33話 相談者


「ど、どうぞー」


 俺はすっかり慌てて扉を開けた。


 そこには、顔目立ちがきりっとした気品のある女子生徒が立っていた。襟元のバッジにはローマ数字でⅡと刻まれているので2年生であることは分かった。俺が関わりのある上級生は紡先輩ぐらいなものだが、彼女はどこかで見覚えがある。


 俺が考え込むように首を捻らせると、目の前に立つ女子生徒は不思議そうに口を開いた。


「……化学実験部の方ですか? 光橋先生が化学実験部の部長に相談しろと言われてきたのですけど」


 光橋先生とは誰だったかと視線を頭上に向ける。一瞬の後、自分のクラスの担任であることを思い出した。そう、紅先生である。先生たちを含め、みんなが紅先生と呼ぶせいですっかりと忘れていた。彼女のように光橋先生と呼ぶ生徒は稀有な存在だ。


「あ、はいそうです。ただ、部長はあそこに座っている白衣を着た変人です」


「こらこら、変人とは失礼な」


 紡先輩がこっちを見てケラケラと笑う。


「ボクこそが、名立たる実績を誇り学園で随一の歴史を持つ化学実験部の部長、結賀崎紡――ってキミか」


 紡先輩は、にやけていた顔を一気に冷めた表情へと変化させ、来訪者を一瞥した。


「……私のことを知ったような口振りですね」


「そりゃあ知ってるさ。問題児である米澤のお目付け役であり生徒会副会長の霧島きりしま天璃あまりちゃん」


 そうだ。霧島先輩。生徒集会などで何度か見かけていた顔だった。


「私も結賀崎先輩とは何度か話をした程度には記憶があります。あと、ちゃん付けは止めてください。霧島と呼び捨てでお願いします」


「はいはい、わかったよ天璃ちゃん」


「………………」


 霧島先輩は早速、紡先輩から洗礼ジャブを受けて渋い顔をしていた。


「ところで、お目付け役というのはどういう……」


「おお、そこに突っ込むとは肝が据わっているねぇワトソンくん」


「誰があなたの助手ですか」


「米澤少年がこれまでにやらかした数々の大事件については、どこまで知っているかね」


「何も知らないですけど」


「なんと!? それでもキミは頴川学園の生徒か!」


「え、そんなに凄い人なんですか米澤先輩って」


 生徒会室で米澤先輩と出会ったことはあるが、そこまで言われてしまう人物だとは思わなかった。舞桜と同じ雰囲気を感じ取ったのだが、舞桜以上のトンデモ超人なのだろうか。


「そりゃあもう。ほら、ハドソンくん教えてあげて」


「……わ、私のことですか?」


 安良岡さんは珍しく声を震わせた。コーヒーの話で打ち解けていたようだが、やはり紡先輩を理解するにはまだまだ時間が必要なようだった。


 紡先輩は「キミ以外に誰がいるんだい?」とでも言いたそうに首を大きく縦に振った。


「『生徒会長スッポンポン事件』、『学園長カツラ事件』、『球技大会替え玉事件』……その他、学園で起きた数多くの事件に関わり、その中心人物にいる男こそが米澤よねざわ幸佐こうすけ先輩よ」


「紹介してくれた事件、すべて聞いたことないんだけど!? でも、全部の事件凄い気になる内容だな!」


「あら、冠城君が知らないなんて意外だわ。私が特に気に入っている『生徒会長スッポンポン事件』でも解説しましょうか?」


「ボクもその話好きだけど、そろそろ相談者の話を聞こうじゃないか。生徒会の仕事が忙しい中、わざわざ来てくれたんだ。スッポンポンの生徒会長の話を聞いても仕方が無い。そうだろう?」


「紡先輩が話を振ったのでは?」


「はて、何のことやら。――まぁ、というわけだ。相談内容を聞かせて貰えるかな、副会長殿」


 紡先輩は淹れたてのコーヒーをビーカーに注ぐと、霧島先輩に手渡した。

 

「では、相談させていただきます。こーちゃん――米澤幸佐君と学生結婚したいんですけど、どうすればいいですか?」


「うん、強火が過ぎるね。1回出直してくれたまえ」 


 


<あとがき>


 とんでもねえの来たな

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