19.解かれた魔法

シンバがカーネリアンの王子になって、数ヶ月――。

やっと街にも少しだけだが、人が増え始め、国として申請した結果、世界地図にも載るようにもなったが、やはり独立した国扱いで、未だ、世界からは孤立した島国という印象を拭いきれない。それも仕方がないのは、カーネリアンには魔法学校というものがあり、魔法使いを育てていると言う国の名所をガイドブックにも載せていて、そんな怪しげな国と同盟を結んでくれる国もなく、カーネリアンとしては平和主義を主張したいのだが、どの国からも敬遠され、現状はとても厳しく、世界的な立場は危うい状態であった。更に、他国から敬遠されているどころか、嫌われている理由は、この国では、賊も裁かないという法があるからだ。しかも、賊をしていた者が足を洗い、真っ当な生活へと立ち返る為の支援として、元賊でも、民として受け入れていると言う事。

なかなか民が集まらないのも、当然だ――・・・・・・

「だからってさ、まだ早い気がするんだけど」

ジェイド王国に来て、オロオロオドオド、情けない顔で、情けない声で、そう言ったのは、シンバ。そんなシンバの背をバシンと喝を入れるように叩き、

「早くキメねぇと、誰かに先越されたらどぉすんだよ、王子!」

と、カーネリアンの軽装備ではあるが、鎧を身につけて騎士をしているのはツナ。

そのツナの横で、カーネリアンの紋章の入った前掛けをして、騎士気取りで立っているのはリブレだ。

「でもまぁ、ずーっと、こんな広告出してるくらいだから、今更、誰にも先越されないとは思うけど」

と、一枚の用紙を見て、そう言ったのは、カーネリアンの紋章の入った白衣を着たドクターのシカ。

「〝見るも無残な醜い王子と結婚致します、我こそは醜い王子であると自信のある者はジェイドのネイン姫と婚約の契約をし、結婚の話を進める為、お越し下さい〟か。ま、こんなのオイラ達の魔法で簡単にクリアだね」

と、シカから用紙を奪って、内容を読み上げて、そう言ったのは、如何にも学校の先生と言うようなトレッドスタイルで身を固めたカモメ。

勿論、着ているセーターの胸にはカーネリアンの紋章入りの魔法学校のエンブレムが刺繍されている。

「魔法使わなくても、シンバなら醜い王子を素でいけたりして」

と、笑えない冗談だと、シンバに睨まれる事を言ったのはパンダ。

格好は普通なのだが、相変わらずのふくよかさと、憎まれ口も愛嬌にするパンダのキャラは変わりなく続いている。

手が黒インクで汚れていて、それは絵本作家である為の仕事の汚れ。まだ絵本は、カーネリアン以外の国では、一冊も売れていない。

兎も角と、皆で、足取りの重いシンバを引き摺るようにして、ジェイド城へ連れて行き、受付を済ませると、姫の婚約希望者待合室と書かれた部屋に通された。

「・・・・・・なんだよ、思った以上に、人来てんな」

待合室で待っている人を見て、ツナが呟く。

「やっぱり結構モテるんですねぇ、ネイン姫」

シカのその呟きに、

「この中で本気でネイン姫を好きで、婚約希望してる王子は、うちの王子だけだよ」

と、カモメ。そうかな?と、シンバがカモメを見ると、パンダが、

「みんな、ジェイドって大国と仲良くやりたいだけか。不純だな」

そうぼやいた。

でも不純だからこそなのか、それとも本当に気に入られないのか、皆、フラれて帰っていくみたいだ。

「やぁ! 見かけない王子だね。もしかして初見合い? 僕は今日で3回目だ」

と、見知らぬ王子が、声をかけて来た。そして、シンバを上から下まで見ると、チラッと、シカの方を見て、またシンバを見て、シカを見て、

「キミが王子?」

と、シカに問うので、シカは、

「いいえ、我が王子はコチラの方です」

と、シンバを手のひらで差した。

「あぁ、そうだよね、そうかなぁ?とは、ちょっと思った。着てるモノがね、少し貧・・・・・・んッんんッ、失礼! 喉がちょっとね、シンプルな着こなしでおられるし、しかも、その装いが似合っているから、もしかしたら付き人の方かなぁとも思って。よろしければ、どこの国の王族なのか聞いても?」

シンバは頷き、丁寧に手を差し出し、握手を求め、笑顔で、

「カーネリアンから来ました」

そう言ったが、相手の王子は、シンバの手を無視し、

「カーネリアン? あぁ! 知ってるよ、小さな島国だ。最近、新しくできた国だよね?」

そう言うので、シンバは、苦笑いで、手を引っ込め、

「いえ、昔からある国なんですけど、戦争被害から、最近復興したんです」

そう言った。

「へぇ、戦争? じゃぁ、随分と長い間、壊滅状態だったの?」

「はぁ、まぁ、気候も酷い状態が続いてたので、なかなか・・・・・・あ、でも、今は穏やかな気候が続いてて、住みやすくなったんです」

「へぇ、そうなんだ。それで復興したって訳か、フーン、成る程ねぇ。いや、わかるよ、ジェイド姫に気に入ってもらって、国を少しでも有名国にしようと言う魂胆だろ? 資金援助なんかも期待してるんだろう?」

と、嫌な笑みを浮かべ、クズでも見るような目と、好感のない口調で、そう言われ、最初にムッとしたのはツナ。

「俺が賊のままだったら、瞬殺してるぞ」

そう呟き、おいおいと、賊でも殺さないツナくんだろう?と、シカに、苦笑いで突っ込まれる。

「カーネリアンは既に有名ですよ。イロイロと問題の多い、妙な国だと言われてますから。資金は、確かに、なんとかしたいと思うトコですが、援助してもらおうとか、そういうのは思ってなくて、只、ボクは、ボク自身を見てもらって、ボクもジェイドと言う国ではなく、ネイン姫自身を好きになっていきたくて、いや、もう既に好きなんですけど、なんていうか、だから、2人で将来を見つめて、一緒に歩いて行ける関係を築けたらと考えていて・・・・・・」

えへへと、ニヤニヤしながら、顔を赤らめ、頭を掻きながら、そう話すシンバに、

「は?」

と、眉間に皺を寄せ、

「ネイン姫自身を? どこの姫に比べてもブスだぞ、ここの姫は!」

そう言い放たれ、これには、シンバだけでなく、ツナも、カモメも、パンダも、シカも、

「ブスじゃねぇよ!!」

と、口悪く怒鳴るから、周囲が、ザワッとした。

「何言ってるんだよ、ブスだよ。それがコンプレックスなんだ、だから醜い王子と結婚したいんだ。自分が蔑まされないようにね。だが醜い王子なんて、存在しないに等しい。だからこうして何回でも契約に来て、チャンスを待っているんだよ。いつかは諦めてネイン姫も誰かと結婚を考えるでしょうからね。ま、うちは、資金などは、必要としませんけどもね!」

そう言って、嫌な笑いをしている王子に、リブレもイラッと来たのか、唸り始めた。

「大体、カーネリアンの王子、アナタだって、ネイン姫の事を何も知らないでしょう。なのにこうして婚約の契約に来たのは、この大国を手にしたいからじゃないですか?」

痛いところを突いただろうとばかりのドヤ顔で言う王子だが、どこも突かれてないシンバは、

「ネイン姫は本当にブスじゃないですよ・・・・・・寧ろ、とっても可愛い。それくらいは知っておいた方がいいのでは?」

などと、相手に忠告する。そんなシンバに、ツナもシカもカモメもパンダも、大きく頷くから、馬鹿にされたと思った王子は、フンッと鼻息を飛ばし、話にならないと、背を向けて、シンバの目の前から立ち去ってしまった。シンバは気を悪くされたのか?と、でも気を悪くしたのは、コッチだよねぇ?と、みんなを見る。

「なんかヤだねぇ、金目当てみてぇな奴ばっかみたいで。王族ともなれば、金なんて、気にもしねぇもんかと思ったら、賊と変わんねぇなぁ」

と、ツナ。

「逆じゃない? 王族とか、そういう連中のが、金に汚そうだよ。悪い人間を作り出すのは、上に立っている人間って言うじゃない?」

と、カモメ。

「言うの?」

と、パンダ。

「カーネリアンから悪い人間が出ない事を祈るよ」

と、シンバ。

「大丈夫じゃない? 人数も増えれば、悪い奴も増えるってだけで、全ての悪が、王族達のせいにはならないよ。ていうか、待ち時間が退屈だねぇ、煙草吸っていい? ここで吸っていいのかな? 灰皿ある?」

シカがそう言って、懐から煙草を出すから、俺の横で喫煙すんな!と、ツナが怒り出す。

「仕方ない、外で吸ってくるか」

と、シカが、外に出ようとした時、騎士がドアを開けた。すると、皆、あれはジェイドの若き騎士隊長だと、声を上げる。

「レオンだ」

シンバがそう言うと、ツナが、

「ジェイドの騎士隊長ってのは有名なんだなぁ、どの国もレオンに敬意を示した態度とってるぞ。俺もカーネリアンの騎士隊長なんだけどもな」

と、ちょっと気に食わなそうな顔付きをする。

「ツナの場合、ライガさんがジェネラルとして隠居に入ってるから、隊長になっただけで、しかも騎士が他にいないからであって、ジェイドの大勢いる騎士達の中で選ばれたレオンとは違うでしょ。しかもレオンは他国の兵士だったんだから、偉い出世だよ」

「態々、ご丁寧な説明ありがとよ、パンダ」

「痛い痛い痛い! 顔を抓って引っ張らないでツナ! オラの顔が伸びるぅ!」

ツナとパンダがじゃれていると、レオンが、

「次の方、王の間へどうぞ」

そう言って、メモを見ながら、次の国の名を確認している。その次の国の王子が、王の間へ向かおうと、レオンに向かって歩き出した時、レオンの背後から、

「よう! やってるねぇ、今日も婚約者選び!」

と、陽気な声で現れたのは、

「オグルさん」

レオンの言う通り、オグル・ラピスラズリだ。

「オグルさん、今日は何の用で?」

「つれない言い草するなよ、騎士隊長殿! 立ち寄っただけだ、文句あるか?」

「ありませんよ、アナタは飛行気乗りの英雄だ、気まぐれで城内に無断で出入りするのも特権です、誰も不法侵入だと責めたりしません」

「肩書きは大事だねぇ。それにしても、そろそろ婚約希望者も姫さんの魂胆に諦めて数が少なくなったと思ったが、まだまだ諦めねぇ国がいるんだな」

と、オグルは、レオンからメモを奪い取るようにして見ると、目をメモの下へと移していき、

「・・・・・・カーネリアン?」

と、メモに書かれた国の名を口にした。すると、レオンもオグルの手の中にあるメモを覗き込んだ後、オグルと共に、部屋の中をグルッと見渡し、シンバ達を見つけた。

「テメェ等!!!!」

レオンよりも早く先にシンバ達を見つけたオグルは、シンバ達を指差すと、物凄い剣幕で、そう叫び、ズカズカとシンバ達の所へ来るなり、シンバの胸倉を掴み、

「よくも俺をコケにしてくれたよなぁ!! フォックスイヤーも傷つけてボロクソにしやがって!!」

そう叫んだ。周囲がザワザワし、皆、どこかの国の王族達は、シンバ達から、厄介事っぽいなと、遠ざかって行く。

「ちょっ、ちょっと何の事かサッパリわかんないんですけど、オグルさん」

シンバは、そう言いながら、苦しいから離してと、オグルの手を解こうとする。

「行き成り現れて、そんな喧嘩腰で胸倉掴むなんて! 幾ら伝説の飛行機乗りとは言え、失礼ですよ!」

そう言ったシカに、

「何言ってやがんだ!? 失礼ってのはテメェだろ! 行き成り現れて、俺を椅子に縛り付けた事! 忘れたとは言わせねぇぞ!」

そう怒鳴るオグル。何の事やら?と、すっとぼけるシカに、

「いや、あれは本当に縛り付けてて、長い時間あのままだったんだから、ホントちょっと可哀想だった」

と、パンダが言い、

「それ、オイラ知らないんだけど?」

と、カモメが、クエスチョン顔。

「とりあえず、うちの王子から手を離してもらおうか、伝説さんよぅ」

ツナが、そうでなければ、こっちは剣を抜くが?と、オグルを睨みつけ、オグルは王子?と、シンバを見て、手を離した。

「王子って、誰がだ? オメェ等・・・・・・フォックステイルだろう?」

「何言ってるんですか、オグルさん?」

「だから、お前はフォックステイルなんだろうが! もう誤魔化すな!」

「あぁ、そういえば、そんな事、言ってましたね、まだ言ってるんですか?」

「お前も、まだトボけんのか、旅の芸人だか、大道芸人だか、そのトボけ方はうまかったが、王子は笑えねぇぞ」

オグルがそう吠えた時、

「オグルさん、カーネリアンの王子と知り合いなんですか?」

と、レオンが近付いてきて、シンバにペコリと頭を下げて、そう聞いた。オグルはレオンを見て、王子?と、眉間に皺を寄せる。

「彼はカーネリアンの王子です」

そう言ったレオンに、オグルは、王子?と、更に眉間に皺を寄せ、シンバを見る。

「ボクはカーネリアンの王子です」

そう言ったシンバに、また王子?と、険しい顔になるオグル。

「何故、カーネリアンの王子をフォックステイルだと? 私も、空の大陸で、フォックステイルには会っているので、実在する人物だとは思っているのですが・・・・・・?」

レオンがそう問うので、シンバが、

「オグルさんは、ボク達が、世の動向を知る為に、旅をしていた時、カーネリアンに一時帰国したくて、その時に飛行機を出して下さったんです」

と、レオンに説明し、

「その節はありがとうございました。無事に、カーネリアンに着けて、感謝していたんです。まさか突然、あの後、吹雪が止むと思ってもなかったもので、飛行機で再び迎えには来ないと思い、カーネリアンから船で旅立ってしまって。うちの騎士将軍であるライガから話は聞きました。迎えに来てくれたそうですね?」

オグルは思い出す、あの時の老人の事を――。

〝・・・・・・なんで国の騎士が、あんな大道芸人の旅のニイチャン達の頼みを聞くんだ?〟

〝・・・・・・今は明かせぬが彼等の正体は必ず明かされる――。その時にわかる〟

老人が言った台詞。あれはフォックステイルと言う意味ではなかったのか?と、シンバをもう一度見る。

ニッコリ笑顔のシンバに、王子だと?と、眉間に皺を寄せる。

「オグルってのは、目が見えねぇ、老人の騎士か?」

「そうです」

頷くシンバに、チラッとレオンを見ると、レオンと目が合い、レオンは、何か?問題でも?という顔で、オグルを見ているから、

「まるでキツネにつままれた気分だな。俺は・・・・・・王子様を国に送っただけだった・・・・・・? そうなのか?」

そう呟き、オグルは、まだ信じられないと、眉間に皺を寄せてシンバを見る。

「スイマセン、身分を明かせませんでした。カーネリアンは停止状態の国で、活動させるには資金が必要で、それに島国の為、他国との交流もなく、いえ、危険空域とまで言われた吹雪で、誰も寄せ付けない封印されたような場所でした。まずは世界がどう動いているのか、この目で確かめたく思い、側近達と共に、世界中を旅していました。カーネリアンの血族者だと知られると、偏見もあると思いまして、只の大道芸人と名乗っていました。今思えば、オグルさんには本当の事を伝えるべきでしたね。そしたら妙な誤解をなさらずに済んだでしょう。本当に申し訳ないです」

頭を下げるシンバに、オグルは、自分の勘違いで、コイツ等は本当にフォックステイルじゃなかったのかと思い始める。だから、

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・いや・・・・・・こちらこそ・・・・・・勘違いで申し訳ない・・・・・・」

うまく納得はできずに、途切れ途切れ、そう言って、それでも頭を下げ、ツナを見て、

「そうか、アンタ、どこぞの騎士だって言ってたよな」

と、言うから、ツナは、そりゃアンタが言っただけで、俺は頷いただけだよと思ったが、今回も黙って頷いておく。

「それでフォックスイヤーは?」

と、シンバは、心配する余り、聞かずにはいられなかった。

「え?」

「フォックスイヤーがどうとか言ってボクの胸倉を掴んで来たじゃないですか。ボク達、カーネリアン迄フォックスイヤーに乗せてもらってるから・・・・・・」

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・フォックスイヤーがフォックステイルに奪われてな・・・・・・」

「その話なら・・・・・・一応、ライガから聞きました・・・・・・ボク等を迎えに来た時だったそうですね・・・・・・それでフォックスイヤーは戻らなかったんですか?」

「いや、戻って来たんだ。それで機体がボロボロで傷だらけのまま、倉庫に置かれてて」

「弁償もしねぇのか、そのフォックステイルって奴は」

ツナがそう言うと、いいやと、オグルは首を振り、

「宝石と金貨を幾つかフォックスイヤーの操縦座席に置いてあった」

そう答えた。

「足らなかったの?」

と、パンダが聞くと、オグルは、充分足りたと――。

「なら問題ないでしょう?」

そう言ったシカをオグルは睨みつけ、そう言う問題じゃない!と怒鳴る。

「もしかして修理できないくらい治らなかった?」

少し顔を強張らせ、そう聞いたシンバに、オグルはまた首を振り、

「治ったよ、完全復活したし、フォックスイヤーは楽しかったって言ってる」

そう言って、シンバを見る。シンバは完全復活したのかと、ホッとする。

「俺はフォックステイルに会いてぇんだよ。あの偏屈のフォックスイヤーが楽しかったと言ったんだ。フォックスイヤーにそう言わせたフォックステイルに嫉妬してんだよ。勝手に俺のモノを手懐けた後はトンズラこきやがって、しかも、未だフォックスイヤーは自分がフォックステイルの仲間だと言い張って、俺の操縦じゃ、満足しねぇってよ。冗談じゃねぇ。あれは俺の飛行機だ。なのにフォックスイヤーはフォックステイルだと?」

「いいじゃん、一杯飛行機あんだから一機くらいさぁ」

と、笑うパンダに、オグルは殺すぞ!と睨みつけ、パンダはヒィッと、ツナの後ろに隠れる。だが、カモメが、

「パンダの言う通りだよ。いいじゃない、一機くらい、謎のフォックステイルと言うメンバーの一員でも。表向きはオグルさんの飛行機なんだから。男の嫉妬はみっともないよ」

そう言うから、なんだとぅ!?と、オグルが、また怒鳴った時、ふと、シンバを見て、何か思い出した顔をしながら、

「そういやぁ・・・・・・」

と、

「お前、子供の頃、孤児だったとか言わなかったか?」

と、シンバを見た。そんな事言ったっけ?と、内心焦るシンバは、笑顔で、

「言ってません」

そう即答。

「いや、言ってただろ、ほら、お前等が現れた時にさ」

「言ってません」

「言ってたって! 俺がお前等をオクトパスの下っ端だと思った時にだ」

「言ってません」

「言ったろ? お前、自分を覚えてないか?って聞いて来て、孤児だった頃って」

「言ってません」

「言ったんだよ! 俺は覚えてねぇって言ったが、お前は孤児だった自分に会ってるって! そんで俺がリーファスだけに夢中だったから覚えてないとか――」

「オグルさん」

と、レオンが、

「彼等は、オクトパスの下っ端でも、フォックステイルでもなく、カーネリアンの王子ですよ。余りここで、妙な話をしないでもらいたい。ここはジェイドの城内なんですよ。しかも、他の国の王族達がいる場所で、思い込みの話は危険です」

そう言って、オグルに、やれやれと、困った人だと言う表情。だが、その表情はシンバにも向けられる。

「さぁ、カーネリアンの王子、そろそろアナタの番です、ご案内しましょう」

と、オグルに、またと、頭を下げ、レオンは、背を向けて、部屋を出るから、シンバはオグルに、

「久し振りに会えて嬉しかったです。是非、完全回復したフォックスイヤーと一緒にカーネリアンにも遊びに来て下さい。いつでも歓迎します。もう危険空域ではないですから。あぁ、それから、うちの騎士が、オクトパスと戦った時に、盗まれた飛行機は、未だ行方不明ですか? 確か、琥珀色のって言ってましたよね?」

「あぁ、アイツは新しいパーツで戻ってきた」

ちゃんと戻ったんだなと、シンバは、一安心と、笑顔で、

「良かったです」

と、

「では失礼します」

そう言って、レオンの後を追う。シンバの後ろをツナとリブレとシカとカモメとパンダが行く。

オグルも舌打ちをして、本当にキツネにつままれたか?と、その部屋を出た――。


「それで・・・・・・その路線でいくのか?」

背を向けたまま、レオンがそう言うから、

「え?」

と、シンバがレオンの背を見ると、レオンは立ち止まり、クルリと振り向いて、

「うちの姫も知らないんだろう? アナタがフォックステイルだって事をさ」

そう言った。シンバは鼻の頭を掻きながら、苦笑いして、

「流石に素顔見られてる相手に、何の事?ってトボケられないね」

そう言うと、レオンは、

「驚いてるよ。まさか、本当にカーネリアンの王子になるとはね」

そう言った。すると、シンバも、

「驚いてるよ。まさか、本当にジェイドの騎士隊長になるとはね」

と、言い返し、レオンと見合い、ハハハッと声を出して笑い合い、再び、歩き出す。

「もうネイン姫専属の騎士じゃないのか?」

「あぁ、隊長として、大勢の騎士達を束ねてる。言ったろ? ネイン姫の兄上に気に入られてるって。彼が結婚をしてね、ジェイド王になった時に、騎士隊長にしてもらったんだ。姫専属の騎士だと、姫が結婚した時に、共にジェイドを出る事になる。騎士隊長として永遠にジェイドに仕える気はないかと言われてね。勿論、ジェイド王に付いて行くと決めたから、ジェイドの騎士に志願したんだ。王が望むなら姫の騎士でも、騎士を束ねる隊長でも、こうして雑用でも何でもする。そんな事より、姫をカーネリアンの妃にと考えているのだろうが、ネイン姫の心は簡単に盗めないぞ、世界中の宝より手に入れるのは難しいと思え、奇跡でも起きない限り無理だ、フォックステイル」

そう言われ、王の間へと続く大きな扉の前で立ち止まると、

「今、面接してる王子が中から出てきたら、入るといい。精々頑張るんだな」

と、言うだけ言って、また婚約希望者が集まる待合室へと戻っていく。

「アイツ、知らないんだな」

と、ツナ。

「うん、そうみたいだね」

と、シンバ。

「フォックステイルは、怪盗と言っても、泥棒とはちょっと違うのにね」

と、パンダ。

「世界中の宝なんて、別にいらないしね」

と、シカ。

「奇跡を起こすのがフォックステイルなのにね」

と、カモメ。

暫く、ドアの前で待っていると、中からどこぞの国の王子と、王子の付き人達がゾロゾロと出てきた。その王子は、シカを見て、

「キミが次の面接の王子か? あの姫は頭がおかしいとしか思えないね。面接するだけ無駄だよ。こんな大国でなければ、誰があんな女なんかに結婚を申し出るものか!」

と、怒り露わで、そう言うだけ言って、ツカツカと、立ち去っていく。

「シカは王子じゃないんだけどね。白衣も着てるのに」

そう言ったパンダに、シカが、くすくす笑いながら、

「しょうがないよ、何を着ても王子に見えてしまうって、僕の悩みの種でもあるんだから」

と、全然、悩んでなさそうに言う。そんなシカに、ツナが舌打ちしながら、

「テメェが王子だったら、女に不自由しねぇだろうな」

そう言うと、シカは、

「王子じゃなくても不自由してないけど?」

と、真顔でツナに言う。するとカモメが、

「でもシカが王子だったら間違いなくフラレてるよ、ネイン姫にね」

と、小さな鳥籠を持って、その鳥籠の中にいる大きなカエルに、ね?と、言うと、カエルはゲコッと鳴いた。リブレはそのカエルを気持ち悪そうに見ている。

「女の子はカエルが苦手。流石のリブレにも気持ち悪い生き物に映ってるみたいだね」

と、シカが笑うと、ツナが、テメェの来世はカエル決定だと言って、皆で笑う。

するとドアの向こうから、次の方どうぞの声が聞こえ、皆、見合い、コクンと頷き合って、ドアを開け、王の間へと入った。

皆で、ジェイド王と、その妹になるジェイドのネイン姫の前、跪き、頭を下げる。

ジェイド王は、酷くお疲れの様子。

「今度はどこの国の王子だ? おい、ネイン、もういいだろう、そろそろ決めろ。どこだっていい、どうせ、皆、ハジメマシテだ、どいつもこいつも同じだよ」

「お兄様、失礼ですよ? それに結婚するのは私なんです、妥協は致しません」

「妥協? 醜い王子を探すのに何の妥協だ? お前のくだらない魂胆に付き合うのは疲れる。結婚したくないならしたくないと言え」

「そう言ったら、結婚しなくていいんですか? 少しでも結婚する気を見せなければ、ムリヤリ相手を決めて結婚させる癖に!」

「あぁ、もういい、わかったわかった、どうせこの王子も駄目なのだろう、サッサと終わらせよう、今日は疲れてるんだ。おい、お前達、どこの国の者だ? もう既に何回か、この場に来てるのか?」

ジェイド王がそう言って、初めて顔を上げ、シカが立ち上がり、

「カーネリアンの者です」

そう言った。するとネイン姫が、

「アナタ・・・・・・どこかでお会いしませんでした?」

そう言うから、ジェイド王が驚いた顔をする。

「姫が興味を示した王子は初めてだ! 驚いた! 何度も来てる王子にさえ、どなた?と、首を傾げる姫が、どこかでお会いしたかと言ったぞ! それで、もう一度問うが、どこの国の王子だって?」

「あぁ、いや、スイマセン、僕は王子ではありません、王子の付き人です。国でドクターをやってるんです。今は、復興したばかりの国でして、僕が、王室のドクターも務めているので、側近として、王子と同行しております。国はカーネリアン」

カーネリアン?と、ジェイド王が顔を顰める。

「じゃあ、王子はどなた? そちらの方は騎士ですよね?」

ネイン姫がそう言って、ツナを見る。ツナは立ち上がり、

「カーネリアンで騎士隊長を務めています」

そう言って、背筋を伸ばす。

「そう、うちの騎士隊長も若いけど、アナタも若いわね。アナタの隣の大きな犬も、もしかして騎士なの?」

「ハイ、名はリブレ。とても優秀で、王子専属の騎士として、主に王子の傍で、王子を、お守りする役目をしています」

ツナがそう言って、リブレを紹介すると、リブレもピシッと背筋を伸ばすようにして、座り直した。

「そう、私、動物は大好きだから、後でモフらせてもらっても?」

触っても?ではなく、モフらせてもらっても?の、言い方に、ツナは、思わず、笑ってしまいそうになりながら、コクンと頷く。

しかも、大きな狼相手に、動物は大好きと言う辺り、その度胸と優しさは、好感しかないなと、皆、にこやかに――。

何故か、ニコニコ笑顔の皆に、ネイン姫は、キョトン顔で、

「えっと、じゃぁ、そのワンちゃんが、お守りする王子は、残りの2人の内、どちらかなのね? どちらかしら?」

カモメとパンダを見る。すると、2人同時に立ち上がり、

「いえ、オイラはカーネリアンの学校で教員をしてます。今は、王族の教育も――」

と、カモメがペコリと頭を下げ、挨拶。そして、

「オラはカーネリアンで作家の仕事をしてるんだ。同時に国の歴史の記録もしてる。でもそれは記録係が決まる迄の間だけどね。あ、それで、この絵本をネイン姫様に、プレゼントです」

と、パンダが、紙袋にリボンの付いたプレゼントを差し出した。

「絵本?」

と、ネイン姫が受け取ろうとした時、

「冗談だろ、皆、どこの国も、ソレ相当のモノを差し出す。ダイヤモンドの髪飾り、シルクのスカーフ、鉱山の一部など――」

と、ジェイド王がそう言って、パンダを睨み、

「それが、絵本だと?」

そう言うから、パンダは、どうしようと、チラッとカモメを見る。カモメは、

「ジェイド王にではありません、ジェイドと言う国にでもありません、ネイン姫にプレゼントなんです。だから、この見合いが成立しなくても、それは返さなくていいものです。ネイン姫様は、きっと、気にいると思いますけど」

そう言った。パンダは、今一度、ネイン姫に紙袋を差し出し、ネイン姫は、それを受け取ると、

「絵本なんて、子供の頃に読んだっきりだわ」

と、紙袋を開けようとするので、パンダが、ダメダメダメと、

「それは、今夜寝る時、読むといいよ! 今は開けちゃダメ! だって、楽しい夢を見てもらう為の絵本だから!」

そう言った。ネインは、そうなのねと、ふふふっと笑いながら、紙袋を抱き締め、

「ありがとう。私へのプレゼントは初だわ」

そう言って、嬉しそうだから、皆、ホッとするが、

「何言っているんだ、髪飾りも、花束も、アクセサリーも、ドレスも、全部、お前のだろうが」

と、ジェイド王は、呆れた顔で言う。

「あら、そんなもの、私じゃなく、お兄様に気に入られようと、持ってきたものよ」

と、ネイン姫も、呆れた顔で言う。そして、ネイン姫は首を傾げ、

「皆さん、王室に仕える者なのね。なら、肝心の王子はどこに?」

と、問うと、カモメが、一歩前へ出て、

「ここに――」

と、鳥籠を差し出して見せた。中でゲコッと鳴く大きなカエル一匹。

「我が王子です!!」

爽やかな笑顔で男4人がそう言って、リブレがバゥッと犬っぽく吠えた。

勿論、引き攣った顔をするジェイド王とネイン姫。

「・・・・・・冗談がお好きなようで」

苦笑いで、そう言ったネイン姫に、

「これはここだけの話なんですが・・・・・・」

と、急に深刻な顔で、シカが話し出した。

「我が国は、ずっと悪い魔術師に呪いをかけられていたのです。国は、魔術師の呪いで、封印され、寒く凍えるような日々が続いていました。国は、小さくも貧しく生き永らえて、血族を絶やさず、いつか魔術師を倒す為に動いてきました。そして、この王子が生まれ、この王子こそ! 魔術師を倒す勇者だったのです!」

「勇者?」

勇者と言う言葉に物凄い反応を示すネイン姫。

ネイン姫の中で思い出されたのは、空の大陸でフォックステイルが勇者に成り切っていた事だろう。

「見事! 王子は邪悪な魔王を倒しましたとさ、めでたしめでたし」

そう言ったツナに、コホンと咳払いをしたのはカモメ。そして、

「魔王ではなく、魔術師です。王子は魔術師に立ち向かいました。ですが、魔術師は、巨大なチカラを持った魔王を、操り、王子に仕掛けてきたのです」

「魔王?」

と、またネイン姫は口の中で呟き、まるで空の大陸での出来事のようだと思う。

「王子は、勇者として、戦い、邪悪な呪いを解いたのですが、最後の足掻きでしょう、悪い魔術師は、王子に新たな呪いをかけたのです。国は封印が解けて、寒く凍える日々から、暖かい日差しで、光イッパイの世界となり、めでたしめでたしとなったけど、王子にかけられた呪いは、未だ解けません」

そう話すと、カモメは持っている鳥籠の中のカエルを切なそうに見つめ、これ以上は話せないと言う風に沈黙を与え、涙さえ、堪える始末。そうなるとネイン姫もノッて来る。

「まさか! その呪いって言うのは・・・・・・」

と、両手を口に当て、そうなのねと、言わんばかりの顔をしているネイン姫。

ネイン姫がノリがいいのは知っている。

なんせ、空の大陸で、ノリノリで、フォックステイルにノッてくれたのだから。

「愛する女性のキスで魔法が解けると言われてる・・・・・・って有り触れてるけど、これが一番効くんだ、いや、ホント! あっという間に、カエルから、元の姿に戻るんだから」

パンダがそう言うと、ネイン姫は、そうねと、コクコク頷き、今にもキスをカエルにしそうな勢いだ。こうも簡単にいくもんだなと思ったが、ジェイド王が、

「いい加減にしろ!!!!」

物凄い怖い顔で、怒鳴った。

「大きな犬だけでなく、汚らしいカエルまで王室に持ってきて、なんのつもりだ!? 妙なお伽噺を語り、愛する女性のキスだと? だったら、他へ行け!! 女は他にもイッパイいるだろう!! ジェイドの名を持つ、我が妹の相手ではない!!」

「お兄様!! でも・・・・・・確かにそうだわ、私じゃなくてもいい筈――」

折角ノリにノッていてくれたのに、正気に戻ってしまったなと、

「勿論、ネイン姫様が相手とは限りません。只、ネイン姫様は、良い魔法使いの仲間だと思ったんです」

カモメが、そう言うと、ネイン姫は、良い魔法使い?と、カモメを見る。

「悪い魔術師を倒すには、良い魔法使いのチカラが必要で、王子も、そのチカラで、勇者になったんです。ですが、悪い魔術師のチカラで、カエルにされて、その悪いチカラを、払う為に、良い魔法使いのチカラが必要なんです。そのチカラを、ネイン姫様は持ってるんじゃないかと思いました」

カモメが、そう話すと、

「王族と言う立場でありながら、貧しい国へ訪問し、ボランティアを行い――」

と、ツナ。

「何度となく、募金活動を繰り返し、世界中の人々を救おうとし――」

と、シカ。

「見返りは、全て子供達の笑顔であると――」

と、カモメ。

「空に大陸が現れた時だって、真っ先に自ら戦いに参加するお姫様だもんね! そんな王族は、きっと、世界でネイン姫様だけだよ。きっと、良い魔法使いに会った事があるんだ!」

と、パンダ。

「バゥヴァバゥッ」

と、リブレも、動物にも優しいわと、嬉しそうに大きな尻尾をフリフリ吠える。ふと、ネイン姫は、その尻尾を見て、そしてリブレの首輪の所に小さな尻尾のアクセサリーが付いている事に気付く。

そして、見ると、皆、腰部分に、尻尾のアクセサリーが・・・・・・。

「あの、その、皆さんが腰に付けている尻尾は・・・・・・?」

ネイン姫の問いに、

「これはね、うちの国のお土産屋さんで買えるよ。うちの国のシンボルでもあるフォックステイルだ」

と、パンダが言って、気に入ってくれたなら、お姫様にもと、フォックステイルを差し出した。ネイン姫は、それを受け取り、

「フォックステイル・・・・・・」

と、呟いた後、手で、フォックステイルを撫でながら、

「フェイクね。本物のキツネの尻尾かと思ったわ」

そう言うから、まさかと、

「今現在、我が国には、キツネも生息してます。野生のキツネなんですが、キツネに限らず、様々な動植物が絶滅しそうで、保護対象として、多くの動物がリストに上がり、今、我が国で、一番、憂慮する所なんです。悪い魔術師のせいで、殆ど、動植物が生きて来られるような場所ではなかったんです。ですから、うちは、いかなる理由であれ、狩猟禁止なんです。それはそれで、また問題が出てきて、狩猟は、野生鳥獣の生息数や生息範囲を適正に保つ為には、必要な時もありまして、自然環境の保全や人の暮らしの安全を守る事が大切ですから、どうしたものかと――」

と、シカが、そう説明すると、ネイン姫は、そうねと、深刻な顔で頷く。そして、

「まずは、王子を元の姿に戻してくれればと――」

と、カモメが、鳥籠の中のカエルを、ネイン姫に差し出した。

「くだらん。ネイン、もういいだろう、次の王子を呼ぼう」

ジェイド王が、そう言って、ネイン姫を見た。そして、

「言っておく。どの国の王子を選んでもいいと言ったが、カーネリアンだけは、絶対に駄目だ」

そう言うと、立ち上がり、

「カーネリアン。思い出したよ。地図にもない島国で、なんとも如何わしい国だ。賊を手懐けていると言う噂も耳にする。人の暮らしの安全を守る事が大切、そう言うならば、法をしっかりと作り直せ、そして、出直して来い!」

そう吠えた。

「今は地図に載ってます。如何わしいと言われると、否定できません。魔法学校もありますし、法も、他国に比べると、かなり、いや、相当、緩い。それも今後の大きな問題となっています。それに島国なので、どうしても他国との交友もないに等しいので、文化も独特です・・・・・・王が、お怒りになり、出直して来いと言われるのも、当然の事と思いますが――」

と、カモメが、そこまで言うと、ネイン姫は、目を輝かせ、

「素敵! 魔法学校と言うものが? そこでは魔法を教えているの?」

興味津々で尋ねるから、カモメは、そこに食いつくんだ?と、少し驚いて、だが、直ぐに笑顔で頷いた瞬間、

「言葉を交わすな!! 妙な魔術で惑わされるぞ!!」

ジェイド王が怒鳴るので、カモメはビクッと体を硬直させた。

「何が悪い魔術師だ、国そのものが、異端崇拝者なのだよ。正統な信仰や学説、思想から、かなり外れ、異端の教えを信じ、主張する輩だ。魔法なんてものは、トリックだ。人を欺き、騙すようなもの。それは唯一神とするミリアム様さえ、欺いている発言。これは世界的大問題だ。悪いが、カーネリアンからの婚約希望は絶対に受け付けない。今後、来られても、一切、通す訳にはいかない。理由はカーネリアンと我が国が親類関係になっても、こちらに何のメリットもないからだ。メリットがないだけならいい、マイナスになる事、いや、危険になるような事は、王として避けねばならない。わかったら、帰ってくれ」

「そりゃねぇだろ、なんだよソレ!?」

と、ツナが、空の大陸でジェイドの味方したのによぅと、喧嘩腰になるのを、シカが止め、

「しかしジェイド王! お言葉ですが、我が王子はジェイドが求める婚約者に当て嵌まる筈です。どこの国の王子より醜いでしょう。それを断ると言うならば、ジェイドはデマのチラシを世界に配っていると言う事になりませんか」

と、反論。すると、今度はパンダが、

「それにさ、うちの王子は愛する姫の国がマイナスになるような事をしないよ」

そう言うが、ジェイド王は鼻で笑い、

「愛する? 何を言う? 会ってもないのに何が愛だ。もっと解り易い説明が必要か? 醜いと言っても人間である事が条件だ! そんな醜いカエルと大事な妹を結婚などさせる訳ないだろう!!」

そう言って、早く目の前から消えろとシッシッと手で追い払う仕草をする。この仕草に、リブレが、失礼だと、唸り出した。すると、ネイン姫が、

「そうね、愛はない。カエルに愛は感じないし、まだ見た事もない人に、好きも嫌いもないから、愛は大袈裟」

そう言うから、皆、少し落ち込んだ顔になり、リブレまでシュンッとして見せる。

「でも、どこの国の者よりも、アナタ達は魅力的」

と、そう言うから、皆、明るい表情に戻り、リブレも、にこやかに見える。ジェイド王が、何を言い出す!?と、ネイン姫を見る。

「だから、本当に、キスで魔法が解けるならば――」

ネイン姫がそう言うと、王が、首を横にブンブン振りながら、

「何を言う気だ!? 駄目だ駄目だ駄目だ!!」

そう叫んだ。しかし、ネイン姫は、

「慌てないで! これは結婚とは別の話よ。言ったでしょ? 愛は何もない。でもカエルになってしまった王子様は可哀想。同情でキスくらいしてもいいと思うの。それで魔法が解けて、王子様が元の姿に戻れるなら、お安い御用よ。遥々遠くから来てくれたんですもの、それくらいのボランティアはしてもいいわ」

と、立ち上がり、王の座から降りて来ると、カモメの持っている鳥籠を見つめた。

大きなカエルを目の前にすると、キスをするのを戸惑ってしまったのだろう、ネイン姫は動けずに、立ち尽くし、只、カエルをジッと見ている。

そんなネイン姫を見て、大きな溜息を吐いたのはジェイド王。

「お前・・・・・・本気で魔法など信じているのか? 魔法などある訳がないだろう。インチキだ。お前の提案した醜いと言うチラシを見て、何とか話をこじつけようと詐欺紛いの行為をしてるんだよ、詐欺師集団だよ、 コイツ等は!」

そう言ったジェイド王に、ネイン姫は首を振り、

「魔法は・・・・・・魔法は本当にあります」

言い切ったネイン姫。言い切った以上、証明したいと思う気持ちが先走り、思い切って、鳥籠を開けて、中からゲコゲコ鳴くカエルを気持ち悪そうにしながらも、両手で抱き上げた。そんなネイン姫に、ホント気が強ぇなと口の中で呟き、笑うツナ。

「思ったより可愛いわ」

と、カエルに、そう言って、ネイン姫がギュッと目蓋を強く閉じて、カエルを自分の顔に近づかせていく――。

「あのっ!!」

突然、シカが、キスを止めるように、大声を出し、ネイン姫はパチッと目を開けると、

「あの・・・・・・僕・・・・・・ちゃんと話したと思うんですけど、王子の魔法は、愛する女性のキスで解けるんです」

シカに、そう言われ、ネイン姫は、

「そう・・・・・・だったら私じゃないわね」

と、カエルを鳥籠に戻そうとしたが、

「アナタなんです!! それはアナタなんです!! 良い魔法使いに会ってるアナタなんです!!」

シカは、真剣な顔で訴えるように言う。

「あの・・・・・・良い魔法使いって・・・・・・? それに何度も言うけど、愛は大袈裟です」

「いいえ、大袈裟じゃなく、魔法は解けます、絶対に! その時こそ、わかりますよ、ネイン姫」

そう言ったのはカモメ。

「ネイン姫は王子に怒るかもしれないけど、許してあげてね」

そう言ったのはパンダ。

「ま、なんちゅーか、アンタじゃなきゃ解けねぇんだよ、この魔法」

そう言ったのはツナ。

ネイン姫はシカ、カモメ、パンダ、ツナを順番に見て、最後にリブレに目を向けて、よくわからないと言った表情のまま、

「期待してるのね? でも魔法が解けなくても、ガッカリなさらないで」

そう言って、試してみますねと、再び、目蓋をギュッと強く閉じた。

唇を、恐る恐るカエルに近付けていく。

そして、ネイン姫の唇がカエルの唇に触れるか、触れないか、その瞬間、ボンッと音が鳴ると、モクモクと白い煙が辺りを覆い、皆、咳き込んで、王とネイン姫が座っている後ろに、置き物のように整列していた騎士達が咳き込むから、あれ置き物じゃなかったんだと、ツナも、シカも、カモメも、パンダも、リブレも思い、皆が、煙に目が沁みると、涙目になりながら、その場で、俯いて、咳き込み続けた。

暫くして、煙が治まる頃、皆、顔を上げると――。

ネイン姫の目の前に立つのは、カーネリアンの王子、シンバ。

カエルはどこへやら消え失せている。

白々しいが、ツナも、シカも、カモメも、パンダも、

「王子!!」

と、喜びの声を上げ、リブレまで喜んだようにシンバを見て、尻尾を左右にブンブン振る始末。

ネイン姫はニコリともせず、驚いた顔はしてるものの、その顔のままフリーズして、シンバを見ているから、シンバは、少し苦笑いして、

「あぁ、えっと、アナタがボクの魔法を解いてくれた姫ですね?」

と、棒読みで言う。ツナが、

「おいおい、お前、それでよくフォックステイルやって来れたな」

そう呟いた。その呟きに、ネイン姫はハッと目が醒めたような顔になり、

「アナタ・・・・・・庭師のバイトさんじゃなくて?」

と、そう言うから、ジェイド王が、まだ咳き込みながら、バイト?と眉間に皺を寄せ、シンバを見て、

「レオン?」

そう呟いた。レオン騎士隊長に似ているから、無理もない。だが、ネイン姫は、レオンとシンバ、見分けができるようだ。

ネイン姫は、皆を見て、

「みんな、見た事があると思ったら、アナタは確か動くテーブルをつくってくれた人だわ」

と、カモメを見た。カモメはコクコク頷き、

「あの時のテーブルは元気ですか?」

そう聞く。ネイン姫は笑顔で頷き、

「ええ、とっても! 相変わらず重い荷物を運ぶのを手伝ってもらってるわ」

そう言った後、そうじゃなくて!と、直ぐに怒った顔になり、

「アナタは私に栞のアイディアをくれた子守の人!」

と、パンダを見る。すると、パンダはコクコク頷き、

「あのアイディアなかなかでしょ?」

そう聞く。ネイン姫は笑顔で頷き、

「ええ、とっても! 今も募金してくれた人には、あの栞を配ってるのよ」

そう言った後、そうじゃなくて!と、直ぐに怒った顔に戻り、

「アナタは中庭へ通じる通路を警備してくれた騎士!」

と、ツナを見る。すると、ツナはコクコク頷き、

「今も騎士です、前はバイトの騎士でしたが、今では騎士隊長! かっこいいでしょう?」

そう言う。ネイン姫は笑顔で頷き、

「ええ、とっても! 前より少し愛想も良くなったみたい」

そう言った後、だからそうじゃなくて!と、直ぐに怒った顔を作り、

「アナタは薬剤師で、フォックステイルの疑いで捕まった人!」

と、シカを見る。すると、シカはコクコク頷き、

「ネイン姫、アナタ、記憶力がいい! 流石、我が王子の婚約者!」

そう言う。ネイン姫は笑顔にならず、怒ったままの顔で、

「そうじゃないでしょ!!」

怒鳴った。ビクッとするシンバと、何故かジェイド王と、後ろで整列する騎士達。

やっぱ怒ったと、パンダもビクビク。

「どういう事なの!? なんでバイトの人が王子!? 騙してたの!?」

「騙してた訳じゃなくて・・・・・・あの頃は・・・・・・あのボクが本当のボクです」

「意味がわからないわ!」

「えぇっと、イロイロなれるんです・・・・・・バイトにも、カエルにも、今は王子」

ヘラヘラ笑いながら答えるシンバに、

「笑えない!」

そう言われ、ですよねぇ・・・・・・と、シンバは、苦笑い。

「でも、まぁ、いいわ。私、バイトのアナタに話したわよね。私には、好きな人がいるって。あの時から私の好きな人、変ってないの!」

シンバはあの時、ネイン姫が〝私の好きな人、魔法使いさんだから、両想いは無理かな〟そう言っていた事を忘れていない。それはシンバにとって衝撃的な告白でもあったから。

でも黙っているシンバに、なんとかしないとと思ったのか、カモメが、

「でもネイン姫! ほら、愛する人とキスしたから王子が元の姿に戻った訳だし」

などと言い出した。キッとカモメを睨むネイン姫は、

「もう騙されないわ!! 魔法なんて嘘!!」

と、火に油を注いだかのように怒りに余計に火が点いた口調。

「一旦、出直すか」

そう言ったツナ。その方がいいかもと、シカも頷いたが、

「出直せないでしょ、王も怒ってるんだし」

と、もうダメだと言うパンダ。その時、シンバが、

「ボクも一緒に、魔法使いさんの願いを叶えたい」

そう言った。シンバを見るネイン姫。シンバもネイン姫を見つめ、

「ごめんね、キミの口から、魔法は嘘だなんて、言わせてしまったね。そんなつもりなかった。本当にごめん。魔法は本当にある。だって、キミは、良い魔法使いに会ってる」

「・・・・・・」

「ジェイドの力で、他国への同盟を築き、平和へと繋がるように、他の貧しき国にも手を貸すよう、ボクにも、その手伝いをさせてほしい。ボクも、子供の頃、良い魔法使いに会ってるんだ」

「え・・・・・・?」

一瞬、驚いた顔になったが、でも、直ぐに、その話はあの時に私がした話だわと、ネイン姫は、騙されないわよと、シンバを睨み付けたままの表情に戻る。

シンバはネイン姫の怒った顔が全く変わる気配がないので、苦笑いして、

「ごめん、でも魔法は嘘じゃない。ボクはまだ小さな魔法しか使えない」

と、指をパチンと鳴らし、手の中に黄色い花束を出して見せた。

怒ったネイン姫の顔が、驚いた顔になり、

「黄色の花は平和を意味する。黄色い花が一杯集まると世界の平和を意味する」

そう言ったシンバを見た。そして、シンバは、

「じゃあ、白い花は?」

と、花束をネイン姫の前に差し出し、ネイン姫がその花束を受け取った瞬間、一本の花が真っ白に変わる。

「白い花は約束と言う意味。約束しよう、ボクはキミの味方だ。何があっても――」

ネイン姫は花束を見て、シンバを見て、もう一度、花束を見つめる。すると、

「ポストカードの方が良かった? 空を飛ぶ魔法はつかえないけど、何もない所からモノを出す魔法は得意なんだ、飴とかチョコとか・・・・・・笑顔にする魔法」

と、シンバは、手の中から飴を出して、それをネイン姫に見せた後、パチンと手を鳴らし、飴を消したが、ネイン姫の手を指差した。ネイン姫が手を開くと飴が手の中に!!

「そんなの只の手品だ!!」

そう怒鳴るジェイド王だったが、ネイン姫には聞こえてないのか、ジッとシンバを見つめるだけ――。

シンバは笑顔で、

「また来る。追い払われても、何度でも。今日はこの辺で――」

と、手をヒラヒラと左右に動かし、バイバイと言うと、王に、深く頭を下げた後、背を向ける。

ツナもカモメもパンダもシカもリブレも、シンバがそう言うならと、背を向ける。

「待って!」

シンバの背に、呼び止めるネイン姫。そして、

「どうして? どうして知ってるの? アナタは知らない筈――」

そう言うから、

「ごめん、ずっと騙してたから。キツネってそういう役でしょ?」

と、笑顔で言うシンバ。

「待ってよ、だってアナタ、髪の色も違うし・・・・・・」

「だから魔法はあるって――」

「嘘よ、じゃあ、空の大陸で・・・・・・アナタは・・・・・・」

「勇者だったよ。今も、結構、勇気振り絞ってるから勇者だけど」

「じゃあ・・・・・・私が好きな人って・・・・・・」

「ボクじゃないよ」

「え?」

「キミが好きな人は魔法にかかっているボク。今のボクは魔法が解かれてる」

「・・・・・・」

「もうボクが魔法にかかる事はない」

「・・・・・・」

「ボクはずっと正体を隠して闇で動いて来た。キミみたいに純粋で綺麗な心の持ち主からしたら、ボクは醜いかもしれない。でも魔法が解かれた今は、もう闇に生きる事はしなくていいと思ってる。これからは公に光の下で、王として、世界を救って行こうと考えてるから。いや、ボクの国そのものが救われてない状態に近いから、どこの国も誰の事も救えないのが現状だけど・・・・・・まずはどんな苦境も笑って乗り越えるのがモットー! だから誤解しないで? フラレて笑ってる訳じゃない、笑顔なのは辛くても笑顔でいるって言う信念なんだ、ホントはフラレて辛いんだよ? 結構、ホントにかなり落ち込んでる、泣きそうなくらい。多分、後で泣く」

そう言ったシンバに、ネイン姫は、俯いたかと思うと、肩を揺らし、ククククッと堪えた笑いを漏らした後、アハハハハと声を出して笑い出した。

「なんでここで笑うかな?」

と、何も面白い事言ってないのにと、不思議そうなシンバ。

「だって後で泣くって」

「泣くでしょ、そりゃ、フラレたんだから」

「まだフッてないのに」

「え? だってフラレたと思ったから出直そうかと思ったんだけど」

「まだフッてません! とりあえず結婚するしないは別として、アナタと、ボランティア活動がしたいわ」

「勿論、それは、全然、そのつもりだし」

「良い魔法使いさんって言うのは?」

「キミの部屋で、空飛んで行った人」

「その人の事、イロイロ、聞いてもいい?」

「勿論」

「アナタも子供の頃に会ってるの?」

「うん」

「今は、その人は――?」

「それは・・・・・・話せば長くなるから」

「そう、じゃぁ、次のお楽しみにするわ」

「あぁ、うん、次、あるの?」

「一緒にボランティアするなら、次も、その次もあるに決まってるでしょ」

「あぁ、そうか」

「喧嘩をしても、仲直りできる友達が欲しかったの。怒ってたけど、もういいわ、仲直りしましょ」

「ん? 友達?」

なんだそれは!?と、シンバも思うが、ジェイド王もそう思い、さっきからわかるように説明しろと、大騒ぎで怒鳴り散らしている。

ジェイド王1人が、話が通じてないから、話の内容がサッパリわからないようだ。

兎に角、反対だと怒鳴るばかり。だが、ネイン姫は、話を進める。

「友達は不満?」

「不満じゃないよ、でも、只、ボク、見合いに来て・・・・・・友達募集に応募した訳じゃないから――」

「だって、アナタの事、ホント、よく知らないんだもの。庭師のバイトさんで、勇者で、カエルで、王子。ホントのアナタを知りたいから、時間が必要でしょ?」

「あぁ、うん、そう言われたら、ボクもどれがボクか、わからないかも」

「カエルじゃない事を願うわ」

「ははは、そうだね」

「ひとつ、言っておく事があります。ジェイドと言う大国に期待しないで・・・・・・アナタの国をジェイドの名で大きくしようとしないで・・・・・そんな理由で、私に近づかないで――」

シンバは、コクコク頷き、

「ボクは、ジェイドと切り離して、そのままのキミが好きだ」

そう言った。ネイン姫は、ふふふっと笑うと、

「そうね、私は、いつだって、そのままだったわ」

と――。

「でも、ボクの国、ホントに小さいよ。それでもいい?」

「別にいいんじゃない? だって、私達、友達だもの」

「あぁ、友達・・・・・・友達ね・・・・・・? うん、他にいい人が現れるかもだもんね?」

苦笑いのシンバに、ネイン姫は笑う。怒ってる顔も嫌いじゃないけど、笑ってる顔が可愛くて、笑ってくれるなら、もうそれでいいかと思う。

「もう婚約者は募集しないわ。これで婚約者の面談も終わり」

と、ネイン姫が言うので、シンバは、そうなんだねと、頷きながら、それってどういう事だろう?と、首を傾げていると、

「だから、前向きに考えるって言ってくれてるんだよ」

と、シカ。そうなの?と、シカを見るシンバ。

「友達っつっても、まぁ、なんつーか、そういう事だろ」

と、ツナ。どういう事?と、ツナを見るシンバ。

「良かったね、リーダー。じゃなくて、王子」

と、カモメ。良かったの?と、カモメを見るシンバ。

「どうなる事かと思ったけど、めでたしめでたし」

と、パンダ。めでたしめでたしだった?と、パンダを見るシンバ。

リブレも尻尾をフリフリ嬉しそうだから、シンバは、嬉しいの?と、リブレを見る。

「さぁ、王子、カーネリアンに急いで戻って、ジェイドの姫との事を報告しなければ! いつも以上に忙しくなりますよ!」

シカが、そう言うが、報告する事ある?と、まだ、よくわかってないシンバ。

わちゃわちゃしながら、ネイン姫をそのまま置いて、王室を出ていく5人に、ネイン姫がくすくす笑っていると、シンバが1人、急いで、戻ってきて、

「連絡する。すぐ、すぐに! 明日にでも! ていうか、直ぐまた来る。明日! 明日ね! 約束!」

そう言って、じゃぁと、手を上げて、部屋を出て行ったから、

「なんだアレは!? 学生のプロムの誘いか!? 断れ!! 私を完全無視だったぞ!? 王である私に挨拶もない!! 失礼極まりない連中だ!! あんな連中のトコに、大事な我が妹を嫁にやれるか!!!!」

と、ジェイド王が怒鳴り、ネイン姫も、ボランティアの相談に来るのかしら、それともデートのお誘いかしらと、クスクス笑いながら、もらった花束と紙袋とフォックステイルを見る。

「フォックステイルがシンボルね」

と、素敵な国ねと、呟き、今夜寝る時に読むといいと言われたけど・・・・・・と、手に持っている花束を置いて、紙袋の中を開けて見て、絵本を取り出して見ると、フォックステイルというタイトルの絵本――。

なんだそれは!?と、王が、一緒に覗き込むから、ネイン姫が、絵本を開いてみると、パンっと言う音と共に、紙吹雪が飛び出して来て、王は、驚いて、ひっくり返りそうになる。ネイン姫も驚いた顔をしたが、

「素敵!! 魔法でイッパイの絵本だわ」

と、絵本を見る。ジェイド王が激怒りしているが、

「お兄様も彼を気に入ったんじゃない? だって、彼、お兄様のお気に入りの、レオン騎士隊長に似てると思わない?」

そう言うから、ジェイド王は、お気に入りのレオンに似ているシンバに無言になってしまう。あの男、カエルに化けたんだ、まさか、レオンにも化けれるって訳じゃないだろうなと、そう言う王に、

「明日、また来るみたいだから、聞いてみたら? それにカーネリアンって国にも行ってみたいわ。お兄様も一緒に行ってみましょうよ、きっと歓迎してくれるわ」

と、笑うネイン姫――。


王の間を出たシンバはドキドキしていた胸を撫で下ろし、一呼吸すると、

「友達か・・・・・・」

残念そうに、そう呟いた。友達だと、本気で、そう思ってるの?と、シカが、シンバを見る。

「不満か? なかなかの出だしだと思うが?」

と、友達は口実だと教えないツナに、

「だね、上出来ですよ、王子」

と、シカも、そう言った。

「いいスタートだよね」

と、カモメ。

「これからきっと、2人、いい感じになってくよ」

と、パンダ。

「でもさ・・・・・・また1つ、嘘っていうか、騙したって言うか・・・・・・」

そう言ったシンバに、パンダ以外、皆、頷いた。

「しょうがねぇ、あれはああ言うのが正解だ」

と、ツナ。

「バレなきゃ問題ないよ」

と、シカ。

「最後の魔法だもん、多分、これっきりだから」

と、カモメ。

「何が? 何の話? 最後の魔法って?」

と、パンダ。

「だから王子が最後に魔法にかかったのはカエルで・・・・・・終了した筈」

と、カモメ。

「もう魔法にかかる事はないって言っちゃったからね」

と、シカ。

「でも今夜、久々にフォックステイルが参上する」

と、ツナ。

「あぁ! そうだね! そうだった! フォックステイルになるんだ! しかもネイン姫じゃない女性の所に行くんだよね! これからが本当の最後の魔法だ!」

と、パンダ。

「お前等デカイ声で態とだろ!」

そう言ったシンバに、皆、笑い、ジェイド城を後にした。


満月が美しく、大きな影ができる明るいその夜――。

ブライト教会にフォックステイルが参上した。

だが、フォックステイルにキツネの尻尾アクセサリーはない。

セルトに譲り渡したからだ。

だが、もうフォックステイルは、フックスじゃなく、シンバだ。

だから、フックスのフォックステイルは必要ない。

なのに、最後となる今夜のフォックステイルは、フックスだ!

〝リーダー、消灯時間になった。裏の窓から漏れる光は全て消えたよ〟

イヤフォンからパンダの声が聞こえる。

〝こっちは小さな灯りが渡りローカを移動してる〟

カモメの声。

〝牧師の部屋は静かなもんだ〟

ツナの声。

〝渡りローカの灯りが食堂に入ったみたい〟

シカの声。

「食堂を通過か・・・・・・リサシスターが礼拝堂に着くのは2分後ってとこかな」

と、フォックステイルがそう囁くと、隣で大人しく座ってるリブレに、

「ここで誰か来たら驚かすなりして追い返して、誰も礼拝堂に入れないようにね」

そう言って、頭を撫で、誰にも邪魔されたくないからと――。

リブレは任せてと言う余裕の表情で、教会に忍び込むフォックステイルを見送った。

リサは子供達の部屋の灯りを消しながら、皆がベッドに入っているのを確認し、食堂へ入って、裏のドアの鍵を確認し、火の点検もした後は、礼拝堂へ向かう。

もうミリアム様はいない。

空に大陸が突然現れた日に、ミリアム様の銅像は修復不可能になる程、粉々に砕けた。

新たなる神の出現、もしくは黙示録の予言か、神の怒りか福音かと大騒ぎしたが、あれから空に大陸はあるものの、何の変わりもなく、日々、過ごしている。

やがて空に大陸が浮かんでいる事すら、人々は何とも思わなくなり、それはミリアム様が消えた世界にも慣れてしまって、神の存在すら消えた事に人々は、当たり前の日常になっている。

しかしそれでも人々は祈る。

だから教会と言う場所が消える事はないし、唯一神のミリアム様への信仰も然り。

多くの賊も地上から消え、空へと舞台を移し、空賊と言う新たな時代が始まりつつある。

そして空に行けなかった賊達は地上へ残り、敵対する同族が少なくなった為、好き放題する輩も多い。なんせアレキサンドライトも空へと行ってしまったのだから、地上に残った賊はある意味、最強と無敵がいない分、楽勝でのさばっている状態だ。

それでも少しだけ地上に平和が訪れている。

のさばっている賊達は、然程、強くはない。

多少、剣や銃を学び、訓練を受ければ、誰でも倒せる連中ばかり。

そして、国々ではその賊達を撃退する為の兵士を多く雇い、未来ある若者達の働き口が出来ると同時に、街の治安維持に警備の厳重化も可能となった。

また街の安全率が高くなると、店も多く出来始め、人々が集まり出し、活気が出る。

孤児もある程度、成長し、大きくなれば、街で靴磨きや花売り、新聞配達やミルク配り、清掃業などをして、独りで稼ぐ事もできるようになり、教会などでは日曜学校などと言うイベントも開催され、子供達に学業を学ばせる事も始め、明るい未来を、皆で築き始めていた。空の大陸はジェイドエリアの上空である為、ジェイドが管理する事になり、飛行気乗り達が、今の所、休息の場所として使っているが、大きなホテル施設もできる予定で、ホテル内は映画館や舞台、カジノやプールや温泉などもあるようだ。

そのホテルができる理由として、飛行気乗り達がスピードを競い合い、アクロバット飛行などの練習場所にしていると、それが見たいと言う者が多く集まり、まるでリゾート地のようになりつつあるからだった。

またオグル・ラピスラズリが、空を好きな者が集まればいいと、一般人を快く招待した。

オグルがそう言うならと、ジェイド王も、危険はないだろうと人々の娯楽の場所として空の大陸を賊以外の者に開放した。

今、リサは礼拝堂のドアノブに手を置いて、中から聞こえた物音に動きを止めた。

「・・・・・・誰かいるの?」

と、ゆっくりとドアを開けて、ランプで礼拝堂を照らすようにして、辺りを見回し、一歩、中へ入り、また一歩、また一歩と、前へ進むと、何かが真横を通った気がして、サッと横を向き、後ろを見て、ぐるりと見回した瞬間、ランプの火が消えて焦り出す。

何故消えてしまったのかと考えるより、直ぐに礼拝堂の電気を点けようと行動するが、リサは手を伸ばせば、電気のスイッチをONにできる位置で、手を伸ばさずに、そのまま、ゆっくりと振り向く。

キラリと視界に何かが光った。

そう、ミリアム様があった場所で何かが光って見えたからだ。

なんだろう?と、よく見ると、金貨だ。

「・・・・・・奇跡?」

リサはそう呟き、どうして?と、ハッとして窓を見る。

金貨が光ったのは、月明かりに反射したからだ。

月明かりが漏れているのは、カーテンが開いていて、窓も開いているからだ。

「誰!?」

窓辺に立つ影に、少し大きめの声で、そう訪ねた。

月明かりは一瞬だったようで、今は月が雲に隠れた為、影は暗くて影でしかない。

怖くてドキドキする心臓。だが、

「・・・・・・フックス?」

リサは思わず、影にそう呼び、

「フックス、アナタなの?」

と、期待で胸が高鳴っていく。影は窓の淵に立ったまま、今にも外に飛び出してしまいそうで、また消えていなくなってしまうと、

「行かないで! フックス!」

そう叫んだ。そして、少し足早に近付いた瞬間、向こうも窓の淵から飛び降りると、礼拝堂の中へと入り、影はゆっくりと近付いて来た。リサは立ち止まり、影を見つめ、

「フックスなんでしょう? アナタがミリアム様の奇跡を起こしていたんでしょう? 全てはアナタの魔法だったんでしょう?」

そう言って、近付いて来る影を見つめる。

雲が流れ、月が顔を出す。

キラキラと月明かりが礼拝堂に入り、影の姿を映す。

仮面を付けた青年の姿に、リサは無言になる。

フックスだろうか、それとも全く知らない人だろうか、でもリサは確信している。

絶対に会った事がある人だと!

知っている気がすると、そう思うだけで、フックスだと疑う余地はない。

でも何かもっと決定的なものがほしいと、リサは仮面を外してと言おうとしたが、その青年はリサの横を通り抜けて、ミリアム様があった銅像の所まで行くと、

「光と」

そう言って、額の所に人差し指を持って行き、スッと真横に引くと、

「大地の恵みと」

今度は真ん中で親指をスッと下におろし、両手を胸の所で重ね、

「ミリアム様の名の下に――」

と、祈りを捧げた。

その祈りはリサが幼い頃の祈り方であり、その祈りを知っているのは、幼い頃、一緒に祈っていた者で、それはフックスだと、リサの目にいっぱいの涙が溢れ出す。

「フックス・・・・・・どうして・・・・・・どうして独りでいなくなったの・・・・・・?」

リサはフックスの背に囁くように問う。フックスは振り向いて、

「オレよりキミを必要としてる人がいたから」

そう言って、口元を微笑ます。そして、

「似合ってるよ、シスター姿。神の使い、まるで天使だね」

と、リサを見つめる。

「アナタは・・・・・・ずっと何をしてたの? ミリアム様の奇跡を起こしてたのはアナタでしょう? 金貨はどこで手に入れてたの? どうして奇跡を起こしてたの?」

「ずっと魔法使いをしてたよ。魔法使いだから奇跡を起こせたんだ。でもキミにだけ教えてあげるね、実は種があるんだ」

リサの呼吸が止まりそうになる。

子供の頃にタイムトリップしたかのようだ。

今、目の前に、あの頃のフックスが蘇る――。

〝リサにだけ教えてあげるね、実は種があるんだ〟

幼いフックスが、そう言った。

「仕掛けがあるなら教えて?」

リサもまた幼き頃、同じ問いを口にした台詞を言う。答えはわかっている。

彼はそれはできないと言うのだ。

「それはできない」

ほらねと、リサは少し笑う。

「種はあるけど、種も仕掛けもバレなければ、魔法は解けないままだから」

まるであの頃に戻ったような気持ちになる。

リサはフックスが戻って来てくれたんだと思い、嬉しくなるが、

「でもキミにかかっている魔法を解かなくちゃ」

そんな事を言われ、息がうまくできなくなる程、不安で胸が一杯になる。

「もう奇跡を待たないで」

「フックス・・・・・・」

「もうここには来ない。オレはもう来ないんだ。ミリアム様もいなくなって、奇跡も起こせない。魔法はおしまい。これから奇跡を起こすのは、変わりゆく世界で、一人一人が願う希望への道を歩む人々だ。少しずつだけど、世界は変わり始めている。便利な世の中になって来てるし、皆、心にも余裕が出て来ている。大人達が子供の成長を見守り、導いていく環境になりつつある。もう魔法は必要ない。現実だけを見つめて、ありふれた日常が誰もを笑顔にしてくれる、そんな世界を一人一人が目指し、歩んでいく。キミも、オレも――」

「一緒に・・・・・・歩いてはいけないの・・・・・・?」

「オレにはオレの、キミにはキミの道があるから。その道は、この世界で交わらない」

「・・・・・・同じ世界にいるのに?」

そのリサの台詞に、フックスは少し俯き、一瞬だけ、悲しみで一杯の表情になった。

リサはその表情で気付く。

「・・・・・・同じ・・・・・・世界に・・・・・・いないの・・・・・・?」

震える声で、そう聞いて、でも、そこに存在しているのにと、リサはフックスに手を伸ばすが、もし触れられなかったら、全て幻で消えてしまったら、そう思うと、臆病な気持ちが伸ばした手を引いてしまっていた。

「ねぇ、フックス? もう逢えないの?」

「逢えるよ。いつかきっと逢える。でも逢える場所に辿り着くまでの道は違うから、キミはキミの道で懸命に生きて、幸せになってほしい。もうオレを待つのはやめて、前へ前へ歩いて――」

フックスはそう言うと、駆け出して、リサの隣を風のように通り抜けて、窓の淵に立った。

「待って! 行っちゃうの?」

リサがそう言って、涙を流すので、フックスは振り向いて、

「笑えよ」

と、

「笑えよ、シスター!」

と、笑ってみせる。リサは無理だと首を振るが、フックスの口元が優しく微笑んでいるので、笑わなきゃと、ここで笑わなきゃ前へ進めない、いつまでもフックスに頼ったままで、いなくなったフックスの影ばかりを追い駆けて、何も悪くないのに立ち止まって動けない自分自身の最悪な毎日を、フックスのせいにしてしまうと、泣き笑いする。

鼻を啜り、涙を流しながら、笑うリサに、

「ずっと笑顔でいられますように」

と、パチンと指を鳴らし、リサを指差した。少し首を傾げたリサだが、頭上からフワリフワリと沢山の風船が落ちてきて、天井を見上げると、赤、青、緑、紫、黄色、ピンクと、色とりどりの風船が礼拝堂一杯に落ちてきて、1つ紐の付いた大きな風船がゆっくりと紐の先に何かを付けて落ちてくる。

リサはその風船の紐の先にあるモノを手にする。

「・・・・・・フォックステイル?」

そう、それはフォックステイルという絵本だ。

パラパラと中を開いて見ると、今、そこにいる彼とソックリな服装で仮面を付けたフォックステイルという者が絵本の中で活躍している。

そういえばフォックステイルって、賊を相手にした怪盗だとか、指名手配されたとか、そういう噂を聞いた事があると、まさかそれがフックスだったの!?と、窓を見るが、そこにはもう誰もいない。ふわりと風がカーテンを膨らませ、月明かりだけが注いでいる。

絵本の最後のページには〝親愛なるフックスとフックスが愛する天使に捧げる〟と言うメッセージ。リサは窓に近付き、

「――フォックステイル・・・・・・何者なの? 私にかかっている魔法を解きに来た最後の魔法使い?」

と、静かな夜を見つめ、今にも降って来そうなキラキラ光る星空を見上げた。

もう雲はなく、月も美しく光を注いでいる。

「明日も晴れるわね」

リサは笑顔で、そう呟いた。

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