74話 主人と主人


「うお、凄いな」


 昼休み。安良岡さんから貰った弁当の中には玉子焼き、タコさんウィンナー、ウサギの型をした白飯、色とりどりの食べ物が入っていた。


「これぐらい練習するれば出来るようになるわ」


 耳に髪をかけ、どうってことないと腕組みをする。 


「美味しい保証は無いわよ?」


「美味くない訳ないだろ。早速頂くよ」


「……召し上がれ」


 まずは玉子焼きからにしようか。箸を伸ばしたその時、教室の扉を豪快に開ける音に手が止まった。


「失礼する」


 その短い言葉に、クラスにいる生徒全員が顔を上げた。教室に入って来たのは襟元にⅢのマークが入った女子生徒。


「冠城学という生徒はいるか?」


 生徒たちの視線が俺に集まる。女子生徒も視線を追って俺を見つける。慌てて視線を逸らしたが意味は無い。


「キミが冠城の御曹司だな」


 机に手を置いて、覗き込むように俺に問う。


「……冠城学です」


「私は3年の頴川えがわ昴流すばるだ」


 頴川——頴川学園の学園長の孫。十文字さんの主人というだけある。同じくメイドを従える身として、お近づきになりたいとは思っていた。


 実際に会ってみると、俺なんかよりメイドを持つに相応しい威厳と風格を持ち合わせている。【女帝】と呼ばれるわけだ。


「メイドの件で話がある。放課後、旧部室棟3階にある超常現象検証部の部室に来なさい」


「は、はい。わかりました」


 彼女の圧に押されて何も聞き返せずに終わってしまった。


「何かしでかしたのかしら?」


 安良岡さんは可笑しい光景を見たとばかりに、去っていく頴川先輩に視線を送る。


「俺が何かやったわけではないと思うけど……」


「ふーん」


 放課後、頴川先輩の言う通りに旧部室棟へ来たものの、超常現象検証部の部室がどこにあるかなんて知るはずもなかった。サッカー部部室、野球部部室、地質学研究部部室、魚調理部部室、様々な部屋を訪れたが、誰一人いない。


「困ったな」


 3階を訪れたものの、超常現象検証部の部室など見当たらないのだ。部屋を1つずつ潰しに行ってもどの部屋も閉まっている。これではどこが部室なのか分からない。立札があればいいのだが、そんなものもない。


 近くの人に聞いてみようと思ったが、周囲には誰も見つからない。新棟の建設により、殆どの部室は移動済みなのだ。


 仕方がないので下の階にでも行ってみるか。


 すると、階段で見知った女子生徒に出会った。


「あ」


「あ、とは何よ。失礼ね」


 階段の踊り場でぷんすかと怒っているのは、生徒会長の出雲先輩だった。


「生徒会長じゃないですか」


「あぁ、あなたこの前来た1年生の子ね」


「はい、ご無沙汰してます。ところで、超常現象検証部の部室ってどこにあるか知ってますか?」


「知ってるけど、まさか超常現象検証部に入部しようなんて考えてないわよね?」


「どうしてここにいるだけでちょう——何とか部に入るなんてことになるんです?」


「3階に残っているのは超常現象検証部しかないからよ」


「そういうことですか」


「すでに化学実験部に所属していますよ」


「あのねぇ、それもそれで問題よ。あの天才お馬鹿には気を付けなさいよね」


「え、はい」


 その言い様だと、超常現象検証部と化学実験部は同列らしい。過去に紡先輩は超常現象検証部と一緒にしないで欲しい云々言っていた記憶があるけれど、真相は果たして。


「それじゃあ何しに来たのかしら?」


「頴川先輩に呼び出されただけです」


「……呼び出されただけって、あなた、3年生の変人たちに人気なの?」


「日頃から変人ばかり相手にしているので問題ありませんよ」


「それなら安心ね。いいわ付いてきなさい。案内してあげる」


 到着したのは、廊下の奥にある地質学部部室だった。この部屋は先ほど訪れたはずだ。


「ここが部室ですか?」


「超検部は正式な部室を与えられているわけではないのよ」


「どうしてですか?」


「まともな部じゃないからね。名前を聞いてそう思わなかったの?」


「そりゃあ思いましたけど、部室が無いってありえるんですか?」


「勿論ありえるわよ。部員数が少ない、活動日数が少ない、実績が無い。ナイナイ尽くしの部活だと部室はおろか、存亡すら危ぶまれるものよ」


 そんなこと言われても、自身もナイナイ尽くしな部活に所属しているので、それが事実だと言われても納得はいかない。こう言っては失礼だろうが、紡先輩が何かしらのコネを使って理科室を使っているとしか思えない。


「それで、あなたは超検部に——頴川昴流に呼び出される心当たりはあるの?」


「面識は無かったです。ただ、名家ですから社交場ですれ違った程度ならあるのかもしれません」


「そりゃあ、学園内ですれ違ったことはあるかも――」


 彼女は扉に手をかけて動きを止めた。


「社交場ぁ!? どういうこと!?」


「あ、自己紹介がまだでしたね。冠城学と言います」


「……冠城って、あの冠城?」


「たぶん、あの冠城で間違いないはずです」


 生徒会長は僕の顔を見てなるほど、と何かに納得した。


「よく来たね」


 部屋に入ると、長机の上に腰掛ける頴川先輩が俺に笑顔を向けた。先ほどこの部屋に訪れた時は誰もいなかったはずだ。それが一体どういう仕組みで頴川先輩が現れたというのか。


「……小さいのもオマケで、な」


 頴川先輩は俺の隣に立つ生徒会長をギロリと睨んだ。 




<あとがき>


 次回の更新ちょっと遅くなるかもです。すんません。



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