93話 熱を帯びて


「うん、なかなか美味しいと思うわよ」


 火恋はそう言ってオムライスを食べているのだが、一口があまりにも小さい。いつもならガツガツと(野菜を除く)口に運んでいるというのに。


——もしかして、火恋の体調が悪いのでは?


 彼女の額に手を当てようとする。しかし、腕を伸ばしたところでぺしっと手を叩かれてしまった。


「な、なにするつもりなのよ!」


「額を触ろうと……」


「セクハラ!」


「いや、違うんだ。火恋が熱を出していると思って、確かめようとしていただけなんだ!」


「ねっ、熱なんかないし! 体調が悪いなんてこともないんだから!」


「……そうか。それならいいけどさ」


「そうそう、心配なんていらないわよ。――ごちそうさまでした」


 火恋は乱暴に立ち上がると食器を台所に運びに行く。しかし、その途中で足元がふらついているのに気づいた。


「危ない!」


 僕も慌てて立ち上がったと同時に、火恋の体が大きく傾いた。僕はギリギリのところで火恋を支える。だが、手に持っていた食器までは救えず地面に落ちて割れてしまった。


「火恋、大丈夫か!?」


「だ……大丈夫、よ。問題ないわ」


「大丈夫なわけないだろう」


 僕は割れた食器に気を付けながら火恋をソファに寝かせる。そして、今度こそ彼女の額に手を当てる。


 予想通り彼女の額は熱かった。


「……やっぱり、熱があるみたいだな。体温計を持ってくる」


 そう言って押し入れから医療箱を探し出して、その中にある体温計を引っ張り出した。

 

 火恋に体温計を渡して数十秒後、ピピッと音が鳴ったので体温を見てみると38度の熱があった。


「ほら見ろ、熱がある。今日はゆっくり休め」


「で、でも、わたしにはやるべきことが――」


「いいから休め。火恋が頑張って、僕のために何かをしてくれているのは分かるんだけど働き過ぎ。疲労で体調を崩したんだろ? 今日はもう寝るんだ」


「……分かったわよ」


「それでいい。それじゃあ部屋に戻って――」


「やだ!」


 火恋はまるで子供が駄々を捏ねるように首を振る。


「……え?」


「ここで寝る」


「自分の部屋で寝ればいいだろう?」


 僕が火恋に言うと、彼女は近くにあったクッションで顔を押し付ける。

 

「今日は、翔和の近くに、いたいんだけど……」


「…………」


 これは困った。

 

 火恋がこの家にやって来てから、ここまで弱々しくなったことは一度も無かった。

 

 だから……何と言うか…………扱いづらい。


 いつもなら「翔和と同じ部屋で寝るなんて死んだ方がマシ!」とか言いだしそうなんだけど。

 

 あとで文句を言われても嫌なので、一度確認してみる。

 

「本当に、近くにいて欲しいのか?」


「……うん」


 僕の問いに、火恋は弱々しく頷いた。


「分かった。近くにいるよ」 




<あとがき>


 アツッ

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