79話 出会いたくなかった


「イルカショー観れて良かったわね」


「意外と迫力があったな」


 15分程のイルカショーが終了すると、スタジアムの出入口を下った先にある、カピバラのコーナーを訪れていた。


 2頭のカピバラが、ほし草をむしゃむしゃとマイペースに頬張っている。その反対側にはウミガメの泳ぐ水槽が置かれている。スタッフがウミガメに水を浴びせながら甲羅を洗っていた。


 歌弥が水族館らしい光景を写真に収めると俺に尋ねた。


「次はどこ行こうかしら?」


「お好きなところへ」


「それじゃあクラゲのとこに戻りましょう。さっきはちょっと混んでいたから、ゆっくり眺めたいわ」


「いいよ」


 俺たちはそのまま新海のコーナーを進み、太平洋がテーマの水槽を抜けると、クラゲファンタジーホールという沢山のクラゲに囲まれる幻想的な空間へ辿り着いた。天井はクラゲの体内を思わせるライティングと、中心には球体状の特殊な水槽があり、やはりその中にもクラゲが浮かんでいる。

 

 最初に訪れた時より混雑は無く、ゆっくりと鑑賞できそうだ。


「クラゲって食べれるのよ」


「ここに来てまたその話?」


「冠城君の興味のあることを知らないから、共通の話題を振ってあげてるんじゃない」


「そりゃ共通かもしれないけどさ……」


 人間誰しも食事はする。ほとんどの人間はクラゲを食べたことがないだろうが。


「それなら、もっと冠城君から話を振りなさいよ」


「……そうだな。それは反省するよ」


 思い返せば今日のデートはほとんど歌弥から話題を振られて会話をしていた。気遣いというものがなっていなかった。


「反省するなら無問題よ。それなら次に…………」


 そこまで言ってから肩を沈めた。口をきゅっと閉じて再び口を開く。


「私とのデート、楽しいでしょう?」


 歌弥は顔を上げて自信満々に言い放つ。


「そうだな。学年で一番可愛い女子とデート出来て最高だよ」


 すると、直前までの表情は何処へやら、頬を赤く染めて、今度は恥ずかしそうに視線を左右に振っている。


 難攻不落なのかチョロいのか忙しい人だ。


 しばらくして、手を顔にパタパタと扇いでから、改まるようにして俺に向き直った。


「冠城君」


「はい」


「……茂加水族館っていうクラゲの展示が世界最大級の水族館があるの。……今度、一緒に行きましょう? ちょっと遠い——山形にあるのだけれどね。せっかくなら日帰りじゃなくて、2泊3……いえ、1泊2日して…………どっ、どうかしら?」


 歌弥が少し照れくさそうに微笑んで俺の返答を待つ。


 彼女が【姫君】なんて呼ばれる理由が分かった気がする。【女王】のように孤高な存在で【女帝】のように高圧的に振る舞うこともある。だが、時折見せる笑顔は【天使】のそれだ。


 彼女の問いに対する俺の答えは、今後の学園生活が大きく変わるターニングポイントになるだろう。


 俺の視界にメイド服の少女は存在していない。目の前の水槽にはミズクラゲが浮かんでいるだけ。彼女の幻影だって見ることはない。だが、それはいまこの瞬間だけなのだろうか。

 

「―—いやぁ、そんな場所があるんだな! 初耳だぜ!」


 俺が口を開く前に、後ろから会話に割って入る男がいた。


「……邪魔しないでくれるかしら?」


 歌弥は後ろを振り返らずに、淡々とした口調で怒りを表した。


「そんなプンスカすんなよ綺麗なネーちゃん。そんな冴えない男なんかより、オレと一緒にデートしねえか?」


 金髪のツンツンとした頭にピアスやら指輪やら貴金属を身に纏っている、柄の悪い男。歌弥はため息を吐いてから振り返り、今まで見たことも無い軽蔑した鋭い視線を彼に送った。


「……生憎、貴方のような品の無い男は嫌いなの」


 ただのナンパであれば退くような言動に、男はそんなことに一切動じていなかった。


 何故ならこの男の目的はナンパではない。彼の目的と行動には心当たりがある。


「ガハハッ! おもしれー女だなァ。オレはアンタみたいな女はタイプだぜ! でも残念ながらオレには婚約者が——っと、自己紹介がまだだったな!」


 まったく最悪だ! どうして警戒していなかったんだ! 珠李が近くにいない状況。舞桜も家で寝ていて俺の出かけている場所も知らない。ヤツからすればオレは格好の獲物じゃないか。女子とのデートに浮かれて警戒心をどこかに忘れてきたのかよ大馬鹿野郎と自分を殴りたい気分だ。


「オレの名前は土門浩一郎。よろしくな、お嬢さん。……それに冠城の御曹司さんよォ!」


 メイドたちのいない状況で、この男に出会いたくなかった。




<あとがき>


 ピンチ!


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