第19話 買い物に誘拐はつきものです?

「次はお菓子を買いに行くのです! ワッフルという美味しいものがあるのです!」


 そう言ってシルクはキュアリスの手を取った。そのまま引っ張るようにして新市街の街路を歩いていく。やや遅れてその後ろをスキンヘッドの男が歩いている。


「シルク様、お待ち下さい!」


 服飾店の扉を開けて侍女が出てきた。シルクたちを追いかける前に、見送りに出た店員と言葉を交わす。


「購入したものはお屋敷までお願いします」

「承りました。本日中にお屋敷の方へお届けしておきます」


 店員は侍女の言葉に頷いてみせた。それを確認することなく侍女がシルクたちを走って追いかける。


「妾の分までうてしまってよかったのか?」


 前を歩くシルクに向かってキュアリスが言う。二人が歩くのは街中まちなかの細い街路だ。

 計画的に整備された新市街は、内郭から伸びるように放射状の広い街路がいくつか通されている。更にそれを繋ぐように街路が造られており、新市街を上から見るとまるで蜘蛛の巣のような広がり方をしていた。


「大丈夫です。お母様にも言われたのです」

「そうか。帰ったら母親ははおや殿には礼を言わんとな」


 話ながら歩く二人に侍女が追いついた。


「シルク様、あまり勝手に動かれては困ります。私やスローンさんからあまり離れないようにしてください」

「ナイアはうるさいのです」


 侍女の言葉にシルクは不満そうな声を漏らす。

 そんなシルクを見て、キュアリスは自然と笑みをこぼした。楽しいのだ。一日中、子犬のように付きまい離れたがらない小さな存在。シルクはディールのような遠慮をすることなく、キュアリスに接してくる。子供故に無邪気で遠慮がなく、時に鬱陶しく感じてしまうくらいの純真さで。


 だが鬱陶しいと感じることさえ今のキュアリスには心地よい。図書館にいた頃のように一人ではない、と教えてくれるのだから。

 突如、キュアリスたちの前に男が三人現れた。三人とも革の胸鎧に腰には片手剣ショートソードを装備した冒険者ふうの男だった。キュアリスたちを通せんぼするように立ちはだかる。

 驚いてシルクが歩みを止めた。


「……どいてくださいませんか?」


 気丈な様子で侍女――ナイアが言う。


「そっちの小さい嬢ちゃんはシュタット商会のお嬢さんだな?」


 男の一人が言った。残りの男二人がキュアリスたちを囲い込むように位置を変える。同時にキュアリスたちの後ろにいたスキンヘッドの男――スローンが前に出る。


「三人相手はキツイ。足止めはするから向こうの路地へ逃げろ」


 そしてすれ違う時にキュアリスたちにだけ聞こえるように言う。

 キュアリスはスローンの示した路地を目だけで見た。自分たちのいる位置から近く、来た道を逃げるよりは姿を隠しやすい。


「行け!」


 スローンが叫ぶと同時にキュアリスがシルクの手を引っ張って路地へと駆け込んだ。そのすぐ後ろをナイアがついてくる。人通りの少ない路地を三人は駆けて行く。そして角を一つ曲がった瞬間、目の前に別の男たちが立っていた。三人の足が止まる。

 数は四人。今度はならず者といった風体の男たちだ。武器などは持っていないが、全員が力自慢のような体躯をしている。

 まるで待ちかまえていたかのような男たちを見て、キュアリスは眉をしかめた。


「ナイア殿。シルクを頼む」

「キュアリス姉様?」


 離そうとしたキュアリスの手をシルクが逆に強く握ってきた。


「心配ぜずとも大丈夫じゃ」


 キュアリスが安心させるように笑ってみせる。ナイアがシルクの両肩に手を掛けてそっとキュアリスから引き離した。同時に手も離れる。

 それを確認して、キュアリスは男たちの方を向く。腰に手をやり本の収められたホルスターの留め金を外した。


「なんだ? 嬢ちゃんが相手をしてくれるのか?」


 男の一人が下卑た笑いを浮かべる。それはすぐに周りの男たちにも伝染した。


「お主らもシルクを狙っておるのか?」

「分かってるんなら話は早ぇ。そっちのちっこい嬢ちゃんは無傷でって言われてる。だが他の二人は聞いてねぇ。大人しく捕まってくれりゃ、みんな痛い目をみねぇですむ」

「一つだけ教えてくれぬか?」

「なんでぇ?」

「お主ら……待ち伏せておったのか? まるで妾たちがここを通るのが分かっていたようじゃが」

「そりゃ……」


 男たち一斉に後ろを見る。それをキュアリスが不審に思った瞬間――


「シルク様!」

「離すのです!」


 シルクの悲鳴が背後から聞こえた。慌ててキュアリスが振り向く。視線の先には先程の冒険者ふうの男たちに捕らえられたシルクとナイアの姿があった。そして男たちを従えるようにスキンヘッドの男が立っていた。スローンだ。


「……お主。こやつらの仲間だったのか」

「悪いな嬢ちゃん。そういうことだ。嬢ちゃんに何かできるとは思えねぇが、動くと後ろの二人が危ねぇぞ?」

「……シルクは傷つけぬのではなかったのか?」

「もちろん。けど万が一ってこともある」


 そう言ってスローンはにやりと笑った。キュアリスは捕らわれたシルクを見る。少女は怯えながらもそれを表に出さないよう必死に唇を結んでいた。

 キュアリスが肩の力を抜く。


「捕まえろ」


 スローンの言葉に、ならず者たちがキュアリスを捕まえる。男の一人がキュアリスの腰の辺りにあるホルスターに気づき、中から本を取り出した。


「おい、こいつ本なんて持ち歩いてやがるぜ。わざわざ肌身離さず持ち歩くくらいだ、とびっきり高価もんに違いねぇ」

「ああ。それは大事なものじゃ。粗雑に扱うでないぞ」


 キュアリスは慌てた様子もなく、本を奪った男の方を見て言う。男は拍子抜けした表情でキュアリスを見ていたがすぐに嗤ってみせた。


「おう。せいぜい良い値で売らせて貰うぜ。サラセールの旦那はケチだからな。これくらいの旨みはねぇとな」

「おい。余計なことを言うな。それと……金は山分けだからな」


 スローンの言葉に男は肩を竦める。


「目隠をしろ。連れていくぞ」


 キュアリスたちの目に布が巻かれる。そのまま三人は、男たちに囲まれて連れ去られてしまった。


        ☆


「なんの為にお前たちを雇っていると思っているんだ!」


 ベルデスの怒声が食堂に響いた。その剣幕にディールが思わず身を縮める。

 食堂には八名ほど人がいた。厳しい顔をしたベルデスとケルナー。その前に雇われた冒険者が二人、立っていた。ホイスと大男だ。二人はベルデスに怒鳴られて俯いた。


「ああ。シルク……」


 ペリアが呟く。椅子に座り、不安そうに胸の前で手を合わせている。その横で彼女の背中をさすっているのはミュリーアだ。

 ディールとカルディウスは入り口近くに立って六人を見ていた。


 新市街にでかけたキュアリスたちは、その日の夜になっても帰って来なかった。代わりに届けられた手紙が一通。

『娘を無事に返してほしくば、テンスの娘との婚約を破棄せよ』

 手紙に書かれていたのはその一文のみ。テンスとはミュリーアの家名だ。


「なぜその手紙を持ってきた奴を捕まえておかなかった!」


 ベルデスがホイスを見て怒鳴る。


「も、もって来たのはただのガキですよ、旦那。小遣い欲しさに頼まれただけでしょう」

「それでも誰に頼まれたのか聞くぐらいできるだろうがっ」


 ホイスはますます小さくなった。手紙を受け取ったのはホイスだった。だがディールの時のように威圧して子供を追い払ってしまったのだ。


「その子供がどこで頼まれたのか、それが分かるだけでも違うんだが……」


 この屋敷は旧市街に建っている。内郭にも門がある以上、無条件で新市街から旧市街へと入れるわけではない。形式的なものであるとはいえ、必ず門兵によって確認される。

 もし子供が旧市街で手紙を持ってくるよう頼まれたのなら、頼んだ人物は門を通って新市街へと来ていることになる。そうであれば大きな手がかりとなり得る。


「……すいやせん」


 ケルナーの言葉にホイスは素直に謝った。


「スローンはどうしたのだ!」

「帰って来ねぇってことは……あいつも捕まってるか、あるいはもう」


 なかなか怒りが収まらない様子のベルデスに答えるようにホイスが言った。その表情は思いのほか冷静だ。それはそばに立つ大男も同じだった。


「仲間が捕まっているかもしれないのに冷静なんだな」ケルナーがホイスに言葉を返す。

「あいつとは、つい最近組み始めたばかりでして……デグルみたいに昔からの仲間じゃねぇんですよ。だからなんつーか、実感がわかないつーか」


 ホイスの言葉に隣の大男――デグルが頷いてみせる。それを見てケルナーが意外だといった表情になった。


「三人組だと思っていたのだか、違ったのか」

「ねぇケルナー」ミュリーアが口を開く。「お父様に言って軍に動いてもらいましょう」

「心配してくれるのは嬉しけど、それは無理だろうな」

 婚約者を気遣いつつも、ケルナーの表情は厳しい。

「どうして……?」

「シルクたちの件は、恐らくサラセール商会の連中が裏で糸を引いてる。商会どうしの諍いに、わざわざ軍が動いたりはしない。それこそ――」


 一度言葉を止め、ケルナーは言いにくそうに口を開けた。


「君が襲われでもしない限りね」

「そんな……」

「それが分かっているから、連中は君の方へ手出しをしないんだ。藪を突いて蛇が出ては困るから」

「シルクは私の義妹いもうとになるです。それならお父様も……」

「ミュリーア」


 ケルナーが婚約者へと近づき彼女の両肩を優しく掴む。


「今まで黙っていたのは申し訳ないと思っている。だがこの件についてはこちらでなんとかしないと駄目なんだ。サラセール商会は王都の貴族にも顔が利く。仮に軍が動いてくれたとしても、君のお父さんに迷惑が掛かってしまうかもしれない」


 王都にいる貴族の中にはトリオス防衛軍のゲイル将軍を嫌っている連中もいるからね。ケルナーは心の中で呟く。

 それはゲイルの腹心であるレイマンに対しても同じだ。もし仮に規模が大きいとはいえただの商会のために軍を動かしたなら、ゲイルを嫌う貴族連中が言い掛かりをつけてくるだろう。

 ミュリーアは言葉を返そうとする。だがケルナーの顔に僅かに苦悩の色が浮かぶのを見て口を閉じた。


「兄さん……探しに行かないの?」


 今まで成り行きを黙って見ていたディールがじれたように言う。ケルナーはディールをまっすぐに見つめた。


「これから自警団の方にはかけあってみるが、時間も時間だ。本格的に探すのは明日になるだろう」

「…………」

「心配するな……なんて言っても難しいだろうが、奴らの目的は俺たちの婚約を破談させることだ。今すぐシルクが傷つけられる可能性は低い」

「でも――」


 言いかけてディールは口を噤んだ。シルクのことも心配だが、それと同じくらいキュアリスのこともディールは気になっていた。そして仕方のないこととはいえ皆の心配がシルクだけに向けられていることが不満だった。

 だがそれを言ったところで今の状況が変わるわけではない。ディールはケルナーに背を向けると、そのまま食堂をあとにする。


「おいディール! 何処へ行く気だ!?」

「僕だけでも探しに行きます」

「手がかりが少なすぎる。今出て行っても無理だ!」


 兄の言葉を背後に聞きながら、ディールは外へと飛び出した。そんなことは分かっている。だがここでじっとしておくことなどディールには出来なかった。

 こんな時に使える魔法はなかっただろうか。頭の中を探すが何一つ思いつかない。もっとキュアリスに魔法を教えてもらっておけばよかった。焦りが、後悔がディールの心に浮かんでくる。

 そしてディールは考える。せめて少ない手がかりから何か分からないかと。


 今日、シルクたちが服飾店に立ち寄って買い物したことは確かだ。買った品物が屋敷に届けられたのだから。ならばさらわれたのはそれ以降。さらわれた場所は新市街である可能性が高い。服飾店のある付近まで行けば何か分かるかしれない。

 キュアリスを発見する為の魔法は思いつかなかった。だが、少しでも早く目的の場所に行く魔法なら、ディールはすでに知っている。


 魔力廻炉まりょくかいろを展開。魔力を元素に還元し、ヴァユテジャスを使う。

 ヴァユにより生み出すのはかぜ。それをテジャスの持つ支配の属性を使って保持する。

 体にかぜを纏い、ディールは夜空へと飛び立った。

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