30話 彼らの狙い


「珠李! 舞桜! 大丈夫だったのか?」


 扉を開ける音が聞こえた俺は、彼女たちの無事を確認するべく一目散に駆けだした。


 玄関で靴を脱ぐ彼女たちの表情は、少し疲れているようだった。


「何も問題はありません」


 そう言った珠李の身体には、擦り傷や痣がいたる所に存在していた。


「ああ、あんなのお遊びだ」


 舞桜も珠李ほどではないが、服が汚れていたり、擦り傷がある。


「無茶しやがって」


「ご主人様を守るのが私たちの役目です」


 冠城の名を持つが故に、こうした事は何度か経験があった。命まではいかなくとも誘拐未遂には2度あった。怪しい男たちに後を付けられたこともあった。その度に珠李が助けてくれた。


「急にいなくなるのは……もう…………止めてくれよな」


「そう……ですよね。学様のご両親が突然居なくなったことを思えば私たちも――」


「俺は珠李と舞桜がいなくなったら何も出来ないんだ」


「ご主人様を憐れんだ私が馬鹿でした。とんだクズ野郎ですね」


「そうさクズ野郎さ。でも、2人がいなくなったらクズ野郎だけじゃなくてゴミ野郎にもなっちまう」


「…………」


 珠李が蔑みを通り越して、呆れ顔で俺のことを見ている。


「と、とにかく、何があったんだ?」


「ご主人様を狙う者たちが現れました」


「ヤクザか?」


「いいえヤクザではないです。あの男は土門家の長男です」


「土門か…………随分と落ちぶれたもんだな」


 土門と言えば金融関係で財を成していた、昔は冠城と並ぶほどの大企業だった。しかし、新規事業の失敗や不祥事が相次ぎ、現在では存続すらも危ぶまれるまでに落ち込んでしまった。


「土門家の長男は、若いながらも会社を立て直そうと躍起になっていると聞いたことがあります」 


「そんな奴が、どーしてアタシらのご主人様を狙うんだ?」


 舞桜が口を尖らせる。


「かつての腹いせってとこだろ。見ず知らずの内にヘイトを買うのが冠城っていう家さ」


「ご主人様……」


 そんなことを言わないでくれと珠李が目で訴える。その表情をされると弱ってしまうじゃないか。


「はいはい、わかったよ。言い過ぎた。珠李は怪我が多いんだから早く休んでくれ」


「はい、ありがとうございます」


「……………」


 珠李が自室へ行き扉を閉めたところで、俺はようやくリビングのソファに腰を下ろし、そっと胸を撫でおろす。


「とは言ったものの、本当に腹いせなのか」


「どうしたよガク様」


「今回の襲撃が腹いせでなかった場合、俺を人質にしたところで土門家にメリットはあるのかって思ったんだ」


「自暴自棄かもな」


「有り得ない話じゃないか。……それでも俺を狙う必要はないだろ。復讐したいなら現会長を狙えばいい」


「復讐か。そんならガク様に妬みでもあるんじゃないか?」


「俺か? 土門の人間なんて聞いたことはあっただけで直接の交流なんてないぞ。それだから腹いせの線も薄いと思ってるんだ」


「それじゃあ……土門が駒にされたって可能は?」


「……なるほど。大量の金を積まれて雇われたなら、今の土門は動くわけか。いや、それでも実行に移すのには弱い気がするな。弱みでも握られてるのか?」


「まー、ガク様はそんな深く考えんなよ。アタシが調査しておく」


「舞桜たちだけに苦労は掛けられない」


「そりゃ有難いお言葉だ。でも安心しな」


 舞桜もリビングにやって来て同じソファに座ろうとした。起き上がって場所を空ける。


「―—妹を傷つけたヤツはぶっ殺すからな」


 鬼の形相をした舞桜を見て思わず身震いした。


 しばらくこんなことが無かったので忘れていたが、舞桜は珠李が傷つけられたと知ると、原因となった存在が潰れるまで徹底的に攻撃を仕掛けるのだ。


 仕返し、報復、そんな言葉が温く見えるほど悲惨な現場になる。舞桜の母である梅子が言っていたほどだ。


『——だからしっかりと手綱を握っていてください。彼女の暴走を止められるのは学様だけなのですよ』


 梅子さん、その手綱を握るには荷が重すぎるよ。




     * 




「おい、話がちげーぞ! ほとんどやられちまった!」


 床に貼り付いている男たちを足で突きながら電話越しの相手に声を荒げる。


『…………』


「これ以上はやってられねぇぞ」


『依頼をこなさなければ金は払えない』


「ふざけんな。報酬は2倍だ」


『……了承したそれでいい』


「それと、生死は問わないことを条件とさせてくれ。やらなきゃ、やられる相手だぞ」


『いいだろう。その代わり殺すのであれば苦しみながら殺せ。死を実感しながら死ぬように殺せ』


「憎いほど坊ちゃんにご執心ってわけか。カーッ、お熱いなぁ!」


『…………』


「わりいわりい、冗談だよ。こっちも金だけじゃないメリットが存在してるんだ。どうにかしてやるさ」


『依頼を遂行してくれるのであれば、どこの誰であろうと構わない。それを覚えていてくれ』


 その言葉を最後に電話が終わった。


「ったく。どこの誰だか知らねえけど、プロジェクトアダムの関係者にロクな奴はい――――」


「浩一郎サン、どうしました?」


「プロジェクトアダムに興味ある奴をぶつけりゃあいいじゃねえか」


 浩一郎は、電話帳からとある男に電話を掛けた。


「……おい、イーシェ。あぁ俺だよ。待て待て待て待て。ろくな話じゃないってそりゃねえだろ。まずは話を聞けって! な!? ああ、なんたってオマエの好きな話だぜ。……プロジェクトアダムに関わってたヤツをぶん殴って欲しいんだが――」



— メイドと明度 終 —



<あとがき>


 次、SS挟むよん

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