SS1
11話 壊滅的3分クッキング
「ご主人様、今日は料理をしていただきます」
「どうしたんだ急に」
土曜日だというのに朝の8時に叩き起こされた俺はキッチンに来ていた。
「ご主人様は1人で生活をしたいが為にお屋敷から出ることを望みましたね?」
「そりゃあそうだけど」
「料理ぐらい簡単に作れますよね?」
「そ、そそそ、そりゃあ出来ますとも!」
「なるほど。では卵を割って見せてください」
目の前にボールと白い殻の卵が用意された。
「はっはー、俺を馬鹿にしているな?卵ぐらい簡単に割って見せるさ」
まずは卵をボールに叩いて…………。
――――べちゃ!
「…………」
「…………」
ボールの中では粉々になった殻と破れた黄身が混ざり合い、あられもない姿へ変貌を遂げた液体がこちらを覗いていた。
「重症ですね」
「いやいやいや、久しぶりに卵を割ったからだぞ!偶然だ!」
「わかりました。そこまで言うのであればもう一度どうぞ」
珠李からもう一つの卵を渡された。今度こそ失敗するわけにはいかない。
「よし!」
――――べちゃ!
「諦めてください」
「はい」
すぐさまボールの中が綺麗に片付けられた。
「卵すら割れないご主人様へ次のステップに進ませるのはとても心が痛むのですが、野菜を切ることを始めてみましょう。何事も挑戦です。こちらに大根を用意しました」
「はい」
まな板の上に立派な大根と包丁が置かれた。大根はすでに葉を取って用意されている。
「かつらむきをしてください」
「何それ?」
「大根を表面から薄く円形に切っていくやり方です。お手本に少しお見せします」
珠李は大根を持って側面を素早く丁寧に包丁で剝いで行く。切られた大根の皮は厚さが1mmもない驚くべき薄さだった。相変わらず、彼女の料理スキルは生半可なものではない。プロも顔負けの技術を持っている。料亭で働けるのではなかろうか。
「出来そうですか?」
「任せろ。珠李レベルのを期待されても困るけどな」
「そこまで期待していません。少なくとも、私が危険を感じた時点で止めますので安心してください」
「そんな事態は起きないさ」
渡された大根を左手に持って、右手に包丁を握った。
「…………」
包丁を30度ぐらいに傾けて大根に入刀してあげればいいだけだ。後は大根を回す。いや、包丁を動かすのか。そんなのどっちでもいいか。とりあえず包丁を大根に入れればいいのさ。後は身体が勝手に動いてくれるはずだ。
「いくぞ」
「どうぞ」
珠李がやっていたように大根へ包丁を入れた。
「おぉ」
「包丁で切れ込みを入れただけで感嘆の声を漏らさないでください」
「うるさいなぁ」
慎重に包丁を動かす。が、大根がつるりと滑って持っていた親指に包丁が向かってしまった。
「やべっ――って、あれ?」
血塗れの大惨事を脳裏に描いたが、そんなことは起こらなかった。
「まったく、ご主人様は相変わらず不器用ですね」
珠李が呆れた顔で悪態を吐く。なんと、彼女が咄嗟に俺の右手を掴んで被害は免れたのだ。
「……アリガトウゴザイマス」
「ここまでとは思いませんでした。想像の10倍は酷いです。こうなったら包丁を持つことは諦めましょう」
そう言って珠李は冷蔵庫から新たなボールを取り出した。
「昨日の夜に作っておいたハンバーグのタネです。楕円形に形を形成して、最後に中心を少し沈めてください」
お手本としてボールから片手サイズの肉を取ると両手でペチペチと叩き始めた。
「こうやって空気を抜きながら形を作っていきます。これならご主人様でも出来るはずです」
「そうだな! できそうだ!」
ボールから肉を手の平サイズで掴み、まずは形を整える。
「では、その塊から空気を抜くイメージをしつつやってみてください」
右手に乗った肉を見つめる。このまま左手にペチンと音が鳴る程度に移動させればいいだけだ。実に簡単な作業。
くいっと右手にスナップを効かせる。
ペチッ!
「……………」
大変良い音が鳴った。
問題は、それが珠李の顔面に当たって鳴ったことだった。
*
「この調子ですと、ご主人様が料理が出来るようになるのと、高校卒業どちらが早いか勝負できますね」
「すまない……」
今日の食卓には随分と形が歪になったハンバーグが並んでいた。どことなくその形がハートマークに似ていて、こんな幸せな時間も悪くはないと珠李は思った。
<あとがき>
そこそこの頻度でこんな感じのSSをあげていく予定です。
※一度、時間ミスってあげちゃったので一度非公開にしました。すみまそ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます