67話 敗者復活

「ん、ここは……?」


 京子はベッドの上で目を覚ました。と同時に、意識を失う前に何が合ったのか鮮明に思い出した。


 強く目を瞑り、一体何がいけなかったのかと、己の失敗を悔やむ。


「あ、良かった! 本当に寝ているだけで良かったよ! 星奈ちゃーん、京子ちゃんが起きたよー!」


 その声に瞼を上げると、目の前には面識のない顔が迫っていた。だが、声だけはどこかで聞いたことがあったので、思い当たる名前を尋ねる。


「あなた、もしかして、栞?」


「あ、そうです。わたしが栞です!」


 目を擦ると、彼女の姿が鮮明に確認できた。どこか中性的な面持ちで、髪はショートカット。男物の黒い服を着ている。軽く膨らんだ胸が無ければ女性とは判断できないだろう。


「予想外」


 京子が想像していたのは、もっとこう、可愛らしい恰好をしていた少女だったのだ。


「どうしたの?」


「なんでも、ない」


「そう? あ、そうだ新しい服持ってくるね。着てた服、汚れてたから洗濯中なの」


 そう言われて布団の中を覗いてみる。栞の言う通りだった。彼女の発言でようやく自分が服を着ていないことに気づいた。

 

 恥ずかしさのあまり、京子は顔を紅潮させる。


「あらあら、顔を赤らめちゃって! 女の子しかいないんだから問題ないわよ!」


「ももっ、問題、ある!」


 同性だからと言って、裸を見られるのはとても恥ずかしい。栞がニヒヒと怪しいオジサンのような笑みを浮かべるものだから余計にだ。


「なんだったら、わたしが着替えさせてあげるけどぉ?」


「ひっ」


 今度は酔っぱらったオジサンの様な言い方に背筋が震えた。

 

 助けを求めようと辺りを見渡すと、ナイスタイミングで部屋の扉が開いた。


「あー! 起きてる!良かった~、無事で!」


 そう言って、星奈が今にも泣きだしそうな顔で飛び込んできた。抱き付いた星奈はそのまま頬擦りをしてくる。

 

 栞と星奈の行動に、京子は2人の飼い犬のような気分になってきた。


「そ、そろそろ、話、聞きたい」


 頬擦りをしてくる星奈を突き放し、2人に切り出した。すると、先程までの緩んでいた表情は一変化し、険しいものとなった。

 

 先に口を開いたのは栞だった。


「……そうね、まずはあなたに何が起こったか説明しましょうか」 


 京子はコクリと頷く。それを合図に、京子は銃に撃たれたが麻酔銃で眠らされていたこと。現在、翔和とクラウディの居場所が分かっていないこと。火恋とカグツチが必死に捜索していることを伝えられた。

 

 すべてを聞き終えた京子は、頭の中を整理するように少しの間、目を閉じた。そして、自身の辿り着いた答えを口に出す。


「……把握。今、できること、自分にできること、探す」


「……うん、そうだね。作戦は失敗しちゃったけど、次は絶対に成功するように頑張らないとね!」


 京子の言葉に、栞は励まされるように立ち上がる。


「あー、でも、どうやってですか? あんな怪物みたいな人、簡単に倒せませんよ?」


「ここは頑張るぞ! っていうところでしょ。でも、星奈ちゃんの言う通り。不意打ちしたにも関わらずに敗北して、監視カメラの追跡も逃れている時点で同じ土俵台にすら立っていない状態よ」


 栞はそう言ってベッドに腰を下ろした。


「んー、何かいい作戦はないものですかねぇ~」


 星奈は机に突っ伏せながら呟く。

 

 京子も腕を組みしばらく考えてみる。しばらく考えていると、一つの名案が浮かんだ。彼らの居場所を突き止める細い糸があることに気づいたのだ。


「……私、名案、ある」


 京子は自信に満ちた表情で、机の上に置いてあったスマホを手に取った。




     *




『ダメだ。ここ一帯のほとんどの監視カメラにハッキングできない。録画用なのだろう』


 火恋はカグツチからの文句を聞き流しながら、次から次へとデスクトップ上に表示されるウィンドウを、開いたり閉じたり動かしたりしている。


『聞いているのか、火恋』


「聞いてるわよ」


 カグツチの呼びかけに少し苛つきを覚えながら返答する。翔和の行方が本格的に分からなくなってから3時間は過ぎている。すでに日は沈み、部屋のカーテンの隙間からは、電柱に取り付けられた外灯に明かりが灯っているのが見えた。


『火恋、一度休憩したらどうだ? 君の体力はそろそろ限界だろう』


「いいえ。何か成果を上げるまでは諦めないわ」


『はは、その根性は私を作った時から変わらないな』


「あんたの性格は、制作当初から随分と変わったものだけどね」


『君の皮肉が私の性格を形成したと思われる』


「…………」


 人工知能との会話は、言い返す気力すら尽きてくる。こいつのデータを削除してやりたい。しかし、カグツチのデータはクラウド化されてサーバー自体はアメリカにある。自分のパソコンにインストールしたソフトウェアを消してもあまり意味が無いことに気づき、その考えはすぐに消えた。


『ところで火恋、彼らがどこにいるのか見つかったとして、どうやって彼を回収する? 何か考えが——無いんだな?』


「…………」


 火恋は再び顔を俯いて沈黙した。図星だ。

 

 仮に翔和を見つけたとしても、どうやって暗殺者から助け出すのかを考えていなかった。というよりは、方法が無いと思っていたのだ。

 

 京子と星奈で協力したのにも関わらず、2人はあっさりとやられてしまった。さらに、京子が撃たれてしまった。クラウディが撃ったのは麻酔銃らしく、翔和と京子の命に別状はないとのことだがどれほど眠りにつくのかは分からない。よって、現在クラウディと直接対面できるのは星奈1人だけだ。

 

 2人がかりで負けた相手に1人で挑んでも勝てるとは思えない。

 

 現状を打破できる作戦の立案は、物理的に不可能な状態だった。


 それでも諦めず、もう一度考えなおそうとした時、火恋のスマホが電話の着信を知らせるために震えた。

 

 スマホを覗き込む。着信の相手は京子からだ。ということは、京子が目覚めたに違ない。期待を込めて電話にでる。


「もしもし」


『……私、京子』


 彼女の声を聞いて、火恋は小さくガッツポーズをする。


「よしっ!」


『栞から状況、聞いた。作戦、立案は?』


「……まだです」


 躊躇いがちに言った言葉に「やはりな」、と呟いたクラウディのソフトアイコンを軽く睨む。


『火恋、ふぁいと』


「っ、うるさいわね! 私だってちゃんと考えてんの!」


『でも朗報』


「何よ」


『私、作戦、立案』


「本当に?」


 栞から何の連絡もなかったことから、彼女はたった今、目覚めたに違いない。そんな状態で名案を思い付くとは到底思えなかった。


『肯定。けど、作戦、と言うより、話し合い』


 作戦ではなく話し合いとはどういう意味なのだろう。疑問を浮かべ京子に問う。


「どういうこと?」 


『それは——』




<あとがき>


 これにて暗殺計画編②が終了し、次回より終章へと突入します。ここまで読んで頂きほんとーにありがとうございます。終章は作中の謎がドンドコ回収される予定です。といってもまぁ、お察しの通り「プロジェクトアダム」を中心として色々あります。一体どんな計画なのか。何を目指しているのか。謎が明らかになります。……たぶん。長々とあとがき書いてもしゃあないので、どうぞ次回をお楽しみに! 


 あと、次回の更新は来年2023年の1月1日からになります。

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