97話 銃弾
「……もうこんなことは止めてくれ」
ようやく絞り出せた言葉は、大した説得力も効力も無いものだった。
「え? どういう意味?」
「明言しておく。これで最後だ。僕は君と結婚するつもりはない」
「どういう意味で言っているのか、分かっているの?」
「分かっていないのは君の方だよ冥子。君は幻を見ていたんだ。確かに将来結婚しようって約束はした。けど、そんなことに囚われなくていいじゃないか。自由に生きてくれ」
「――自由に? ……翔和に私の何が分かるの? これまで何人もの人を殺してきた殺人鬼のことなんて、人を殺したことの無い人に何が分かるって言うの!」
冥子は僕の襟元を掴んで、怒りと共に僕を壁に叩きつけた。そして、無理やり僕の顔に近づき、唇を奪った。強引なキスだったせいか、僕の唇が切れて血の味が口の中に広がる。
冥子は息を絶え絶えにしてようやく顔を話した。
「……翔和は優しかった。結婚してくれるって……」
冥子は涙を流しながらその場に崩れ落ちる。絶望した彼女の表情に思わず顔を背けたくなる。だが、僕には彼女を正す責任がある。
あの時、正面から幼い頃の冥子と話せていればこんな状況に陥ることは無かっただろう。
それが僕の罪だ。そして、罪は清算しなくてはならない。
「冥子、君はどうして僕のことを殺そうとするんだ?」
「……それは依頼だから」
「依頼じゃなければ、僕のことを殺そうとはしないのか? 私怨で殺したいんじゃないのか?」
「…………」
暗殺者としての冥子と、幼い記憶の冥子。殺すべきか、殺すべきではないか。今の記憶と過去の記憶が僕に対しての感情を歪ませているのだ。
「――志水そこまでだ。手を挙げろ」
振り返ると、天城先生が僕に拳銃を向けて立っていた。
「天城先生……何がそこまでなんですか?」
「冥子の決心を揺るがすようなことをするなと言っているんだ」
「決心?」
「冥子は大好きな志水を殺そうと決心していた。それは依頼――金を得るための仕事だからな」
「人を殺してまでお金を得る理由があるって言うんですか?」
僕の問いに天城先生は視線を下に落とし、躊躇いながらも口を開いた。
「……あるんだよ。金が、必要な理由が」
天城先生は銃口を僕の脳天に向ける。
「やめてください、先生!」
「志水を救うためにも、一度死んでもらう必要がある」
「――先生!」
僕の呼びかけに応じることなく、先生は引き金をゆっくりと引いた。それと同時に僕は「力」を使う。
果たして、間に合ったのかは分からない。
少なくとも僕は意識を失うことになった。
<あとがき>
意識失いがち
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