないの、ただのガキにね」
「言うじゃないか! 出来損ないの駄作に、そんな覚悟なんて——」
父さんが言葉を言い終える前に、僕は拳銃のハンマーを下ろし、指先を曲げた。
冥に話を聞いて、覚悟はとっくに決めていた。
父さんには僕の人生と冥子の人生を滅茶苦茶にした罪がある。
欲に塗れて、多くの人を殺した罪がある。
森の中で響き渡る銃声。騒めく鳥たち。
実の父親——悪人を殺した感想は、呆気ない。ただその一言に尽きた。
「翔和、私たちと同じ薬が身体に流れているとしたら、死なないかもしれない」
「いいやそれは無いね。彼が不死身だったら、それこそ僕たちを殺す必要はない。実験体として一生幽閉されていたはずだ」
「でも、本当に良かったの?」
何が良かったのか。あえて濁したその言葉の正体。尋ねることはない。だから、その問いに僕は空を見上げて答える。
「ああ、これでいいんだ。……行こうか冥子」
夕暮れ時の空はオレンジと灰色に染まっていた。もうすぐ雨が降るのだろう。
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