第4話 五大元素と魔力廻炉

 ディールが再び森の奥の図書館にやってきたのは、キュアリスと出会ってから七日を過ぎてのことだった。住み込みで弟子入りしている以上、一部の家事や細々とした雑事は末席の門弟であるディールの仕事だ。

 料理や洗濯に関してはケデルの雇った家政婦がしてくれる。と言っても通いで、料理は昼夜用にスープを作ってくれるだけ。洗濯をして干すところまでやると帰っていく。干したものの取り込みや掃除などはディールがやる。

 そうした雑事の合間に魔術の修行となる。


 ディールはキュアリスに渡された栞を手に、いくつもの木に絡まれた半球状の建物をみる。

 雑事が多くて忙しかったというものある。だが再び訪れる気になるのに七日かかったのは、迷っていたからだ。


 ディールが魔術師になりたいと思ったのは、よくある憧れからだった。おとぎ話の英雄譚サーガ。遠い昔、世界の全てを手に入れようとした魔王ケイベスラヴ。それに立ち向かったのが勇者アラシルとその仲間達。

 多くの子供達が勇者アラシルに憧れる中、ディールはその仲間である魔術師ノーフェイスに憧れた。


 大魔術師アーチメイジノーフェイス。常にフードと仮面を被っていた性別年齢不詳の魔術師メイジ。深い知識を持ち、天候すら左右するほどの強大な魔術を行えたという。

 また簡単な魔術であれば、常識とされる呪文の詠唱を必要とせずに行使したと言い伝えられている。


 そんなノーフェイスの活躍に、ディールは強く憧れを抱いた。そして自分も魔術師になりたいと願ったのだ。

 父親はなぜかそんなディールに反対した。しかし最終的に折れたのか、知り合いだという魔術師ケデルをディールに紹介してくれたのだ。


 だから迷った。自分が習いたいのは魔術であって、得体の知れない魔法ではない。

 けど自分は未だ呪文すら教えてもらっていない。ケデルに弟子入りしてからやってきたのは、基礎となる魔力の感知と操作のみ。これで魔術師になれるのだろうか。自分に才能なんてなかったのではないか。不安がディールを襲っていた。

 そんな時、キュアリスは言ってくれたのだ。自分が三年間ひたすらやってきたことは無駄ではなかった、と。そして魔術ではなく魔法を覚えないか、と。


 ディールはこの前と同じように壁に触れて中へと入った。そして同じ通路を通って中心にある広場へとやってくる。そこにはすでに開かれた本とキュリアスが浮かび上がっていた。


「来たか。習う気がないのかと思ったぞ」


 ディールを見て、嬉しそうにキュアリスが言う。


「えっと、僕は……」


 ディールは俯いた。

 魔法がなんであるかはもちろん分からない。それに自分が学びたいと思ったのは魔術だ。父親に無理を言ってケデルに師事した手前もある。けど――


「…………」


 キュアリスは少年のしてきたことは無駄ではないと、ひと筋の光を与えてくれた。今はそれに縋ってみよう。

 だからディールは顔を上げ、キュアリスを真っ直ぐに見つめて言った。


「僕に〝魔法〟を教えてくださいっ!」


        ☆


「ふむ。ではまず〝魔法〟とは何か、じゃな」


 ディールがキュアリスを見て頷いた。自分の頭ほどの大きさの女性。それが開かれた本の上に浮いている。書見台の高さも手伝って、彼女の目線はディールと同じくらいの位置にあった。


「魔法とは世界の真理を探究するために考え出された方法じゃ」

「真理の探究?」


 思いもしない言葉にディールが不思議そうに訊いた。


「そうじゃ。前にも言うた通り、魔導師は世界の真理を探究する者のことじゃ。魔導師たちはこの世界は五大元素で構成されておることを突き止めた。そしてその五大元素がどのように影響し合って世界を作っておるのか……それを知るために魔法という検証方法を編み出したのじゃ」

「……えっと、元素というのは?」

「元素とは〝全ての元たる素〟のことじゃ。この世界には〝プリティヴィアパステジャスヴァユアカシャ〟の五大元素が存在する。この五つが多種多様に組み合わさることでこの世界は構築されているのじゃ。簡単に言うとすいふうくうじゃな」

「あ。地・水・火・風の四系統なら知っています」


 ディールは自分の知っている言葉が出たことに安堵の表情を浮かべた。「空」というものは知らないが「地・水・火・風」という系統なら魔術にも存在する。


「四系統? なんじゃそれは?」

「魔術の呪文の系統です。魔力にどういった形を与えるか、それを自然の現象に見立てたものです。他にも光や闇とか色々な系統があります」

「そう言えば魔術とやらは魔力から直接現象を起こすと言うておったな。じゃが魔法は違う。魔力を魔力廻炉まりょくかいろに送り、そこから元素へと還元する。そしてその元素を使って現象を起こすのじゃ」

「魔力廻炉」


 ディールが呟く。知らず知らずのうちに、自分の中に存在していたもの。魔法を使うのに必要となるもの。それがどのように役に立つのか。どのように使うのか。今のディールには分からない。でも、ケデルに弟子入りしてからの三年間にしてきた事が無駄ではなかったと、証明してくれるものであることは理解できる。


「お主はすでに魔力廻炉が開いておるから、魔力から還元した元素の使い方を覚えればよい。その為にも各元素の持つ多様な属性を知る必要がある」

「多様な属性……ですか?」

「うむ。じゃが、まずは基本となる属性を覚えることじゃな。例えばヴァユの基本的な属性はそのものズバリ、かぜじゃ。

 そしてその元素を使うと――」

「うわっ!?」


 キュアリスの言葉が終わらぬうちに、風が起こりディールの体にまとわりついた。そしてすぐに消える。


「このような現象を起こすことができる」

「すごい。呪文もないのに」

「魔法に呪文は必要ない。必要なのはイメージじゃな。元素の持つ属性を知り、それを使ってどのような現象を起こしたいのか具体的にイメージする。まずはやってみよ。同じようにヴァユの元素を使え」

「えっと……」

「失敗しても構わん。いきなりできるわけはないからの」

「…………」

「なんじゃ。まず魔力廻炉を使ってヴァユの元素に還元するんじゃ」

「……どうやるのでしょうか?」


 ディールが申し訳なさそうにキュアリスを見る。

 キュアリスは一瞬、ディールがなにを言っているのか分からないようだった。しかしすぐに納得した表情になる。


「……ああ。お主は魔力廻炉の使い方も知らぬのじゃったな」

「すみません」

「いや、魔力廻炉が開いておるのじゃから、それくらいできると勝手に思っておった妾が悪い。お主、ちょっと本をいくつか取ってきてくれ。字は読めるな?」

「はい。共通語なら読み書きもできます」

「共通語とはなんじゃ? まぁ、妾の言葉が通じておるのじゃから多分大丈夫じゃろう」


 そう言ってキュアリスはこの図書館の構造をディールに説明した。そして記号と書名を伝える。


「本はお主が読めるものから選べ。もし読めるものの中に教えた題名がなければ持ってこなくて構わん」


 ディールは教えられた構造にそって、本棚の間を移動する。中央の広場を中心に十字に伸びる大きな通路。扇形に並んだ本棚とその間にある小さな通路。本は驚くほどたくさんあった。

 本はこの世界に於いてそれなりに高価なものだ。主に手書きで作られ原書と写本という形で本は流通する。中には本専門の書記を複数雇って量産する商人もいるが、それでも本は高い。それが多数、この図書館にはある。


「『魔力廻炉概論』と『なぜ世界は在りえるのか』……の二冊っと」


 教えてもらった記号が描かれた本棚を、端から見ていく。本の背表紙にはディールでも読めるものから、まったく読めない文字で書かれたものまで多種多様だった。

 結局、ディールが見つけることができたのは『なぜ世界は在りえるのか』というタイトルの本だけだった。それを持ってキュアリスの元へと帰る。


「すみません。この本だけしか見つけられませんでした」

「構わぬ。魔力廻炉の方は実際に使って覚えた方が早いしの。見せるだけなら妾の本体にある魔力廻炉でも間に合うじゃろ。

 まず魔力廻炉の使い方を教える。これを見よ」


 書見台の本が勝手に閉じた。裏表紙が現れる。裏表紙には五芒星とそれを囲うように描かれた真円。その周りに見たことのない文字が綴られていた。

 最初にディールが見せてもらったものだ。ディールが裏表紙を覗き込む。


「五芒星の左上。ここに魔力を廻らせることでヴァユの元素に還元される。まずはいつもやっているように、魔力廻炉を展開させてみよ」


 ディールは一瞬、どうすればいいのか分からなかった。しかしすぐに、キュアリスの本に描かれている図形を見るのが、いつもやっている基礎訓練の時であったことを思い出す。

 書見台から少し離れ、ディールは床の上にあぐらをかいた。そして目を閉じていつものように魔力感知と魔力操作の訓練を行う。

 体の中にある魔力を感じとる。それを体の色々な所に流し、廻らせる。するとディールの脳裏に図形が浮かび上がってきた。


 最初に浮かび上がってくるのは、頂点の一つを下にした逆五角形。その五角形を廻るように魔力が走り、やがて五角の頂点を飛び出して五芒星を作り出す。

 最後に現れるのは真円。五芒星を取り囲むように生み出され、魔力はその真円を廻り始める。

 魔力が真円を廻り五芒星の頂点を通過する。その度に魔力とは違う〝何か〟が自分の中に溢れてくるのを感じる。


「魔力が廻っておるな。廻炉かいろを展開できたか?」

「……はい」


 キュアリスの言葉にディールは目を閉じたまま答える。集中していないと図形が消えてしまいそうだった。


「お主は円環まで廻炉が開いておるから、真円に魔力が廻るじゃろうが、今はそれをやめよ。左上の三角形のみに魔力を廻らせよ」


 言われて、ディールは真円を廻る魔力を左上に集める。魔力は右回りに三角形をなぞり始めた。真円に魔力を廻らせ、五芒星の頂点を通過する度に生まれていた魔力とは違う〝何か〟。それに変化が現れた。

 今まではいくつかの色の混在した光のイメージだったのが、青い光のみに変わる。


「今、何を感じておる?」


 その言葉にディールは自分の心に問いかける。答えはヴィジョンとなって返ってきた。


「青い光。温かい風。青空……外にいるような感じです」

「うむ。その青い光がヴァユの元素じゃ。あとの二つはヴァユの持つプラスの属性じゃの。ちょうど良い。その温かい風が己の周りに吹いておるようにイメージしてみよ。青い光に包まれておるお主の周りに風が吹くのをイメージするのじゃ」


 キュアリスの言葉通り、ディールはイメージしようとする。目を閉じているのに青い光が視界を埋める。自分の周りに風が、柔らかな風が吹くさまをイメージする。

 どれくらい続けていたのかは分からない。変化は突如として訪れた。

 風が。微かだが確かに風が、ディールの頬を撫でた。室内にいるはずなのに。


「あっ」


 驚いてディールが目を開けた。その途端、風は消え魔力廻炉も消えた。目の前には書見台とその上に乗った本。更にその上にキュアリスが浮かび上がっているのが見える。

 まるで何事もなかったかのような静かな空間。先ほど感じた風が夢であったのではと思えるほど、目を閉じる前と変わらぬ風景。ディールはその変化のなさに思わず落胆する。


「案ずるな。確かに風は吹いた」


 落ち込んだ様子のディールを見て、キュアリスは優しい表情で言う。


「え? じゃあ……」

「うむ。わずかとは言え、お主は魔法を使った」


 その言葉にディールの顔が明るくなった。


「最初にしては上出来じゃ。じゃが、課題も多いぞ。まずは目を閉じたりぜずとも魔力廻炉を展開できるようにならねばな」

「はいっ」


 ディールは目を輝かせて返事をした。


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