98話 ファンタジーへようこそ
「とわああだああぁ!!!」
目が覚めると、冥子が僕の顔をまじまじと覗いていた。
「め、冥子?」
周囲を見渡すと辺りは頭がおかしくなりそうなほど白一色の、異質と言える空間だった。
「冥は冥子じゃないよ!」
「何言ってるんだ?」
「冥の名前は冥! 冥子の生み出したもう1人の冥子!」
うん?
一体彼女は何を言っているのか。僕の頭がおかしくなったのか。ついさっきまで家にいたはずだ。しかし、何者かの襲撃——恐らく冥子だろうが、彼女に襲われてからの記憶が無い。
気づいたらここにいた。
「冥は冥なの! ほら、身体もぷかぷか~」
「ぷかぷか~? うああッ! ぷかぷか!?」
彼女の言う通り、冥子の身体が宙を浮いていたのだ。
「意味不明だ……」
この状況を説明してくれる人はいないのだろうか。冥とは何者か。冥子ではないのか。
僕は生きているのか。死んでいるのか。
「私は全部分かるよ?」
「それじゃあ、君は何者なのか説明してもらえる?」
「えー、さっきも言ったじゃん。冥だよ。冥!」
「僕に分かるように教えてもらえる?」
「うーん」
冥は唸って考え込む。まるで幼女のようだ。冥子と初めて出会った頃と同じ感じがする。
「難しそうだけど、いいよ~」
冥は僕の周りをぐるぐると回り始めた。
「翔和の身体にはプロジェクトアダムで作られた試験薬が流れているんだよね?」
「どうしてそのことを知っているのか、ということを差し置いてその通りだ」
「だって、冥の身体——ううん、冥子の身体にもあの試験薬が投与されてるんだよ」
「……なんだって?」
「翔和が知らなかっただけで、冥子もプロジェクトアダムの被検体だったんだ~」
「そんなわけ……」
疑いたい気持ちがあるが、仮に冥子がプロジェクトアダムの被検体だとすれば、あの身体能力には説明がつく。
「でも、冥子は失敗作なんだよ。そういえば、翔和も失敗作だもんね! 一緒だ!」
「あ、ああ。一緒だな」
あれで失敗作か。それなら僕は大失敗作だな。それならば、父さんの性格柄、僕のことを処分したくなるだろう。
「あ! そろそろ時間だ!」
「何の時間?」
「翔和の目が覚めちゃう時間!」
「それは残念だ。キミと話せてよかったよ」
「何言っているの? これからはいつでも会えるよ? 翔和と冥子の身体情報が交換されたから冥のこと、現実世界の翔和でも見えるようになるよ」
「何言ってるかさっぱりなんだけど」
「えーっと、ラジオの周波数を合わせるみたいなこと! ——分かった?」
「た、たぶん」
「それなら良かった! 目が覚めたら、また会おうね」
小さく手を振る冥がだんだんと小さくなって意識が遠退いた。
*
「ん……」
「目が覚めたね、翔和」
そう言って顔を覗き込んで来たのは、今度こそ正真正銘の冥子だった。何故冥子だと分かったのか。それは、彼女の手元で光っているナイフのせいだ。
「ふぅ、良かった」
「何が良かったの?」
「な、何でもないさ。それで、どういうつもりで僕は先生に——」
僕が撃たれた理由について問い質そうとして、言葉が詰まった。
『また会ったね~』
冥子の後ろには宙にぷかぷかと浮かぶもう1人の冥子——冥が存在していたのだ。
まだ眠っているのかと思って頬をつねってみたが、痛いだけで何も起こらなかった。
<あとがき>
次回より終章後編です。 色々イソガシなので時間が経ってから更新だと思われます。
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