72話 メイドとは?


「ご主人様、私以外のメイドの太腿を見て興奮しないでください」


「え、珠李のならいいの?」


「死んでください」


「はい……?」


 バカみたいな会話をした後、珠李は階段の上に立つ十文字先輩に向き直った。


「私は犬星珠李と言います。十文字様の弟子にしてください」


 直球が過ぎる。もう少し主語を言いなさい。


「うーん」


 ほら、困っている。


「ええよ」


 いいのか。

 

「ほんでぇ~~」


 十文字さんは階段をダイナミックにジャンプして、俺らの目の前に綺麗に着地した。


「隣の男とはどういう関係なん?」


「私のご主人様です。ド変態なのは申し訳ございません」


「ド変態は仕方が無いなあ。あーしらメイドでも治すことができへん。諦めやぁ」


「お願いですからド変態呼ばわりはやめください」


「ほいほい、で、ジブンら名前は?」


「冠城学と言います」


「あぁ、ジブン、冠城の次期当主か」


「いえ俺は当主なんかに……」


 その言葉に、十文字さんは態度が変化した。陽気な雰囲気から一遍、表情に恐ろしさが混ざった。


「は?」


「え?」


「次期当主なんか目指しとらんボンボンを、メイドが世話しとるんか? メイドを馬鹿にしとるんか!」


「いえ、馬鹿になんて……」


「ふーん。ほな、ジブンは何の為にここにおるんか?」


「それは——」


 その問いに答えは出なかった。突然の質問だったからではない。恐らく、どんな状況であれど答えることは出来ないだろう。


「明確な目標も無しに、実家から逃げ出したんちゃうんか?」


 何も言い返せなった。


 こんな時に核心を突かれるなんて思わなかった。


 俺はただ、実家から逃げたかった。


 次期当主なんてなりたくない。家業なんて継ぎたくない。期待なんてされたくなかった。


 だから実力以下の高校を目指していたし、テストの成績もわざと上位にならないようにしていた。平均点かそれ以下。赤点を取らなければいいぐらいの成績。


「主人が明確な意思を持たなメイドは目的を定められへん。察するに幼い頃からの付き合いやろ? 犬星言うたか。ジブンも大概やで。甘やかし過ぎや」


「甘やかしたつもりなど……」


「ほな、そのご主人様は何が出来るんや? 何も出来ないんやろ?」


「そんなこと!」


 珠李は吼えるように否定するが、俺は左腕を彼女の前に出して制止した。


「珠李。反論の余地はないよ」


「ご主人様……」


「冠城の坊ちゃん、提案や。このメイドしばらくウチで働かせるさかい、ジブンもしばらく1人で生活してみなはれ」


 つまり、1人暮らし。


 半分目的達成じゃないか。




     *




「というわけなんだ」


「わりぃ。急展開過ぎて状況掴めない。つまりどういうこった?」


 舞桜は珍しく目をぐるぐる回している。改めて舞桜に説明してみたが、自分でも急展開過ぎて付いて行けてない。


「しばらくお暇を頂きます、ということです」


 珠李はキャリーケースを足元に置いた。


「いつ帰って来るんだ?」


「明日かもしれませんし、来週かもしれません。少なくとも、半人前ではなくなるまで」


「半人前ではないだろ」


「お姉様に半人前だと言われたのですが」


「そんなこと言ったか?」


「言いました」


 舞桜のいい加減な発言が事の発端だろうに、本人に自覚は無いようだ。真に受け止めてしまった珠李も珠李だ。いつもなら聞き流すような発言を汲み取ってしまった。それとも、やはり土門浩一郎絡みか。何もされなかったと言っていたが、報告していないだけであの男にも何か言われたのだろう。今までは予想だったが、確信へと変わった。


「とにかく、いつでも戻って来い。珠李は俺のメイドなんだぞ」


「……分かっております。どんなに離れていても、私は学様のメイドです」


 珠李の眼差しに思わず息を呑む。心苦しいことではあるが、横槍があったのかはさて置き、最終的な決定を下したのは珠李自身だ。


「そんなこと言って、お前ら学校でほぼ毎日会うだろ。しんみりした空気だすんじゃねえ!」


 湿った空気が苦手な舞桜がすかさず空気の読めない発言で突っ込みを入れた。


「それもそうか」


「ですね。では、しばしお別れです」


 珠李は俺と舞桜に一礼すると、玄関の扉に手を伸ばした。




<あとがき>


 まったねー!



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