106話 ゲームオーバー


「冠城学です。こっちはメイドの犬星珠李です。広いだけが取り柄の屋敷ですが、どうぞごゆっくり」


 あくまで平然。いつも通りの態度を取った。それが最善の手。心臓が激しく脈打っていたが、頭の中は冷静そのものだ。


 珠李は相変わらず無表情だったが、俺には警戒しているのが良く分かった。


——志水隆。


 この男こそが、俺の襲撃を計画したと思われる主犯格。


 イーシェから日本にいると連絡があったが、なぜここで出くわすはめになったのか。


「学、話は夕方にでもいいか?」


「ああ、別に構わないよ。それまで自分の部屋にでもいるよ」


 俺は隆に会釈をして部屋を出た。


 長い廊下を珠李と共に無言のまま歩く。


 自分の部屋に入って、鍵を閉める。ここまで来て、緊張の糸が解けたように大きな息を吐いた。


「―—ったく、どういうことだよ」


「申し訳ございません学様。事前に来訪者の詳細は聞かされておらず……」


「別に珠李を責めているわけじゃない。アイツがいると分かっていても、準備ナシに大したことは出来なかったと思うからさ」


「イーシェ様に連絡しておきますか?」


「いいや。こんな場所で警察沙汰になっても困る」


 あの男について詳しいわけではないが、何の考えなしに突撃してきそうだ。それに、日常を守るという決心が早速揺らぐことになってしまう。


「そうですね。それは御免です」


「まぁ、これで冠城家と志水隆に繋がりがあることがハッキリした。それでヨシとしよう」


「そう、ですね」


 であれば、イーシェから聞かされた非現実的な実験、プロジェクトアダムとやらも本当に実在するのだろう。


「……だけど、そうなると、あの男は一体何しに来たんだよ。また俺を狙って——俺を狙う理由ってそもそもなんだ?」


「土門浩一郎が主犯格であれば、権威の復権、あるいは資金調達だと思いましたが、志水隆が主犯ならば……何でしょうか。それだけのことをするメリットが見当たりません」


「金は持っていそうだったな」


 あのキッチリした身なりで金には困っていないだろう。


「そうですね。とすれば、あとは——」


 珠李が俺のことをじっと見つめる。


「ん、どうした?」


「学様に何かあるのかもしれません」


「まさか」


「そうですね。まさかです。そうなると、逆に主犯は志水隆ではない人物なのかもしれませんね」


「そうだな。イーシェも確定ではないと言っていたし、土門もあくまで予想の範疇だって聞いたな。……じゃあ誰なんだ?」


「それこそ、刃様に相談なされるのが得策かと」


「……そうなるか。プロジェクトアダムについても詳しく聞きたいしな」


 答えを聞きたいのは山々だが、夕方まで時間はある。いまの俺に出来るのは、腕組みをして首を捻ることぐらいだった。





     *





「いやぁ、ビックリしたよ。まさか息子さんと会えるとはね」


「不本意だ。オマエが急に来るからだ」


「それは悪かったよ。それじゃあそろそろ御暇しようか」


「そうしてくれ。梅子、外にいるんだろ。見送ってやってくれ」


 扉に向かって刃が声をかけると、扉が開いて、梅子が顔を覗かせた。


「じゃあな。息子さんによろしく伝えてくれ」


「誰がよろしくさせるものか」


 隆は刃を一瞥すると、部屋を出た。


 梅子に連れられるかたちで、屋敷の中を進む。


「帰りの手配は?」


「すでにご用意しております」


 外に出ると黒のリムジンが停まっていた。梅子が運転手に会釈すると扉が開いた。


「またお越しください」


 梅子に見送られ、隆は車に乗り込む。


「最寄りの駅まで頼むよ」


 運転席に座る初老の男は無言で頷く。


 スマホを取り出して新着のメールを処理する。運営する会社からの連絡やその他に持っている小さい仕事の依頼など、少しの間確認しないだけでも10件近く溜まってしまう。1件1件確認する暇もなく、流しで重要なメールだけ見ていると、違和感を覚えた。


「なあ運転手」


「なんでございましょう?」


「駅に行くならいまの交差点を左折だろ」


「いいえ。道路工事をしていますので」


「来た時はなかったぞ」


「では緊急の工事でしょう。そういうこともあります」


「……そうか」


 隆は納得いかなかったものの、大人しく座っているしかない。


 再びメールの処理に戻ろうとしたが、


「――おい、この道だと駅のルートに戻れないじゃないか」


「こちらの方が近道でございます」


「ふざけるな。駅に向かわないならいますぐ降ろせ」


「それはできません。目的地はこちらで決めました」


「……オマエ、何者だ?」


「そうですね、世界で一番の腕を持つ暗殺者と言えば、私が誰だかわかりますか?」


 その問いに答えたのは、いつの間にか助手席に座っていた少女だった。




<あとがき>


 久しぶりの更新です。


 遅くなって申し訳ないです。


 というのも、終わる終わる言ってましたが、もうちょっと続けようと思ってこの先の話を変更していました。少なくとも、夏休み編なるものが出ます。まあ制作中ですけど。そのせいで更新はいまだゆっくり(月1、2)だと思いますが、気長に応援していただければ幸いです。


 では。



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