新入部員と頭がお花畑な相談者
32話 活動していない部活動
「キミはあれか、暇人だね」
放課後の理科室。俺は紡先輩と2人きりだった。
「先輩が来て欲しいって言ったから来てるだけです。暇ではありません」
昼休みのことだ。教室でいつものように昼食をとっていた俺を見つけるなり「放課後に来てくれと」それだけ伝えて、問答無用で逃げるように教室を出て行ったのだ。
「そんなこと言ってぇ~、どうせ帰ったらメイドちゃんとイチャイチャするだけでしょ。――って、メイドちゃんは?」
「先に帰りました。用事があったので。あとイチャイチャしません」
珠李は先日の襲撃の件で大屋敷に報告があるとのことだったので、1人で来ることになった。帰り道は、舞桜が迎えに来るので一緒に帰るよう言われてしまった。先日の襲撃を考えれば、過保護ぐらいが丁度良い塩梅なのだろうか。
ただし、また目立つように校門で待っているのだけは本当に止めていただきたい。
「本当にそうかなぁ~。ボクだったらイチャイチャしちゃうもん。主人とメイドという立場を使ってあんなことや、そんなこと。うひひひぃ~~~」
気味の悪い笑い声をあげて、いつものように実験器具を使って珈琲を作っている。傍から見れば毒薬をつくる魔女のようだ。
「ワクワクタイムについての是非はさておき、今日は来客の予定があるんだ。丁重に出迎えてね」
どうやらこの為のお呼び出しだったらしい。最初から要件を伝えてくれれば変な警戒をせずに来れたんだけど。
「来客? こんな部活にですか?」
「こんな部活とは失礼だなぁ」
実績のない部活なのだから、そう言われても仕方がないのではなかろうか。
「存続の為にはちゃんと仕事をしているんだよ」
トン、トン。と扉をノックする音がした。
「噂をすれば、だね。どうぞ~、開いてますよ~」
その声に従って扉が開く。
「こんにちは。ここが化学実験部?」
その声に俺は口をへの字にさせた。教室を見渡しながら入って来たのはなんと、安良岡歌弥だった。
「ようこそ、化学実験部へ。ボクは部長の結賀崎紡。よろしくね」
「安良岡歌弥です。そこの偏屈そうな男子とはただならぬ関係ですが、よろしくお願いします」
紡先輩が腕を組んでしばらく考えた後、俺の耳元に「えっちな関係だったりする?」と囁いた。
「ただのクラスメイトです」
「なぁーんだ。つまらないなー」
「面白がらないでください」
俺たちのやり取りを見ていた歌弥が口開く。
「2人はどんな関係?」
「……んー、ただならぬ関係かなぁ」
そんなことを紡先輩も言うから、今度は歌弥がさささっと近づいて俺の耳元で「えっちな関係?」と問われた。
「ただの部長です」
「あら、そうなのね」
気のせいかもしれないが、安良岡さんがなんだか嬉しそうに見えた。
「それで、学君のクラスメイトがどういったご用件かな?」
紡先輩からの質問に安良岡さんは眉をひそめた。
「……光橋先生に聞いていませんか?」
「うーん、彼女からは何も聞いていないけどね」
「そうですか。それなら光橋先生からお話があると思いますので、私は何も言いません」
「そっか。じゃあ何も聞かないことにするよ」
そう言って、安良岡さんにコーヒー入りのビーカーを差し出した。
「ありがとうございます」
容器がビーカーであることに少し困惑しつつも両手で容器を掴み、淹れたてのコーヒーを堪能している。
「このコーヒー、とても美味しいです。こだわりを感じます」
「そうだろう、そうだろう。いやぁ、コーヒーの味が分かる人がいると嬉しいよ」
そう言って、俺に冷ややかな目線を送った。
紡先輩がいつも飲んでいるコーヒーは、知り合いの喫茶店オーナーから購入しているオリジナルブレンドらしい。苦みの中にあるほんの少しの酸味。そして、鼻腔から心までを和ませる豊かな香り。分かる人には分かる、至極の一品であると紡先輩が言っていた。
だが、俺にはコーヒーの味が良くわからない。インスタントと焙煎の味比べをしても分からないので、紡先輩に「このおバカ舌め!」なんて怒られたことがあった。
気が付いたら2人はコーヒー話に花を咲かせていた。そんな彼女たちを横目に、俺は図書室で借りてきた「モンテクリスト伯」の文庫本を開いた。
…………って、ん?
「紡先輩」
「どうしたのだね」
「今日の来客って安良岡さんのことですよね?」
「いいや。来客が彼女であれば、もう相談をはじめるはずだ。あるいは邪魔者がいるから相談が出来ないとかね」
紡先輩が俺の顔を見て下手くそなウインクをする。
――トン、トン
その時、再び扉を叩く音が聞こえた。
安良岡さんはあくまで想定外の来客。本来訪れるべき人は他にいたというわけだ。
<あとがき>
自宅にコーヒーメーカー、買ってみない?
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