78話 食物連鎖とイルカショー


「水槽の中に閉じ込められている魚を見ると、どうもお腹が空くわ」


「それはサイコパスじみているね」


「そうかしら? 悪いことでは無いと思うの。水族館というのは小さな生態系。生と死を学べる貴重な場所でもあると思うわ」


「そうだけど、歌弥は水槽の外側にいる部外者だし、そんなの見ても普通はお腹は空かないと思うよ」


「それは冠城くんのお腹が空いていないからよ。お腹が空けば分かるわ。水槽を泳ぐ魚だって、適度に食事を与えているから共食いをしないだけで、冠城くんも性欲のままに私を食べるかもしれないわね」


「なんか最後の方、話が滅茶苦茶になってないですかね」


「そうかしら? とにかく、中へ行きましょうよ」

 

 発券口で入場券を買い、道なりに進んでいく。休日の割には人が少ない。有名な水族館なので混雑を予想していたが、ゆっくりと館内を回れそうだ。


 最初に俺たちを出迎えたのは、相模湾に住む色鮮やかな小さい魚たちだ。


 少し進むとこの水族館で一番大きい水槽が展示され、それを囲むように通路が出来ていた。


 中にはサメやエイ、ウツボ、その他名前の分からない沢山の魚たちが優雅に泳いでいる。


 ちょうど餌やりの時間だったらしく、ウエットスーツに身を包んだ職員が水槽の中を泳いで餌をやりつつ水槽の外に向かって手を振っている。


「どうしてサメがあの人や他の魚を襲わないか知っている?」


「知ってるよ。餌をあげてお腹を満たしているから一緒に泳いでいる魚を食べる必要ないんだろ」


「……つまらない男。そこは私を持ち上げる為に知らないと言いなさいよ」


「はいはい知りませんでした」


「まったく、私とデートしているというのにダメな男ね」


「お嬢様め」


「女の子は誰だってお嬢様よ。丁寧に扱いなさいな」


「ではお嬢様、次の水槽へと移動しましょうか」


 俺はわざとらしく片膝を付いて、歌弥に向かって手を差し出してみる。


「そうこなくっちゃ」


 歌弥は満足そうに手を取って俺たちは手を繋いだ。


「ようやくデートらしくなってきたわね」




     *




「まもなくイルカショーが始まりまーす!」


 スタッフの掛け声で周りの人だかりが自然とイルカショーのスタジアムへと進む。


「せっかくだし、行こうか」


「そうね」


 軽い昼食をとってベンチで休憩していた俺たちも立ち上がる。


 スタジアム内の人だかりはまばらだった。天気が良い休日なのにどうしたというのだ。こんな偶然もあるものなのか。だが、そのおかげで俺たちは最前列に座ることが出来た。楕円形の水槽の中ではイルカとクジラたちがスイスイと楽しそうに泳いでいる。


「あの見た目で海上へ呼吸しに出る哺乳類なのよね。一見すれば非効率な進化なのに生き物って不思議だわ」


「ここに来てそんな感想を抱くとは、お嬢様なのか?」


「捉え方によってはそうかもしれないわ」


「そうなんだ」


「……本当に付き合ったら教えてあげるわ」


「ああ」


 このデートをもとに、俺は歌弥と付き合うのかきちんと見極めるつもりだ。口に出してはいないが、彼女にもその考えが伝わっているようだった。


 白状すれば、俺は歌弥と付き合いたいと思っていた。気色悪い話だが、想像の中で歌弥と色々な場所にデートする妄想をした。手を繋いで、みなとみらいの夜景を見ながらキスする妄想もした。そして、キス以上の妄想だってしたことはある。男なら誰だってそれぐらいのこと恋人の営みを頭の中で思い描いたことはあるだろう。


 安良岡歌弥と恋人になれば、充実した素晴らしい日々が待ち受けているはずだ。


 しかし、その妄想の最後には、いつも俺の傍らで慕ってくれているメイド服姿の少女が現れる。


 長年の付き合いで珠李の気持ちには気付いている。メイドという仕事を放って恋人になりたいという願望を心の内に秘めているはずだ。


 だが、歌弥に対してはまだしも、珠李に対する俺の思いは恋愛感情なのだろうか。ただの主従関係ではないのは確かだが、それ以上の関係であるとも言い難い。


「そろそろ始まりそうね」


 黄色のウエットスーツに身を包んだスタッフがステージの上に現れる。ピィ! という口笛の合図でイルカが大ジャンプを披露し、イルカショーがスタートした。





<あとがき>


 終章に入り、ようやくラブコメらしくなってきた気がする……遅い!



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