36話 で、どうすれば?


「小難しい話だね。眠くなったから何をするべきなのか結論を言ってくれ」


 紡先輩が大きな欠伸をした。普段、小難しい話をするのはどっちだというツッコミを抑えて、俺は霧島先輩に向き直った。


「霧島先輩、あなたは俺たちにどうして欲しいんですか? 相談に来たというよりかは、結論ありきで人手が欲しいだけだと思ったんですけど」 


「さすがは御曹司くん。冴えてるわね。私が相談に来たのは悩みを聞いて欲しかったわけじゃない。私とこーちゃんの噂を広める人手が欲しかったの。それもビッグネームに手伝って貰えるなんてまたと無い機会よ」


 なるほど。結局、俺の名前——冠城の名を利用したかった訳か。


「そんなに俺の名前が使いたいなら広告料取りますよ」


「……何を言ってるの?」


 霧島先輩は子供のような純粋無垢の綺麗な瞳をして、首を傾げた。この光景に紡先輩はと言えば、両手で口を抑えて目じりに涙を浮かべている。大爆笑を抑えているのだ。


「え?」


「御曹司くんには興味無いわ。広告塔にもなりゃしないわよ」


 言われて今更気づいた。俺の名前が通っているのは、世間一般的な話だ。だが、狭い学園内で言えば世界的企業よりも、身近なアイドル的存在の方が何かと話題になる。


「それに、私は『姫君』の名で通っている安良岡さんに噂を広めて欲しいの」


「な、なんですか『姫君』って?」


 俺の問いに、安良岡さんが脚を組み替え胸を反らし、随分と偉そうに答える。


「知らないの? 私は巷では学園四大美女の1人である『姫君』と呼ばれてチヤホヤされているのよ?」


「何それ初耳なんですけど」


 誰だよ安良岡さんに『姫君』って名付けたヤツ。センスないぞ。恋愛マスターの方がマシ——どっちもどっちか。


「うーん、でもわからないなぁ。どうして天璃ちゃんはもっと良い人材を使わないんだい?」


「回りくどい言い方しないでください結賀崎先輩。あと、霧島と呼び捨てにしてください」


「そんなに怖い顔しないでよ天璃ちゃ~ん、可愛いお顔が台無しだぁ。ほら、天璃ちゃんの生徒会には『女王』の生徒会長がいるじゃないか」

 

「じょ、『女王』……」


 あの生徒会長がそんな名前で呼ばれているのか。あの見た目で女王の威厳を醸し出すのは至難の技に思えるのだが。


「確かに、ご指摘の通り会長の方がネームバリューがあります。ですが、会長はそういう姑息な手を嫌うので使えないのです。そもそも、この事情を結賀崎先輩は知っているんじゃありませんか。部長会議や予算案の件で顔をよく顔を合わせていますよね?」


「知っているとも。だが、あの生徒会長なら天璃ちゃんの手腕でどうとでもなる人物でもあることも知っているだろう?」

 

「……そんな性格だから、会議で会長と殴り合い寸前までいくんですよ」


 会長と紡先輩が顔合わせする会議に出るのは絶対に止めようと心に誓った。


「ハハハ、ともかく、これで安良岡さんが呼ばれた理由も分かったね。これも紅ちゃんの策略だったわけか。一杯食わされたなぁ」


 これも、ということはこれまでにも紡先輩は紅先生に何かしらの仕打ちを受けていたわけか。日頃の行いを鑑みれば当然の報いとも受け取れる。


「どうだい安良岡さん、この話は乗るのかい?」


「恋愛とは絡め手も重要です。私は構いませんが、私に何もメリットがありません」


「さすがは恋愛の師匠、理解があって助かります。メリットについてはいくつか報酬を考えていますので後程ご相談ください」


「それならいいですよ。報酬次第ですが前向きに検討させていただきます」


「ありがとうございます、師匠!」


 よほど嬉しかったのか、霧島先輩は安良岡さんの手を握って持ち上げた。




     *



 初対面の時よりも物腰が柔らかくなった霧島先輩を見送ると、ポケットに入れていたスマホが震えた。


『ガク様! 遅い! 学園に侵入するぞ!』


 という脅迫文が舞桜から送られてきた。


「うちのメイドが怒っているのでそろそろ失礼しますね」


「おーけー、ボクはそんな新入部員と珈琲に付いて語り合いたいから、先に帰っていいよ」


 紡先輩が安良岡さんに視線を送ると、彼女は頷いた。


「分かりました。戸締り頼みましたよ」


「小言がうるさいなキミ。もしかしてボクの親になってくれるのかい?」


「それは願い下げですね」


 俺は清々しいほどの笑顔を紡先輩に向けた。




<あとがき>


 もっと短い話だったはずなのに、紡先輩が話に出てくるとややこしくなるから嫌じゃ! あと一話だけ続きます! 


     


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