お暇を頂きます
71話 メイドとメイド
「ご主人様、少々気になることがあります」
放課後、いつものように理科室で暇を持て余していると、珠李が改まって向かい合った。
「どうしたんだ?」
「この学校にいるもうひとりのメイドについてご存じでしょうか?」
「珠李の他にメイドがいるってことか?」
「どうやらそのようです」
「あー、もしかして
白い粉を調合していた紡が声をあげた。怪しい粉でないことを祈るばかりだ。
「頴川嬢?」
「頴川学園理事長である頴川
「ちょう——なんだって?」
「超常現象検証部です。以前生徒会室へ行った時に、部員の方とお会いしましたよ」
「ああ、そういえばそんなこともあったような」
舞桜と言動がそっくりな、関わりを持ちたくない男子生徒がいたっけ。しかもちょっと危ない幼馴染も先日遭遇していたか。
「あの部は頴川学園の中でもトップクラスでヘンテコな部活さ。言っておくけど、ここは比較的まともなんだからね。ボクらの部と相反する部活だって思ってくれればいいさ」
紡は「えっへん」と高らかに胸を反らした。
この部活よりも、活動目的が不明瞭な部活があるとは思わなかった。だが、思い返してみればちょっと不思議な名前の付いた部活が多い印象ではある。占い研究部やらTRPG部やら、エキセントリック帰宅部。よくもまあ部活設立の申請が通ったものだ。
「それで、頴川嬢はとにかく、そのメイドに興味があるとはね。対抗心?」
「違います。メイドがいるという噂を聞いただけで、ただの好奇心です」
「なるほどね。頴川嬢のメイドはキミたちの一個上の2年生だよ。名前は
「情報提供感謝します。ご主人様、早速見つけに行きましょう」
「え? ちょっと!?」
珠李が突然立ち上がり腕を引っ張られる。今日はちょっと強引だ。
「おふたりさん、いってらっしゃーい」
紡先輩が助けてくれるはずもなく、俺たちは理科室を後にした。
*
「そんなに急いでどうしたんですか?」
後ろから声をかけられた。誰かと思えば手芸部の前川さんだった。
「前川さん、メイドを見かけませんでしたか?」
「目の前にいるけど」
「私ではありません。もう1人のメイドです」
どういうことだと俺に視線が送られた。
「2年生に珠李以外のメイドがいるらしいと聞きまして。しかも、放課後はメイド服を着ていると情報を貰いました」
「ああ、十文字さんのことね」
秒で答えられるとは、かなりの有名人らしい。俺は一切噂を聞いたことが無かったぞ。
「いまどちらに?」
珠李が食い気味に近づく。
「おっ、おぉ……そこまでは知らないかなぁ」
「わかりました。ご協力感謝します。行きましょうご主人様」
再び腕を掴まれる。まるで飼い主が強引に引っ張られる大型犬の散歩だ。
その後、2年生の教室を一回りしたのだが、メイド姿の女子生徒には出会うことが出来なかった。
「いませんね」
「そりゃあ行き当たりばったりで探してたらそうでしょ。もう帰ったかもよ」
「2人で一緒に探しても効率が悪いです。私は新棟を一周してきます。ご主人様は旧棟を探してください」
珠李がそのまま早歩きで行こうとしてしまう。
「ちょっと待って!」
「どうしましたかご主人様。私と離れるのが寂しいんですか?」
「そうじゃなくて、どうして十文字さんをやっけになって探しているんだ?」
「…………」
珠李はすぐに返事をせず、口を半分開けてから閉じてしまった。答えを躊躇っているのは考えなくても分かる。
「まぁ、言いたくないなら言わなくてもいいぞ」
「……いえ。そういうわけでもないのです。…………私はメイドとしての責務を果たしていると思いますか?」
どうしたというのだ。珠李はそんなナイーブな質問をするようなヤツじゃない。
「何かあったのか?」
「私にとって、ご主人様は守るべき存在です。しかし、どうやらそれは間違っているようなのです」
「えーっと、どういうことだ?」
舞桜に変なこと吹き込まれたのだろうか。いや、先日遭遇したという土門浩一郎が原因ではなかろうか。あの件以降、珠李の考え込む姿を頻繁に見かけるようになった。
「申し訳ございません。このような質問をご主人様にするべきではありませんでした。メイド失格です」
「どうしたんだよ。そんな悲観的になるなよ」
「お姉様にも、私はメイドとして半人前だと言われてしまいました」
舞桜も原因の一端を担っているのか。なんだかんだ、珠李は舞桜のことをメイドの先輩として尊敬している。そんな人から「半人前」と言われるのが悔しいのは俺でも分かる。
「比較的同い年のメイドである十文字様であれば、私の何が間違っているのか、第三者からの目として見極めていただけるはずと思ったのです」
若くしてメイドの職務をこなす身として、珠李の相談できる相手は姉だけだった。それが姉に相談出来ないとなると、他に頼れる人は冠城家にいないだろう。外部からの助言を求めるのは必然か。
どう言葉をかければいいか思い悩んでいると、階段の上から声がした。
「―—ほな、話はだいたい聞かせてもろたわ」
「……誰だ?」
強い関西訛りの声に上を見上げると、メイド服を着た少女が仁王立ちをしていた。
「ウチは頴川家御令嬢の頴川昴流様にお仕えしとるメイド、
探していた人物自らがやって来るとは、実に有難く、それでいて鮮やかな登場だった。しかし、残念ながら声をかけた位置が不味かった。
細い脚を包み込む白のストキング。黒いレースがお洒落を際立たせたガーターベルト。そして、色白な太腿の付け根に鎮座する黒い紐と薄い布は欲情を駆り立てる。
俺の視線に気づいたのか、十文字は両手で短いスカートを抑える。
「どっ、どこガン見しとんねん! シバくぞ!」
小柄な身体からは想像できない大きな怒号を浴びせられた。
この日の素晴らしき光景を俺は一生忘れることがないだろう。
合掌でもしておこうか。
<あとがき>
関西弁メイド、いかがでしょうか……?
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