37話 プライベート・哀

「それで、本当に珈琲の話でもしますか?」


 部屋に残った2人は学が遠くへ行ったことを確信すると、歌弥から会話を切り出した。


「そうだね」


「私に個人的な用事があるんですよね、紡先輩」


「……そうだね。察しが良くて助かるよ。御曹司くんは、女の子の気持ちがわかっても、ボクの思考までは読めないみたいだからね」


「女の子の気持ちすら理解していない気もしますけど」


「それはそう」


「雑談はもういいんで、さっさと本題に入ってください」


「もぉー、つれない子だなぁ。そうさ。キミに質問したいことがあって呼び止めたんだ。あんな頭の真っピンクの副会長なんて二の次にしたかったんだけどね」


「質問ですか。あまりプライベートなことは答えませんよ」


「キミ、お父さんを亡くしているね?」


「……そうきましたか。ということは、紡先輩は紅先生に一杯食わされたと言っていましたが、逆に紅先生を、いえ、全員を利用しましたね?」


 今日の一件は、関係者全員が紡の手の平の上で踊らされていたのだ。天璃が先生に相談し、紅先生が歌弥を利用し、学が勘違いし、天璃が歌弥を利用するまでを含めて。


「さて何のことかな。話は最後まで聞いてよ。実はボクの家というか会社、プロジェクトアダムの研究に参加していたんだ」


「プロジェクトアダム? なんですかそれ?」


「あ、今の単語は聞かなかったことにしてね」


 紡はわざとらしく、ハっとした表情をして続ける。

 

「キミのお父さんも参加していた極秘実験にボクの会社も参加していた。――って聞いたことにしてね」


「実験の話は初めて聞きました」


「そりゃあ秘密裏に行われていた実験だったからね。それは関係ないんだけど」


「関係ないなら陰謀論みたいな話を間に挟まないでください」


「ごめんごめん。とにかく、ボクの会社も噛んでいたからどういう経緯でお父さんは自らの命を絶ったのかは知っている」


「それはほぼ全てじゃないですか」


「そうかな? キミは真相を知っているのかい?」


「ええ、世間一般に通っている真相のことを差しているのならそうね」


「ああ、もちろん違うよ。真相とは偽りで覆い隠したもっと闇が深い場所にあるものだ。週刊誌に掲載されて大衆が満足するそれとは明らかに乖離したものだよ」


「いちいち回りくどい言い方しないでください。何回目ですか」


「はいはい。それでね、ボクが聞きたいのは真相を知りたいのか、ということだ。真実とは残酷で期待通りにいかないことも多々ある。それでもキミはボクの話を――事の顛末を知りたいのかい?」


 ようやく紡が、回りくどいことしか言わない理由が分かった。事件の真相が歌弥にとってどんな内容であろうと、それを受け入れられるのかと問いているのだ。


「それは……」


「はい、悩む時点で今回はお預け」


「そんな!」


「心の準備が整ったらボクに話かけてよ。この後ボクは会社の用事があるから帰らなきゃいけない。ほら、出て行った出て行った」


 紡は半ば無理やり理科室から歌弥を追い出すと、白衣のポケットから鍵を取り出す。


「……最後に紡先輩の予想が出来なかったことでも言っておきます」


「ん」


「私を科学実験部に入部させてください」


「それは、どうしてだい?」


「冠城学を狙っているので」


 歌弥は紡のリアクションを安易に想像出来た。何故なら、彼女の言った『大衆が満足するそれ』を理解しているのなら、歌弥が学に近づいた理由の1つは概ね予想できるだろうと踏んだのだ。


 しかし、彼女の反応は想像よりも淡泊なものだった。


「ふーーーん、そう」


 紡はそれだけ言うと鍵穴で錠を回して、ガチャリと扉を閉めた。



— 新入部員と頭がお花畑な相談者 終 —



<あとがき>


 奥さん、G502のXってヤツが出るらしいわよ。


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