彼女の興味
12話 1人で行きたくない
「学様、ボタンが取れています」
珠李が床に屈んで白いボタンを拾い上げた。
「どこのボタンだ」
ブレザーのボタンは黒だからワイシャツか。胸のあたりを確認したが異常はない。まさかと袖のボタンを見ると、右袖の3つ連なったうちの真ん中のボタンがとれていた。
「まだ買ったばかりなんだけどな」
「仕方がないですね。家に帰ったらボタンを付けておきます」
「ありがとう。手芸も得意なのか?」
「そうですね。得意というか、趣味に近いのかもしれません。自作のメイド服を作ることもあります」
「え、珠李のメイド服って自作なの?」
「はい。夏用冬用それぞれ3着作ってあります。現在は新作のメイド服を設計段階ではあるものの、制作中です」
「完成するの楽しみにしているよ」
「え、そう言われるとなんかキモイです」
「ひどい!」
*
「というわけで、今日も気を付けて帰ってねー。かいさーん」
紅先生の一声でその日の授業が終わった。生徒たちは帰り支度を始めた。紅先生はさっさと教室を出る。しかし、「思いだした」と言って、時を戻すかのように後ろ歩きで戻ってきた。
「言い忘れてたけど入部申請を出して無い人は早めに出してねー。まぁ、後からでもいいけど先生が面倒なんだわ」
それじゃ、と言って今度こそ教室を後にした。
「部活か……」
左に座る珠李を横目で見る。
そういえば、部活見学でもやろうかと思っていたがすっかり忘れていた。相変わらずメイドとして振る舞う珠李に少しでも高校生活を楽しんでもらうために、まずは部活見学を始めようではないか。
新たな志しを胸にして席を立った瞬間、無残にもそれは打ち破られた。
「冠城くん、ちょっといい?」
右を向けば、我らが学級委員長である
「冠城じゃなくて、学って名前で呼んでもらっていい? なんかむず痒い」
「わかった。学くんね。それじゃあ私のことは結賀崎さんって呼んで」
「俺からの名前呼びはNGですか。はい、わかりましたよ」
「冗談よ。下の名前でいいわよ。————あとで困るかもしれないし」
お堅い人かと思えば意外と愛嬌があるらしい。
「それで、俺なんかに何の用事?」
「うん、実は生徒会への見学に行きたいんだけど、学くんにも一緒に来て欲しいの」
「どうして俺なんかに?」
「それは――色々あるのよ」
「僭越ながら、理由を明確に提示出来ないのであれば私からお誘いをお断りさせていただきます」
傍観しているだけだった珠李が急に口を開いた。
「珠李、クラスメイトにそんなこと言うもんじゃないぞ」
「ですが、見ず知らずの人についていくものではないと、ご主人様にはいつも口を酸っぱくして言っているはずです」
「何年前の話だよ。しかも知らない人じゃない。クラスメイトだって言ってるだろ」
相変わらずのガードの堅さに頭を抱えていると、広世までやって来た。
「なんだ、面白そうな話してるな」
入学式のカツラ話以降、彼とはクラスで一番絡んでいる男だった。誰とでも仲良くなれる明るいタイプで、俺ともすぐに意気投合した。
広世と彩華は小学生からの付き合いらしく、よく2人でいるのを見かける。付き合っているのではと噂が立っているが、広世曰く「妹みたいなもんだからそれはないぜ」とのこと。
「生徒会へ見学ならオレも行くぜ」
「最初から聞いてたなら早く来てくれてよかったんだけど」
「まぁそういうなって。それで、珠李ちゃんが気にしている学と一緒に行きたがっている理由だが―—」
「だが―—?」
「1人で行くのはちょっと恥ずかしいけど、一緒に来てくれる友達がいないから、手頃そうな学を誘ったんだ!」
「………………後で覚えておきなさいよ」
彩華の怒りの形相に俺は怯えて、広世はへらへらと笑っていた。
*
彩華に連れられる形で、3階の廊下の突き当りにある扉に辿り着いた。扉の上に「生徒会室」と大きく彫られた木製の看板が掲げられている。その文字には歴史の趣を感じ取れた。
「失礼しまーす」
何の躊躇いもなく、彩華は扉を開いた。何というか度胸がある女だ。
生徒会室に入ると、左手に少し明るい髪色で緑のフレームをした眼鏡をかけた女子生徒。正面には小学生と思しき少女が座っていた。この場にいる全員が同じ疑問を持ったようで、お互いに顔を見合わせると代表して広世が声をかけた。
「あのぉ、キミ、中等部の子かな?」
その問いに、少女は鬼の形相で俺たちを睨みつけた。
「ハァ? それはアタシに言ってるわけ?」
低い声を出してこちらを脅しているようだが、子犬がキャンキャン吠えているようで一切の恐怖は感じない。むしろ、可愛らしいような気さえする。
彼女の襟元にはⅢのマークが入ったバッチが光っていた。これが意味するのは、彼女は小学生ではない。2つ上の上級生だ。慌てて俺は広世の言葉を訂正する。
「キミの中トロが恋しいなぁと言っただけです」
自分で言ってて意味がわからないが、これで押し通すしかない。
「ほら、見てください! この子の中トロ、美しいでしょう?」
珠李を前に引っ張り出して、お腹のあたりを指で差す。
「…………変な子ね」
訝しむ表情をしているが、なんとか納得してくれた様子だ。しかし、珠李の視線が痛い。後で甘い物でもご馳走してチャラにするべき事案だった。
「それで、あなたが生徒会長ですか?」
俺の問いに、片方の眉をピクリと動かした。
「あなた達、全員入学式に出席していなかったの?」
生徒会長の返答に、俺たちはまさかと言って顔を見合わせる。
「寝てました」
「校長のカツラが」
「記憶にありません」
「ご主人様を観察していました」
「キミたちねェ…………」
溢れんばかりの個性が詰まった回答に、彼女は度肝を抜かれたようだった。
「私は3年1組の
出雲先輩は立ち上がって自らの権威を誇るように胸を張った。
ただ、彼女が机の下でつま先立ちをして脚をぷるぷると震わせていたので、一同が抱いた印象は可愛い先輩だなというものだった。
<あとがき>
フルフル討伐専用BGMは神。永遠と聞いていられる。
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