90話 昔話


「どうも~社長で~す。あ、部長もやってま~す」


「学生で社長なわけ?」


「うん、凄いでしょ~。まぁ沢山留年してるんだけどねぇ~」


 紡はアハハと愉快に笑う。


「はい、これ。症状を抑えるお薬。これで苦しみからは解放されるよ」


「感謝」


 京子はカプセル状の薬を受け取り、次いで翔和にカプセルを飲ませる。薬は即効性のあるものらしく、苦しんだ様子は消え、呼吸も落ち着いた。ひとまずは安心していいようだ。栞は背負っていた翔和を理科室の机に寝かせることにした。


「昔は注射だった」


「薬品は時代と共に進化するものだよ土門の御令嬢~。とりあえず、あと2個あげる。症状が出た時だけ使ってね~」


「症状が出た時だけっていますけど、翔和先輩の状況について、いい加減教えて貰えますか?」


 星奈の主張に栞も頷く。


「どこから話せばいいか……」


 京子は困ったと目を泳がせた。


「それじゃあ私が助け舟を出そうじゃないか」


 紡がニコニコと右手を挙げる。京子はふざけるなと言わんばかりに紡を睨めつけるが、彼女には全く効果は無かった。


「彼、志水翔和君はね、プロジェクトアダムという不老不死の実験による被検体、その第1号なのさ」


「不老不死の実験!?」


「プロジェクトアダム……どこかで……」


 栞は少し考えて気のせいだろうと1人で納得した。恐らく「アダム」という言葉に引っかかっただけだろう。


 エデンという楽園で暮らしていた人類の始祖アダムとイヴは、知識の実と言われる禁断の果実を食べてエデンから追放される。そのため、不死の実を食べることが出来なくなった聖書のエピソードよりその計画の名前が付いたのだろうか。


「古くは平安時代まで遡るとかなんとか。時代の流れで研究資料が燃えたり消えたり葬られたわけだけど、最終的には江戸時代のとある商人の手に渡ることになったんだ」


 紡はアルコールランプに火を付けて水を注いだビーカーを熱し始めた。


「その名は冠城信房のぶふさ。後に冠城グループというグローバルな大企業を作り上げた偉人さ。そして、不老不死の研究は現代にまで引き継がれ、現冠城グループ会長の冠城刃は不老不死の研究を完成させた」


「えっと、つまり、冠城刃さんは不老不死ってことですか?」


「いいや。その研究成果は冠城刃には届かなかった。実験に参加していた研究員もその殆どが命を落としてしまった」


「もしかして、爆発事故で多くの人が亡くなったっていう、冠城製薬が関係してる?」


「おお、よくご存じだね。え~っと……そういえば、誰だいキミ? 学園の生徒じゃないね」


「あ、私は服部栞。よろしく」


「よろしくね~。それで冠城製薬の話だけど、半分正解。冠城グループの権力によって爆発事故に変わってるけど、本当は不正の暴露とそれに伴う研究者たちの暴動だよ」


「不老不死の研究は失敗に終わったんですね。少し残念な気がします」


「いいや、失敗ではないさ。不老不死の薬を投入された4人の子供がいた」


「そういうことですか……」


「そそ。その4人のうちの1人がそこにいる志水翔和君ってわけ」


「でも不老不死どころか死にかけてましたけど……」


 理科室の机で横渡っている翔和を見ながら星奈は首を傾げる。


「不老不死の実験が上手くいったとは言っていないよ。4人の子供はそれぞれ特異な力を手に入れたに留まったんだ。けれど、最初の被検体である志水翔和君だけはコントロールの難しい不安定な力だった」


 紡はビーカーの中の水が沸騰したと分かると、アルコールランプの蓋を閉じてコーヒーカップにお湯を注いだ。中身は紅茶のようで、優しい香りが室内を満たした。


「恐らく、翔和、力を使ってクラウディに抵抗した。その反動で苦しんだ」


「昔、ボクたちの前で大暴れした時よりは軽傷かな?」


「言っておく、あの時のこと、まだ許してない」


 京子は紡を殺意に満ちた目で睨んだ。クラウディにも向けていないような、悪を完全否定するような瞳だ。


「まぁまぁ。彼のお陰で今のキミがあるみたいなもんじゃないか。大目にみてよ~」


「…………」


 気の抜けた紡の解答に、誰の目が見ても、京子の頭が沸騰しているのは明らかだった。だが、手が出ないのは翔和を助けてもらった手前、そんなことは出来ないという葛藤が心の中で繰り広げられていたからだ。


「それじゃあ、用も済んだでしょ。ボクは寝るから。戸締りちゃんとしてね。おやすみ~」


 紡はそう言って段ボールを布団代わりに床に寝そべった。唐突に取り残された3人は自由人の予想もつかない行動に、顔を合わせて困惑することしか出来なかった。




<あとがき>


 あたたたたたった! (あとがき書くことなかった)

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