20.キミ、フォックステイルだろ?

シンバが、母のカラから王の座を受け継ぎ、カーネリアンの王として国を治めるようになって、数十年の時間が経過。

ジェイドのネイン姫も、今ではカーネリアンの妃。

仲の良い夫婦として、民達から慕われる王と妃となった。

カラは王妃として退いた今も、国の進展の為、あちこちの国々を巡って、シンバの為、カーネリアンの為と、国をサポートをしている。

騎士将軍のライガは未だ健在で、隠居とは言うものの、その働きぶりは将軍と言うより騎士達を鍛えぬく教官のよう。

ツナは騎士隊長として、今も頑張っている。

昔と違うのは、ツナの硬派な性格と、強さやストイックさなどに憧れ、尊敬する者達が集まり、多くの騎士が増えた事だ。

下が出来ると言う事は偉くいられると言う訳ではない、下の者に自分の姿を見せなければならないと言う事。それも一人や二人ではない、多くの者に自分を目標にさせなければならない。だからプレッシャーもあるだろうが、ツナなら問題ない。

ライガもツナは良くやっていると、王の前だけで褒めている。

だがツナは、賊の頭になった気分だと、余り多くの者を率いるのは好きじゃないと、自分の立場を毛嫌いしている。

カモメは学校の教授として、子供達に魔法という授業を教えている。

たまに爆発などが起きて、教室から火が出ていると火事騒ぎになったりするが、子供達が大きな怪我をしたと言う事は一度もない。

数名の悪戯好きな子供がいるが、皆、優秀な弟子ばかりだと、カモメは言う。

子供達もカモメを天才魔法使いだと思っている。

パンダはフォックステイルの絵本作家として、大体が部屋に引き篭もっている。

絵本の売れ行きは厳しいが、カーネリアンの紋章付きの絵本を世界各国の孤児達へ寄付する事で、国の宣伝にはなった。

絵本は仕掛け絵本になっていて、開けば、様々なトリックで子供達を驚かせ、楽しませる事ができる為、親がいなくなった子供達にとって、悲しみや絶望の中で生きている時に、笑顔になれるものとなり、それは絵本の中の架空のフォックステイルだけでなく、実際に存在したフォックステイルの願いそのものでもあった。

シカは医療の勉学をしながら、カーネリアンという島国で、医師として人々の健康を管理している。

医療の情報交換の為、他国へ訪問をする際、シカの容姿に惹かれ、他国の医療関係者にいた女性が、そのままシカに付いて来る事が多く、ある意味、シカ一人勝ちのハーレム状態の病院になっているが、その御蔭で、人手不足と言う事にはなっていない。

しかも、女性が多いのは出産する患者の為に役立つ事であり、また男性よりも小さな子供をあやすのは女性の方が向いている為、そしてシカ自身が優れた医師であると言う事から、他国からも患者が訪れる医療施設となっている。

リブレはその白い美しい狼の姿が、人々の目を惹き付けさせ、また元々のカーネリアンの紋章でもあるフェンリルの刻印と類似している為、国の守護神として、カーネリアンの新しい紋章のモデルとなった。

新しい紋章には白い狼だけではない、火の鳥であるフェニックスも描かれた。

そう、それはフックスが持っていたスカイピースの1つに刻まれた神獣。

ここはもう雪だけの寒いエリアではない。空も危険ではなくなり、穏やかな光が注ぐ太陽のエリアだ。

フックスと、その仲間は、ムジカナの近くにある崖の所から、移動させ、今は、カーネリアン城の中庭で眠っている。その場所にフォックステイルの銅像をつくり、いつでも、シンバも、ツナも、カモメも、パンダも、シカも、彼に会いに来れる場所となった。

そして、町中で、太陽が長く光を注ぐ場所に、城の中庭につくったフォックステイルの銅像と、全く同じ銅像をつくった。

その銅像は絵本のフォックステイルの像だと言う事で、カーネリアンの名所ともなっていて、多くの人が訪れ、何故か、コインを置いて、皆、願いを口にし、祈っていく場所となった。

絵本のフォックステイルが悪い奴を倒してくれて、笑顔をくれるからと、厄を払い、幸せをくれる像として、願いが叶うなどと、勝手な噂が広まったせいだ。

だが、多くの人が祈りを捧げる姿に、シンバもツナもカモメもパンダもシカも、そして、フックスを知らないリブレも、どこか嬉しそうに見えた――。

そして、数十年前には存在していない新しい命が存在していた。


「フックス! フックスー!!!!」

今日は風祭――。

空の大陸で行われる飛行機乗りの祭りだ。

ジェイドエリアにある空の大陸は、ジェイドが、崩れた城を綺麗に撤去し、そこにエクントと言う町をつくった。だが、数時間もすれば、皆、低酸素状態になり、体調を崩し始める。

病は、標高2500m以上で発症し、高齢者は標高1500m以上でも注意するべきだと言う事で、カモメは、カーネリアンの隠し部屋にあるコンピューターを使い、空の大陸を、標高1000m以下に下ろし、そこで安定させた。それは、勿論、内緒でやった事なので、空の大陸は落ちて来ているなどと言う説を唱える者も現れた。

だが、数年、同じ高さで浮いている大陸に、人は集まり出し、そこに住む者も現れた。最初は、観光地程度に来ていた人ばかりだったので、シカが、注意事項を貼り出し、それに従う事で、病を避けていた。

大陸への滞在時間は5時間までとし、脱水に注意し、飲酒を抑制し、十分な睡眠をとってから、来ると言うものだ。

勿論、その注意事項を出した者も秘密のままで、誰が、その注意事項を貼り出したのか謎のまま。

そのせいで、その注意事項を無視し、人が町に住みだした。

なので、空の大陸の飲水となる、水の配管や貯水槽などに、常に万能薬が数滴ずつ流れるようにした。

こうして、空の大陸は、エクントと言うジェイドエリアの町が完成された。

人々が病にならずに、長く過ごせる地となった為、人が多く集まる場所になったのは、無論、ジェイド王のおかげ――。

その裏で、カーネリアン王と、その仲間が動いていた事は誰も知らない。

そして、風祭とは、伝説の飛行機乗りオグル・ラピスラズリが最高記録を出した日で、ジェイド王は、それを称え、この日を風祭の日とした。

飛行機乗り達が、この日に集まり、スピードを競い合う競技が行われる。

だが、未だ、誰も、伝説の記録を塗り替える者はいない。

彼を抜く者は、現れていない――。

今現在、リーファス・サファイアが世界最速の飛行気乗りとして世に出ているが、リーファスさえも、伝説の記録を抜く事はできないでいる。

そのオグル・ラピスラズリは既に他界してしまい、彼は本当に伝説になってしまったと言う訳だ。

それからと言うもの、空の大陸はすっかりリゾート地となり、風祭だけでなく、美人で有名な歌姫が、エクントのホテルの舞台で毎夜美しい歌声を披露するのを目当てで集まる客も多かった。

ちなみにその歌姫のリンシー・ラチェットは、リーファス・サファイアといい仲だと言う噂だ。

「参ったな、こう人混みの中、フックスを見つけるのは厄介だ。だから今日は風祭に行くのをやめようって言ったんだ。嫌な噂を耳にしてたし」

と、ブツブツ文句を口にしながらシンバは、空の大陸にある街をウロウロ。

人混みを掻き分けて、向こうから来るツナを見つけ、駆け寄ると、

「駄目だ、こっちにもフックス王子いねぇよ」

と、聞く前に、そう答えられ、困った表情。シンバも困った表情で溜息。

「カモメとパンダとシカは?」

「あっちの方を探してくれてるけど・・・・・・見つけられないと思う・・・・・・」

「だろうな、王子が横を通ってもわかんねぇと思う。俺だって怪しいもんだ。なんせ王子は――」

と、ツナがそこまで話すと、空に幾つモノ色とりどりの飛行機が飛んでいく。

沢山の飛行機が風祭に集まり出す。

「まぁ、こうして祭りも中止になってねぇし、飛行気乗り達も集まってきてる訳だし、嫌な噂っつっても、まぁ、噂だろ、多分、只の――」

「そうかな、そうは思えない。アレキサンドライトがフォータルタウンで暴れたと言う情報は嘘じゃないし・・・・・・でもどうしてサードニックスがアレキサンドライトに落とされたんだろう・・・・・・わからない・・・・・・サードニックスにはセルトがいるのに・・・・・・それにガムパスの老いぼれた体は、既に老いとは別に病んでいるって聞いていたけど、そんなの嘘だと思っていたのに・・・・・・ラビが万能薬をサードニックスに渡したと言う話がデマだったのか? 今になって、もう何がなんだか・・・・・・」

「サードニックスが落ちた以上、アレキサンドライトの天下か。あのシャークが、この飛行気乗りの領域に入って来るのは時間の問題か? ま、確かに俺がシャークなら狙うは風祭だな。ひとつの場所に集まった飛行機乗り共を一気に潰せるチャンスだ」

「やっぱりアレキサンドライトの船がこっちへ向かってるって噂は本当かもしれない。用心に越した事はない。フックスを早く探し出そう」

「んじゃ、俺、あっち探して来っから」

「あぁ」

ツナが走って行く方向とは逆へ、シンバは足早に歩き出す。

キョロキョロしながら、人混みの中を歩いていると、フックスと同年齢くらいの男の子が人にぶつかりながら走って来る。いや、フックスより少し身長が低めに思え、息子より年下かとも思い、親とはぐれたのかと声をかけようとしたが、その男の子の目の色が変わった気がして、ラブラドライトアイ?と思っていると、その男の子の直ぐ後ろで、

「待ってシンバ!」

と、女の子が走って来る。

シンバ?と、その男の子の顔を見て、そして、その男の子が自分の横を走って行く後姿を見送りながら、

「・・・・・・レオン王子?」

思わず、そう呟く。

ジェイド王の息子レオン王子。

その彼にソックリな顔立ちだったが、着ている服装が賊っぽい。

「待ってよ、シンバ!」

と、シンバの横を駆けて行く女の子を、またも見送りながら、

「ララちゃん?」

今度はそう呟いた。

ラティアラ・ラピスラズリ、愛称ララという少女は、あのオグルの孫娘だ。

ちゃんと面識はない為、ララかどうかは確信はないが、似てる気がした。

追い駆けた方がいいかと思ったが、ふと、レオン騎士隊長から聞いた話を思い出した。

ジェイド王は、ジェイドの騎士隊長のレオンを気に入っていて、息子にレオンの名を与えたが、もう1つ名前を考えたいと、レオンに相談したと言うのだ。

レオンは自分には腹違いの兄弟がいて、その兄弟の名が、偶然か、カーネリアンの王と同じ名だと教えたと言っていて、髪と瞳の色も似てれば、やはりレオンとは雰囲気も顔立ちも似ていて、バレたらどうしてくれるんだと言ったら、笑い話だと言うから、笑えないだろうと言った事があった。

結局、王子はレオンと名付けられ、シンバとは名付けられなかったが、その頃、ジェイド王から、

〝カーネリアンはゼロからの出発と言ってもいい程だったが、王として這い上がって来れるもんだな、やはり王族としての血はどんな環境で育って来たとしても受け継がれるのだろう、シンバと言う名も悪くないな・・・・・・〟

そう言われ、王子をレオンと名付けた為に、一応、妙な意味で、名を選ばなかった訳ではないと、そう言いたかったのかと思っていたが、もしかしたら、もう1人生まれていたのかもしれない。そんな噂もあったからだ。

ラブラドライトアイの悪魔の子がジェイドに産み落とされたと――・・・・・・。

「調度・・・・・・その頃だ・・・・・・サードニックスのガムパスの秘蔵っ子がいるって噂も耳にしたのは・・・・・・セルトの事だと思っていたけど・・・・・・まさか・・・・・・」

ぼんやりと、もう姿が見えなくなってしまった男の子を見送り続けたまま、そう呟いた時、

「ブライト?」

背後でそう声をかけられた。振り向くと、

「リーファス!」

「やっぱりブライトか! 信じられない! 生きてたんだなぁ!」

と、笑顔のリーファス。シンバも笑顔で頷く。

「まさか逢えるとは思ってなかった、あれから、どうしただろうと、考えない日はなかったよ」

そりゃそうだよなと、あんな場所で、共には帰らないと、別れを告げて、自分は闇に留まるような言い方をして、然程、仲良くなかったとしても、気にならない訳はないだろう、ましてや、まだ子供だった。

今更ながら、リーファスには、悪い事したなぁと、だが、あの時はありがとうと伝えるべきなのか、あの時はごめんと伝えるべきなのか、わからない。

なんせ、悪い事をしたと思っているのに、感謝しかないからだ――。

「風祭に来たのか?」

と、笑顔で、極普通に接してくれるリーファス。深くは何も聞いてこないのは、リーファスの優しさか・・・・・・

そして、

「元気そうだ。どうしてた? オレ、ちゃんと飛行気乗りになったぜ?」

そう言うから、知ってると頷き、

「世界最速の男って、知らない人はいないよ」

と、シンバは笑う。

「いや、うん、それは今現在ってだけで、伝説の飛行機乗りオグル・ラピスラズリの記録は抜けてない」

「でも、間違いなく、今、健在の飛行機乗りの中で、キミが一番最速だ」

「ははは、まぁな、なぁ、あのさ、覚えてるか? 約束したよな、お前を空に連れて行ってやるって」

リーファスにそう言われ、シンバは頷く。

〝もしオレが光イッパイの空で活躍したら、お前の事も連れて行ってやるよ〟

リーファスがそう言ってくれた事、そして、約束を果たしてくれてた事。

そして、何より、本当に飛行機乗りになってくれた事。

本当に感謝ばかりだ。

「キミの飛行機、ブライトって名付けたんだろう? ありがとう、嬉しいよ」

やっとここで感謝の言葉を言えるシンバ。

リーファスは、少し照れたように、

「約束したからな」

と、笑った。

あの頃、子供だった頃、サードニックスに憧れた少年が、今、光イッパイの世界でヒーローだ。

そのヒーローであるリーファスが、言ってくれたセリフの中に、光は闇に消えない。空だって闇になるけど、星がピカピカして輝いてるだろ、お前も、そういう風になれよと、言ってくれた、あのセリフがずっと心に残っていたから、頑張って来れた事もあった。

だから、シンバは、セルトにも、似たセリフを言った。

星は晴れてるから見えるんだと、晴れてなきゃ星は見えないんだと、どんなに闇にいても、晴れた気持ちでいつも笑ってろと、闇の道を進んでても、晴れてれば星は見えると、僅かな光が届いてるって、そう言ったのになぁと、一体、セルトは、どうしたんだろうと、シンバは、思う。

ふと、リーファスの横で、ちょこんと立っている少年に、

「キミの子?」

そう尋ねると、リーファスはまさかと、

「オレの弟子になりてぇって・・・・・・」

と、苦笑いしながら、その少年の頭をくしゃっと撫でた。シンバは、腰を少し低くして、

「そうか、いい大人に巡り逢えたね、リーファスは子供が憧れる大人に相応しいよ」

と、少年の目を真っ直ぐに見つめ、そう言った。少年はコクンと頷き、誰だろう?と、ブライトって、リーフおじさんの飛行機と同じ名前だと、少し不思議そうな顔でシンバを見ている。

「それでブライト、お前、ここで何してるんだ? なんか、どっかのキングみたいな格好して、突っ立ってるけど?」

「え? この格好、変?」

「変って言うか、なんか、王様のコスプレみたいだからさ、まぁ、祭りの一環だな」

と、笑うリーファスに、苦笑いのシンバ。

「で? 何してるんだ?」

「あぁ・・・・・・えっと・・・・・・息子を探してて――」

「息子!? お前、父親になったのか!?」

「うん、まぁ、えっと、そんなとこかな」

「へぇ・・・・・・息子とはぐれたって事は迷子か?」

「いや、迷子になる年齢じゃないと言うか・・・・・・息子はちょっと変わってて・・・・・・悪ふざけしてるって言うか・・・・・・ボクを困らせたいと言うか・・・・・・あぁ!! いた!! 見つけた!! アイツ!! 何食ってんだ!!」

と、突然、シンバは大きな声を出して、走り出したと思ったら、ホットドックを食べているデブった少年の首を掴んで引き摺るようにして、リーファス達の前に引っ張ってきた。

その少年の足元で白い子犬がウロウロオロオロしている。

「痛い! 痛いよ! そんな乱暴に引っ張らなくてもいいだろう!」

「勝手にいなくなって、何食ってんだ!」

「見りゃわかるだろ、ホットドック食ってんの! それともこれがバナナに見える? あ、チョコバナナも食べたい」

「口の周りのケチャップを拭け!!!!」

そう怒鳴るシンバに、デブの少年は舌打ちする。

余りのデブさ加減と、親子喧嘩に、リーファスは唖然。リーファスの隣にいる少年も唖然。

「あ・・・・・・ごめん、リーファス。コイツ、ボクの息子でフックス。ほら、フックス、挨拶しろ、世界最速の飛行気乗りリーファス・サファイアだ。サインもらっとくか?」

と、シンバがそう言うと、少年は、サインはいらないと首を振り、

「オレ、フックス! よろしく!」

と、ケチャップだらけの顔でニコッと笑い、リーファスの隣にいる少年にも、笑顔でよろしくと言うから、その少年も、

「僕はカインです。よろしく」

と、苦笑いしながら言う。リーファスも、

「なんていうか、ユニークな息子だな。想像以上な感じが・・・・・・何て言うか驚いたよ・・・・・・お前に息子がいたと言う事も、意外にデカい息子って事も、あ、いや、デカいって体型じゃないって言うか、体型もそうだけど、年齢がね。それから、お前の息子がなんていうか、ホントにユニークだって事も――」

と、苦笑い。シンバも苦笑いしながら、

「騙されないで」

なんて言うので、リーファスもカインも、首を傾げると、

「今見てるのは、嘘だから。騙されないで」

と――。

何が嘘?と、リーファスとカインは、フックスを見て、驚く。

太って横に大きかったデブの少年の姿ではなく、髪の長い女の子がそこにいるからだ。

「あれ? あの子、どこ行ったんですかね?」

と、カインはキョロキョロ。

リーファスは目を丸くし、

「お・・・・・・? 女のッ? 女の子!?」

と、言葉を詰らせながら驚いていると、フックスはえへっと悪戯な笑顔で、

「あたし、可愛い?」

と、女の子の声で言うから、シンバは額を押さえ、冗談だろと、大きな溜息を吐いた後、

「フックス。元に戻れ。今直ぐ。本来の姿に戻れ。本気で怒るぞ」

と、顔は笑顔だが、怖い声を出した。女の子はムッとした顔で、シンバを見上げると、

「わかったよ」

と、明らかに男の子の声で言う。

リーファスとカインは男の子の声だと驚くが、更に驚きを目の当たりにする。

目の前で、その女の子がクルンっと回転しただけで、少年の姿になったからだ。

カインと同じくらいの身長で、横幅もそんなになくて、極普通の平均的な身長と体重だろう、だが、さっきの女の子とは違うが、女の子みたいに綺麗な顔で、

「王族みたいに綺麗な子だ・・・・・・それにまるで魔法みたい・・・・・・」

と、思わずカインが呟くから、

「みたいじゃないけどね」

と、フックスも呟く。

「え? 何が? 王族みたいって言った事?」

カインの問いに、フックスは、

「魔法みたいじゃなくて、魔法だって言ったんだ。得意魔法みせてあげるよ」

と、何もない手の平から、飴を出して、ハイッと、カインに差し出した。

カインは飴を受け取り、フックスを見て、ハッと気付く。

「わかった! キミ、フォックステイルだろ?」

「フォックステイル? なんだそれ?」

リーファスが尋ねると、カインが笑顔で、

「絵本のキャラクターですよ。孤児院に毎年その絵本を寄付してくれる人がいて、僕も小さい頃、読んでました。フォックステイルっていう怪盗が、悪と戦うんです、変装も得意で、後、さっきみたいに何も持ってない手の平から飴を出して、子供達を喜ばせたりする魔法使いみたいなキャラクターなんですよ、フォックステイルは、仮面をしてて、本当の彼を知る人はいません、だから、何者なのか、謎なんです。僕も小さい頃、好きで、よく読んでました。確か、まだ話は続いてますよ、僕が最後に読んだ話は、悪い奴が城に入り込んで、お姫様を人質にしようとして、フォックステイルが助け出す話しです。絵本も仕掛けがイッパイあって、開くと、音が鳴ったり、イロイロ飛び出して来たりで、楽しいんです」

と、説明。リーファスは、そんな絵本があるのかと、フーンと頷き、

「キミは、そのフォックステイルってキャラクターになりきってるって訳? コスプレイヤーって奴かな?」

と、フックスを見る。

「違うよ、オレはホンモノのフォックステイルなんだ、正確にはなる予定なんだけどね」

そう言い切るフックスに、カインは、子供みたいだと笑う。シンバも、

「ホント笑っちゃうよね、親としては参っちゃってるよ、本気でフォックステイルだと言って、なれると思ってんだから」

と、苦笑い。

「でも凄いな、さっきの変装も一瞬で切り替えができるし、その手品も凄いじゃないか」

リーファスはそう言ってフックスを褒めるが、

「だから魔法だってば! 変装とか手品とかじゃなくて魔法なの!」

と、フックスは怒り出す。

「あのね、フォックステイルは、絵本だから魔法使いみたいだけど、実際、あれをやるとしたら、只の変装と只の手品で、だから全て仕掛けがあって成り立つもので、種があるんだよ。魔法じゃないんだ」

と、カインがフックスを諭すように言うが、フックスが、

「じゃあ、種と仕掛けを教えてよ」

と、リーファスとカインに言う。そして、

「魔法じゃないなら、オレがどうやって一瞬でデブや女の子になったの? どうやって手の平から飴を出したの? 教えて?」

そう言うから、リーファスもカインも黙ってしまう。

またもシンバは額を押さえ、いい加減にしろと、

「ごめんな、可愛くない息子でさ、兎に角、口が達者なんだ」

と、苦笑いして、リーファスに謝る。

なんで謝るのさ!?と、フックスは唇を尖らせる。だが、シンバに、頭を押さえつけられて、ムリヤリ頭を下げさせられ、

「お前も謝るんだ! フォックステイルだって言うなら、悪い人じゃない人まで騙したら駄目だろう! それに魔法を遊びで使うのもフォックステイルらしくない!」

と、言われ、フックスは、しょうがなく、小さい声で、ごめんと、不本意まるだしで謝る。

シンバは、カインに、

「キミがリーファスに憧れてるように、コイツも、架空だけど、フォックステイルに憧れてるんだ、只、それだけだから、生意気な態度は許してやって」

そう言うと、カインはううんと首を振り、

「シンバよりマシ」

そう言った。シンバ?と、フックスはシンバを見て、シンバもフックスを見ると、二人で、カインを見た。すると、リーファスが、

「サードニックスのガキだよ。今、ちょっとイロイロあって一緒にいるんだけど、ソイツ、飛行機乗りにしたくてさぁ、スカウトしてる最中。素質あるんだよ、多分。それに賊やってるよりいいだろ?」

そう言うから、シンバは、

「あんなにサードニックスになりたがってたキミが、そんな事言うなんてね」

と、笑う。そして、

「明日、飛ぶんだよね? オグルさんの伝説を越えれそう?」

と、聞く。リーファスはプレッシャーだなと笑い、

「伝説の記録より、俺の記録を破られる可能性が高い。噂だが、若い美女の飛行気乗りで、手強いのがいるらしい。さっき飛行気乗り同士で話してたんだが、その女、かなり速いってさ」

そう言った。

「へぇ・・・・・・それは凄いね。でも逃げ切ってみせてよ、ボクはリーファスを応援してるから。何もなければ、明日まで滞在するつもりだから、リーファスが飛ぶのを見れる。ブライトが、オグルさんの記録を破るのを楽しみにしてるよ。じゃあ、ちょっと急用を思い出したから、また――」

と、シンバは笑顔で手を上げて、フックスを引っ張って、その場を去る。

フックスは強引に引っ張るシンバに、なんだよと見ると、笑顔だったシンバの顔が真剣なので、

「パパ? なんなの?」

と、聞くと、

「サードニックスのガキ・・・・・・シンバと言う名・・・・・・やっぱりアレキサンドライトは来る。多くの人が危険に晒されるかもしれない。戦えるのはツナとボク、それからフックスも少しだけなら剣術を使える。カモメとパンダとシカは人々を避難させるように誘導する。くそっ! シャークは強い・・・・・・ジェイドはどれだけの騎士を引き連れて来るかな、ここは安全な地だと思ってるから、他国の王達が風祭を楽しみに来てても、戦力となるものは何も持って来ないだろうし・・・・・・」

と、険しい顔でブツブツとそう呟いているから、フックスは、

「アレキサンドライトって、最強の賊って言われてる、賞金首すっごい人? その人が来るの? ここに? 悪い事しに来るって事? そしたら、フォックステイルが現れて、助けてくれるから大丈夫だよ」

などと言い出す。

「あのなフックス! 何度言えばわかるんだ? フォックステイルは架空の人物だ! 実際に存在はしない! パンダが描いてる絵本なんだよ、お前も知ってるだろう!? お前の大好きなパンダおじさん!! あの人が描いてるんだよ!!」

「だからさ、万が一の時は、オレがフォックステイルになるよ」

自信満々に、そう言って、笑顔のフックス。

「いやだから! 絵本なんだって! お前はフォックステイルじゃないの! お前はカーネリアン第一王子フックスなんだって!」

「パパの事も、守ってあげるから大丈夫だよ!」

と、フックスは、全く話を聞いちゃいない。駄目だこりゃと、シンバは呆れる。

「あー、王子! 良かった、見つかったんだな」

と、ツナが、シンバとフックスを見つけ、駆けて来る。

「よく見つけたな、王子は魔法で別の誰かになってると思ってたけど? 王子の魔法、完璧だからな、剣の心得その5真実の姿を見極めるを取得してる俺ですら見つけられない」

ツナがフックスの頭を撫でながら、そう言うと、まぁねと、フックスは得意げな顔になる。

「見つけたのはベネトナシュだよ、偉かったな、ベネトナシュ。でも勝手に着いて来ちゃ駄目だろう? 帰ったらリブレに怒られるぞ?」

と、フックスの足元でずっと大人しくしている白い子犬・・・・・・いや、白い狼の子の頭を撫でるシンバ。

その狼はリブレの子供で、子供は全部で7匹も生まれ、ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール、そしてベネトナシュと、7つの星の名前から名付けられた。皆、リブレ似の真っ白い毛並みで、利口な子達だ。

父親はカーネリアンの島に生息していた狼で、ブラウンの毛並みのキツネに似た種だったが、生まれた子達の見た目で、父似は一匹もいない。

「おい、ナシュ、付いて来たのはお前だけか? 他の兄弟も一緒じゃないのか?」

と、ツナに聞かれるが、ベネトナシュは、何か言われてる?と、キョトンとした顔になる。リブレと違って言葉の理解が乏しいと、ツナは舌打ちする。

「それよりツナ、今、リーファスに会って、ちょっと確信した事があるんだ。やっぱりアレキサンドライトはここに来る。必然か偶然か、サードニックスの子供がここに来てるんだ。何かが起こる気がする」

深刻な話なのに、フックスは、

「だから大丈夫だって! 何が起きてもフォックステイルが登場して、みんなを笑顔にするから。絶対に来るもん、フォックステイル! 来なかったら、オレがフォックステイルになるしね、何れフォックステイルになるんだもん、今なってもいいや」

ヘラヘラと、そう言って、シンバを呆れさせ、ツナに、頼もしいなと、褒められる。

「でも王子、フォックステイルが好きなのはいいけど、現実に二次元持って来るのはやめた方がいい。王子の魔法が凄いのは知ってるけど、王子はフォックステイルじゃない。王子はカーネリアンの王子なんだ。兎も角、俺が、何があっても王子をお守りしますから、俺から離れないようにして下さい」

「守んなくて平気だって! フォックステイルが絶対に来るもん! おれもフォックステイルになれるもん!」

「こうなったらナシュだけでなく、他のリブレの子達も付いて来てたらいいなぁ。少しは戦力になるだろ?」

そう言ったシンバに、

「なる訳ねぇだろ、狼の子っつっても、どう見ても今はまだ子犬だ」

と、ツナは突っ込み、

「しかも平和ボケした子犬だ。戦闘なんて全くした事がない狼の子。確かに賢いが、知能も只の犬並み程度の賢さ。しかも人が好きだから、相手が賊だろうが何だろうが、人と見れば懐き出して、牙も爪も向けやしねぇよ」

と、新しい命は、平和に育ち過ぎたなと、帰ったら、訓練しないとだなと、困ったもんだと言う。なんせ、こんな話をしてるのに、

「ねぇ、パパ、アイスクリーム食べて来ていい? そんで、ナシュと一緒に、あっちで遊んで来る」

と、フックスは、遊びに行く事を考えているのだから。

風祭というお祭りで、あちこちが賑やかに騒いでいるのだから、子供がわくわくしてもしょうがないのだが、シンバは、コイツこれでいいのかなぁ?と、困った顔でフックスを見る。

ツナが、そんな顔のシンバに、時代が違うんだよと言いながら、夕方までにホテルのロビーにちゃんと戻って来る事を約束させ、遊びに行く許可を出した。

「もしアレキサンドライトが攻めてくるとしても、アレキサンドライトの船を見たって奴の話しでは、その場所から、ここまで来るのには丸一日かかる。飛行機と違い、飛行船はゆったり飛ぶからな。だから今直ぐって訳じゃねぇだろうし、今日は祭りを楽しませてやって大丈夫だろ。とりあえずカモメとパンダとシカを探して、みんなで相談しよう。何も起こらないまま、風祭が無事に終わるって事もあるからな」

ツナがそう言った時、少し向こうで、わぁっと人だかりが出来て、何事だ?と、シンバとツナが見ると、人だかりから出てきたのは、革ジャンを着て、ブーツを履いて、頭にはゴーグルも装着し、まさに飛行気乗りと言うような格好の――・・・・・・

「ラビ!?」

シンバとツナが同時に、そう叫んだ。そして、ツナが、

「ヤベェな。確実に絶対に何か起こるわ。あの女が現れたって事は、よくない事が起こるって事だ。風祭は無事に終わらない。絶対に!」

そう言って、シンバもコクコク頷く。

長い髪を風に靡かせ、ゴーグルを外し、前髪をかきあげる仕草と、ピンクの潤った唇が上がり、微笑を浮かべた表情と、相変わらずのナイスバディーで、男達を魅了しながら歩いて来るラビも、シンバとツナに気付き、

「あら、アナタ達も来てたの? アタシの応援かしら?」

と、怪しい微笑み。

「誰がテメェの応援なんかするか!」

と、ツナ。

「また何を企んでるんだ!?」

と、シンバ。そんな二人にクスクス笑いながら、

「やだ、二人共、すっかりオジサン」

なんて言うから、

「テメェが異常なんだよ、なんなんだその全く変わり映えしねぇ見た目! 逆にきしょいわ! 魔女か! 貴様は本当に魔女か! こっち見んなっつってんだろ、石化するって何度いやぁわかんだ!? 魔女狩りにでもあって狩られろ!! 今直ぐ!!」

と、怒りのツナ。でもラビは、くすくすと、なぁに?魔女狩りってと、言いながら、余裕に笑っているだけ。

「ねぇ、ラビ、ちょっと聞きたいんだけど」

シンバが真剣な顔で、突然、そう言うと、ラビも真剣な顔になった。

「アタシから情報を何か得るつもり? 高いわよ」

「・・・・・・情報って言うか聞きたいだけだよ、ラビ、サードニックスに万能薬を渡したって聞いたけど、その万能薬って効いたのかな? ラビは相変わらず若くて綺麗で、全く年老いてない所を見ると、不老の薬は効いたみたいだね?」

「さぁね、元々、老けない性質なのかも」

「・・・・・・ラビ、キミ、本当にサードニックスに万能薬を――」

「ちゃんと渡したわ、それがサードニックスからの依頼で、あの時はサードニックスに雇われてたからね。仕事はちゃんとする。その分、報酬ももらう。なのに何故ガムパスが動けない体になったかって聞きたいなら――」

「聞きたいなら?」

「知らないわ。でも、数日の滞在でなく、空に永久に生息しながら、ガムパス以外の連中はこの薄い空気にやられてない。他の賊も、あのアレキサンドライトも――」

「・・・・・・ガムパスは飲まなかった?」

「そういう事でしょうね、ガムパスだけ薬の効果がないなんて、有り得ないもの。でも効いてないなら、ガムパスは飲まなかったって事でしょ。一応、言われた分は、ちゃんと大量生産して、渡したわ。全ての賊に行き渡っても余る程あったと思うわ。だから、どうして飲まなかったのか、それは知らない。それでも、ずっと無敵でいたのよね。流石よ。でも、他の賊達にも万能薬を分けたのは失敗だったんじゃない? 今更、アレキサンドライトに天下を譲る羽目になるんですもの。アレキサンドライトから、再び天下を奪うのは、今のサードニックスには難しいかもね」

「ラビも、サードニックスが、アレキサンドライトに堕とされたって話、知ってるんだね」

そう問うと、ラビは、当然でしょと、

「一応、飛行気乗りなのよ、空での情報は地上のアナタ達より早いわよ」

と、言った後、ツナが、

「お前、まさかと思うが、一枚噛んでるんじゃねぇだろうな?」

そう言った。辺りの騒々しさと裏腹に、シンバとツナとラビの間にシンと静まる空気が流れ、シンバは目を丸くして、

「まさか! ホントに噛んでるのか!?」

と、大声を出す。

「何の話し? アタシは何も知らないわ」

ラビはそう言うが、シンバは、嘘だと、

「考えたら、ラビが飛行気乗りっておかしいだろ!!」

と、ラビの格好を指差して言う。ツナも、

「そうだ、お前、なんで飛行機乗りなんだよ!? 何企んでここに来やがった!?」

と、ラビを指差して言う。

「おい、オッサン2人、汚い指で、ラビさん指差してんじゃねぇよ、引っ込めろ、その指、切り落としてやろうか」

と、背後でそう言われ、振り向くと、

「バニ!!」

と、シンバとツナが声を上げる。

ラビバニ登場で、更に疑惑が確信へと向かうから、

「何を企んでるか言え!!」

と、シンバはラビに怒鳴り出す。

「お前等が現れると、絶対にろくな事にならないんだ!!」

と、ツナも怒鳴り出す。

ラビは面倒そうに溜息を吐いた。

「余り大きな声出されると困るから話すわ。アタシ達の狙いは、海底に沈んだ空の大陸の王家の宝よ。その鍵となるものがオークションで出回り、最近とある国の王様が落札したの。その王様は鍵を首から釣り下げて持ち歩いてるのよ。そしてその王様は毎年、風祭を楽しみにしてるの、でもリーファスの優勝で毎年終わるから、最近はつまらないので今年の風祭は行くのをやめようって言ってたらしいの、だから態々、飛行機乗りになって、リーファスのライバルとして、その王様が気に入るようなシナリオを作ったって訳」

「ライバルって・・・・・・リーファスは、正真正銘、世界最速の飛行機乗りだ、ラビが適う訳ないだろ」

シンバがそう言うと、そうだと、頷くツナ。

「適う適わないなんてどうでもいいの、女が飛行機乗りってだけで話題になって、タイムなんて適当な事を言えば、後は勝手に尾びれが付いて噂が広まるのよ」

そう言ったラビに続いて、バニが、

「しかもラビさん超美人だから、それだけで話題性抜群だしね。アホな王様は、のこのこと、鍵を持って、美人見る為にやってきたよ、こっちの手の中で転がされてるのも知らずにね。ホント、バカって扱いやすい」

と、自慢げに言った。

「でも誰が今年の優勝者になるか、国々の王は影で賭けてんだぜ? シンバだって、その賭けに参加させられたんだ、だろ?」

と、ツナは、シンバを見て、シンバは頷いたが、

「その話が、去年、来たってだけだよ、ボクは、結局、賭けるものがないから不参加でと断ったら、今年は声がかからなかった。みんな、リーファスに賭けるから、賭けにならないって話しもあったから、中止なのかなって思ってたけど、ネインの話しだと、ジェイド王は今年も、リーファスに賭けたって聞いたよ・・・・・・」

と――。

「つまりだ、賭けは今年もやってるって事だ、お前がライバルとして登場したシナリオのせいで、博打が成立するくらい、お前に賭ける奴も多くいたって事だろうな、どうすんだよ、そんだけ話題になってトンズラできると思ってんのか? 相手は国々の王だ、逃げれねぇぞ、お前等」

ザマミロとばかりの顔で言うツナに、ラビはふふふっと笑い、

「今、トビーがアレキサンドライトに戻ってるの」

などと言い出した。シンバもツナも眉間に皺を寄せる。

「サードニックスをやるのも、飛行機乗りを一掃するのも、あのシャークの目的らしいわ、野望ではなく、只の目的って辺りがいいわよね、余り慎重にならず、簡単に下の意見を聞き入れて、動いてくれるから」

「まさかラビ・・・・・・風祭に・・・・・・この飛行機乗りのエリアに、アレキサンドライトを入れる気なのか!? アレキサンドライトがこっちへ向かってるってのは、本当の話しか?」

「そうよ、シンバ、アレキサンドライトがここへ向かってるの。風祭の日に、飛行機乗りを潰そうとしてるのよ」

「ここは飛行機乗りのエリアだ!!」

「サードニックスがいなくなった今、シャークに、そんな事、通用すると思う?」

「よりによってなんで風祭なんだよ!? 人が一杯集まる日に、なんで! アレキサンドライトがどんな連中か知ってるだろ! お前は、飛行機乗りとしての自分の出番が来る前に、ここをメチャクチャにして、その隙に獲物を頂いてトンズラって事か!? 相変わらず、自分の事しか考えてないんだな!!」

そう言ったシンバに、ラビは、

「何言ってるのよ、だから、被害は出ても、なるべく命の犠牲は出さないように考えての事よ」

と、言うから、シンバもツナも、クエスチョン顔で、更に眉間に皺が寄る。

どう考えても、風祭に、アレキサンドライトを呼ぶなど、犠牲者が多く出るようなもんだ。だが、バニが、

「風祭の日以外も、ここはいっつも人が多いよ。ま、風祭の日は特別多いけどね。でも風祭だから来る奴もいるじゃん」

そう言って、ヒントを与えたようだが、シンバもツナも、は?と、余計に眉を顰める。

どうしてアニキ達はこうもバカなんだと言うバニに、ラビが、そんな事言っちゃダメよと、

「バニ、アナタのお兄様達はこれから大変なんだから、もっと優しくしてあげて?」

と、ふふふっと笑いながら言う。どういう意味だ?と、考えているシンバとツナに、

「風祭にはフォックステイルも来るでしょう?」

と、ラビ。そして、

「フォックステイルなら、きっと、誰も殺させやしないでしょう?」

と――。

「はぁ!? お前、また俺達に尻拭いさせる気か!?」

怒鳴るツナ。

「ボク等はもうフォックステイルじゃない! とっくに引退してるんだ!」

吠えるシンバ。

「別にいいのよ、フォックステイルじゃなくても。人々を安全な場所に導いて、賊達と戦える人なら、別に怪盗じゃなくても、騎士でも、学校の教授でも、絵本作家でも、医者でも、王様でもね。気にしないで、別にアナタ達の事を言ってる訳じゃないわ、そういえば、カモメやパンダやシカは元気?」

「テメェ・・・・・・俺達が風祭に来るのを知ってて、態と――」

怒りを抑えきれず、拳を握り締め震え出すツナ。そんなツナを嘲笑うように、

「騒ぎで大事な鍵をどこかに失くしてしまった王様のメンタルケアまで頼まないわ」

と、ラビがそう言うと、バニと二人、じゃぁねと、手を上げて行ってしまう。

シンバとツナは、この怒りを、どこにぶつければいいのか、わからず、とりあえず、クソ女ぁぁぁぁ――!!!!と、大声で叫んだ。

その夜、ホテルの一室で、シンバ、ツナ、カモメ、パンダ、シカはこれからの対策について話し合う。

大きなベッドでスヤスヤ眠るフックスとベネトナシュ。

「フックス王子って、イタズラっ子でさぁ、オラ達を困らせてばっかだけど、こうして寝てる時は本当に天使だね! 起きてても黙って大人しくしてれば天使なんだけどね、美形だしね。シンバに似てないよね、髪の色とか目の色とか、ネイン姫とも違う」

寝顔は、本当に天使の如く可愛いと、パンダは微笑ましくフックスを見つめて言う。

「・・・・・・シンバがフォックステイルになった時とソックリだ」

そう言ったツナに、シカは頷き、

「つまり元のフックスに似てる」

そう言うと、カモメが、

「オイラ達、全員で生まれ変わりだって騒いだよね、王子が生まれた時。まだ産毛も生えてないのに、青い目だけで、きっとそうだって。そしたら、ホントに、成長した髪の色もアンバーで――」

と、思い出し笑い。だが、みんなが楽しそうにする話に、シンバは小さな溜息を吐いた。

「ボクかネインか、どちらかの遠い血筋だろうってさ。先祖返りとか隔世遺伝とか言う奴で、親に似ないカラーを持つ子は珍しくない。つまり生まれ変わりじゃないんだ。だって見た目は兎も角、中身は全然違う。育て方の問題かな。甘すぎるんだろうか・・・・・・厳しくしなきゃならないトコは、してると思うんだけどなぁ・・・・・・心配だよ、コイツ、どんな大人になるんだろうって――」

「心配しすぎだよ、シンバ。だって魔法学校で、フックスはとっても優秀だよ? 魔法にとっても興味津々で、1つの事に集中しすぎると周りが見えなくなるのか、居残ってまで課題に集中して、誰の声も届かない時があるけど、だからって自己中って訳でもない。苦手科目も、克服しようと励んでる。何事も他力本願にする事もなく、自ら努力を惜しまない。初めての事にも、怖がらず、チャレンジ精神旺盛。失敗しても、嘆かず、笑い飛ばして、直ぐにまた頑張ろうとする前向きさ。でも、それが、軽薄そうな感じに見えて、本人も、まるで何も頑張ってないって態度だから、悪く見える場合もあるだけ」

と、カモメ。

「僕もとってもいい子だと思うよ、女の子や自分より小さな子、お年寄りにも優しいし、頼りがいもあるから、男の子達からも慕われててリーダーシップもある。悪戯は愛嬌だよ。誰だって欠点の1つや2つはある。王子の場合、欠点と言うより、悪戯も長所に思えるけど、でも親からしたら何でも心配事になるのかもね」

と、シカ。

「王子がフォックステイルに憧れてるのも嬉しい事じゃない? コンプリートしたフォックステイルの絵本を専用の本棚に仕舞ってあるんだろう? もうオラの描く絵本を楽しみにする年齢じゃないのに、王子は、小さな子供みたいに純粋で綺麗な夢を持ってて、その夢をずっと大事にしてる。誰に何と言われようとも揺るがない。素敵だと思うよ。オラは、そんな王子を大切にしたいよ、だって、王子は、絶対、素敵な大人になると思うもん」

と、パンダ。

「それに、俺達のガキの頃の強さに比べたら可哀想だが、それでもなかなかの剣の使い手だ。今時の子にしたら、なかなかの剣術を身に付けてる。サボる事も多いけど、ちゃんと言われた注意点は、次までにマスターしてくる負けん気の強さもあるし、何より器用だ。努力あっての事だろうが、そつなく何でもこなす。お前の子だなと納得もするけど、お前の子にしちゃ上出来だと思う事も多い。それに、お前だけじゃない、あの心優しいネイン妃の子でもあるんだ。心配ない、俺達なんかより、ずっと、いい大人になる」

と、ツナ。

シンバは、フックスの寝顔を見つめ、

「セルトは――」

と、静かな間が開く。

「セルトはさ、フォックステイルに出逢って、あの時のボクに出逢って、笑顔になったと思ってた。でも今、彼は、何をしてるのかな。サードニックスが堕ちた時に、彼も亡くなったんだろうか。わからないよ、なんでサードニックスに子供がいるんだろう。セルトは何を思って、サードニックスに子供を置いておいたんだろう。ボクはセルトに何も教えれなかったのかな。そんなボクが、我が子を光ある道に導く事なんてできる訳がない。それどころか、セルトを、やっぱりサードニックスに置き去りみたいにしなきゃ良かった。気絶させてでも、ムリヤリ連れて帰ってれば――・・・・・・」

シンバは、セルトが何を考えて、サードニックスにいたのか、サッパリわからない。

わからないから、どんどん悪い方向へと思考がいってしまう。

「・・・・・・アレキサンドライトに、セルトらしいのがいるって聞いたよ」

シカの台詞に、皆、シカを見る。

「いや、今日、飛行機乗りの連中が話してるのを耳にしたんだけど、若い奴が、アレキサンドライトにいて、元々サードニックスにいた奴じゃないかって・・・・・・でもサードニックスの連中も幾人かアレキサンドライトに付いたって話もあって、その若い奴もサードニックスからアレキサンドライトに寝返ったんじゃないかってさ・・・・・・しかもシャークの片腕のような働きをしてるって・・・・・・かなり強いみたいだって話してたんだ。違うかもしれないけど、セルトかなって思ってさ――」

シカの話に、シンバはゴクリと唾を飲み込む。

「なんで・・・・・・なんでアレキサンドライトに・・・・・・だってアイツは、サードニックスのガムパスはカッコイイから、子供達が憧れるだろうって、子供がサードニックスになりたがるだろうって、それを阻止する為にサードニックスに残るって話じゃなかったのか? なのにアレキサンドライト!?」

シンバが声を大きくして言うから、フックスが起きそうになる。

だが、寝返りを打つと、またスヤスヤと眠ってしまった。

「落ち着けって。数年前とは変わったのかもしれねぇだろ。誰だって、時間の経過で人格は変わる。良くも悪くもなる。何よりセルトは賊と一緒にずっといたんだ、環境で、信念は崩される事もあるんだ。ましてや奴はあの頃、まだ子供だった。たった一人でサードニックスに残り、正義を貫くなんて無茶だったんだろ。でも、それを責める事は誰もできねぇ。俺達が、アイツを、1人にしたんだ。それについて、後悔しても意味ねぇだろ。シンバの言う通り、ムリヤリ連れ帰ってたとしても、きっと、またサードニックスに戻る。だから、今は、アレキサンドライトがここに攻めて来た時の対策を考えよう。人々をどこへ避難させるかが問題だ」

ツナにそう言われ、シンバはそうだなと頷く。

「やっぱりこのホテルにみんな逃げ込むと思うよ。それに上の階に泊まってる連中は荷物を取りに駆け込んで来ると思う。だけど、建物内に逃げ込むのが一番危険だよね。追い詰められてるようなもんだし、飛行船の大砲で、一気に建物を崩されたら、あっという間に死者が大勢出る。多くの犠牲者が出る前に、外へ避難させるべきだ」

シカがそう言うと、パンダが、

「でも外は賊達が待ち構えてる。戦える者は戦うだろうけど、戦えない人達は逃げるのに精一杯だろう? しかもどこへ逃げていいかわからないから、大慌てで、大混乱になる。でも広場など、見晴らしのいい場所に行くと、敵からも直ぐに見つかるから・・・・・・」

と、考え込むと、カモメが、

「そうか! だったら、見晴らし悪くしちゃえばいい! 雨を呼ぼう! ちょうど明日は雨が降るかもって予報なんだ。確実に雨雲を呼べば、賊達は雨の中、苦戦する。視界も悪くなるから、逃げ易くもなる! オイラは、一旦、カーネリアンに戻って、気象装置で、ジェイドエリアに雨雲を呼ぶ。当日パンダは、ジェイドの空を観察して、その様子を、オイラに逐一連絡。シカは睡眠薬を急ぎで作って、それを、あちこちにスプリンクラーとして設置しよう。で、当日、雨に紛れて、睡眠薬も一緒に降らせれば、誰かに危険物だと思われる事もなく、賊を眠らせられる。というか、賊じゃない人も眠っちゃうから、民と、賊を分けて、雨に当たらない場所に寝かせておくようにしないと。そうだな、設置する場所、考えて設置した方がいいね、祭りだから、子供達も大勢いる。子供達が雨の中で倒れて寝てしまうのはヤバいから、大人の背丈で考えて、更にスプリンクラーが睡眠薬を出す時間帯も考えた方がいいね。狙いは、できれば大人ばかりで眠らせよう。そう考えると、人手がいるよね。でも寝てる人を、移動させるのは、誰でもできる。シンバとツナは、立ち塞がる賊を叩き潰して行きながら、人々を安全な場所に誘導して、寝てる人に手を貸すよう、声をかけていくってのはどうかな。例えば、外で倒れている人を安全な場所に移動させるので手伝って下さいって、言いながら、人々を誘導するんだよ」

と、提案。天候を操る技術を持ったカーネリアンなら、雨雲くらい、簡単に呼べる。

しかも近くに雨雲が来てるなら、タイミング良く雨も降らせるだろう。

その雨に紛れさせ、シカの即効性のある睡眠薬を使うのも、いい考えだ。

その案でいくかと、シンバは頷いた。

次の日、朝から空の大陸は風祭で陽気に賑わう中、シンバもツナもカモメもパンダもシカも緊張していた。

そろそろフックス王子を呼びに行こうと、ツナが、ホテルのエレベーターに乗り込んだ時、待ってと、女性が駆けて来るので、ツナはエレベーターのドアを開けたままにする。

女性は、ありがとと、軽く会釈するので、

「昨夜の舞台の女の子・・・・・・伝説の飛行機乗りの孫だって?」

と、ツナは言いながら、何階?と、女性を見る。女性はツナを見て、

「最上階のスイート・・・・・・え? 嘘、アナタ・・・・・・フォータルタウンでオクトパスと戦った時の――・・・・・・」

そう言った後、ツナの格好を見て、

「騎士だったの!? やだ、ホントに? 嘘みたい・・・・・・通りで強い筈だわ、しかもその胸のメダル! 騎士隊長の称号よね? 騎士隊長の証を持ってるって、騎士隊長みたいじゃない? え、騎士隊長なの!? やだ、嘘、ビックリ!」

と、微笑むのはリンシー・ラチェットだ。

「最上階のスイートって、お宅もかなりのもんだな、歌姫」

「リーフが泊まってる部屋なのよ」

「へぇ、相変わらず、いいご身分だ、しかも、女を朝から呼び出せるのもな」

「違うわ、リーフが連れて来た少年を見に行くとこ。ちょっとスネてるのか、布団に潜って出て来ないらしくてね」

「へぇ、奴が連れて来たガキの世話まですんのか、大した世話女房役だな。それも本望か? 相手は世界最速の男として名が通ってるしな。相手に不服はねぇだろ」

「その言い方だと惚れてるのは私みたいじゃない? リーフの方が私に夢中なの」

「どうでも」

「変わらないわねぇ、アナタ、一度会ったあの頃のままだわ、変わらず仏頂面」

「アンタはオバサンになったな」

「は!?」

「いや、そうでもないか」

と、ラビと比べるのは違うなと、直ぐに、そう言い直すツナ。

「それはそうと、世界最速野郎はなんでガキなんて連れてんだ?」

「自分が飛んでるトコを見せたくて、連れて来たらしいわ、どうしても見せたいんですって」

「どうしても?」

「カッコイイとこ見せたいんでしょ、自分に憧れさせたいのよ、その子が憧れてるのはサードニックスらしいから」

「ハッ! あのサードニックスに憧れてたガキが、いっちょまえになりやがって」

ツナが、そう言うと、エレベーターのドアが開いて、下りると、振り向いて、

「リーファスが飛ぶまで、祭りが続けばいいな」

そう言った。どういう意味?と、リンシーは聞こうとしたが、ドアが閉まり、エレベーターは上へと向かう。

「ツナ!」

「シンバ、どうした?」

「フックス知らない?」

「またいなくなったのか!?」

「多分、祭りに行ったんじゃないかと思うんだけど・・・・・・リーファスが飛ぶ所見たいって言ってたからさ」

「チッ! なら、もう一度、下りて、外に出るか」

と、ツナはエレベーターのボタンを押す。

「あぁ、もう! アイツ、ホント、なんでこうなんだろう! あんなに大人しく、じっとしてろって言ったのに!」

ブツブツ文句を口の中で言うシンバ。

そして二人、エレベーターに乗り込む。

「お妃様が一緒に来なくて正解だったな」

「うん、ネイン、悪阻が酷いって、大変そうだったからさ。だからボクも、ネインの傍にいてやりたかったのに、フックスが風祭に行くって聞かないし、ネインも連れて行ってやってって言うし」

「悪阻、そんなに酷いのか?」

「うん、あのネインが、何も食べたくないって」

「そりゃ驚きだな、フックス王子の時は、結構食べてたのにな」

「それはそれで食べづわりって奴らしいよ」

「イロイロあんだな。女って大変だ」

「だね。ホント、ボクの子でもあるのに、ネインばかり辛い思いさせて、申し訳ないよ、ちゃんと感謝しないとだね」

「でもまぁ、今回は良かったじゃねぇか、お妃様も一緒に来てたら大変どころじゃねぇからな」

「だね」

「それに、フックス王子がいない間は、お妃様も少しはゆっくりできるだろ」

「まぁ、そうだね。ていうか、フックス、あれで、お兄ちゃんになれるのかなぁ」

「なれるだろ、お前だって、バニのアニキなんだし」

「それを言うなら、ツナもバニのアニキでしょ。ボク達じゃなく、ジェイド王のような、妹思いの兄であってほしいよ。弟かもしれないけど」

「お前がジェイド王を良く言うなんてな」

「いや、ジェイド王は、ボクを未だ敵視してるから、ボクも敵視してるけどね、あの人、妹想いではあるからさ。ボクを敵視してるのも、ネインを想っての事だろうし」

「そのジェイド王はもう来てるんだよな? お前、挨拶に行かなくていいのか? お妃様がいないから、そこ、ちゃんと挨拶しとかないと後々ヤバいだろ」

「ツナが睡眠薬入りのスプリンクラーの設置に行ってた時に、シカと一緒に挨拶して来たよ、そしたら、またちょっと嫌味言われてさ、ムッとしちゃったよ」

「嫌味? まぁ、いつもの事だろ」

「ネインとフックス王子は来てないのかって言われてさ、ネインは妊娠の事、まだジェイドに報告してないって言ってたから、ボクから言えないと思って、二人共、祭りにはしゃぎ過ぎて、疲れて、まだ寝てるって言ったら、カーネリアンの妃と王子に逢えると楽しみにして来たのに、会いたくもない者に会いに来た訳じゃないんだがな、だってさ。ボクだって会いたくないよ、仕方なく挨拶に行っただけなのに」

「大変だな、お前も」

と、苦笑いのツナ。

「レオン王子も来ててさ、ビックリしたよ。王子として、キチンとした挨拶して来てさ、ボクに気遣って、父の態度は気にしないで下さいって、悪い人ではないんですけど、少し偏屈なんですよって、父親のフォローもしてたよ。フックスと違って、しっかりした王族のオーラ放ってた。あのレオン王子が、フックスと同年齢とは思えない。ま、身長は、レオン王子、ちょっと低いけどね」

「比べたってしょうがねぇだろ」

話をしながら、エレベーターを下りて、広いホテルのロビーに着くと、外に出て、雲行きが怪しい事に気付く。雨が今にも降りそうだ。

「カモメの奴、うまく雨雲呼べたみたいだな」

暗くなる空を見ながら言うツナ。

雲の多い灰色の空に、色鮮やかな飛行機達が飛んでいく。

そして、大歓声が聞こえ、リーファスの番が来たんだと思った時、

「アレキサンドライトだ!!」

シンバが目を細め、遠くの方の空を指差して叫んだ。

「やべぇ!! 早く王子を探さなきゃ!!」

と、ツナが人混みの中、走って行き、シンバもツナの後に続くように走り、だが、船の接近に人々が気付き始め、皆が、ホテルの中に入って行くから、

「ちょっと!! ちょっと待って!! 建物の中に入るのは危険です!!」

と、人々に叫び出す。

「しまった、雨が降りそうって、ホテル内に戻った人も多くいる!」

シンバは人々の流れに流されるまま、自分もホテル内へと入った途端、ドンッと大きな揺れる音に、身を揺らした。

アレキサンドライトの船から大砲が投げられているのだ。

悲鳴を上げながら、人々は階段を駆け上っていく。

シンバもそのまま人の流れに押されながら駆け上り、

「上へ行っても逃げ場はありません!! 部屋に閉じ籠もっても危険ですから!! 賊はノックなんてしてくれませんよ!! ドアを蹴破り、中に入って来ます!! 逆に逃げ道のない部屋で殺されるだけです!! 外に逃げて下さい!!」

大声で叫び続けるが、パニック状態の人々に、その叫びは届かない。

寧ろ、悲鳴や泣き声で、シンバの声など掻き消されている。

何階くらい上に来ただろうか、流されるまま、流されて、押され続けながら、どんどんと上りたくもない階段を上り続けた。すると今度は逆流してくるから、シンバは転がされてしまわないように手摺りを咄嗟に掴んだ。

何事かと上を見上げる。

人々が悲鳴を上げ、叫びながら、階段を下りて来る。

押して押されながら、中には倒れてしまい、人々に蹴られて踏まれて、気絶してる者も現れる程、恐ろしいパニック状態。

――なんで急に人が下りて来たんだ?

――そりゃ外に出るには下へ行くのが正解だけど?

どんどん下りて来る人々に、シンバは手摺りに掴まったまま、流れに逆らって上に向かう。

誰か逃げ遅れた人がいるかもしれないと思ったからだ。

そして、誰もいなくなり、広くスペースがある場所で、シンバは、賊に出会う。

剣を片手に持って、

「チッ! まだいやがった。邪魔だっつってんだろ、ここから先は通さねぇ。殺されたくなけりゃぁ、さっさと下へ行け!」

と、仁王立ち。

立ち尽くして、その男を見つめるシンバに、

「早く下へ行けっつってんだろ!! 急いでんだよ、俺は!!」

男はそう怒鳴った。

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・なんで・・・・・・?」

「あぁ!?」

「なんで・・・・・・避難させてるの? キミ、賊なんだよね・・・・・・?」

「は? 別に避難させてねぇし!! 邪魔だから邪魔っつってんだけだろ!!」

「いや、でも・・・・・・どう見ても避難させてるよね?」

「テメェにゃぁ関係ねぇだろう!! さっさと行けよ!! 邪魔なんだよ!!」

そう言った男の腰にぶら下がっているのは、キツネの尻尾アクセサリー。

フォックステイルだ。

シンバは、そうかと、そうだったのかと、全てを悟る。

「早く行けよ!!」

「・・・・・・」

「俺は急いでんだよ!! ガキをとっ捕まえなきゃなんねぇんだ!!」

「そのガキって・・・・・・サードニックスの――?」

「なんなんだテメェ、さっきから? どっかの国の騎士か何かか? 風祭で来てたのか? どうでもいいが、サッサとホテルから出て行け! こんなデカイ建物、大砲で崩れるのがオチだ! サッサと逃げろよ! 邪魔だから!」

「・・・・・・」

黙っているシンバに、

「知らねぇぞ、忠告したからな! もう勝手にしろ!!」

と、シンバの横を通り抜けた瞬間、

「大芝居だな、フォックステイル」

シンバが、そう言った。男は足を止める。

「キミ、フォックステイルだろ?」

シンバが、そう言うと、男は振り向いて、目を丸くして、シンバを見る。

「キミ、フォックステイルだろ」

シンバが、もう一度、そう言うと、男は、

「お前・・・・・・誰だ・・・・・・?」

と、酷く驚いた顔で、眉間に皺を寄せて、聞いた。

「キミの大芝居はサードニックスにいる少年の為? あの少年、もしかして、ジェイドの王子じゃないかなぁ? ジェイドには双子の王子が生まれた。けど、ジェイドで双子は不吉だと言われている。しかも、双子の一人はラブラドライトアイの持ち主だった。悪魔の印と言われる瞳を持って生まれた王子は、処刑される筈だった。でもジェイド王はできなかった。うん、そうだ、確か、調度、その頃だな、ジェイド王から、ラブラドライトアイの事で、悪魔の印であると言う書物の他に、何か、ないだろうかと、聞かれたのは――」

「・・・・・・」

「ラブラドライトアイは地上では悪魔の印だが、空では天使の印だと、そう話したら、成る程と、頷いて、その話は、それっきりだった。でも、ジェイド王は、その話しで、希望を持って、空を支配している者に王子を託した。恐らく、多額の金も、渡っただろう、その頃のサードニックスは、金に困っていただろうから。ガムパスは、多額の金額と、赤ん坊の王子を引き取り、キミに渡したんじゃないか? まだ赤ん坊だった王子を放り出す訳にはいかず、キミは、サードニックスで育てて来たが、そろそろ自立もできる年頃だと、放り出したくても、思いの他、王子はサードニックスへの忠誠心が強かった? いや、ガムパスにはそれだけの魅力があるんだろうな、キミは言っていたもんな、ガムパスはカッコイイって――」

「・・・・・・」

「それとも、育ててくれたキミをカッコイイって思ってるのかな、なんせ、キミはホントにカッコイイよ。なんにせよ、王子をサードニックスから追い出せないままでいると、ガムパスが、王子にサードニックスを継がせるなんて言い出した。噂でね、ガムパスが子供を育て、将来、サードニックスを背負わせるつもりだって聞いたんだ、てっきり、それはキミの事かなって思ってたよ」

「・・・・・・」

「だからキミは考えた。賊というものがどういうものなのか、王子に見せて、わからせようと、態々、キミはアレキサンドライトに寝返って、裏切りの大芝居を打って見せた。いや、見せてる最中かな? この推理は、ほぼ当たり? ハズレ?」

「アンタ・・・・・・何者なんだ・・・・・・?」

「まだわからない? ボクの事?」

「いや!・・・・・・いや、でも、俺の知ってるフォックステイルとカラーが違う」

そう言われ、シンバは自分の頭に手をやり、

「あぁ! これが地毛の色だ、目の色も、フォックステイルやってた時はカラーチェンジしてた」

と、自分から名乗り出てしまった。

「フォックステイル・・・・・・本当にアンタあの時のフォックステイルなのか?」

そう聞かれ、

「セルト、大きくなったな。驚いたよ」

と、シンバは笑顔になるが、セルトは、嬉しい筈なのに、切なそうな表情をしたと思ったら、どんどん悲しい表情になり、今にも泣きそうになる。

「セルト?」

俯いて、少し肩を震わせているセルトに、そうだよなと、シンバは思う。

自分がフォックステイルをやってた時、仲間がいた。

でもセルトはたった一人でずっとやっているんだ。

「セルト、ごめんな、キミを1人置いて来た事、あれは良くなかった。キミが、そうしたいと言っても、ダメだと連れ帰るべきだった。1人で、辛かったよな。誰にも、話さえ、聞いてもらえなくて、苦しかったよな。よく頑張って来たよ。よく頑張った。ホントに、よく頑張ったよ。もういいって言いたいくらいだ」

俯いたまま、首を、横に振り続けるセルト。

「なぁセルト、聞かせてくれ。どうして、こんな大芝居を? 幾らなんでもやりすぎじゃないのか? アレキサンドライトに寝返ったんだよな? それで良かったのか? 相手は正義とは程遠い、あのシャーク・アレキサンドライトだ。セルト自身の人生だってあるんだぞ?」

セルトは顔を上げ、シンバを見る。その目は真っ直ぐだ。

「ガムパスに憧れて、サードニックスに入りたいって子供は沢山いた。その度に、ガキなんて足手まといだって、俺が追い出してた。でもサードニックスにジェイドの王子が赤ん坊の頃に来た。赤ん坊だったから追い出せなくて、オヤジが面倒みてやれって言うから、俺が育てて来たんだ。なんでも俺の真似するから、剣も教えた。賊の中にいるから、戦いは避けれないし、それでも俺が守って来たけど、戦いが大きければ大きい程、守りきれなくて、だから、アイツには二刀流で、ガードできる短剣を持たせた。攻撃だけしかしない賊には必要ない武器だけど、防御をする事を覚えさせて、なるべく、怪我をさせないよう、そうして来た。大事に育ててきた。本当に、大事に育ててきたんだ――」

なんて顔して話をするんだと、セルトの悲しみでイッパイの表情に、シンバは苦しくなる。

「でも、ある時、俺、気付いたんだ。赤ん坊の頃は、よく泣いて笑ってたアイツが、ある時から笑わなくなったって。俺がどんなに笑わそうとしても、目は違う色になるのに、顔は全然笑ってなくて、ポーカーフェイスを装うようになった。子供が、賊として生きる為に感情を殺してんだよ。俺、アイツを大事に育てて来て、本当に大事に育てたから、離したくないって気持ちもあって、一緒にいたくて、このままでもいいかなって思ってたとこあって・・・・・・でも笑わないアイツに、このままじゃ駄目だって、気付いたんだ。賊ってガキから笑顔を奪うんだなって。こんな事してる場合じゃねぇって。賊から救わなきゃって。それがフォックステイルじゃないかって――」

「セルト・・・・・・」

「俺、フォックステイルなのに、何やってんだって――」

「セルト・・・・・・」

「アイツは強くて、オヤジも気に入ってて、サードニックスを背負って行くなんて話も出た。それは、アイツが、一生、賊として生きていくって事だ。そんなの・・・・・・そんなの絶対に駄目だ。でも、その話は、アイツを更生させるチャンスだって思った。俺がサードニックスを背負う筈だったのにって、アイツを責めて、追い出せるチャンス。でもアレキサンドライトが攻めて来て、サードニックスはアレキサンドライトの手の中に入った。これでアイツは賊から離れられるかと思ったら、シャークがアイツの出生について勘繰り出して、サードニックスの連中が、アイツが来た頃の話しをシャークにしやがったから、シャークは、ジェイド王を脅す事を考え出した。ガムパスは・・・・・・オヤジはもう体もヤバくて、あっさり捕まりやがって・・・・・・そしたらあのバカ! オヤジを助ける為にシャークの船に乗り込んで来た! それだけオヤジに忠誠を誓ってるんだ。簡単にサードニックスを裏切る連中じゃなく、アイツは生まれて直ぐにサードニックスとして育ったから、サードニックスしかないんだ。本当は普通の子供なのに・・・・・・もっと笑ったりできる筈なのに・・・・・・俺がそんな風に・・・・・・俺がそんな風に賊として育ててしまった・・・・・・」

「・・・・・・」

「だから俺が見せてやるんだ。賊は裏切って当然だと。そう教えた筈だろうって。賊は仲間だって殺す。そう言った筈だろうって。俺がその見本となるんだ。そうするには、俺がアレキサンドライトとなって、今、ピンチのサードニックスを裏切って、シャークの魂胆に協力し、アイツを本気で叩き潰す勢いで戦って、こっぴどく痛い目に合わせなきゃダメなんだ。賊はこういう奴等なんだって、町や人々を襲って、楽しんで高笑いしてるんだって事、ちゃんとわからせたいんだよ。アイツが、ちゃんと光ある新しい道を選ぶ為に! 幸い、さっき、アイツと少し戦ったら、アイツは、俺に憧れてたけど、もう、その感情は捨てたって言ってた」

「・・・・・・そんな事して、セルトが、辛いじゃないか――」

「俺はいいんだ、俺は、アイツさえ、笑顔を取り戻して、真っ当に生きてくれれば、それでいい。俺は悪でいい。だから、俺にとったらサードニックスもアレキサンドライトも、どっちも同じ。確かにオヤジの事は好きだが、オヤジも自分が賊だって事、よぉく知ってるし、賊の汚い中で生きて来たんだ、俺がアレキサンドライトになった所で、どうも思わない。また俺がサードニックスに戻ったとしても、好きにしろって言うさ。去る者追わず、来る者拒まずの自由を好む風のようなオヤジだから――」

「セルト、キミはずっと独りで、そうやって、闇の中、生きて来たんだね・・・・・・」

独りでは、抱えきれない事を抱え込んでいるセルトに、悲しくなって、シンバが、泣きそうになってしまう。すると、

「笑えよ、フォックステイル」

セルトが、そう言ったので、シンバはセルトを見ると、セルトは笑顔を見せた。

「アンタが教えてくれたんじゃないか、星は晴れてるから見えるんだって。晴れてなきゃ星は見えないんだって。闇の道を進んでても、晴れてれば星は見える。僅かな光が届いてる。僅かでも小さくても、それは光。いつも晴れた気分で笑ってれば光は届く――」

「セルト・・・・・・」

「一度も忘れた事ないよ」

うんと、頷くシンバ。

「俺はね、賊の中で育って来ても、どんな時もずっと笑顔でいた。笑う事ができてた。俺が、誰かの目に、賊に映ってようが、サードニックスだろうが、アレキサンドライトだろうが、賞金首だろうが、もしくは、名も知られないチンケな賊だろうが、そんなの、どうでもいいんだ。そんなのは世間から見ただけの俺だから。だって俺の本当の正体はフォックステイルだから。だから、俺は賊じゃないから、笑えてる。大丈夫だったよ。闇の道を歩いてても、俺には、ちゃんと光が見えてた。ちゃんと笑えてた」

なんて優しい子なんだと、こんなに辛い時に、笑って見せてくれるセルトに、シンバは、少しでもセルトを疑った自分を、心底バカだと思った。

ちゃんとフォックステイルとしての魂がセルトに受け継がれている。

そう、だから、あの時、シンバはフックスの形見であるキツネの尻尾アクセサリーをセルトに渡したのに、なのに、セルトを疑ってしまった。

一番、疑ってはいけない事なのに――。

「セルト、その子を倒した後の事は考えてる?」

「・・・・・・いや」

「やるなら、とことん、こてんぱんにやっつけておいで。絶対に、二度と、賊に戻れないくらいに」

「え?」

「そしたら、キミも心残りなく、賊を抜けられるだろう」

「え、あ、え?」

「その子は、飛行機乗りのリーファス・サファイアが、きっと、大事に育ててくれる。そして、キミは、ボクの所においで」

「ど、どういう・・・・・・?」

シンバの言葉の意味がわからなくて、セルトは、困惑していると、

「パパ?」

と、誰かの声がして、見ると――・・・・・・

「フックス、お前、ホテルの部屋にいたのか?」

「パパ、その人・・・・・・」

今更かもしれないが、フックスに賊だと言われると、セルトが傷付くだろうと、シンバは思い、誤魔化した方がいいと思ったのに、

「フォックステイルだ!!」

と、フックスが嬉しそうに叫ぶので、シンバは驚く。勿論セルトも驚く。

「キミ、フォックステイルだろ?」

と、セルトに近付いていくフックス――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る