75話 主人とは?
「ちっこいの~? アンタの胸に付いてるソレのこと?」
「黙れ。今日は貴様とやり合うつもりはない」
頴川先輩は立ち上がると生徒会長まで詰め寄る。
「最初に喧嘩売ったのはアンタでしょうが!」
「事実を言ったまでだが?」
「私も事実を言っただけですけどぉ~?」
小学生のような喧嘩を眺めていると、両者共に俺のことを見てから自重したようで席についた。
「すまないな、冠城の。いつものことだ気にしないでくれ」
「は、はぁ」
自分で言うわけ? と会長は口を尖らせるが、頴川先輩はそれを無視して話を続けた。
「さて、本題に入ろうか。冠城のも分かっていると思うが、今日はメイドの件でここに呼んだ」
まあそんなとこだろうと思っていた。それ以外に彼女とは接点が無いのだから当たり前だろう。
「うちの珠李がお世話になります」
「私は構わないさ。同年代のメイド仲間が増えるのは、十文字にとって良いことだと考えているからな」
そこまで言って、頴川先輩は机に肘を突き、視線を真っ直ぐ俺に向けた。
「―—だが、冠城の。貴様にとって良いことになるとは思わない」
「どうしてですか?」
「貴様はメイドからの自立なんて出来ないからだ」
「……珠李に何を聞いたんですか?」
「何も聞いていない。貴様が何故、どういった経緯で頴川学園に入学したのかを推察しただけだ。その反応を見るに、私が正しかったようだな」
頴川先輩は手を組んで口元を隠す。だが、交差した指の隙間から彼女の笑みが漏れていた。
「どうせ貴様は親元を離れて学校に通えば自立が出来ると考えているのだろう? 実に浅はかだ。わが校の受験を本当にパスしたのか疑いたくなるな」
「アンタね、言ってイイ事とダメな事の区別ぐらい出来ないの!?」
会長は頴川先輩を睨んで机を叩く。
「分かっているとも。だから高等部では出雲に生徒会長の座を譲ったんだ。私が気紛れによって易々と学園最高峰の権力を手放すと思っていたか?」
「生徒会長にそこまでの権力は無いわよ」
「フン、権力は使いようだ。中等部の頃から思っていたが、出雲、貴様は権力の使い方が下手だ。副会長の方が良くやっているぞ」
「うるさいわね。私のことは何と言われようが構わないけど、冠城君に酷いことは言わないで」
「酷いことか? 事実を述べたまでだ」
「そうですね。概ね事実ですよ」
口を挟むタイミングを逃していたが、彼女の言う通りだ。十文字さんと言い、2人揃って俺の痛いところを突く。
「俺は珠李がいないと、からあげすらまともに作れませんよ」
「そうか。私も作れない」
「そうですか。——はい?」
「私も作れないと言っている」
「いや、そこは『私なら作れるぞ』って言う場面じゃないですか?」
「何を言っている。……何か勘違いしているようだな。言っておくが、私も自立など出来たものではない」
毅然と言い放った頴川先輩の言葉に、会長はポカンと口を開いた。全く持って、その反応が正しい。俺も驚きの余り開いた口が塞がらない。
「自立なんてしなくていい。私と貴様にはメイドという信念と野望を共にする友がいる。主人の我儘に答えるのがメイドであって、メイドの奉仕があってこそ主人という関係が成り立つ。そんな主従関係であれば、どこの誰になんと文句を言われようが、各々の考えを尊重して共に歩んで行けるのではないか?」
我儘があっての主人。奉仕があっての従者。そこにそれ以上の関係は無い。だからこそ、自立しようなんて考えは止めて珠李に甘えろ。そういうことを言いたいのだろう。
「ありがとうございます、頴川先輩。そういう考えもありますね」
「え? 何に対してお礼言ってるのよ? 私には一切意味が分からなかったわよ!? 冠城君、変な思想に取り込まれちゃダメよ!」
「出雲、貴様は主従関係についての理解がなっていない。試しに私のメイドになるか?」
「お断りよ!」
*
その後、頴川先輩と会長は超常現象検証部の新校舎への部室移転先について相談があるそうなので部屋を出ることにする。勿論、頴川先輩には新しい視点を授けてくれたお礼をした。
「礼には及ばない。それで、メイドを戻す気にはなったか?」
「いいえ、俺はともかく。珠李は我儘なんです。彼女の気が済むまでそちらに居させてくれませんか?」
「はぁ。いいだろう。それとなくご主人様が恋しくなるような魔法の言葉をかけておこう」
頴川先輩が珠李に変なことを吹き込まないよう天に祈り、2人と別れて教室に戻る。
教室の扉を開けると、席に座っていた安良岡さんと目線があった。先に帰って良かったのにわざわざ残っていたようだ。
「なんとか部の部長はどうだった?」
「んー、凄い人かな」
「陳腐な感想ね」
「俺の語彙力なんてそんなもんさ。それで、何か用事?」
「そうだったわ。デートに行きましょ。何も知らないならお互いを知るところから始めるの」
「デート?」
「土曜日、暇でしょ。予定空けておいてね」
「ちょっ!」
彼女は振り返ることもなく颯爽と教室を出て行こうとする。なんとも横暴な人。その姿は露峰ノアを彷彿とさせた。彼女もまた、自由奔放であり身勝手だ。それでいて憎めない人柄を持ち合わせている。
「私が誘っているのだから、返事は「ちょっ」ではなく「はい」でしょ」
安良岡さんは俺に振り返ると、人差し指を向けて言い放つ。
「……はい」
彼女の言う通り、土曜日は暇だ。遊びの予定も無い。「はい」という返事は正しい。「いいえ」と答える理由もない。その理論で言えば「はい」と答える義理も無いが断るのも面倒だった。安良岡さんならきっと、あの手この手でデートに誘うだろう。
「あと、私のことは安良岡さんじゃなくて、歌弥と呼んで。その方が恋人みたいでしょ?」
「恋人じゃありませんけど」
「歌弥って呼んで」
「はいはい、分かりましたよ」
「それじゃあデート楽しみにしているわね、冠城君」
そこは学君と呼んで欲しい。だが、そう苦言を呈する前に歌弥は颯爽と教室を去ってた。
<あとがき>
オマタセシマシタ
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