メイドと明度

28話 メイドは逆立ちをする


「ねぇ冠城君、今度勉強教えてよ」


 安良岡歌弥は休み時間になると度々、学様に声をかけてくる。


「いいけど、俺もそんなに出来たもんじゃないぞ?」


「私より出来るからいいわ」


 この女は特に警戒している人物だった。いつでも学の近くにいようとする。

 

 冠城の名に、醜い欲望の眼差しを寄せている女は、中学の頃から存在してたと報告は受けていた。


 そういう連中はすぐに分かる。女の勘というやつだ。


 だだし、安良岡歌弥は違う。


 彼女から発せられる学様への感情は、純粋な恋愛的感情とも思えない。かといって、冠城の名など関係なく接する広世や彩華――「友人」とも異なる。現段階では大きく名付けることの出来ない、異物のような存在だと定義する他ない。


 現状、決定打排除する手段を持たない私は、キャンキャンと子犬の様に吼えて威嚇することしか出来ないのだ。



     *




「どうせなら、冠城君の家で教えてよ」


「家……?」


 俺の頭の中に、メイド服を着た2人の姿が煙の中から浮かびあがった。


「い、いやー。学校で良くないか?」


 いつの間にか広世が割って入って来た。


「あー、珠李の許可が下りればいいかな」

 

「あ、私も! 今日の放課後に行っていいわよね!?」


 彩華も入って来るが、広世もやって来て彼女の襟の後ろを掴む。


「オマエは用事があるだろう」


「ないけど!」


「ある!」


「ない!」


「ほら、学だって急に来られても困るだろ。用事があるかもしれん」


 広世は慌てた様子で打ち切ろうとする。別に俺は今日来てもらっても構わないが、彩華を止める理由があるというのか。俺は広世に目配せするが、理由はともかく今は合わせろと言わんばかりに、下手くそなウインクが返って来た。


 仕方が無いので俺が打ち切りを進言しようとしたら、俺たちのやり取りを理解したらしい珠李が先手を打った。


「お気持ちは嬉しいのですが、ご主人様は放課後、大屋敷への用事がございますので、またの機会にいたしましょう」


 こういうところで珠李は気が利く。偶発の天然ボケが発動しなくて良かった。


「大屋敷?」


 彩華が首を傾げる。


「ああ、実家のことだよ。凄いデカいからそう呼ばれてるんだ」


「さすがは御曹司」


「ははは……」


「そういうことなら仕方がないわね。冠城くん、勉強会はまたの機会でいいのね」


 安良岡さんは不満がありそうな目で俺を見つめる。


「ああ、そうしてくれると助かる」


 何か言いたそうにしていたが、授業の始まりを告げるチャイムが鳴ったので、俺たちは各自の席に戻って行った。




    *




 放課後、校門の近くに来ると異変に気付いた。学校を出る生徒たちが困惑した表情で学園の外に視線を送っている。胸騒ぎがして、急ぎ足で校門を出た。


 こういう時の不安は的中する。校門を出てすぐ、真横に舞桜がいたのだ。

 

「あの、舞桜さん……」


「よぉガク様、学校お疲れさん」


「舞桜も学校お疲れ様なんだけど、いま疲れてない?」


「何がだ?」


 なんと、舞桜は逆立ちをして俺のことを待っていたのだ。そりゃ、みんな注目する。


「どうして逆立ちして待っていようと思ったんだ?」


「んー、暇だから」


「そう……っすか」


「ご主人様、今更お姉様のことを理解しようとするのは愚行です」


「だな」




     *




「さて、お屋敷に行くと言った手前、本当に大屋敷に行くことにしましょうか」


「いまから?」


 ここから大屋敷へは電車で1時間程かかる。正直言って、面倒な距離だ。


「用事が無いわけではありません。お母様から頼まれていることもあるので」


「そうか。珠李の用事があるなら行ってもいいけど」


「……結論は急がなくても良いので、ひとまず駅へ向かいましょう」


「…………珠李」


「わかっています、お姉様」


「ん、何の話だ?」


「失礼します」


「え?」


 珠李は突然、俺の腕を掴むと自分の身体に引き寄せた。


「ど、どうしたんですか急に?」


「離れないでください」


「あ? ん? ああ。離れないけど」


 珠李に引っ張られるようにして駅に辿り着いた。この時間帯は学生や社会人の帰宅時間と被り、改札口付近はとても混雑していた。


 しかし、珠李はそんな雑踏に目もくれず、改札口を通り過ぎた。


「おい、駅に行かないのか?」


「……お姉様」


「ああ」


「2人共どうしたんだよ?」


 短い掛け声で2人は通じ合っているようだが、俺には一切状況が読み込めていなかった。


「学様はしばらく黙っていてください。私の胸の感触でも堪能して脳内をピンク色にでも染めてください」


 珠李はそう言って、俺の腕を胸の辺りに強く引き寄せた。


「……おいおい、大きいモノでないと感覚は――っ痛い! 足を踏むな!」


 それから20分程経っただろうか。その間、路地裏に周ったと思えば、急に大通りに出たり、横断歩道を渡ったと思えば折り返す、滅茶苦茶なルートを歩いていた。


 気づけば、見知らぬ海沿いの道を歩いていた。辺りにはしばらく使われていないような錆び付いたコンテナが積み上げられ、屋根の一部が欠けている大きな倉庫もある。どうやらここは古いコンテナ倉庫らしい。


「あのぉ、ここどこらへん? 家の近く……で合ってる?」


「はぁ。ここまで来ると確信犯ですね」


 珠李は俺の問いには答えず、溜息を吐く。


「学様、先にお姉と一緒に帰ってください」


「どうしたんだ急に?」


「ガク様、行くぞ」


 舞桜はいつになく真面目な表情で俺に向き直った。


「ちょっとなんだよ。説明ぐらいしてくれよ」


「うるせえ! 早くしないと担ぐぞ!――いや、面倒だから担ぐ!」


「うわああぁぁぁ!!!」


 舞桜は、俺の脚を後ろから引っ掛けて体勢を崩し米俵の様にして担いだ。


「ガク様を家にぶち込んでおく。それまで無茶すんじゃねえぞ」


「わかっています」


 珠李は舞桜と学を見届けると、を誘い込むように倉庫へと侵入した。




<あとがき>


 マムシをぶん回して気絶させよう! 

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