外の世界は危険がいっぱい
77話 水族館デート
「いってくる」
「こんな朝早くからどこに行くんだ?」
「朝早いってもう9時だよ」
目を擦る舞桜に言い返す。彼女は朝帰りだった。一体どこをほっつき歩いていたのだろうか。
「ちょっと……買い物に行ってくるんだ。夕方には戻ると思う」
「了解した。アタシは寝る。…………ん、夕方まで買い物?……まぁいいか」
舞桜はそのまま自室へ戻ってしまった。彼女にはなんと言って誤魔かすか決めあぐねていたが、都合の良いタイミングだった。事実を話したらこっそり後ろを付いてくるに決まっている。
家を出ようとすると、スマホが震えた。画面を見ると歌弥からだ。
『遅刻ね。もう10分は待っているんだけど』
そのメッセージに心臓が大きく跳ねた。慌てて視線を右上の時刻にあげるが予定の時刻にはまだ十分の猶予が残っている。文句を言おうとトーク画面に文字を打ち込んでいたら、先に彼女から新規メッセージが飛んできた。
『冗談よ』
『心臓が止まりそうだったぞ』
『そのまま止めてくれると嬉しいわ』
『おい』
『簡単に怒らないの。私のクダラナイ雑談に付き合っていると本当に遅刻するわよ?』
『それもそうだな』
スマホを荒っぽくポケットに突っ込むと新品のスニーカーを履いて玄関の扉を開けた。
*
「舞桜の回避成功! ――とか思ってんだろうが、甘いなガク様!」
自室から大慌てで洗面所に向かい冷水を顔面に浴びせ、目の下のクマをかき消すほど目をギラギラとさせる。
「女の匂いがプンプンするぜ!」
*
「キミが来るまでに何人の男に声を掛けられたと思う?」
「……それは遠回しに俺が遅刻したと言っているのか?」
遅刻なんてしていない。俺が到着した集合時間の10分前だった。
「違うわよ。私がどれだけ魅力的な女性であるかを説明してあげたのよ」
「なんだそりゃ」
「女という生き物はこのようにして自身の威厳を誇示するのよ。覚えておきなさい」
「それが俺にどんな益を与えるんだ」
「付き合っている男女には上下関係が存在するわ」
「まだ付き合ってないはずですけど」
「つまり、私が上でキミが下」
「付き合っていませんが」
「いかに私が魅力的な女性であり優位な立場に存在するのか、定期的に刷り込みを行わないと冠城君みたいなだらしない男は、他の女にホイホイ付いていくのよ」
「どんな立場なの!?」
「さ、行きましょ」
そんなこんなで電車に揺られること、約1時間。水族館からいちばん近い駅に到着した。目的地は相模湾を臨む海沿いに建つ水族館で、行きの電車からも海を眺めることが出来た。
「ここから歩いて10分足らずで水族館に到着よ」
彼女に連れられる形で駅の改札口を抜ける。
――そんな2人を後ろからこっそり追いかける怪しい影があった。
*
「怪しい思って追っかけたんが吉やな。あの2人デート中やで。良かったなぁ、珠李のご主人様にも春が来たんやで」
「…………」
珠李と十文字は日用品の買い出しの為に出かけていたのだが、その最中、お洒落をして出かける学を偶然にも目撃してしまった。十文字は目を輝かせて「後を付けるで!」と言って珠李を引っ張りこんな場所までやってきた。
学のプライベートに深入りするのは気が引けたが、待ち合わせていたのが安良岡歌弥であれば話は別だ。
「なんやその顔。――ははぁん。もしやご主人様のことが好きなんやな。ええなぁ! 主人とメイド、あってはいけない禁断の恋っちゅうのも! 盛り上がる展開やないか!」
「べっ、別にそんなことはありません。私が後を付けたいと言ったのは、ご主人様と一緒にいる女が悪意を持ってご主人様に近づいているからです」
「さすが冠城っちゅう世界に轟く大企業の御曹司さんや。言い寄って来はる怪しい女を排除するんもメイドの務めやんな」
「ただ排除するだけならすでに行動を起こしています」
「ん? ほんなら、どうしてほっといたんや?」
「いままではご主人様の為を思い先んじて行動を起こしていました。しかし、ご主人様が本当に彼女を好いているのであれば、私がご主人様の気持ちを踏みにじっているのではと考えるようになったからです」
「……なるほどな。まぁ、気持ちが分からんとは言わんな」
「薫はどう思いますか?」
「あーしのご主人様は孤高なる気高き女帝や。そんな絶対君主に付いてこれる男がまず存在してへんねん」
「なるほど?」
「けど、仮に、もしも、万が一、ご主人様が認めるような男が現れるんやったら、あーしは口を出さない。例え、相手が女垂らしな男ちゅうてもな。そもそもご主人様はそんなだらしのあらへん男と恋する前提をもたんねんな。だからこそ、あーしはご主人様の意思を尊重するし、下手な行動はしない」
十文字は、改札口近くに設置された水槽を見つめる。中には10匹ほどの小さなクラゲがぷかぷかと浮かんでいた。
「ご主人様を信じとるならメイドのあーしらは黙って見守ってればええ——ってとこやないかな。ほな知らんけど」
主人を信じろと言いたいのだろう。確かに、十文字の言うことは一理あると納得する。
「……ありがとうございます。参考にさせていただきます」
「ほな、水族館にも潜入するしかあらへんな!」
「はい!」
元気よく返事をした珠李は改札にICカードをかざすが、ピコーン! という警告音と共に出口を阻まれた。
<あとがき>
🐟🐟🐟
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