94話 そばにいてね
目が覚めた。
火恋は上半身を起こして周囲を見渡す。ソファの上で布団をかけた簡易的なベッドだが、床で寝ている翔和に比べたら随分とマシだった。そもそも火恋が無理を言って一緒に寝ているのに、文句は言えまい。
布団に潜り込み再び眠ろうとするが、なかなか寝付けない。
暗闇の中で、カチ、カチ、カチと時計の音だけが鳴り響いている。こんな年齢にもなって、淡々と繰り返す音に恐怖を感じていた。
だからつい、彼の名前を呼んでしまった。
「と、わ……起きてる?」
その問いに、床の近くから布が擦れる音がしてから欠伸混じりの声が聞こえて来た。
「起きてる。どうかしたのか?」
「べつに。翔和はもう寝ちゃったのかなって思っただけよ」
「体調はどうだ?」
「だいぶ良くなった」
「それなら明日には大丈夫だな」
こうして沈黙が流れて、再び秒針の音が聞こえ始める。火恋はやっぱり怖くなって、とりあえず翔和に話しかける。
「……翔和」
「どうした?」
話す内容を全く考えていなかった。何でもいい。何か翔和と話せる内容、趣味の話でも何でいい。とにかく話すことを考える。
「――翔和はお父さんのことをどう思ってる?」
「…………」
——ああああああ! やってしまった!
混乱のあまり禁忌レベルの質問をしてしまった。
火恋は頭を抱えて翔和に言い訳をする。
「ごめん、今のは無し! 違うの。違うことを聞こうとして――」
「火恋」
「……はい」
「僕は父さんのことを恨んでいる。母さんが病気になったのもあの人のせいだ」
翔和の母は心の病気により現在病寮中で、実家に帰っている。父が原因だとは前から聞いていた。
「――俺が殺されそうになったのも、父さんが原因だろう?」
「…………!」
翔和の核心に迫った一言で、火恋は思わず起き上がった。
「おいおい! 安静にしてろ!」
「知っていたの?」
「なんとなく、そう思っただけだよ。父さんがやりそうなことだ」
自分の父親に命を狙われるかもしれないと考える人が、普通いるのだろうか。その考えに至るのであれば、彼が今までどんな目に遭っていたのだろうか。
火恋は翔和の暗殺を阻止することを胸に誓って、再び横になった。
「詳しいことは後でね。何もかも終わってからきちんと説明する。翔和を絶対に殺させはしないわ」
「……ありがとう。でも、無理はしないでくれよ。大切な人――火恋が傷つくのだけは絶対に嫌だ」
「翔和……っ、おやすみ!」
翔和がそんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。
「大切な人……」
声に出ないとても小さな声で、その言葉を呟く。何故か分からないけれど、だんだん嬉しくなって、でも恥ずかしくなって布団の中に潜り込んだ。
「おやすみ」
なだめるような優しい翔和の声が聞こえると、安心して目を閉じることができた。
もう、秒針の音が怖いとは思わなかった。
*
ちゅんちゅんと鳴く鳥の
「んっ~」
伸びをしてから起き上がる。気持ちのいい朝だ。
時計を見ると時刻は7時を回ったところ。今日は平日なので翔和は学校に行かなくてはならない。
近くで寝ていた翔和を起こそうと床を見るが、シーツがあっただけでそこには誰もいない。もう起きて着替えでもしているのだろうと思い、一旦自室に戻ることにした。
体調は完璧に治った。スッキリして気分がいい。
今日はどこから作業を始めようかと考えていると突然、お腹からぐぅ、と音が鳴って空腹を訴えた。
「朝食を食べてから作業するか」
お腹が空いては仕事も捗らない。翔和に朝食の催促をと思い、彼の自室の扉をノックする。
「翔和、ごはん作ってー」
しばらく待つが、一向に部屋から出てこない。
「とーわー」
もう一度ノックをするが、出てくる気配はない。おかしいなと思い、翔和の部屋に入ることにした。
「翔和、入るよ。お着換え中でもしらないからね!」
バン! と勢いよく扉を開ける。
「きゃー。そんなあられもない姿をわたしに見せないでー。……って、アレ?」
部屋をぐるりと見渡すが、翔和の姿はない。わざとらしく反応してみせたのが馬鹿らしくなった。
不信感を募らせてつつも、一旦リビングへ戻ることにした。
「翔和、いたら返事して!」
リビングを中心で翔和の名前を叫んでみたのだが、返答はない。
トイレ、押し入れ、お風呂の中、食器棚と調べていったが、翔和の姿はどこにも無かった。
「どこ行ったのよ……」
家の捜索を終えた火恋は、考えうる最悪の事態が起きていることに頭を抱えて戦慄した。
「―———誘拐された」
<あとがき>
どんだけ誘拐されるねーん。
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