第14話 商都トリオス

「おお。これが商都トリオスか。なかなか大きな街じゃのう」


 街に入ってすぐの光景を見て、キュアリスが感心したように言う。

 街道から続く正門を抜けると、目の前に街の中心へと続く大きな街路が現れる。馬車が三台は並んで通れそうな広さの街路。そこには石畳が敷かれ多くの人と馬車が行き交っている。

 道行く人々の衣装も様々なことから、色々な地域からこの街に人がやって来ているのが分かる。


 街路を挟んで並ぶのは木造の立派な建物たち。二階建ての中に、三階以上はある多層階の建物も数多く見える。その殆どは一階がなんらかの商店になっているようだった。

 そして街路の遙か先には城壁が見えた。ディールたちが入ってきた正門のある外郭とは別の城壁。商都トリオスは二重の城壁に囲まれた大きな街だった。


「むむ。さらに城壁があるのか」

「トリオスはもともと、王都を守る為に建てられた城塞都市だったみたいです。あの城壁の向こうが旧市街。僕たちが今いるのは新市街です。取引はほとんど新市街で行われます。

 昔は王都へ搬入する物資は、一度この街に集められていました。その名残で今でも色々なものがこの街に集まってくるそうです」

「なるほどのう。それでいつの間にか商業が盛んな街へと変わったっていったのじゃな」


 ディールの説明に、キュアリスが得心したように頷いてみせる。二人は新市街の大通りをゆっくりと進んでいた。

 二人がクラウブルの街を出てから十一日が過ぎていた。

 結局、ディールたちはトスタ領を出てすぐの田舎町に三日ほど滞在した。三日を魔法の練習に費やしたのだ。そのおかげで真っ直ぐ進むだけであれば、ディールでも飛行できるようになっていた。


 その後は街から街への乗合馬車があればそれを利用し、なければ魔法で飛ぶ。これを繰り返したおかげで滞在した田舎町からトリオスまで馬車で五日かかるところを、四日で来ることができたのだった。


「師匠の知ってる時代には、トリオスってなかったんですか?」

「妾の持つ知識の中にはないのう。リィスバル王国というのも知らぬ」

「でも大陸の名前は一緒なんですよね?」

「うむ。ここはジルラディア大陸なのじゃろ?」

「はい」


 南北に長いジルラディア大陸。ディールたちのいるリィスバル王国はその大陸の中央より、やや南方に位置している。


「北の方にフォースライという国があったはずじゃが……」

「すみません。僕は聞いたことないです」


 ディールの父親は大きな商会を営んでいるということもあり、リィスバル以外の国ともいくつか取引がある。そのおかげでディールも大陸にある他国のことを多少は知っていた。だがキュアリスの言った国は聞いたことがなかった。


「そうか。妾が造られた時代からどれくらい経ったのか……。まぁ、魔法が忘れ去られておるくらいじゃから、かなりの歳月が経っておるのじゃろうな」


 しんみりとした様子でキュアリスは言う。

 いつの間にか、二人は内郭の城壁前まで来ていた。ディールは迷うことなく旧市街へと入る門へ進む。そしてトリオスに入った時と同じように、通行証を取り出して門番に見せた。


 門番とディールが二言三言ふたことみこと、言葉を交わす。門番はキュアリスを一瞥して、ディールに頷いてみせた。それっきり何も言われることなく二人は門を通過する。

 内郭を抜けると風景が一変した。新市街のように交通を考慮した広い街路を計画的に通した街並みではなく、細かい路地が縦横無尽に走る街並み。城館へと続く街路こそ大きいが、それ以外はいくつもの路地によって繋がっている。

 建物は石造りの立派なものが多かった。旧市街を歩く人々の身なりも良い。新市街のような雑多な活気はなく、古いながらも洗練された上品さがあった。


「旧市街と言うからもっと古くさい街を想像しておったのじゃが、案外綺麗……というかどことなく上品な街並みじゃの」

旧市街こっちには貴族の屋敷が多いので。城の周りは軍の人たちも住んでますし」


 トリオスは商都と呼ばれるようになった今でも、貴族を中心とした国軍が城館に駐留している。城館の周りには武官となった貴族やそれ以外の軍属も住んでいた。


「なるほどの」


 ディールたちがやって来たのは内郭から少し入った、似た造りの屋敷が並んでいる住宅街だった。敷地の大きさもほぼ一緒だ。

 そのうちの一つでディールは足を止めた。石造りの門柱と鉄柵の塀で囲まれており、奥の屋敷は二階建ての立派な邸宅だった。

 門柱の脇には男が一人、立っていた。


「ちょっと待った」


 敷地内に入ろうとしたディールを男が止めた。ディールが男を見る。

 栗毛の髪に青い目。白い肌の二十代半ばの男性だった。革製の胸鎧と膝まである革製のブーツに、腰には幅広の片手剣ブロードソードを吊している。風体だけなら冒険者といったところか。


「なんでしょうか?」

「ここはシュタット商会ベルデスの旦那の屋敷だ」

「えっと……知ってます」


 ディールはきょとんとした表情で答える。男はそれを聞いて少し苛ついた顔をした。


「何の用だ?」

「帰って来た……のですが」

「帰って来たぁ?」


 男がディールと後ろにいるキュアリスを見た。ディールはブリオーに七分丈のズボン。キュアリスはカートルに、二の腕の半ばまであるスリーブといった出で立ちだ。


「嘘を言え。お前たちは見ない顔だ。第一、今日使いに出た使用人はいない」


 ディールは男の言葉の意味が分からなかった。


「あの……ここ、本当に僕の家なんです」

「俺はこの屋敷の人間は使用人にいたるまで顔を覚えている。嘘をつくな!」


 男はディールの言葉に聞く耳を持たないようだった。


「ここは本当にお主の家か?」


 今まで黙って話を聞いていたキュアリスが言った。その顔はどこか面白がっているように見える。


「師匠まで……」

「とにかく、約束のない部外者は入れるなって言われている。とっとと去れ。今なら衛兵に突き出すのは勘弁してやる」

「……だから、本当に僕の家なんです」

「まだ言うか、このガキっ」

「何を騒いでいるのですか?」


 低く落ち着いた声が聞こえた。いつの間にか老齢の男性が一人、屋敷の玄関から出てディールたちの所へと近寄って来た。白いシャツに黒いラウンジスーツ姿のいかにも執事然とした老人だ。後ろに撫でつけた髪は白髪。穏やかながら意志の強うそうな瞳がディールたちを見ている。


「ああ。カルデ――」

「カルディウスさん!」


 冒険者ふうの男が皆まで言う前に、ディールが老人の名前を呼んだ。


「? ディール様!?」


 カルディウスと呼ばれた老人は、驚いた表情を浮かべてディールを見る。


「ご帰宅されるとの連絡はなかったはずですが……何かあったのですか!?」

「あ、うん。えっと…ちょっと」

「カルディウスさん?」


 拍子抜けした様子で男がカルディウスに問いかける。老執事は男の方へ視線を移した。


「ああホイス様はご存じないのでしたね。この方はベルデス様のご子息でケルナー様の弟君です。お通しして問題ありません」

「え……はぁ」


 ホイスと呼ばれた冒険者ふうの男は、どこかばつが悪そうにディールを見た。


「ディール様、ひとまずお入りください。奥様もシルク様も中にいらっしゃいます」


 そう言ってカルディウスは手を伸ばして屋敷の方を示す。そしてディールの後ろにいるキュアリスに目を向けた。キュアリスは老執事に向けて愛想の良い笑顔を浮かべてみせる。


「おや。そちらのお嬢様は?」

「あ。僕のし――」

「ああ。失礼いたしました。私としたことが気がつきませんで」ディールの言葉をカルディウスが遮った。「ディール様は奥方になられる方を紹介するために、帰って来られたのですね」

「え?」

「あははははは」


 カルディウスの言葉にディールは絶句する。そしてキュアリスは笑いを堪えることができずに吹き出してしまった。

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