66話 過去を知る者
「ここは……」
目が覚める。
見知らぬ天井……ではなく車の中だった。窓の外を見るとコンビニに停車していることが分かった。どこのコンビニなのかは分からない。
どうして目覚める度に見知らぬ場所にいるのだろうか。
「ン、目覚めたようだね」
運転席に座る人物はそう告げた。
「志水、久しぶり。と言ってもそんなに経ってないんだけど」
「……先生、天城先生ですか?」
バックミラー越しに映る彼女は大きなサングラスを掛けていて、ハリウッド女優の休日みたいだ。けれど、2年間ほぼ毎日顔を合わせているのだから、そんな恰好でもすぐに分かった。
「せーかい。天城先生だ。こんなところで会う予定じゃなかったんだけどね」
天城は振り返り、サングラスを頭に乗せる。吸い込まれるような美しい瞳が僕を見つめる。
「どうして先生が?」
「と、な、り」
天城は僕の左隣を指さす。指示通り、左を見る。
「……朱智院」
そこには、扉に寄りかかりながら朱智院が座っていた。目を閉じているので眠っているようだ。彼女を見て、僕が今どのような状況に置かれているのかを鮮明に思いだした。
海岸での争いにより、京子は背中越しに、僕は脇腹を朱智院の手によって撃たれたのだ。
「どうして僕は生きているんだ……、そっ、それに土門は!?」
「ああ、そっか。土門と志水、撃たれてたもんな」
天城は納得したかのように頷く。
「安心しろ。あれはな、麻酔銃だ。お前らは麻酔銃で眠らされてただけだよ」
それを聞いて安堵のため息を吐く。僕はともかく、関係のない京子までも殺されてしまっては彼女に申し訳が立たない。
「でもな、お前は選択を迫られる。今回は生き延びたが、次はどうなるのか分からないぞ」
「次ってどういう意味ですか? それに、先生はどうしてここにいるんですか?」
次々と浮かび上がる僕の疑問に、先生は微笑して答える。
「ああ、そうだった、そうだった。質問に答えよう……と思ったけど、志水はどこまで理解している?」
「今日の出来事で言えば、全く理解できていません。星奈、後輩と一緒に遊園地にいったかと思えば、目を覚ますと朱智院に脅され、次に砂浜での殺し合い。……朱智院は僕を殺したいそうです。先生は彼女の仲間なんですか?」
「いいや、先生は違うさ。先生は依頼主と暗殺者の間に入る……うーん、仲介人って言葉が一番適切かな。私は、お前を殺そうだなんて思っちゃいない。今回は彼女に手伝って欲しいと言われたからここにいるんだよ」
「手を貸したら仲介人じゃなくて仲間ですよ」
「この子は昔からの知り合いだから、つい手を貸してしまうのさ」
天城はケラケラと笑って、言い訳のようで言い訳にならないことを言った。
「昔からって、朱智院はいつからこんなことをしているんです?」
「そうだね……直接聞いてみれば?」
先生は口角を上げてからウインクをすると、サングラスを頭から鼻にまで下げて、前を向いてしまった。
「直接って——あっ」
左隣から視線を感じて振り向くと、朱智院が気だるそうな顔で僕のことを見つめていた。
「志水君、おはようございます」
「おはよう、ございます」
「志水君」
「はい」
「まだ分からないんですか?」
「……何が?」
「はぁー、志水君。いいえ、翔和。アタシのこと覚えてないの?」
「…………」
覚えていないかと聞かれても、こんな美少女と知り合いだという記憶は、僕の中では存在しない。
「は? 本当に覚えてないの?」
丁寧だった朱智院の口調がヤンキー少女のように変わっている。
「ごめんなさい。覚えてないです」
「アタシと翔和は、将来結婚しようって言い合った仲じゃない!」
「…………???」
遠藤の衝撃発言により、僕は硬直といか混乱してしまった。京子じゃあるまいし、許嫁ではないはずだ。頭の中を落ち着いて過去の記憶を辿っていく。該当者を炙り出していく。
「ハハ、思い出せるのか? ハハハッ、結婚っ、フフフッ」
僕が必死に思いだそうとしていると、天城が馬鹿にしたかのような笑い声をあげる。
「先生、死にたいですか?」
朱智院がバックミラー越しに先生を冷たい視線で睨む。
「ン。すまない」
先生は笑うのを止めて謝ると、朱智院は僕の方を向き「翔和も、アタシのこと思い出せないと殺す!」と指を差して言われてしまった。
「あ、それ!」
今の「殺す!」という言葉が、脳内に電流が流れたかのような刺激を与えた。そして——すべてのことを思い出した。
記憶の隅で居座る、1人の少女の名前を思いだしたのだ。
目の前に座る現在の姿と比べて随分と成長した彼女の名前を、恐る恐る口にする。
「……め、メイコ?」
僕の答えに、彼女は照れくさそうに微笑を浮かべる。
「もう、思いだすの遅いんだからっ!」
<あとがき>
次回、暗殺者編②の最終回です。
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