29話 戦闘はメイドの基本


 埃っぽく、薄暗い倉庫。


 外と同様に、潮風で晒され錆びれたコンテナが、捨てられたようにいくつも放置されいた。


 珠李は倉庫の中心へと辿り着くと、その脚を止めて敵を挑発する。


「2人よりも確実に1人を狙うタイプですか。卑怯で臆病ですね。親の顔も見てみたい」


 当然、こんなものでは出てこないだろう。次の煽りを考えようとしたところで、倉庫の古い扉が金切り声を挙げて開いた。


「ギャハハハ!!! おもしれー女だなァ」


 胡散臭い台詞を使って、男は珠李に向かって進んで行く。男の後ろには、黒ずくめの男たちが横並びで付いている。

 

「……先ほどから私たちの後ろを付け回していたのは貴方たちですね。コバエの様に鬱陶しいので迷惑していました。今すぐ私の前から消え去ってください」


「わりいなァ。オレたちは、オマエのご主人様に用事があったんだけどなァ。まずは、ひとりぼっちの可愛い子ちゃんから襲っちゃおうって思っちまったんだ。そう、思っちまった! 残念! ギャハハハハ!!!」


 そう言ってゲラゲラと笑う男は、トゲトゲした金髪にグラサンをかけ、趣味の悪そうなピアスやら指輪を付けた人物だった。悪を体現したような男だったが、滲み出る子悪党感により、彼自体は脅威だと思えなかった。


「っと、自己紹介がまだだったな。オレは浩一郎こういちろう土門どもん浩一郎こういちろうだ」


「そうですか。では早速ですが、ご主人様に害を成すと判断し、貴方たちを排除します」


「はッ、メイド風情がよォ! 調子に乗んじゃねえぞ!」


「その言葉、お忘れなきを」


 珠李は腕の裾を整えると、腰を落として戦闘に備えた。


「あのメイドを縛り上げろ。最初に捕まえたヤツに追加で報酬やんよ」


 浩一郎は、部下である黒ずくめの男たちに指示を出す。


「ただし、殺すなよォ~」


 男たちは無言で頷くと、それぞれに武器を持った。


「…………」


 敵の数は5人。こちらは1人。多勢に無勢。明らかに不利な状況だ。


 まずは手にナイフを持った1人の男が突っ込んで来た。珠李は最低限の動きでそれを避けると、腕を引っ張り勢いそのまま地面に叩きつけた。


「…………ケケ、手加減なしで行くぜ、お嬢ちゃん」


 その光景を見た男たちは目配せをした後、全員同時に走り出した。


「雑魚みたいな台詞を吐くと、すぐにやられますよ」


 まずは左から来たナイフを持った男の手首を掴んで後方へ投げ飛ばす。しかし、その間に残りの3人に囲まれていた。


「おいおい、メイドさんよぉ。あんなお坊ちゃんに従ってないでさ、オレのメイドさんになってよ~。そうすれば手を引いてやるよ~」


「そうですか」


 後方で高見の見物をしている浩一郎の言葉を無視して、珠李は一瞬で目の前の男に詰め寄り、頬へ拳をぶつけた。怯んだ隙に腹へ2発を撃ち込み、続けて膝蹴りも見舞わせた。


 残りの男たちが一斉に襲い掛かる。武器はメリケンサック、チェーンをそれぞれ持っていた。しかし、1人だけは素手だった。


 伸びてきたチェーンを避け、メリケンサックを身に着けた男と対面する。腰の落とし方ひとつで、彼も雑魚であると瞬時に感じ取った。


 手元に回収されようとしているチェーンを拾い上げ、綱引きの要領で思い切り引っ張る。男にとって予想を超えた行動だったのか、力に負けてチェーンを手放してしまう。


 武器を手に入れた珠李はチェーンを揺らし、蛇行の波を作って男をけん制する。だが、素手の男はそんなこと構わずに突っ込んで来た。珠李はチェーンを左に振って男の横腹を狙った。しかし、男の姿はそこにない。狙いは外れ空中を切り裂いたのだ。


 一瞬の出来事に珠李は視線を左右に動かすが、姿が見えない。だが、地面に黒い影が動いた。


――上だ。


 見上げれば、男は空中へと跳躍していた。


 すぐにチェーンをひねらせて一撃を加える。しかし、男は身体を丸めると顔面に両腕をクロスさせ、防御姿勢を取った。そのまま珠李に向かって突っ込んでくる。


 この男、チェーンの攻撃を最小限に抑えて珠李への攻撃を行うつもりだ。捨て身の攻撃ではあるものの、先に倒れて行った男たちとは一肌違う。戦闘中に頭を使っていない。思考する前に身体が勝手動いているのだ。これは数多の戦場と鍛錬を積まなければ到達できない領域だ。


 作戦変更。こういうタイプは正面からやり合っても仕方が無い。経験差と強引さで負ける。


 珠李はチェーンを手放し、ステップを踏んで近くにあった5m四方のコンテナの後ろへ姿を隠した。


 男は目標の消えた地面へ突撃した。噴煙が舞い上がり、視界を悪くする。


「おいおい、かくれんぼでも始めるか?」


 浩一郎の煽る声が建物の中に響く。


「ズム、早く捕まえろ!」


「はい」


 ズムと呼ばれた男は小さく返事をしてコンテナに向かって走った。珠李が隠れたコンテナの後ろを確認する。しかし、彼女の姿は無かった。


「馬鹿! 上だ!」


 浩一郎の叫びにズムは上を見上げる。コンテナの上に珠李はいた。後ろを覗き込んだと同時に反対へ回り込み、そのまま上に登ったのだ。


「はああっ!」


 珠李はズムの顔面に向けて膝蹴りを繰り出した。だが、ズムはそれを直前で避けて身体を通り過ぎた珠李の脚を掴むと、1回転し勢いを付けて壁に向かって投げ飛ばした。直後、珠李は懐へ忍ばせていた3本のペティナイフを遠ざかるズムへ投げつける。精度は悪いが、無いよりはマシだ。命中を祈りそのまま珠李は背中から壁に叩きつけられた。


「ッ!!!」


 衝撃が背中から全身を襲い、内側へと痛みが駆け巡った。悶絶の表情を浮かべつつも、状況をすぐに把握すべく瞬時に顔を上げる。


――ズムは血を流しながら肩で息をしていた。 


 投げたペティナイフの1本が右肩へ刺さったが、残りの2本は油断を許さなかったズムの防御により左腕へ擦り傷を付けただけだった。


「日本にも、ナカナカ強い人いまスですネ……」


「素直に、誉め言葉として…………受け取っておきますよ」


 珠李は立ち上がろうとするが、脚が動かなかった。同様にズムも前に進むことは無かった。


「おいズム! 動けよ! さっさと捕まえろ!」


「…………」


 浩一郎が発破をかけるが、見かけ以上にダメージを受けているらしい。一向に動く気配はない。ナイフが上手く動脈を突けたようで、傷口から溢れ出る鮮血が垂れ下がった腕を伝って地面に滴り落ちている。


「……はぁ……はぁ……」


「ハァ…………ハァ…………」


 荒い息遣いだけが場の情報を満たす中で突如、上からドンッ! と建物が揺れるような音がした。天井を見上げると土埃がぱらぱらと落ちてきた。


「なんだ?」


 ガシャン、ガシャン、と続けて音がなる。周囲を見渡すが何も起こらない。


「ん、止まった?」


 不思議そうに呟くとドゴゴゴゴゴオン!!! と今まで一番大きな音がして、上から瓦礫が降って来た。地面に骨組みや壊れた屋根が落ちて、煙が周囲を満たし視界を遮る。


「どりゃあああああああああああああ!!!!!!!」


 そこへ、見知った声が上から降って来た。地面へと着地すると背負っていたギターケースを振り回した。すると周囲の煙が消えてメイド服の女が姿を現した。


「はっははー!ヒーローってのは遅れてやって来るもんだぜ!」


「なんだテメェは!」


「お姉さま……?」 


「アタシは犬星舞桜ってもんだい! 妹を苛めるのはそこらへんにしといくれるかい?」


「メイドが1人増えただけだ。ついでにアイツも拘束しろ!」


 浩一郎はズムに命令する。


「浩一郎サン、ここは撤退するべきかと」


「どうしてだ!」


「屋上から来た女、ヤバイです。例えるならモンスターだネ」


「ッ!」


 浩一郎は眉間にシワを寄せた。歯軋りをして苦渋の表情を浮かべる。


「…………オマエがそこまで言うのも珍しい。いいだろう。今日のところは撤退だ」


 メイド2人を一瞥すると浩一郎は背を向けた。ズムも後に続く。


「メイドたち、忘れんなよ。俺は成り行きであのガキを捕まえようとしているだけだ。今回は下見ってとこだな」


「……ご主人様は私が必ず守ります」


 その言葉に、浩一郎は足を止めた。


「守るなんて言葉、気安く使うんじゃねぇよ。テメェはご主人様の何を守りたいんだ」


「それは勿論、命です」


「はっ、そんなんでメイドをやってるのかよ。本気で言ってるのか?」


「そうですが何か?」


「―—さっさとやめちまえ!」


「ッ!?」


 突然の怒号に珠李は慄いた。


「俺の知っているメイドってのはそうじゃねえ。まあ、後から来たメイドは分かっているようだけどな」


 そう言って舞桜を見る。


「あー、まだコイツは半人前なんだ。わりぃな」


 舞桜はケラケラと笑う。


「…………半人前?」


 珠李の心にその言葉が響き渡る。ご主人様の命を、この身に変えてでも守る。今までそれだけを考えてきた。命を守る。それが正解ではないのか? それが正しいことではないのか? 何よりも、実の姉である舞桜から半人前と呼ばれてしまったことに大きな動揺を感じていた。


「とはいえ、可愛い妹を傷つけた落とし前を付けて貰おうか」


 舞桜は袖から落とすようにして伸縮式警棒を取り出した。


「浩一郎サン、先に逃げてネ。——いいでしょう、掛かって来なさイ」


 ズムは地面に落ちていた鉄パイプを拾い上げる。さらに、周りで地面を舐めていた男たちも起き上がり始めた。


「珠李、まだやれるか?」


「ええ、問題ありません」


「それじゃあアタシが援護にまわる。珠李が吹っ掛けられた勝負だ。けじめをつけな」


「ありがとうございます」

 




<あとがき>


 ラブコメに争い(物理)は鉄板ですので。



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