15.もう1つの勢力

暗黒に美しく煌く満天の星々。

穏やかに揺れる波と音色。

闇の大海原を行く2艘の船の旗は、1つはウサギの落書きの絵柄、そしてもう1つはエル・ラガルトの鰐をモチーフにされた旗。

その2艘の船は、共に並んで、夜の海に漂流しているかのよう――。

「・・・・・・フォックステイルだと?」

エル・ラガルトの船内で、少し声を大にして、そう問う男が、エル・ラガルト。

見た感じ、賊に思えるが、本人は賊ではないと主張し、仲間を一味などと呼ばず、ファミリーと呼び、それは世界中に広がりつつある為、影の偉大なる世界組織とも噂されている。

彼は大きな革命を起こそうと野望を抱き、仲間を集めているが、実際の所、それがどんな野望なのか、誰も知らない。

あの無敵のサードニックスや最強のアレキサンドライトと同時期に現れた輩で、この2つの勢力と共に並ぶとも言われるが、本人が賊ではないと主張するので、賊と並べての背比べはタブーとなっている。それはエル・ラガルトを尊重してではない。

賊ではないと言い切る相手に、サードニックスもアレキサンドライトも、臆病者と一緒に肩を並べる気はないと、エル・ラガルトを全く相手にしてないからだ。

それでもエル・ラガルトの存在は消える事はなく、誰からの挑発にさえ乗らず、時期を待つかのように、不気味に、ゆっくりと何かを育てるかの如く、今に至ると言う訳だ――。

「フォックステイルとは、妙な術を使う奇怪な奴だと噂で聞いたが、実在すると言うのか?」

「・・・・・・」

「大丈夫だ、言われた通り、皆、奥へ退かせた。この闇夜の下にいるのは、お前とワタシの2人だけだ。誰もいない。そんな警戒せずとも、影に誰かを潜ませたりはしていない。女相手にそんな姑息な手段をとる訳がないだろう?」

「そう、アナタと・・・・・・アタシの2人だけ・・・・・・ね」

と、怪しく微笑む女は、ラビだ。

「フォックステイルなど信じられん。大体、数十年も昔、サードニックスが手に入れたと聞いていたが?」

「だからフォックステイルが、サードニックスから盗んだのよ、幻の地上最大の宝石〝ブルーアース〟を――」

と、ラビは、エル・ラガルトに怪しく微笑みながら言う。

「そんな話信じられん。相手はあのサードニックスだ。実際にフォックステイルが存在するとしても、どんな術を使うか知らんが、どうせ催眠効果などのある類のモノであって、只のコソ泥だろう。そう簡単にコソ泥が、サードニックスに入り込めるとは思えん。それに奴等は空にいる。どうやってコソ泥が空に行けたと言うんだ? この世で飛行船はサードニックスが乗ってるモノだけだ、世は船を空にやる技術者を失ったからな、その技術さえあれば、賊達は皆、サードニックスに続けとばかりに、空へと舞台を移している」

「別に空を飛ぶモノは飛行船だけじゃないわ」

「ならば飛行機でサードニックスに会いに行ったとでも? 辻褄が合わんな、飛行機なら、コッソリ忍び込む事さえ不可能だろう、真正面きって会いに行き、サードニックス相手に勝てる者などいると思うのか? アレキサンドライトが相手なら、話は別だが――」

「フォックステイルはブルーアースを盗んだだけ。勝っても負けてもないわ」

「益々わからん。勝負なしにブルーアースを盗んだだと? サードニックス相手にか? 逃げ切れると思うのか? 逃がす訳ないだろう? 万が一、サードニックスの何かを手に入れる者がいたとしたら、それはサードニックスに勝利した者だけだ。サードニックスが何の勝負もせず、何かを失うなど有り得ない。例えコイン一枚でもな」

「やけにサードニックスの肩を持つのね」

「バカ言え。よく知ってるだけだ。出来る事なら、フォックステイルがブルーアースを持っていてほしいと願う程にな」

そう言ったエル・ラガルトに、ラビはふふふっと笑い、近付くと、

「フォックステイルを甘く見ない方がいいわ、アタシの魅力も通じないんだから」

と、アナタと違ってねと、耳元で囁く。

「ワタシも甘く見られたものだ。ラビ・ダークレス・・・・・・とか言ったな? 何者かは知らんが、何故、そんな情報を態々教えに来た? 何の目的があって、ここに現れた?」

「あら、目的なんて、まるでアタシが何か企んでるみたいじゃない?」

「何も企んでないとでも?」

「アタシは、アナタがブルーアースを手に入れようとしてるんじゃないかと、そう思っただけ」

「何故そう思った?」

「最近、謎の素性の者が、サードニックスにスパイに入って、殺されてるの。調べたら、1年に一度の確立で素性がわからない者がサードニックスに入り込んで、サードニックスに処刑されてる。それって、アナタのファミリーの者でしょ?」

「何の話か、サッパリわからんが、もしサードニックスにスパイに入ってる奴がいるとしたら、どこぞの賊の一味の者かもしれんだろう? 或いはどこぞの国の軍から回された者かもしれん。なのに、何故、うちのファミリーだと決め付ける?」

ラビはクスクス笑いながら、

「賊なら、拷問される前に、どこの一味か喋るわ。無敵のサードニックスを敵にまわすか、自分の一味を敵にまわすか、考える迄もなく、自分の一味を敵にするわ。それに、賊は仲間を裏切って当たり前。仲間として集まっていても誰もが孤独で、信用もなく、繋がっているようで繋がっていない。賊同士争って、仲間を助け合うのも、自分が属する賊の名を上げれば自分も上がるからってだけであって、他意はなく、自分さえ良ければいい。至ってシンプルな悪。それが賊って者でしょ? そんな連中が殺される覚悟でサードニックスにスパイに入って、拷問にも耐え、絶対に口を割らないなんて、まず有り得ない」

そう言って、そうでしょ?と、エル・ラガルトを見る。

「ならばどこぞの国の軍からの回し者じゃないのか? 兵士は口が固い」

「どこの国も空軍さえ撤退してるのよ、サードニックスにスパイを送り込んだ所で、軍は何を得る訳? サードニックスの無敵さは調べる迄もなく、存分にご存知の筈。そんな無駄死にさせるならば、1人でも多くの兵士に、更なる強化訓練を行うのが賢明ね。それにサードニックスは空に出てから今の所、嵐の前の静けさと言ってもいいくらいよ、国々は無敵と誇る賊が空へ行ってくれて、大人しくしてる事に、喜んでるくらいだと思うわ」

「だとしても、サードニックスへのスパイがうちのファミリーとは限らない」

「サードニックスに挑む者が、賊でもなく、国でもなければ、残るはアナタ率いるエル・ラガルトファミリーだけよ。アナタはブルーアースを手に入れたい。革命を起こすなら、ブルーアースは必要でしょ? だってアレは曰く付きの宝石で、ブルーアースを手にした者は世界を握ると言われている。現にブルーアースを手に入れたサードニックスは賊の頂点になった。同じ強さを持つアレキサンドライトではなく、ブルーアースを手に入れたサードニックスがね。満更、只の曰くではないと感じてるんじゃない? 只の美しい大きな宝石だったとしても、世界でたった1つしかない代物。手に入れて損はないわ」

「・・・・・・」

「アナタはブルーアースを手に入れたくて、サードニックスにファミリーの誰かを送り込んでいた。でもブルーアースをサードニックスから奪う前に、仲間はスパイとバレてしまい、殺されている。スパイから得た情報もろくなものじゃない。最近では、サードニックスが空に出て、薄い空気の中で病に苦しんでいる者もいれば、亡くなった者もいて、人数も減ったなんて聞いて、嬉々としたんじゃない? 喜んだのも束の間、サードニックスがどういう状況であろうと、無敵と言う肩書きは変わらなかったみたいね」

「・・・・・・お前、本当に何者なんだ? 只の美女じゃないな。敵か? 味方か?」

どっちでもいいじゃないと笑いながら、ラビは背を向け、一歩、二歩、エル・ラガルトから離れ、そして振り向いて、エル・ラガルトを見つめると、

「今、ブルーアースはフォックステイルが持ってる。無敵のサードニックスから奪えなくても、フォックステイルからは奪えるかもしれないわ。頑張って、奪って、世界をその手の中に握り締めてみせて? 革命って奴を起こしたいんでしょ?」

と、未だ嘗て誰からも受けた事のない程の挑発にも思える台詞と態度のラビに、エル・ラガルトは黙り込む。

そんなエル・ラガルトに、ラビは微笑みながら、背を向けて、船の架け橋へと向かい、自分の船へと戻ろうとするから、待てと声をかけたくなるが、直ぐに声が出せず、声をかけたのはラビが、自分の船に戻った時だった。

「おい、情報料も受け取らず、お前に何の利益があると言うんだ? 罠としか思えん」

エル・ラガルトがそう言いながら、銃口をラビに向け、ラビが振り向くのを待っている。

「只の親切よ。言ったでしょ、アタシはアナタがブルーアースを手に入れようとしてるんじゃないかと思っただけ。違うなら、聞き流してくれていいのよ」

と、ラビはいつの間にか手に持っている銃を、振り向いて、エル・ラガルトに向けた。

「だから情報料はもらえないわ。でも・・・・・・アタシに敵意を感じて、アタシを殺す気なら、その前にアナタの命をもらってあげるわ」

「生憎、怪しい奴の戯言を聞く為に、丸腰で会うつもりはなくてな。だが、正解だったようだ。お前の銃が火を吹く前に、この銃が鳴り、お前の心臓を鉛の弾が貫くぞ」

そう言いながら、エル・ラガルトは本当に引き金を弾けるだろうかと、手の平に汗が滲む。

ラビのふんわりと緩くカールした長い髪が海風で靡き、美しい顔立ちで、ジッと見つめてくる瞳に、混乱している。

殺すには惜しい女だ。

ブルーアース以上に魅入られる。

月をバックに立つラビは本当に目が眩む程、美しい。

まるで海の精セイレーンが目の前にいるようだ。

それぐらい、ラビは人とは思えぬ美しさがあり、男を惑わせる容姿をしている。

ラビはうふふふふと楽しそうに笑いながら、銃口を下へと降ろした。その奇行に眉間に皺を寄せるエル・ラガルトだったが、直ぐに理解する。自分が引き金を退けば、全く気配を感じず、しかも真後ろにいる者の存在に、自分が消されると――。

殺気さえなく、どこにいたのかも、全くわからなかった、バニの存在に硬直する。

月明かりしかない船内で、闇と化し、物静かに呼吸も波音に消したと言うのか。

「同意見よ、エル・ラガルト。それにアタシは怪しい男と1人で会わないわ。アナタは本当に1人で来てくれたけど。いいのよ、アナタは悪くない、姑息な手段はとらなかっただけ。女だと油断してくれたのよね?」

ラビがそう言って余裕の微笑を見せる。

その微笑に、エル・ラガルトは降参する事を決め、銃をその場で捨て、手を上げ、何もしないと背後にいるバニに見せるが、バニは剣を仕舞わず、エル・ラガルトに向けたまま。

「もう何者なのかなど、野暮な事は聞かん。ブルーアースを狙っているのも認める。だが、情報はキミの独り言として聞かなかった事にする。なんせフォックステイルがどこにいるのか、それこそ奴等が何者なのかも知らん。噂には、賊を相手に盗みをしてると言うだけのコソ泥としか。うちのファミリーは賊じゃないもんでね、狙われた事もない。本心で語ると、フォックステイルなど本当に実在するのか、未だ、信じられん。敗北して落ちぶれた賊達の戯言だと思って来た。キミの話も怪しいもんだと思っているのも確かだ。ブルーアースの行方は知りたいが・・・・・・本当は今もサードニックスの飛行船の中にあるのだろう? フォックステイルという話はブルーアースを隠す為の作り話だ。確かにサードニックスは病で人数も減ったが、無敵を誇っている。でも限界ってものがあるだろう。そろそろヤバイ状態なんじゃないか? だからそんな作り話を――・・・・・・」

「勘違いしないで。アタシはサードニックスからの回し者じゃないわ」

「・・・・・・しかしサードニックスには恐ろしい程の美しい女が出入りしていると――」

「アタシが何者なのか、野暮な事は聞かないんじゃなくて?」

「あぁ、聞かんよ。だが、サードニックスにブルーアースがあったのは確かな事だ。それを知っていると言う事は、キミはサードニックスと繋がりがある。それは事実だろう?」

「まぁ、ね」

「腹の探りあいをしても時間の無駄だとは思わんか?」

「そうね。バニから受け取って? フォックステイルに発信機を付けておいたの。居場所はソレでわかると思うわ。海の上に来てもらったのは、フォックステイルを追跡してる最中だったからよ。余り遠いとレーダーに映らなくなるから。ここから真っ直ぐ東の方向、フォックステイルはそこで動きを止めてるわ。妙なのは、地図には何もない場所なの。海の上で何をしてるのかしら。船は持ってない筈――」

「やけに詳しいな、架空の人物かもしれん奴の事を」

「架空じゃないから詳しいのよ。アタシはフォックステイルの存在を知ってるの。もうお分かりでしょう? ブルーアースを盗んだ彼に発信機を付けたアタシの正体」

「あぁ、やはり、お前はサードニックスに出入りしてる女って事だな。お前の話が全て真実なら、どうやら本当にフォックステイルは手強いらしい。フォックステイルがサードニックス相手にブルーアースを盗んだ所を、お前が何とか発信機を付けて追う事になった。だが、ブルーアースの情報をワタシに流す理由はわからんままだ」

「簡単な事よ、ブルーアースを持ってないサードニックスに、何の魅力も感じないだけ」

「成る程。ならば、ブルーアースを持つフォックステイルの女にでもなる気か?」

「無駄な正義論を持ったお子様には興味ないわ。ハッキリと素性もわからないヒーローに将来性もない。惹かれる要素のない男から、奪ってもらいたいの、ブルーアースを――」

「そしたらワタシの女になるか?」

ニヤリと笑いながら、そう言ったエル・ラガルトに、

「革命を起こす男には興味あるわ。アタシの将来の選択肢が増える為の情報よ、是非、奪ってもらいたいわね」

と、ラビは笑みを浮かべながら言い、バニに目で合図する。

バニはコクンと頷き、エル・ラガルトにレーダーを差し出すと、

「精々与えられた情報でブルーアースを手に入れるんだな。アンタの革命とやらがうまく行けば、アンタは世界に君臨するんだろ? そしたらラビさんの男として相応しくなる。こっちは情報を与えた甲斐があったってもんだ。その時はアンタに剣を向けやしないよ」

そう言った。エル・ラガルトが、レーダーを受け取り、バニを見て、何か言おうとしたが、姿が消えた。驚いて、左右を見回し、後ろを振り向くと、既に自分の船に戻る為、架け橋を渡っている。

なんてスピードで動くんだと、あの女もラビ同様に美しいが、美しいだけでなく、身のこなしが只者じゃないと驚く。

そして、ラビとバニが2人並んだ姿を見ると、この世の者とは思えぬ程の美女振りの2人に、エル・ラガルトは思考が混乱してしまい、惑わされてしまう。

どこにいたのか、トビーが架け橋を仕舞い、お互いの船が遠ざかる。

エル・ラガルトはレーダーを見ながら、

「フンッ、フォックステイルか。サードニックスを相手にするよりは楽勝だな。ブルーアースも、あの女2人も、必ずワタシの手に入れてみせる」

そう呟き、いやらしい笑みを浮かべた後、船内奥へと向かう。

バニは、目を細めながら、エル・ラガルトの船が遠ざかっていくのを見て、

「アイツ、東方向へ向かってったね、フォックステイルを追っていったよ」

そう言った後、ラビを見て、

「でもフォックステイルもホント油断も隙もないよね。ブルーアース盗んでたなんて!」

と、少し怒った表情をする。

「フォックステイルはブルーアースを盗んでないわ」

そう言ったラビに、えええええ!?と、バニとトビーは驚きの声。

「だってフォックステイルを追い駆けてここまで来たんだよね!? この先は天候が悪いから進めないって、エル・ラガルトを利用しようって事になったんじゃないの!?」

「誰がそんな事を言ったの?」

「だ、誰がって、誰も言ってないけど、そう思ったよ!」

「あら、そう思わせちゃったのかしら? 駄目よ、バニ、思い込みは失敗の元」

「じゃあ、フォックステイルが盗んでないならブルーアースはどこに!?」

「フォックステイルが持ってるわ」

そう答えるラビに、意味がわからないと、バニの顔が歪む。

そんな顔したら駄目でしょ、美人がブスになるわと、ラビは、

「アタシがカモメの鞄にブルーアースを忍ばせておいたの。発信機と一緒にね」

と、ニッコリ笑顔で言う。

「なんでそんな事!? そんなややこしい事しないで、ブルーアース、忍ばせられるなら、持ってきちゃえば良かったじゃん!」

「あら、バニ、アナタ、ブルーアースで満足なの?」

「え?」

「んー、そうね、アタシ達の狙いは、空に浮かぶ大陸にあると言うミリアム様の瞳、ラブラドライトアイ。ブルーアースはラブラドライトアイを手に入れる為の餌に過ぎないわ」

「で、でも、ラブラドライトアイが存在しなかったら? もしくは空に浮かぶ大陸が現れなかったら?」

「そしたらカモメに返してもらうわ、ブルーアースを」

「いや、だって、エル・ラガルトにブルーアースを奪われちゃうかもよ!?」

「フォックステイルから、そんな簡単に奪えるかしら? エル・ラガルトが返り討ちに合う確立の方が高いわ。彼、バニの動きにさえ、驚いた顔したくらいよ、バニのスピードなら、シンバもツナも付いて行ける。つまり、シンバとツナの方が、エル・ラガルトファミリーの誰よりも強い筈。バニ、アナタはシンバとツナより強いけどね」

当然と頷くバニに、そんなアナタが好きよと、微笑むラビ。

「でもフォックステイルは殺しをしない。だから、エル・ラガルトは一旦、退くけど、必ず彼等を追うわ、彼等が辿り着く場所迄ね。今となっては、ブルーアースだけでなく、このアタシも手に入れたいでしょうから、必死になる筈よ」

「辿り着く場所って・・・・・・?」

バニは、あそこ?と、空を指差しながら、問うと、そうよとラビは頷き、

「空に浮かぶ大陸にエル・ラガルトも招待してあげるのよ。そこにはサードニックスも現れる。どうしても少人数のフォックステイルだけだと、大きな戦いにはならない。でもエル・ラガルトファミリーと、サードニックス一味の人数がぶつかり合えば、混乱を招く程の戦いになるわ。その隙に、頂くものは頂くのよ」

そう言って、既に勝ち誇る表情。流石ラビさんと笑うバニとトビー。

そんな作戦に巻き込まれ、実行されてるなど、ちっとも知らないシンバは、図書室で、頼りない蝋燭の灯りの中、本を読み耽っていた。

リブレが、暖炉の前で、眠っているので、ツナは、カーネリアンの城内をうろつきながら、シンバを探していた。

今、図書室の扉を開け、シンバを見つけると、

「こんなとこにいたのか。少し休めよ、寝てないだろ?」

と、中に入って来た。

「うん、実はちょっと眠くなって来てる。でもカモメ達が休まないで頑張ってるのに、ボクだけ休むなんて悪い気がする」

「気にすんなよ、俺達じゃコンピューターだの何だのって、全く役に立たないんだから休める時に休んだ方がいいんだ、俺も眠くなって来てるから、寝てやろうと思ってんのに、シンバが寝ないと俺が寝れないだろ」

と、ツナは、

「飯ももらえて、デカイ風呂で手足伸ばせて、のんびりできて、綺麗な服まで用意してもらって、至れり尽くせりで、一気に眠気が来たよな」

と、この服って似合ってるのかなと笑いながら、シンバが読んでいる本を見て、

「飛行機の本なんか読んで、飛行機乗り目指すのか?」

と、更に笑う。シンバは笑い返しながら、

「いや、簡単な操縦を覚えて、オグルさんのフォックスイヤーを奪おうかなって思って」

そう言うから、それ笑えないだろと、真顔になり、

「伝説の飛行機乗りから飛行機を奪うのか!?」

と、ツナは大きな声を上げる。

「空の大陸に行くなら、空を飛ぶ乗り物が必要だ。フォックスイヤーは・・・・・・出逢って運命を感じた乗り物だ。ボク等が空を飛ぶならフォックスイヤーがいい」

「あぁ・・・・・・まぁ・・・・・・確かに空の大陸に行くなら飛行機は必要だけど、あのオッサンは賊じゃねぇし、フォックステイルが狙う獲物じゃねぇだろ」

「ちゃんと全て終わったらフォックスイヤーはオグルさんに返すつもりだよ」

「だとしても、大胆不敵すぎやしねぇか?」

「フォックステイルがボクになってから、それは今更だと思う。サードニックス、アレキサンドライト、挙げ句、ジェイドのネイン姫の婚約パーティーで大暴れ。指名手配にもなったしね。フックスが知ったら嘆きそうだよ」

「それでもフォックステイルは謎のままだ。実在してるなんて思ってもない連中の方が多い。サードニックスやアレキサンドライトも自らフォックステイルにやられた事を口にしねぇし、その場にいた者が口々に広まった噂など、単なる噂だ。ジェイドだって、指名手配も失敗に終わって、直ぐに解いたし、パーティーでは大暴れっつってもネイン姫を助けたようなもんだ。城内にいる騎士達ではなくフォックステイルに救われたなど、ジェイドが口にする訳もない。でも伝説の飛行機乗りの飛行機を奪えば、そうはいかねぇだろ。あのオッサン、飛行機盗られたって追っかけて来るぞ、サードニックスに乗り込むくれぇだ。そのオッサンの行動が世間にどう知れ渡ると思う? あのオッサン、伝説って言われてんだから、世の中でそれ程すげぇんだろ? あのオッサンが俺達の事を何か言ったら、世間はフォックステイルの存在を明らかにしようとするんじゃねぇか?」

「オグルさんは、誰も傷つけてないボク等の事を世間で悪く言う人じゃないよ。飛行機を借りるだけだもん、盗む訳じゃない。勿論、強制的に借りる訳だけど・・・・・・それにそれはカモメの言う通り、天候が変わればの話だ。明日の朝には、この吹雪きを青空快晴にしてみせるから・・・・・・なんて言ってたけど、本当に変わるかな。だって吹雪はずっと止んだ事がないって母が言ってたし、そんな事ができたら本当に魔法だ」

「変わるだろ、なんせ、俺達の傷も一瞬で治す薬を持って来たくらいだ。魔法はある」

「うん、ホント、魔法の薬だよね」

「でもそんな薬があるなら、アイツ等をサッサと先に進ませて、薬を持って来させりゃ良かったよな。そしたら恐怖のホチキスをしないで済んだのにさ」

「全くだ」

と、笑うシンバに、ツナも笑いながら、シンバの笑顔に違和感を感じる。

窓の戸がガタガタと吹雪で音を立てる。その音を聞きながら、本当に吹雪なんて止むのかと疑問に思うが、重傷だった傷が一瞬で癒えたのも事実だ。

カモメが言うには、空に浮かぶ大陸というのは、この地上とは違う重力で、地上とうまく距離を保って重力が引き合って、空に浮かんでいたと言うのだ。

よくわからないが、月と同じ原理らしい。

月と違うのは、その引き合う引力と言うものが、地上と空に浮かぶ大陸の表面部分だけであって、内部は地上と同じ重力である為、空に浮かぶ大陸でも人の体にかかる体重は地上と変わらないらしい。その為、空の大陸の重力が狂うとなると、表面部分の軽い重力が大陸の50パーセント以上を占めた場合、この地上の引力と、うまく距離を保てずに、空の彼方へと大陸は離れて行ってしまうと言う訳だ。

逆に内陸部分の地上と同じ重力が50パーセント以上を占めた場合、空の大陸は、空から地上へと落ちてしまうと言う訳だ。

カーネリアンは、表面部分の重力がなくなり、内陸部分の重力が大陸を占めて、空から落ちてしまったのだろう。

その重力システムが狂ったのは、コンピューターの故障ではなく、天空人がいなくなり、システムを管理する者がいなくなった為、やがて誰もいじらなくなったコンピューターは強制的に終了したらしく、その時に、システムそのものが停止した為、重力は表面重力か内陸重力か、どちらかに勝手に動いたようだ。

つまりコンピューターそのものが、重力調整を行い続けるより、ひとつの重力に統一させた方がシステムにエラーも起きず、終了させられると判断したと言うのだ。

それは天候の変化も同じ事で、それぞれの空に浮かぶ大陸には、気象を操るシステムがあったらしいが、その気象も1つに絞る事で、システムに負荷をかけずに、強制終了する事で、次に起動した時に、システムが無駄なパワーを使っていない為、起動しやすいと言うのだ。つまりコンピューターは自分を動かしてくれる主を待つ為に仮眠についたと言う事だ。そう、仮眠してるだけで、心臓を止めた訳ではない。だから、指令だけは動いていて、延々と同じ天候を繰り返している。

そして、更に、カーネリアンから空の大陸の中でも中心部となる都心のコンピューターにアクセスが可能だと言う。

都心の大陸は表面重力が50パーセント、いや、今では100パーセントを占めている為、宇宙の遥か彼方にあるが、地上との引力が消えた訳ではない為、繋がっている筈だと、カモメは、難しい話を楽しそうに嬉しそうな顔で、ずっとしていた。

その話に信憑性が出るのは、ジェイドでスカイピースが揃った時に磁場の狂いがあった事だ。恐らく、遥か遠くの宇宙からでも、衛生の如く、スカイピースが揃った事で、反応したのだろうと――・・・・・・。

妙な笑顔のシンバに、ツナが、どうかしたのか?と、聞こうとした時、

「ここにいたんだね」

と、シカが来た。そして直ぐに、カモメもパンダも――。

「ちょっと休憩しようと思ったら、シンバもツナもいないからさ」

と、カモメ。

「どっかで寝てるのかと思ったら、オバサンが図書室にいるって言うからさ」

と、パンダ。

「それ、飛行機の本?」

と、シンバが持っている本を見て、シカが問う。シンバは、うんと頷き、

「カモメ、サードニックスにいた時に、オグルさんの飛行機を解体した?」

と、オクトパス戦の時に、ラビが盗んだ飛行機の事だなと、ツナも、

「琥珀色した飛行機だ」

そう言うと、カモメは、頷き、

「あぁ、うん、解体っていうか、部品をちょっともらったよ」

と、それがどうかした?と、言うので、

「その飛行機って、まだサードニックスの船内とかにあるのかな? できれば、なくなった部品を、別の部品に変えて、また飛べたりできないかな?」

シンバの質問に、うんうんと、カモメは頷き、

「できるよ。飛行船に使う為に、製造されてない部品が必要だったんだけど、飛行機の方は、古い部品を、新しい部品に変える事ができるから。部品交換すれば、また飛べると思うけど?」

そう答えると、シンバは、良かったぁと、

「じゃぁ、それ、直して、オグルさんに、その飛行機を返してあげたい」

なんて言うから、カモメは、笑顔で、シンバは、優しいなぁと、思いながら、そうだね、そうしようと、頷く。

「なんだよ、ちょっと元気ないなって思ってたら、お前、そんな事を気にしてたのか?」

と、ツナ。そんな事を気にしてたの?と、パンダも、シカも、シンバを見ると、シンバは、アハハっと、笑うが、やはり、その笑顔が、少し妙だと、皆、思う。だから、

「どうした? 他に気になる事があるなら言えよ?」

と、ツナが言うと、皆、うん、そうだよと、シンバを見る。シンバは、別に、気になる事なんてないよと、笑いながら、皆を見回し、そして、笑ったまま、俯いたと思ったら、体を小刻みに震えさせて、鼻を啜り出すから、泣いてるのか!?と、

「おい!? どうしたんだよ!?」

と、ツナが、シンバの肩を持った。顔を上げたシンバは、涙目になっていて、小声で、何か呟いた。

「なに?」

と、シカ。

「なんて言った?」

と、カモメ。

「お腹空いた?」

と、パンダ。シンバは、首を横に振り、

「王に・・・・・・王になりたくない」

そう言って、泣き出してしまった。シンバの頬を流れる涙に、皆、驚いてしまう。

「吹雪が止まったら、どうしたらいい?」

その問いに、誰も何も答えれない。

「みんなが、ここで、騎士や、先生や、作家になるのは、いいと思う。でも、僕は、王にはなりたくない。怖いんだ。シンバ様って呼ばれてた時に、自分が戻りそうで」

震える声で、そう言ったシンバ。そして、

「偉そうに、誰かを見下して、バカにして、人を軽視しながら生きて行きたくない。でも、あれがボクなんだと思う。本当のボクなんだ。偉い地位に立ったら、きっと、本当のボクが出てくる。嫌だ。嫌なんだよ、王になんかなりたくないよ」

そう言うと、うぅぅぅッと、嗚咽を漏らしながら、俯いて泣き出す。

フォックステイルとして、誰かに成り済ます事は、今のシンバさえも、誰かだと言うのだろうか。

常に、誰かになっていて、本当の自分を消していたとでも言うのだろうか。

あの時も、あの時も、あの時も、シンバは、誰になって、誰として生きて、誰と共に歩んでいたのか、それは、フックスだ。

フックスに成り切れず、でも、フックスであろうと足掻き、どんな時もフックスとして、自分を偽って来た――・・・・・・

偽って来たのだとしたら、今も、シンバは、フックスなのだろうか。

シンバが何者なのか、それは、誰もわからないが、子供の頃、シンバ様と呼ばれていた時だって、父親を真似ていた訳だから、それも本当のシンバだとは言えないだろうと思うが、誰も、何も言えず、暫く、シンバの泣き声だけが響く図書室で、静かに過ごし、その沈黙を破ったのは、

「じゃぁ、やめよう」

と、笑顔のシカだった。

シンバが、顔を上げると、シカは、

「僕は、薬品に興味あるだけでさ、それで、医者になれたらいいなって思って、ここなら、シンバくん、ツナくん、カモメ、パンダ、みんなと一緒にいられるって思って、シンバくんが王になればいいって思っただけ。でも、誰かが、一人でも、それが嫌なら、また別の道を考えたらいいと思う。シンバくんが、王が嫌なら、そんな泣いてまでやる必要ない!」

と――。

「うん、そうだね。オイラもそう思う。みんなが、納得できる道を探そう。シンバも、ツナも、パンダも、シカも、オイラも、みんなが納得できる未来を探そう」

と、カモメ。すると、パンダも、

「だからオラそう言ってじゃん、最初から! フォックステイルやればいいの!」

そう言うから、シカも、カモメも、笑う。

「俺は・・・・・・できれば、ライガさんの指導を受けたい」

と、ツナ。すると、シカが、

「じゃぁ、こうする? この国で、ツナくんは、ライガさんの修行を受けながら、騎士見習いをやって、カモメは学校設立を頑張って、パンダも絵本製作を頑張って、僕も診療所開設を頑張る。でもって、シンバくんは、この国にいると、どうしたって、その血筋で、王族となってしまうけど、王にならず、王の補佐ってどうかな? 王位継承は、バニちゃんに譲るとか!」

なんて言い出し、そりゃ、国としてヤバいだろうと、ツナが言い、パンダが、バニは、シンバ以上に、王になるのを嫌がりそうだと言い、カモメが、バニと結婚したら、オイラが王になるのでは?と、言い出し、もうめちゃくちゃだなと、ツナが言うと、皆、笑い出した。だから、シンバも、少し笑ったので、

「もう許してあげたら?」

と、カモメが、

「自分を許してあげなよ。大嫌いな自分を、大好きになれとは言わないけど、子供の頃だよ。もう、許していいと思う。だって、オイラは、とっくに許してるよ?」

そう言った。パンダも、頷き、

「オラも。言ったろ? 孤児院で再会した時は、オラ達の方が感じ悪かったしって! でも、オラもカモメも、もう気にしてない。シンバが気にしてないから、気にしないでいられる! シンバも、子供の頃の事なんて、オラ達、気にしてないから、気にしなくていいの。それにさ、もし、あの時のシンバに戻って、偉そうに、シンバ様になったってさ・・・・・・」

と、そう言った後、カモメとシカを見て、パンダは、

「王様なんだもん、当然だよ」

と、だよね?と、言うから、カモメと、シカは、そうだねと、笑う。

「嫌なら、王になる必要はないけどさ、昔の自分に戻るのが怖いって思うなら、それは大丈夫だと思うよ。戻った所で、僕達、王の理不尽な言い分は聞かないと思うし、それ、リーダーの今でも、感じてるでしょ? シンバくんの言う事、嫌だと思ったら、僕達、聞いた事ないよね?」

シカが、そう言って、一番聞かないのはシカだよと、いや、カモメだよと、パンダでしょと、3人が3人、指差し始める。

「なぁ、シンバ? もうちょっと俺達を信用してくれよ。お前が、お前の事を嫌いになっても、俺達は、お前を嫌いになったりしねぇから。どんなんだろうが、お前は、俺達の最高の仲間だ。王だろうが、騎士だろうが、詐欺師だろうが、魔法使いだろうが、どんなお前でも、俺達が、傍にいて、支えるよ」

ツナの、そのセリフに、カモメ、パンダ、シカは、頷き、シンバも、小さく頷いた。

温かい飲み物を淹れたからと、カラに呼ばれ、シンバは、まだ少し本を読んでると、1人、図書室に残った。

暫くして、ツナが、毛布と、温かいミルクが入ったカップを持って、図書室に戻って来たが、シンバは、本を開いたまま、テーブルにうつ伏せになって、寝てしまっている。

閉じた目から、流れた涙を、ツナは人差し指で拭いながら、頑張れと、心の中で、エールを送る。

――頑張れ、シンバ。

――頑張れ。

――頑張れ。

――お前にしか、できないんだよ、これは。

――頑張れ。

ツナは、テーブルに、カップを置いて、シンバの肩に、毛布をかけた。

「明日は晴れるみたいだぞ、王子」

と、ツナは、おやすみと呟いて、図書室を出た。

天候が変われば、シンバが王子として、この国を背負う事に反論はできなくなる。

嫌なら、やる必要はないとは言ったが、そんなの無理な話しで、王位継承は絶対だ。

それが、王族の血族者と言う者。

もう逃げる事はできなくなる――。

ふと、目を覚ますと、シンバは辺りを見回し、目を擦り、肩にある毛布を見て、それから、テーブルの上に置かれたカップと、開いたままの本を見て、寝てしまったんだと思い出す。

どのくらい寝てしまったのだろうかと立ち上がり、伸びをしながら図書室を出て、誰かを探す。

「・・・・・・ツナ? カモメ? パンダ? シカ? リブレ?」

誰もいないのか、それとも声が届かない場所にいるのか、城内は静かだ。

元々、静かだったが、本当に人の気配がない。

「・・・・・・母?」

どこへ消えたのか、不安が過ぎる。

「ツナ?」

少し大きな声で呼ぶ。

「カモメ? パンダ? シカ? リブレ? どこにいるんだ? 隠れてるのか?」

どこからだろう、子供達の声が聴こえた気がして、足を止めた。

キャッキャッと、はしゃいでいる笑い声が微かに聞こえ、外だと気付き、シンバは直ぐそこにある大きな窓に駆け寄った。固く閉ざされた重い窓は雪のせいで開かないかもしれない。ガラス窓を開けて、二重になっている戸を力一杯押してみる。

もう長い月日、開けた事のない窓は、グググッと軋むような低音が鳴り、壊れそう。

それでも、強く強く押して、窓を無理矢理に開けると、窓に積もった雪がドサドサドサッと落ちて、パァッと光が差し込み、シンバは目が眩む。

閉じた目をソッと開けて、見ると、眩しい光が――・・・・・・

「・・・・・・嘘だろ、本当に晴れたのか?」

と、シンバは窓を更に開けた。

太陽の光で、雪が溶ける瞬間に、冷気で凍って、冷たい空気が、シンバの頬を擽る。

目の前には、真っ白い光景が広がるが、空は真っ青に晴れていて、光が雪に反射して、凄く眩しくて、光り輝いたキラキラした世界を作り出していた。

遠くの方で笑う子供達の声が聞こえる。

城下町で子供達が遊んでいる声だ。

あの吹雪だったのだ、外で遊ぶ事など、叶わなかった子供達が、外に出て遊べる事に、朝っぱらから、大いにはしゃいで当然だろう。

大人だって、この光イッパイの世界に、はしゃぎたくなる。

きっと、みんな、城下町だと、シンバも、待ち切れない子供のように、その窓を飛び越えて、外へと走り出した。

踏み締める雪は凍っていて固い。

元々カーネリアンの位置は、太陽がギラギラと暑く照りつける場所。

雪が止み、太陽が顔を出せば、積もった雪は溶ける一方だろう。

今はまだ凍る寒さだが、その内、氷も解けて、今度は柔らかくなって、足がそのまま、もっと下へと貫いて、危険だなと、何メートル下に地面があるだろうかと思いながら、城下町へと走って行く。

こうして明るくなって、よくよく見回せば、城の門も、町の建物の扉も、雪の上に無理にこじ開けたような作りをしている。

雪が降り積もり、扉が開かなくなったのを、無理に開けて、そこを扉として作り、そして、その高さ以上に雪が積もったら、雪をどかしていたのだろう。

あの吹雪の中でも、毎日、雪をどかす作業が行われていたと思われる大きな雪の山があちこちにオブジェかの如く、置かれている。

溶けていく雪が光っていて、こんな眩しくて目が痛い世界は初めて見る。

子供達が笑いながら駆け回っている。

その笑い声がカーネリアンに響き渡って、何とも言えない気持ちが込み上げてくる。

子供の笑い声と言うものは、なんて素晴らしいものなのだろうか。

嬉しくて喜ばしい光景が目の前にあって、それが世界中、どこに行ったって見られれば、それこそが理想郷と言うものだ。

子供達の笑顔が溢れる場所は、平和だと言う事だから・・・・・・

ここに、フックスが望んだ世界がある――。

この世界が、世界中に広がれば、フックスの夢が叶った世界になる。

「シンバ」

その声に見上げると、屋根の上から手を振るツナ。

「そんなとこで何してるの?」

大きな声で、そう問うと、

「雪で駄目になった屋根を直して回ってる。補強し続けて、偉い事になってるからさ」

と、まずはスコップで雪掻きしてたんだと、スコップを見せてきた。

「ボクも手伝おうか」

シンバがそう言った時、ふわりふわりと落ちてきた白いモノに、屋根より上を見上げ、ツナも空を見上げる。

昨夜の攻撃的な雪とは違い、優しく柔らかい雪がチラチラと降り注ぐ――。

思い出すのは、フックスが、誕生日を祝ってくれた時の事。

名前を覚えていてくれた時の事だ・・・・・・。

フックスの人差し指が空へと向かって伸び、その指先を辿り、夜空を見上げると、ヒラヒラと落ちて降り注いで来る魔法――・・・・・・

空を見上げているシンバに、背後からカモメが、

「本の少し、レーダーにも映らない雪雲が残ってたみたいだな」

そう言った。シンバは振り向かず、空を見上げたまま、

「たまにでいいから・・・・・・これぐらいの雪が降る場所にしてくれ・・・・・・」

そう囁く。カモメは、そんなシンバを見つめ、フックスの事を思い出してるのだと思う。

カモメも思い出すからだ。

あの時の事を――。

あの時、フックスはもう声も出ない状態だっただろう。

泣いているシンバに彼は何か言いたいけど、声が出ないから、だけど名を呼び続けるシンバに、応える為に力なく落とした手を、もう一度、上へと向けた。

真っ暗な闇の夜空を指差すフックスに、カモメもパンダもシカも、勿論、シンバも、空を見上げると、何かが落ちて来た――。

カモメも空を見上げ、魔法がヒラヒラと降り注いだ、あの時の事を思い出しながら、

「了解! 王子!」

と、頷いた。シンバは振り向いて、カモメを見ると、カモメも空から目を離し、シンバを見て、笑顔で、

「王子が言うなら、従う迄だよ。そうしましょ、王子様」

と、ふざける。実は泣きそうになっていたのを隠す為だったが、シンバも泣きそうだったので、その、おふざけに、涙を止める事ができて、少し笑いながら、

「言ったな? ホントに従ってもらうからな? レーダーにも映らない雲を操れるのか? リーダーの時とは違うからね? 王子様の言う事なんだぞ?」

と、意地悪な質問で、ニヤリと、笑いながら、そう言った。

ツナも屋根の上で、シンバ達とは違うフックスとの想い出を、空に映し、見つめている。

〝オレ達の仲間になってどうする気だ? オレ達に戦力なんてものはナイに等しい。だから子供は連れて行けないな。危ないから〟

〝だから俺が戦力になるよ!〟

〝いらないんだ、戦力なんて。オレ達は戦わない〟

〝でもいざとなった時は戦える奴が必要だろ?〟

〝いざとなれば戦うからこそ、子供はいらない〟

早く大人になりたいと思った。だが、子供だからフックスに出会えた。

〝そんな顔するなよ〟

困ったフックスの顔に、不貞腐れた顔で応える幼いツナ。

〝ガキだから? ガキだから足手纏い? 大人だったらいいのか? アンタだって言う程大人じゃない! でも大人になったら、一緒に行けるなら、俺は――ッ〟

〝確かにオレも言う程、心身共に大人じゃない。でもオレはお前よりは大人だよ。だからな、お前が大人になる迄に、もっといい将来を夢見ろよ、きっとなれると信じてさ。オレ達大人は頑張って子供達が夢を見れる未来をつくるからさ〟

〝・・・・・・俺なら守ってやれるのに〟

〝子供に守ってもらう程は弱くない〟

〝俺は強い!〟

〝だったら、その強さをオレじゃなく、他の誰かを守る為に使えよ〟

〝守る奴なんていねーよ! 俺が賊の子だってみんな知ってるんだ、誰も近寄って来ないし、俺も近寄る気ねーし!〟

〝オレもさ、独りだと思ってた時もあったし、独りがいいと思った時もあったけど、仲間ができた。オレにできたんだから、お前にだってできる〟

〝だったら俺の仲間になってよ〟

〝お前の仲間は、オレじゃなくて、友達って奴かな。友達、そう呼べる仲間を作れ。共に笑って泣いて過ごす友達が、お前が望めば、必ずできる〟

〝・・・・・・できない〟

〝諦めるには早いだろ! おい、そんな顔するなよ! 笑えよ、な? 仏頂面してるより笑ってる方が人が寄ってくるんだぞ〟

と、頭を撫でて来るフックスを見上げる。

そう、フックスは見上げるくらい、背が、ツナより高くて、それはツナに大人だと思わせた。

大人とは仲良くなれても、友達とは違うんだとも思わせた――。

だから泣きそうなる。

泣きそうな顔になるツナに、フックスは少し慌て気味になった。

だが、見上げた夜の空から落ちてきた白い雪に、ツナの不貞腐れたままの苦い顔が緩んだ。

涙さえも消えた。

そのツナの表情に気付いて、フックスも空を見上げ、

〝冷えると思ったら雪か。このエリアでは珍しいな〟

そう呟き、また顔を下へ向けて、ツナを見る。

〝――笑った〟

そう言ったフックスに、え?と、ツナは雪を見て、微笑んでいる自分に気付く。

〝そうか、子供って雪を見たら笑えるのか、そうだな、余り雪が降らないエリアでの雪は、大人でもワクワクする。オレが雪を降らせられたらなぁ。そしたら、お前みたいな仏頂面の子供でも笑顔にできる〟

と、自分の手の平を見つめ、そして人差し指をジッと見つめると、暗い空に向かって人差し指を向けて、バンッと撃つ真似。

――フックス。

――あの時、フックスが空へ向けた人差し指は、未来への道標みたいに思えたんだ。

――だって、アンタは未来を見通しているようだ。

――アンタが言った通り、こんな俺にも仲間ができたしさ。

――アンタの言う通り、アンタについて行かなくて良かったと、今は思えてるし。

――感謝してる。

チラチラと、白い雪が舞い落ちる中、2人で、夜空を見上げた後、

〝笑顔を見せてくれたから、オレのとっておきの魔法、見せてやるよ〟

そう言って、青い飴玉を出したフックス――。

ツナの笑顔が、更に笑顔になる。

〝これだからやめられない〟

フックスは、そう言うと、

〝オレが頑張れるのは、笑顔を見れる特権を持ってるからだ〟

と、ツナに微笑んで、もっと笑ってくれよと――。

ツナは、思い出の旅から帰るように、瞳に青空を映し、晴れた空から、チラチラと降り注ぐ雪を見つめていたが、視線を下へ落とし、シンバを見る。

シンバも雪をぼんやりと見つめているのを見て、アイツはフックスの雪を降らせる魔法を見た事があるのかなと思う。

――シンバに逢えた事は、フックス、アンタに出逢えた事と同じくらい大切な奇跡。

〝や、やぁ〟

と、手を上げたシンバを無視して山道を登って行くと、後ろから追い駆けて来た。

あの頃のシンバと自分を思い出すと、雪を見なくても口元が緩む。

〝ここで何してるの? みんなと一緒に大道芸、見に行かない? あ、ボクはシンバ〟

〝お前、教会の新入りだろ? 俺の話し、他の奴等から聞いてないのか?〟

〝賊の子供って話なら聞いたよ〟

〝・・・・・・で? その賊の子供の俺に何か用か?〟

〝え?〟

〝用があるから来たんだろう?〟

〝別に何もないけど、気になったから〟

〝気になった? 賊の子供の俺を気にしてるってのか? 何様だ、お前〟

そこまでの会話を鮮明に思い出した後、ガキの自分に、王子様だよと突っ込み、笑いながら、

「黒歴史確定のクソ生意気なガキだな、あの頃の俺は」

と、呟きながら、手を動かさなきゃと、スコップで雪をザクッと掘った時、

「嫌な感じがしないか?」

と、一緒に屋根に登って、雪掻きをしていたライガに問われ、ツナは眉間に皺を寄せ、ライガが指差す方、遠くを見つめる。

「悪ぃ、俺、よくわかんねぇんだけど、嫌な感じって、どんな感じ?」

そう言った後、しまったと、直ぐに、

「お悪くて申し訳ないのですが、俺様にはわからねぇんですけども、ど、ど、どんな嫌な感じでございましょうか?」

と、ツナなりに間違ってはいるが、丁寧に言い直してみた。

その言葉遣いに、ライガは怪訝な表情を浮かべるが、今はそれどころではないなと、

「海の方から何か来る」

そう言った。海の方?と、ツナは遠くを見つめ、微かに見える海を眺める。

そして、ポケットから小さな望遠鏡を取り出し、

「俺には千里眼能力はねぇんですなもんで」

「何を言っているかサッパリわからんから、敬語をやめろ」

「え? いいの?」

「今はな。きっちり、それは、また追々叩き込む」

教えるじゃなくて、叩き込むのかよと、でも、それは強さと剣だけでいいんだけどなぁと苦笑いしながら、

「・・・・・・千里眼は持ち合わせてないんだけどさ、カモメがつくった小型の望遠鏡は千里眼の如く遠くまで――・・・・・・ありゃマダイ海賊団だな」

と、望遠鏡で覗き込むと、海に浮かぶ海賊船が映されて、そう言った。

「マダイ? 何故に海賊が、うちのエリアの海域に!?」

「ありゃ嫌な気って程でもねぇよ。大した事ねぇ一味だ。多分、何も考えなしに、この辺へ来てしまって、あの吹雪で遭難状態だったんだろうな。けど、吹雪も止んで、大陸を見つけたってとこだろう。こっちへ近付いて来てる。でもマズイぞ・・・・・・」

と、望遠鏡を少しズラしながら、

「子供達が砂浜にいやがる。町中からソリで、あんなとこまで行きやがって」

と、嫌な気ってのは、そういう事かもなと、ライガを見て、

「なぁに、大丈夫、嫌な気なんて、直ぐに追っ払うよ」

そう言った後、シンバを見下ろし、

「おい、シンバ。海賊がこっちへ来る。海へ行った子供達がいるから、フォックステイルになって助け出すぞ。急げ!」

と、相当高い屋根から、シンバの元へ飛び降りたから、ライガが、

「ちょっと待てぃ!」

そう叫んだが、ツナは、シンバと、フォックステイルになる為に城内へ戻った。

「確かに大した事のない気も近付いて来るが、別の嫌な気も近付いて来ている。なんだ、この、攻撃でも守備でもない、しかし纏わり付くような嫌な風のような感じは・・・・・・賊連中とは、また違う感じだ――」

ライガはそう囁きながら、見えない目を海へと向けた後、城を守らねばと、屋根から降りる――。


「海賊って?」

シンバが荷物からフォックステイルの衣装を出し、着替えながら、ツナに問う。

「マダイ一味。大した事ぁねぇ。お前1人で片付けられる程度のチンピラだ。いつもの作戦で行こう、お前が奴等の気を引いて、俺等で子供達を逃がす」

頷くシンバに、

「海賊って人数が多いよね? 万が一、ここへ辿り着いた奴がいたらどうする?」

と、心配そうに言うカモメ。

「そういや、シカやパンダは?」

シンバがキョロキョロしながら言うと、カモメが、隠し部屋にいると言う。

「じゃあ、あのフェンリルは?」

と、暖炉の前でヌクヌクしていたのだろう、あくびしながら歩いて来るリブレを見ながら問うと、

「大人しくはしてたけど、子供達が城内をウロウロするから危険かもと考えて、元の場所に戻ってもらったよ。転送して空の都心部となる大陸へ――」

そう説明して、つまり魔法で言う所の召喚ねと、シンバに言う。それを聞いて、

「あぁ! そうか、転送! ボク等も転送して空の大陸へ行けばいいんだ、飛行機が必要かもって思っちゃったよ」

そう言うが、カモメは首を振る。

「いやいや、飛行機とかで行ける所まで引力設定で調整して大陸を引っ張ってる最中だから、飛行機とかで行けるなら、それがいい。転送装置はオイラ達、地上の人間が使うには、向こうのコンピューターでOKさせないと無理だ。こっちからソレを解除はできない。幾らシカのラブラドライトアイがあったとしても、それだけじゃ認証されない。向こうでコンピューターをいじらないと・・・・・・只、飛行機や飛行船などで空の大陸に辿り着けるのか・・・・・・」

「え? だって飛行機で行ける所まで大陸を引っ張ってるんだろ?」

「うん、いや、そうなんだけど、転送装置でさえ、厳重に地上の人間を完全にシャットダウンしたシステムを使ってるのに、直接、飛行機で乗り込めるなら、そんなシステムは必要ないだろ? もしかしたらバリア的なものがあるかも」

「・・・・・・成る程」

と、頷いた所で、シカとパンダが現れ、

「あれ? フォックステイル参上?」

と、二人揃ってシンバの姿に聞く。ツナが海賊が現れたと話すと、パンダが、

「じゃあ、これを下着代わりに着て戦闘して来て」

と、シンバにシャツを手渡す。シンバはシャツを広げて見て、パンダを見ると、シカが、

「ソレ、防御服なんだ、剣と弾丸を通さないけど、打撃はダメージとして来るから気をつけて。後、どうしても首と肩部分がうまく強化できなくてね。そこが欠陥なんだけど、そこに例の傷を瞬時に治癒する回復液を仕込ませてあるから、斬られても、撃たれても、一度だけなら直ぐに回復する。例え、首を跳ねられても、斬られたとこから引っ付いて行く。でも一度だけね、二度はない」

そう説明し、パンダとの共同作品だと笑顔。しかしシンバは苦笑いを返し、

「一度でも首を跳ねられるのは嫌だし、それが直ぐに引っ付くって、ホラーだ」

と、そこは魔法だと喜べない顔をするが、急いで、そのシャツを下着代わりとして着る。

「海までどうやって行く?」

ツナの問いに、ソレ考えてなかったと、

「走ってって訳にいかないよね、雪で、スピードもダウンするだろうし、滑りそう」

と、シンバ。

「なら、滑って行けば? 子供達のソリで」

と、パンダ。

「その子供達がソリで海まで行っちまってんだよ」

と、ツナ。

「つまり海まで子供達がソリで行ってしまう程、なだらかな坂になってるって事かな?」

と、シカ。

「だったら、とりあえずシンバだけでも、適当な板に乗って行くしかない」

と、カモメ。

「板? スノーボードって事?」

と、シンバ。

「そんな大層なもんあるのか? 吹雪の中、ソリは兎も角、ボードをやる奴いねぇだろ?」

と、ツナ。

「ボード代わりになるものでいいんじゃない? ポリバケツの蓋とかよく滑るよ」

と、シカ。

「ポリバケツの蓋か・・・・・・嫌だと言ってる場合じゃないな」

と、シンバ。

そこでカラが現れ、シンバの姿に、何が始まるの!?と、驚く。

無理もない、髪も目の色も違うし、仮面を付けてるし、キツネの尻尾を付けた妙な姿だ。

「母、海賊がこっちへ向かって来てて、子供達が、ソリで海辺まで行ってしまったみたいだから、助けに行くよ」

「シンバなの? アナタ、何て格好してるの!?」

「何て格好って、これはフォックステイルの格好だ」

「フォックステイルって、よくわからないけど、仮装しなきゃならないの!?」

「仮装って言うか・・・・・・フォックステイルは謎の人物だからね。それより――」

「えぇ、子供達を助けるのよね、海までスノーバイクがあるから、それで行って?」

そんなものがあるのかと、皆で盛り上がりながら、カラの案内で、スノーバイクが置いてある場所に行くが、その間、フォックステイルではなく、シンバとして子供達を助けたら?と、カラは言い、賊の宝を頂くチャンスでもあるからと、シンバは言い、だってその格好変よと、カラは言い、正義のヒーローの格好だと、シンバは言い、悪役にも見えるわと、カラが言い、どっちでもいいよと、シンバは言い、正義なら正体を明かしてシンバがやればいいじゃない?と、カラが言い、ボクはそんなキャラじゃないと、シンバは言い、だってシンバがやるんでしょう?と、カラが言い、ボクじゃなくてと、シンバが、そう言った後、

「これはフォックステイルの仕事なんだ!」

と、大きな声で怒ったように言うから、カラは納得しない表情のまま、頷きながら、足早に進み、そしてスノーバイクが置いてある城内の倉庫へ着くと、外へ出るシャッターを開けたが、スノーバイクに跨ったまま、シンバは外へ飛び出せないでいる。

「母、これエンジンかからないよ」

そう言われ、思い出したかのように、

「そういえば1ヶ月前の買い出しの時、それで海まで出た人から、壊れたみたいだと聞いてたわ。それは緊急の場合に使う用で、バイクを使える者も少ないから、その1台しかないのよ。後は数人の大人達が引っ張って海まで行く大きなソリがあるけど・・・・・・ソリを引っ張れる動物もいないから、大人達で引っ張るのよ。買い出しから帰って来た船に積まれた荷物を持ち帰るのに使うの」

と、バイクの隣に置いてある、まるでサンタクロースが乗るようなソリを見る。

「オイラが直してみるよ。直ったら直ぐに追い駆けるから、シンバはやっぱりポリバケツの蓋にでも乗って、先に行って?」

カモメにそう言われ、そうするしかないなと、シンバは頷く。

「このソリ、リブレが引っ張れるかもしれねぇな。そしたら、子供達を乗せて帰って来れる」

と、ツナは大きなソリを見て、リブレを見る。

パンダは開いたシャッターから外に出て、いい具合のポリバケツの蓋を持って来て、笑顔でシンバに渡し、シカは、イヤフォンを付けながら、

「吹雪も止んで、電波も悪くない。後で着いたら連絡いれるから、先にショーを始めてて」

と、いってらっしゃいとシンバに手を振る。

シンバは、ポリバケツの蓋かぁ・・・・・・と、苦笑いしながら、

「行って来る。時間稼ぐから着いたら援護頼むよ」

と、手を振り、1人、海へと向かう。ポリバケツの蓋の上に飛び乗って――。

キツネの尻尾を靡かせて、颯爽と行くシンバの姿に、

「カッコ悪いわね。あれが息子だって事が、ちょっとだけ嫌になるわ」

と、呟くカラ。あぁ、やっぱり、この人はバニの母親だと、皆思う。

雪は凍っているから滑りは悪くない。ポリバケツの蓋じゃなければ、もっといい。

だが、なだらかな下り坂はうまくスピードを上げ、城下町を一気に飛び出して、海へと加速して進む。時折バランスを崩すが、直ぐにうまく体勢を戻し、そこは流石の運動神経と言うべきか、初めての、しかもポリバケツの蓋でのスノースケートにしては最高にうまい。

凍っている雪が固くて、転ぶと痛そうだと思いながら、子供達が残したソリの跡を追う。

真っ白な雪と、少し遠くに見えてきた青い海の輝きが、目を眩ませる。

キラキラと光る宝石を散りばめたような景色に浮かび上がる海賊旗。

「うはっ、やべっ、もう船が着いてやがる」

と、シンバはポリバケツの蓋から飛び降りると、蓋だけがそのまま滑って行く。

子供達は捕まってしまってるだろうかと、少し身を掲げながら、海辺へと向かう。

案の定、海賊船から賊達は砂浜へ降り立ち、そこで遊んでいた子供達を捕まえ、この島の事を聞いているが、剣を向けられて脅えて泣き喚く子供達に、何も聞き出せなくて、イライラしている様子。中でも椅子を持ち出して、ドーンと座っている男。

あれがこの海賊船の持ち主キャプテン・マダイ。この一味の親玉だろう。

「・・・・・・あれ? 人数少ないな? 海賊ってこんなもんか?」

と、賊達の人数を数えながら呟くシンバ。

船の中にまだ残っているのだろうかとも思うが、船そのものが思ったより小さい。

「本気で30人程しかいないのか? 船の大きさからして、やっぱりその程度の人数? 大砲も付いてない海賊船なんて初めて見る。船に戦力は全くなし? 移動手段だけ?」

これならツナの言った通り1人でやれるかもと思う。

だが、子供達を無傷で助けるには、念の為、ここは無闇に暴れるより、気を惹き付けておいて、ツナ達が来るのを待った方がいいだろう。

「しかし、よくあの小さなボロい船で、この氷山に近い氷の塊だらけの海の中、ここまで辿り着けたもんだ。運がいいのか、バカなのか、普通はこんな氷の中、あんな船で無理に来ないぞ。幾ら漂流してても、船に氷の塊がぶつかったら、沈没だ。仲間を殺したいのか? そんな考えがないのか、命知らずなのか、賊って、ホント、仲間意識が高いんだか、低いんだか、わっかんねぇよなぁ」

ブツブツと文句を口にしながら、氷の上に乗って、プカプカと浮かぶ大きな氷の上から上へと飛び移りながら、船へと近付いていくフォックステイル。

賊達はギャンギャン泣く子供達しか目に入っておらず、フォックステイルが近付いて来ているなど、全く気付かない。

「おい、クソガキ共、泣き止まんと本当に殺すぞ」

何回、そんな脅し文句を言っただろうか、子供達は泣く一方。

こりゃダメだと、賊達が大きな溜息を吐くが、椅子にドーンと座っていたマダイが立ち上がり、子供達に近付くと、強面の顔をニヤリと微笑ませ、恐らく優しく笑ってるつもりだろうが、余計に怖いから、子供達は余計に泣くが、マダイは酒で焼けた喉から、これまた優しい声を出そうとしているのだろうが、恐ろしいガラガラの声を出して話し出す。

「いいか、ガキ共、難しい事を聞いちゃいねぇだろ、この島のどこら辺に、お前等が住んでるとこがあるんだって聞いてんだ、オジサン達はな、海で長い事、大変だったんだよ、これ以上、彷徨いたくねぇんだ、わかるだろう? ちゃんと答えてくれたら、誰も殺しやしねぇし、お前等も早く家に帰りてぇだろ? ん? どうなんだ?」

そんな事を子供達に聞かなくても城が見えるだろう?と、シンバはマストの上に立ち、島を見渡すが、真っ白な光が全てを包んでいて、遠くを見渡しても、城の影さえ見えない。

城も雪で凍っていて、この光の中、反射して、見えなくなっているようだ。

太陽が雪を溶かし、溶けた水が残った雪で冷えて凍り、全てを光にした。

だが、それも後数時間もすれば、雪も氷も全て溶けて、全てが露わになるだろう。

子供達は更に声を上げて泣き喚き、マダイは銃を取り出して、空に向けて一発、引き金を引こうとしたが、パンパンパンッと、別の場所から音が鳴り、しかも一発ではなく、何発か鳴ったものだから、マダイだけでなく、賊達全員がビクッとする。

流石、賊と言うものは、銃声に似た音に敏感だと、フォックステイルは高い場所で大笑い。

この笑い声は誰だ?と、賊達は辺りを見回し、子供達も、笑い声に辺りをキョロキョロ。

「あそこだ! あそこに誰かいるぞ! 俺達の船の旗のとこ!」

賊の1人がフォックステイルを指差し、眩しい太陽に、皆、手で影を作りながら、空を見上げるようにして、フォックステイルを見る。

「なんだ貴様は!? どこから現れやがった!? 俺様の船にどうやって忍び込んだ!? この島の者か!? さっきの音はなんだ!? お前の銃声か!?」

「いっぺんに質問するなよ、いっぺんに答えられないだろ」

そう言ったフォックステイルに、マダイは、銃を向け、

「何者だ!?」

そう聞いた。フォックステイルはニヤリと笑いながらも、手を上げて、

「賊なら知ってる筈だ、ボクが何者なのか。それとも自己紹介必要?」

と、後ろを向く。皆、手を上げて、後ろを向いたフォックステイルに、銃口を向けられたからだろうと思ったが、そうじゃないと気付いた。

キツネの尻尾のアクセサリーを見せる為に後ろを向いたのだ。勿論、

「フォックステイルだ!!」

誰かがそう叫ぶ。すると、フォックステイルはクルリと向き直り、

「正解!」

と、叫んだ奴を指差して、笑っているではないか。

ふざけた野郎だと、マダイは銃を連射するが、パンパンパンッと、3発も空振り。

当然だ、眩しくて、よく見えない上に、フォックステイルの動きの速さと言ったら、狙いを定められない。しかもマストの影に隠れられるフォックステイルを撃つなど無駄弾もいいとこ。チッと舌打ちするマダイに、もっと撃てばいいのにと、フォックステイルは笑う。

「フォックステイルだとぉ!? どうやってここに現れた!?」

「ボクは獲物がいる所ならどこだって現れる」

「どうやって現れたか聞いてんだ! まさかずっと俺の船の中で身を潜めてたのか!?」

「身を潜められる程、デカイ船じゃないだろう、バカか、アンタは」

「なんだとぅ!?」

「だって隠れる場所なんてあんの? 精々樽の中とか? やめろよ、古典的過ぎて直ぐ見つかる、つーか、遭難中の船で、ずっと隠れてるって、どんだけボクは辛抱強いんだっつー話だ。したら今頃ボクは樽のカタチしてるぞ、はい、ここ笑うとこ!」

そう言ったフォックステイルに、プハッと笑い出した数人の賊。マダイは笑った奴等をギロリと睨むから、笑った連中はマダイから目を逸らす。

「あぁ、でも、こういう手もあるね、ボクの正体はマダイ一味の誰かかも。そしたら船の中にずっといて当然だし、ここにどうやって現れたかって謎も解ける」

そんな事を言い出すフォックステイルに、誰かいなくなってる奴はいるのかと、マダイは連中を見回す。皆、硬直して、マダイの睨みに、冷や汗タラタラ。

だが、マダイ一味である証拠の刺青は、皆、首の所にあるが、誰が誰だかサッパリわからんと、フォックステイルを見上げ、

「貴様が誰であろうと、どうでもいい。降りて来やがれ! 貴様があのフォックステイルだと言うのなら、貴様の首を斬り落とす迄だ!」

マダイは、大声で、そう叫び、腰のサーベルを抜いた。マダイ一味の男共はワァッと声を上げ、戦いの舞台を作るかのように盛り上がり、フォックステイルに降りて来いと吠える。

そしてフォックステイルの耳から流れて来る声の主はカモメ。

『船の中には金貨が宝箱1つ分程。食料は保存食と水もある。宝だけ頂いて、このままコイツ等を追い返していいよ、また遭難したとしても、大丈夫、数日生きるだけの充分な食料はある。数日もあれば、どこかへ辿り着くけど、空腹で戦うチカラはないだろうから、直ぐに誰かが海賊だと通報して、捕まるよ』

「カモメ? もう船の中に潜り込んでるのか? 随分と来るのが早かったな」

その問いに答えたのはツナ。

『スノーバイク、めちゃくちゃ速い。あっという間にお前に追い付いたんだ。子供達を捕まえてた奴等は、お前に夢中になってる奴等の目を盗んで、俺が、とっくに悲鳴さえなく叩きのめした。リブレがソリを引っ張ってくるから、ソレに子供達を乗せる』

そう言われ、いつの間に?と、子供達がいた場所を見るが、そこにツナがいて、手を振っているから、遠くから見るとマダイ一味に見えるなぁと苦笑い。

元々サソリ団の賊だったツナだ、そりゃ賊に馴染んでもおかしくはない。

ならば、もう暴れてもいいかと、フォックステイルは、降りて来いと怒声を投げてくる連中に向かって、パチンと指を弾き、それを合図にするように、パンパンパンッと、花火を打ち上げた。やはり銃声に似た音に、賊達はビクッとして、シンと静まり返るが、この音は銃声ではなく、花火だったかと、マダイは舌打ちし、ふざけやがって!と、フォックステイルを睨むと、

「ご声援にお応えして、ショータイムと行こう!!」

と、フォックステイルはマストから飛び降りた。華麗に舞いながら、着地するフォックステイルに、連中は、呆気にとられたか、驚いているのか、静まり返ったまま、動きも止まっている。だが、それがチャンスとばかりに、フォックステイルは船からも飛び降りて、連中の待つ砂浜に降り立ち、あっという間にマダイの前に現れたかと思うと、マダイが持っている剣を剣で弾き、マダイもハッとして、フォックステイルの動きに見惚れている場合じゃないと、剣のグリップを握り締め、フォックステイルの剣を弾いて、剣と剣を合わせ、戦い始め、連中も、再び怒声に似た声を上げ、戦いを盛り上げようとする。

皆、それぞれ銃や剣などの武器を握り締め、円になって、マダイとフォックステイルの戦いを観賞している。マダイは撃ち殺せ、叩き潰せ、斬り殺せなどと、連中に叫びながら、フォックステイルと戦っているが、銃口を向ければ、フォックステイルが回転して、マダイを盾にするように立ち、モーニングスターなどで叩き潰そうとすれば、やはりフォックステイルがうまくターンをして、マダイを盾にするように立ち、剣を振り落とせば、フォックステイルは避けてしまい、マダイを斬りそうになって、全然、マダイの援護ができない。

丸く円になってフォックステイルを取り囲んでいると言うのに、全くフォックステイルを捕まえられない。寧ろ、円の中、くるくるとダンスでもするかのような動きで面白がっているフォックステイルに、

「いつまでも笑ってられると思うな、このキツネ野郎!!」

と、剣を大きく振り翳した。だが、振り落とした場所に、そのキツネ野郎の姿はなく、凍った雪の砂浜にサーベルは深く入り込み、直ぐに引き抜こうとしたが、剣の刃は冷たく、凍った雪の中に、引っ付いてしまったようだ。引き抜けなくて、もがくマダイは引っ張りすぎて、後ろに尻餅。そんなマダイにフォックステイルは大笑いするから、連中も、マダイの無様な格好に笑いそうになるが、笑ってはいけないと、必死で笑いを堪えている。

「貴様ぁ!!!!」

と、剣は抜けないまま、マダイは、立ち上がると、直ぐ傍にいた男の剣を奪い取り、フォックステイルに向ける。フォックステイルは、まだやる気?と、無駄な事をと、

「笑えよ、マダイ」

そろそろ終わらそうと、キメ台詞。

「なんだと!?」

「笑えよ、笑ってしまえば、こんなの茶番で終わらせられる。本気だったなんて、誰も思わないさ。みんな、笑いを堪えてる。全て笑って終わらせよう。ボクは楽しそうに笑って、島を出て行く海賊を追わないから、安心して行っていいよ」

「逃げろって言いたいのか?」

「笑えって言ってるだけだ」

「ふざけるのも大概にしろ!! こっちには切り札があるんだ!! おい、ガキ共を!!」

そう吠えるマダイに、皆、シーンとする。マダイは、再び、

「おい、ガキ共をこっちへ連れて来い!!」

そう叫ぶが、ガキ共を誰がそっちへ連れて行くんだ?と、皆、顔を見合わせ、ガキ共って?と、きょとんとした顔。

「おい、何してやがる!! ガキ共はどうした!?」

さぁ?と、首を傾げる連中に、そこにいただろう!?と、そこを見たら、いつの間にか、数人の男が叩きのめされて、気絶しているから、皆、驚いて、フォックステイルを見る。

フォックステイルは、さぁ?と、肩を竦め、

「ボクじゃないよ? ここにいたでしょ? ボクは――」

言いながら、ポンッと手の平に拳を入れて、何か閃いたとばかりの表情をしながら、

「子供達にやられちゃったんだね、こりゃ大変だ、マダイ一味、子供達にやられる! フォックステイルにやられるより酷い! さて、どうする? 笑った方が良くない!? だってこれ冗談でしょ? まさか本気?」

そう言ってみる。引き攣った顔のマダイは、引き攣らせたまま、笑い声をムリヤリ出してみる。すると、連中も、マダイに釣られるようにして、ムリヤリにでも笑って見せ、

「冗談に決まってるだろう、ガキにやられる訳がない!」

そう言ったマダイに、全員で頷いて、無理な笑顔をして、フォックステイルを見る。

「やっぱりね。冗談だと思ったよ。じゃあ、バイバイ?」

と、手を振るフォックステイル。皆、バイバイと手を振りながら、船へと戻る。

気絶している男達も、ちゃんと船に乗せ、何事もなかったように、笑顔でバイバイと手を振るマダイ一味達に、フォックステイルは、

「宝箱に入ってた金貨、どうもありがとね」

手を振りながら、笑顔で、そう吠えた。金貨だと!?と、マダイが驚いた顔をした時、ドンッと言う体に響く大きな音が鳴り、マダイの船が炎上。

突然の爆風に、フォックステイルは後ろへ吹っ飛ばされ、だが、直ぐに何が起こったんだと起き上がり、見ると、マダイの海賊船が木っ端微塵になっていて、黒い煙が上がっているから、なんで!?と、驚いていると、その黒い煙の中から現れる大きな船!!

『大丈夫か!?』

ツナの声がイヤフォンから聞こえ、

「ボクは大丈夫。そっちは?」

と、現れた船を見ながら、問う。大丈夫と聞こえる全員の声に、ホッとするが、大きな船の帆に描かれた鰐のマークに、安堵はできない。

「賊のドクロマークじゃない。何の船だろう? どこかの国のマークとも思えない。何の組織のマークだ? 誰か、わかる?」

何者かわからない奴が島に来た事に、そして躊躇いも警告もなく、ましてや理由があったとも思えない攻撃で、マダイの船を爆破した者に、フォックステイルは警戒している。

『実際に見た事ねぇけど、鰐の紋章は革命家と聞いた事がある。あのサードニックスやアレキサンドライトと同時期に現れた奴だって話だが、本人が賊じゃないと言い切ってて、一味とは言わず、ファミリーと言ってる連中だ。エル・ラガルトファミリー』

「革命家? 何の革命を起こしたの?」

『知らねーよ、いや、何も起こしてねぇだろ、起こしてたら、知名度すげぇだろ、多分これから起こすってんじゃねぇか? まぁ、そう言いながら、ずっと大人しくしてたんだと思う。なんつーか不気味な連中で、サードニックスやアレキサンドライトと並ぶとまで言われてるが、実際は誰も何も知らねーんだよ。だから情報も何もねぇ・・・・・・エル・ラガルトの顔も知らねぇだろ、指名手配もされてねぇから』

「それで、そのエル・ラガルト? って謎の人が、この島に何しに?」

『それがわかったら、とっくにお前に伝えてる』

確かにツナの言う通りだと、フォックステイルはどんどん近付いて来るエル・ラガルトの船を、このまま島に招き入れるしかないのかと、黙って見ているしかできないと、砂浜に1人突っ立っている。

「強いの・・・・・・かなぁ・・・・・・?」

誰に問うでもなく呟くシンバに、イヤフォンからは誰からも返事はなく、だが、暫くしてから、気付いたように、シカが、

『軍艦並の船だね、大きな氷、全部、割り砕いて進んで来る』

そう言った。それはエル・ラガルトの船の戦力は相当だと言っている事になる。

『ねぇリーダー? フォックステイルで会わなくてもいいんじゃない? だって海賊じゃないんだよね?』

そう言ったパンダに、皆、そうかと思うが、直ぐそこの波打ち際で、ザッパザッパと海から這い出るようにして、こちらへ向かって来るマダイ。

「あ! 生きてた!」

あの爆発の中、マダイが生きてたと、そう言って、駆け寄ろうとしたが、

「何しやがる、キツネぇぇぇぇ!!!!」

髪も服も、元々汚らしい格好だったが、黒く焼き焦げて、肌も火傷で爛れて余計に汚らしくなって、それだけでも近寄りがたいのに、めちゃめちゃ怒っているから、フォックステイルは足を止め、違う違うと少し後退しながらマダイに首を振る。

「よくも!! よくも船を爆破しやがったな!! 大人しくしてやりゃいい気になりやがってクソギツネ!! どこまでもナメ腐りやがって!! 全部失ったら怖いもんなんてねぇぞ!! 殺して皮剥いで煮えたぎる鍋に放り投げてくれるわ、性悪ギツネ!!」

と、銃口を向けて、ビッショ濡れでも、怒りで熱くなっていて、寒くないのか、体から湯気を出しながら、雪の砂浜を力強く踏んで、やって来るから、フォックステイルは首を振り続けながら手を上げる。

「ボクじゃないよ、船を爆破したのはボクじゃない! 後ろ見て! こっちへ向かって来てる船があるだろ、ソレが攻撃して来たんだよ!」

「ナメるなよ、キツネ。もう騙されねぇぞ! 誰が後ろを見ろと言われて貴様に背中を見せるんだ! えぇ!? 貴様、そうやって無防備なところを狙うんだろう? 小賢しい!」

「騙してないよ! ホントだって!」

「黙れ! 貴様も年貢の納め時って奴だな、この至近距離じゃぁ逃げれねぇだろ? いや、逃げるなら逃げてみろ、辺りにゃぁ俺様の可愛い子分共もいねぇからな、無闇に弾を何発も手当たり次第にぶち込めるって訳だ、さぁ、逃げてみろ! お得意の素早い動きを見せてみろ? 俺様が撃つ弾が貴様のどこに当たるか楽しみだ、運良く心臓にでもいきゃぁ、即死で苦しまねぇだろう、できれば苦しんでから、その首を生きたまま落としてぇがな、俺様は優しいんだ、そうならないよう、しっかりと狙って撃ってやるよ」

ゴクリと唾を飲み込むフォックステイル。

『おい、シカ。アイツ、邪魔だ。マダイを麻酔銃でやれねぇのかよ?』

ツナの声がイヤフォンから聞こえ、

『無理だよ、雪で光が反射してて、うまく見えないから狙えない。僕は狙撃の腕そんなに良くないから勘で撃ったらリーダーに当たるかもしれないし』

シカの声も聞こえ、

『ツナが出て行って、戦うしかないんじゃないかな?』

カモメの声もして、

『心配ないよ、心臓を狙ってくれるなら防御服着てるから死なないよ、弾が当たった所の骨が砕けるかもだけど。あぁ、でも銃口は額に向けられてるね』

パンダの声がそう聞こえた時、バンッと言う音が響き渡った。

イヤフォンから聞こえていた声が途切れると同時に、静粛が生まれ、真っ白い雪の世界に響き渡る、その音は、銃声で、今、マダイが、フォックステイルの目の前で、前のめりにゆっくりと倒れて行く。

マダイの背中に1つの穴が開いていて、そこからドクドクと流れ出てくる赤黒い血。

白い雪が、血で汚れていく――。

見ると、エル・ラガルトの船が、砂浜に打ち上げられるようにして、すぐそこにあり、そして先端に1人の男が煙の立つ銃を構えて立っている。

今、フォックステイルと、その男の視線が交じり合う。

男の吐く息が白く見えるから、呼吸音が通常だとわかる。

逆にフォックステイルの吐く息が速いのも白く見えるから、呼吸が乱れているのもわかってしまう。

何故、恐怖を感じるのか、それはサードニックスやアレキサンドライトのように、知れた連中とは違うからだ。

何の情報もなく、何の前触れもなく、そして何の目的があって現れたのかも、わからない。

しかも戦うと言う準備もないまま、わかった事は、向き合っている相手でもないのに、まるで存在をゴミを捨てるかの如く、排除するように殺す。

なのに、そこに悪意は全くないかのような真っ直ぐな視線。

悪どく笑う事もなく、只、真っ直ぐに見つめ、フォックステイルを見定めているようだ。

今、フォックステイルの眉間がキッと釣り上がり、男を睨む――。

「・・・・・・アイツがフォックステイルか?」

船の先端に立つ男、エル・ラガルトがそう呟くと、

「格好からして・・・・・・恐らく、そのようで――」

と、エル・ラガルトの背後にズラッと並ぶ男達の1人が、そう答えた。

「フン、態々、探す必要もなく、出迎えてくれてる訳だ。手っ取り早い展開だ」

そう言って、フォックステイルを目に映し続けるエル・ラガルト。

「我々もファーザーと一緒に、奴の生け捕りを手伝いましょうか?」

「いや、お前達はここで待機していろ、こうしてワタシの方が銃を構えているのだ、フォックステイルとやらは動けまい。しかし万が一、奴とワタシが武器を持ち、戦う事になった場合、加勢してくれ。ワタシが剣を抜いたら合図としよう。まずは紳士的に談話しながらの交渉と行こうじゃないか。これは所謂、商談と言う奴だ」

と、エル・ラガルトは部下全員に、待機を命じると、1人、船から飛び降りた。

銃口を向けられたまま、近付いて来る男に、フォックステイルは逃げずに、待ち構える。

「やぁ、フォックステイル」

そう言って銃を持った手はそのままで、左手を上げて挨拶をするエル・ラガルトに、

「ボクを知ってるのか? 賊じゃないんだろう? 賊でもボクを知らない奴がいるのに」

と、睨みつけるフォックステイル。

「まるで野生のキツネみたいに警戒するな。友好的にいこうじゃないか」

「銃を向けられ、目の前で人が死んだってのに、友好的に? アンタ、頭イカレてるだろ」

「ソイツを殺したのは、キミが脅されてると思ったからだ。遠目だとそう見えた。海賊旗を見て、マダイ一味だと判断し、そのマダイ本人だと遠目でもわかった。殺しても罪にならない。所詮、世のお尋ね者の賊だ。そうだろう?」

「殺す必要はなかった」

「面白い意見だ、ソイツは捕まれば死刑になる賊なのに、殺す必要はないとはな」

「国が決めた法で裁かれるのと、無闇に命を奪う事は違う。ボク等に命を奪う権限はない」

「そうだな。しかしワタシは、フォックステイル、キミのやってる事と同じ事をしただけ」

「ボクがやってる事?」

「あぁ、キミは賊から宝を盗むらしいが? それは正しい事か? 相手が賊とは言え、人から物を盗む事は正しくはない。だが、キミは賊相手だから盗む。ワタシもだ。人を殺す事は悪い事だ。相手が賊とは言え、殺す事は正しくはない。だが、ワタシは賊相手だから殺す。どうやらワタシ達は気が合いそうだよ、フォックステイル」

「・・・・・・ボクをフォックステイルと知ってるようだけど、ボクに用があるのか?」

「そうでなければ、こんな辺鄙な島に来ない」

「ボクがどうしてここにいるって?」

「キミはマダイ一味がこの島に現れるのを御存知だった?」

「は?」

「いやね、賊を相手に狩りをするフォックステイルはマダイ一味がこんな場所で何をしていたか知らぬが、ここに現れるのを御存知の上で、キミはここに現れたのかね?」

「何が言いたい?」

「何故こんな場所に現れたのか?と聞かれたら、フォックステイルは何て答える? 恐らく、それがフォックステイルだと答えるだろう。不思議な術を使うそうじゃないか?」

「・・・・・・」

「ワタシがキミの居場所を知り、ここに現れたのは何故か? それは・・・・・・それがワタシだからさ。不思議な術を使えるんだ、キミと同じでね、何でもワタシはお見通しだから」

「・・・・・・それで? ボクに何の用だ? ボクを殺しに来たのか?」

「ハハハ、キミを殺して何の特がある? いや、キミの出方次第かな」

「出方次第? ボクに何か頼み事でもする気か?」

「頼み事? 面白い、実に面白いよ、フォックステイル」

と、エル・ラガルトはそれなりの距離を置いたまま、銃をフォックステイルに向けて、それ以上、近寄らず、遠からずで話し続ける。

フォックステイルも距離は開いたままの状態を保ち、逃げる事もせず、怪しい男、エル・ラガルトから目を逸らせずにいる。

「確かキミのキメ台詞は〝笑えよ〟だったかな? 言うだけの事はある。ユーモアたっぷりの青年だ。思わず笑ってしまいそうになったよ、キミのキメ台詞が出る前に」

「何の冗談もかましてない」

「冗談じゃない? なら本気だったのか? ワタシがキミに頼み事をすると?」

「・・・・・・」

「クックックックッ・・・・・・頼み事か、それもいいだろう、頼んだら渡してくれるならば」

「渡す? 何を?」

「キミがサードニックスから盗んだものだ」

「・・・・・・サードニックスから? 何も盗んでない」

「とぼけるのか?」

「とぼけてない。サードニックスに宝なんてない。全部、金になるものは飛行船に継ぎ込んだって話だ。幾ら賊だからって、そんなとこから盗まない、盗むものがないから」

「どこまでもとぼけるんだな、フォックステイル。それがフォックステイルの遣り方か?」

「だからとぼけてないって!」

「人を騙すのが得意のようだが、騙せる相手を選んだ方がいい。頭のいい詐欺師は詐欺れる相手を選ぶから詐欺師として成り立っていると言うだけの事を忘れるな」

「詐欺師か・・・・・・酷い言い草だな」

そうぼやきながら、普段、賊相手とは言え、騙しまくっているから、本当の事を言っても信じてもらえないんだなと、やっぱり人は正直に生きるのが一番だなとフォックステイルは思うが、思うだけで、やって来た事については全く悪いと思っていない。

「あのさ、ちょっと聞くけど、何度も言うけどね、サードニックスから何も盗んでないボクが・・・・・・もう一度言うけど、サードニックスから何も盗んでないボクが・・・・・・このボクがさ、サードニックスから何を盗んだと思ってる訳?」

もしかして、サードニックスから、カモメを連れ出した事を言っているのかもしれないと、そう聞いてみたが、

「ブルーアースだ」

と、全く見当違いの台詞を言われ、

「ブルーアース?」

なんだそれ?と、フォックステイルは眉間に皺を寄せるから、

「そんな大根役者のクサすぎる演技はいらないんだがな、フォックステイル」

笑えないとばかりの大きな溜息を吐きながら、エル・ラガルトは不機嫌に言う。

「いや、演技とかじゃなくて、ブルーアースって何?」

本当にわからなくて余計に眉間に皺を寄せるフォックステイル。

だが、それがまたエル・ラガルトに、とぼけていると思わせる。

「いちいち言わせるのか、いいだろう、答えてやる。ブルーアース、地上最大の幻の宝石」

「幻の宝石? 地上最大?」

「あぁ、何度も言わせる気か?」

「いや、一度でいいよ、でもそれって、それを聞いた限りでもわかるけど、一点ものっぽい。しかも世界にたった1つの天然の限定品って感じ? そんなもの、ボクが世界一の大バカだとしても盗んだら覚えてる。それにそんなのボクの狙うモノじゃない」

「どういう事だ?」

「どういうも何も金に変えれないものは狙わない。必要ないから。地上最大の幻? そんなの高価値過ぎて金にならない。だからボクはサードニックスからそんなもの――」

フォックステイルがそこまで言った時、イヤフォンからカモメの声がして、

『リーダー、ソレ、もしかしてもしかしたらオイラの鞄に入ってる奴かも』

などと聞こえるから、威勢よく喋っていた台詞がそれ以上、出てこなくなる。

『なんでそんなもんがお前の鞄に入ってるんだよ?』

ツナの声。

『わっかんないよ!』

カモメの声。

『わっかんねぇってなんだよ?』

またツナの声。

『わかんないもんはわかんないけど、大きな宝石が入ってるんだ、オイラの鞄に!』

またカモメの声。

『確かなのか?』

またツナの声。

『確かだよ、オラがカモメの鞄から見つけたんだもん。な、な、な? シカ?』

パンダの声。そして、

『そうだね、確かだね、あれがブルーアースって宝石なら・・・・・・そもそもブルーアースってどんな宝石なのかな?』

シカの声――。

「おい、どうした? 続きを言えよ。そんなもの? なんだ?」

盗まないと言おうとしたが、カモメの鞄に入っていると言う事は、フォックステイルの手の中にあると言う事だ。

「・・・・・・念の為に、聞きたいんだけど、ブルーアースって、どんな宝石?」

突然、苦笑いしながら、そう問うフォックステイル。

「透明の青く輝く大きな宝石だ」

『リーダー、多分、そうだ、やっぱりオイラの鞄に入ってる奴だ。よくわかんないけど入ってるんだよ、その宝石が――』

カモメの困った声がイヤフォンから聞こえる。その声と同じように困った顔になるフォックステイルに、エル・ラガルトはなんなんだ?と、眉間に皺を寄せ、

「それで、そんなもの、なんなんだ?」

と、話を戻して来るから、参ったなと、

「うん、だから、ボクはサードニックスからそんなもの・・・・・・持って来ちゃったかも」

と、ヘラヘラと苦笑いで誤魔化すように言うフォックステイル。するとエル・ラガルトもフッと軽い笑みを溢し、

「噂通りのふざけた男だな」

そう言った。確かに今のはふざけすぎに思えると、苦笑いが耐えないフォックステイル。瞬間、バンッと銃声が鳴り、フォックステイルが後ろへ吹っ飛んだ。

ドサッと雪の上に落ちるフォックステイルに、

「急所は外してある筈だ、立てるだろう、フォックステイル!!」

エル・ラガルトは怒り露わの表情で怒鳴りつける。

「ガキの悪ふざけは嫌いなんだ、こっちは戦いで奪い合うような野蛮な事ではなく、ビジネス的に話を進めようと思っているのはわかるだろう、そのワタシを侮辱した罪は大きいが、その程度で済んでラッキーだ。手っ取り早くキミに出会えた事で、こう見えてもワタシは上機嫌なもんでね。これは商談だよ、フォックステイル、キミが大人しくブルーアースを渡してくれれば二度と銃声が鳴る事はない。さぁ、立て、立つんだ――」

フォックステイルは、引っ繰り返ったまま、

「ぐあああああああああああああああああ!!!!!」

と、腹部を押さえ、喚き出すから、エル・ラガルトはやれやれと薄ら笑いを浮かべ、

「賊相手に戦って来た奴とは思えん程、痛みに敏感だな。急所を外されてるんだ、痛みはあっても、有り難く我慢しろ、男だろ。それとももう一発ぶち込んでほしいか?」

と、商談が聞いて呆れる程の命令口調。

雪の中、悶えまくるフォックステイルに、エル・ラガルトは銃を向けたまま、一歩一歩近付いていく。ジャクジャクと溶けた氷の音が鳴り、エル・ラガルトの綺麗に磨かれた靴が濡れていく。そして、悶えるフォックステイルの直ぐ手前で、エル・ラガルトの足は止まり、銃を向けたまま、フォックステイルを見下ろし、

「ブルーアースを渡せ」

そう囁いた。痛みで喚き散らしていたフォックステイルは、腹を抱えた状態で、うつ伏せに倒れていたが、ゆっくりと顔をエル・ラガルトに向け、見上げながら、

「やだね」

と、ベッと舌を出し、手に持っていた冷たい氷をエル・ラガルトに向けて投げ付けた。

顔面に食らう氷と雪の欠片に、エル・ラガルトは両手で払いながら、目を閉じた。

直ぐに目を開けたが、そこで倒れていたフォックステイルがいない。

「ボクのいらないモノだとしても、お前なんかに渡すもんか」

その声に、見ると、いつの間にか、少し遠ざかった場所であっかんべーをしているフォックステイル。エル・ラガルトは迷いなく、銃を向け、撃ち放つ。

「そんなへなちょこ攻撃なんか当たんないよ」

と、まるで野生の猿みたいに、面白い格好をしながら、ヘラヘラした面で動き回るフォックステイル。しかも尻をぺんぺんと叩きながら、べぇーっと舌を出すから、エル・ラガルトはガキの悪ふざけ程、苛立つものはないと、銃を連射する。

そしてカチカチッと何度も引き金を弾いても弾が出て来なくなり、

「はい、弾切れ」

と、フォックステイルは逆転勝利とばかりに剣を抜いた。

「勝った気か?」

と、エル・ラガルトも腰の剣を抜き、

「不思議だ、腹に最初に入った筈の弾はどうしたんだ? まさかゾンビみたいに銃弾を受けても死なないのか? 血も出てないようだな」

と、マダイの死体の所にある雪は血で染まっているのに、フォックステイルが倒れた場所の雪は白いままだと、エル・ラガルトは急所を外したつもりが、的さえも外してたのか?と思ってしまう。

「ちゃんと当たったよ、ボクの腹に。でもボクは無傷。まるで魔法みたいだろう? 銃弾も効かない相手と戦って勝てる? やめた方がいいんじゃない?」

と、余裕の笑みを見せるフォックステイルに、

「1人で戦っても勝てないだろうな」

と、エル・ラガルトも余裕の笑み――。

船で待機していた連中はエル・ラガルトが剣を抜いた事を確認し、

「ファーザーの加勢に行くぞ!!」

と、声を張り上げたが、

「それは俺達を倒してからにしろ?」

と、仮面を付け、キツネの尻尾アクセサリーを付けたツナ。

「なんだ? 貴様? 貴様もフォックステイルか?」

誰かがそう問うと同時に、こっちにもいるぞと、

「み、見つかっちゃったなぁ」

と、仮面を付け、キツネの尻尾アクセサリーを付けたカモメ。

「コイツもフォックステイル?」

と、また誰かがそう問うと同時に、そっちにもいるぞと、

「む、武者震いって奴だ!! オラは怖くて震えてるんじゃないからな!!」

と、仮面を付け、キツネの尻尾アクセサリーを付けたパンダ。

なんだなんだ?と、フォックステイルって何人いるんだ?と思っていると、

「人数的にはそっちのが上だ、余裕かましてかかってこいよ」

と、態度は誰よりも余裕のツナが剣を抜き、構えた瞬間、まだ何もしてないのに、男達数人がバタバタと倒れ出し、皆、倒れた連中から後退して、どよめくと、

「おい、まだ俺の合図が出てねぇだろ! 何勝手に攻撃してんだよ!」

と、ツナが上を見ながら怒鳴るから、男達もツナの視線を辿り、上を見ると、マストに座って、口笛を吹きながら、銃に弾を詰め込んでいるフォックステイルがまた現れる。

「合図待ってたら遅くなりそうだったから。僕みたいに力のない人間ってのは不意打ちで先手必勝って決まってるんだよ、だからほら、エル・ラガルトだっけ? この人達のパパ? 彼もそうしてる。だから彼等はこの遣り方に文句はない筈だ。それとキミ達が暴れ出したら狙いが定められない。僕の射撃の腕前は極普通だから」

と、銃口を向けて、ちなみに麻酔銃だから誰に当たっても大丈夫と、笑っているシカ。

「バカヤロウ! コイツ等に文句がなくても俺にはある!! こういうのはな、最初が肝心なんだぞ! ヒーローってのは台詞で決まるんだ! 大体、存在も明らかにせずに攻撃するって、お前、それ卑怯って言うんだ、ヒーローのやる攻撃じゃねぇだろ! コイツ等と同等になってどうするんだ! しかもまだ誰も戦闘準備してないのに!」

「ツナくん、誰もじゃない、僕はとっくに戦闘準備万端だよ、お先に失礼」

と、また数人の男がシカの麻酔銃でバタバタと倒れ、シカはマストに座ったまま、足をブランブランさせ、快晴だねぇと、空を眩しそうに見つめ、口笛を吹き、また銃に弾を詰め込んでいく。

「くっそ! テメ、いいトコ取りかよ!!」

と、全員はやらせねぇと、ツナが剣を構え、男達を叩き潰していくから、カモメとパンダは、結局それかよと、ツナは戦いたいだけじゃないかと思うが、それは好都合だと思う。

2人はスパナとハンマーを持ちながらも、出来る事なら戦いたくはないから、と言うか、全く戦えないから、ツナとシカだけで片付けてくれと願う。

エル・ラガルトは船の中で、部下達がフォックステイルと戦っているなど知らないから、何故、誰も加勢に来ないんだ?と、フォックステイルと剣を交えながら、チラチラと船の方へと視線を送る。

「船が気になる? 心配ない、爆破なんてしないよ、誰かさんと違ってボクは友好的だ」

と、余裕で冗談をかましてくるフォックステイルに、

「ウルサイ!!」

と、苛立って、怒鳴る。

見るからに両方の剣を交える姿からして、フォックステイルに分があるように見える。だが、そうでもない。フォックステイルが余裕に見えるのは、そう見せているだけ。

何気にエル・ラガルトの剣裁きも上等だ。だが、適わない相手ではない。なのに全然集中できないフォックステイル。エル・ラガルト相手に、フォックステイルは油断できない状態に迄、押されている。何故かと言うと、フォックステイルの方こそ、エル・ラガルトの船が気になってしょうがない状態だからだ。

イヤフォンから聞こえてくる声に、フォックステイルは不安を抱え始める――。


「な・・・・・・なんだ、コイツ!? こんな奴がいたのか!?」

と、ツナが、剣を剣で受け止められ、弾き返された事に驚いて思わず、そう言ってしまう。

偶然ではない、攻撃を受け止め、弾き返されたのだ、ツナの剣の攻撃を!

船の上、殆どのエル・ラガルトファミリーはシカの麻酔弾とツナの攻撃で気絶させられているが、その中の1人の男に、ツナは返り討ちを食らっていた。

そう、弾き返しただけではなく、ツナに攻撃までしていたのだ。

だが、男はクエスチョン顔で、自分の剣を見つめ、

「胸を裂いたと思ったが・・・・・・?」

と、ツナが驚いた顔をしているものの、どこからも血を出さずに立っている姿は、通常状態に見え、不思議に思っている。だが、直ぐに、

「あぁ、そうか、フォックステイルは不思議な術を使う」

と、呟いた。男は自分の攻撃に絶対の自信があるのか、攻撃は失敗したとは思っていない。

チッと舌打ちしながら、ツナは剣を構え直し、

「強ぇな、お前がこのファミリーNo.1ってとこか?」

と、聞き、

「それはジョークにもならない。この船に乗っているのはファミリーの一部であり、世界中にエル・ラガルトファミリーは存在するんだ。このぐらい・・・・・・5本の指にも入らない程度の強さだ」

そう言われ、聞くんじゃなかったと思い、また舌打ち。

「中には国の王もいれば、賊の頭をやってる者もいる。エル・ラガルトファミリーに所属する者は、表と裏の顔を持つ連中の集まりだ。とりあえず、この船に乗ってる者は全員、表も裏もエル・ラガルトファミリーとして活動している者ばかりだがな。どうだろうか? キミもエル・ラガルトファミリーの兄弟にならないか? 表家業はそのフォックステイルとやらをやればいい、裏でエル・ラガルトファミリーとして活動して、何れ革命を起こし、世界を我が手の中に治めるファーザーの手と足となるんだ。見返りは存分にある。ミリアムが神として崇められている、この世界が終わり、再び新たな神で始まった時、我々エル・ラガルトファミリーが世界の救いとして、人々を導く救世主になるのだから」

「スカウトしてんのか、この俺を。アンタの兄弟がそこ等で引っ繰り返ってんのは、俺が叩き潰したからだぜ? その俺を仲間にするってのか?」

「強い者、カリスマ性のある者、才能豊かな者などは誰であろうと歓迎する、敵として現れても、仲間になれない訳ではない」

「あぁ、そうだな、今日の敵は明日の友って言葉を聞いた事がある。だが、俺は生憎、あんま物を知らねぇんだわ。ガキの頃に、簡単な読み書きを教わったくれぇで、本もそこそこしか読んでねぇからよ。だから俺からの言葉で言ってやるよ、今日の敵は明日も敵だ。敵とライバルは違ぇからな。お前は俺のライバルじゃねぇ、只の敵だ、その内、眼中にも入らなくなる。俺の方がもっともっともっと強くなる・・・・・・予定だから」

最後の予定だからの台詞で、ツナはヘヘッと笑って見せる。

まさにフォックステイルの茶目っ気たっぷりな所を出すツナに、シカが残りの連中を麻酔銃で撃ちながら、

「意外と余裕あるね」

と、囁く。カモメもパンダも気絶していた連中が起き上がろうとすると、脳天をぶっ叩いて再び気絶させながら、ホントに余裕だなぁとツナに思うが、実際、そんな余裕ではない。

さっき斬られた場所が痛ぇと、腹を少し押さえ、確かに致命傷にはならないが、衝撃はそのままダイレクトに来るから、ダメージ0ではない為、防御として完璧とは言えないと、この完璧な防御服に思う。だが、痛みが止むまで時間稼ぎはできないと、ツナは剣を構え、

「全速全力全開で行く! それで俺がやられたら戦闘ではフォックステイルに勝ち目はねぇ。かと言ってコイツ等に騙しが効くとも思えねぇな。アホな賊のが単純明快純粋だかんな。解り易い悪とは違うコイツ等は・・・・・・尤も嫌な大人だ――」

と、全速で敵に近付き、全力で剣を振るう。

だが、その全てが受け止められてしまい、挙げ句、全ての攻撃を片手で構えた剣で受け止められて、そして、今、もう片方の手で、いつの間にか構えられた銃で、ツナの腹部に銃弾が放たれた。衝撃で後ろへ吹っ飛ぶツナは、シカ、カモメ、パンダの目にスローモーションに見え、ツナ自身も、一瞬スローで宙に浮いた感覚を覚え、気が付けば、船の柱に衝突して、体がドサッと床に落ちた。


――ツナッ!?

銃弾が聞こえ、船の方を向くのはエル・ラガルトだけではない、フォックステイルも共に船へと視線を向けた。ポーカーフェイスを装うのも限界だ。

「チッ! 誰の銃だ!? 何故、ワタシの援護に誰も来ない!?」

そう呟くエル・ラガルトに、フォックステイルは精一杯の怪しげな笑みを浮かべるが、言葉が何も見つからない。只、集中はできないものの、エル・ラガルトと剣を交えるだけ。

ツナを銃で撃った男は、今度はシカに銃口を向け、

「お前達にも当然選択肢を与えよう。どうだろうか、我がファミリーに」

そう言って、気味の悪い笑顔で、カモメやパンダをも見る。

「オイラ達を仲間にしてブルーアースってのを手に入れたいって訳? 金がほしいの?」

もしもブルーアースを渡し、更に金で事が済むなら、そうしようと思ったのか、カモメがそう尋ねた。男は視線を下に落とし、喉で笑いながら、また視線をシカやカモメ、パンダに向けると、

「金? どうやらフォックステイルとは、賊並の鑑定しかできないみたいだな。この世で流通している金は殆どが我がファミリーでつくった偽札ばかりだ」

と、驚くべき発言をした。そして、

「大国ジェイドの世界共通ジェイド札も武力を誇るしか脳がない小さな国ダムドの1ゲルコインさえも、世界中で動いている金の80パーセンは我がファミリーでつくられたモノだ。今となっては、その偽札がホンモノの金となって動いているようなもんだよ」

笑いながら、そう言って、更に、

「言ったろう? 我がファミリーには国々の王も影で所属しているってな。その組織に歓迎してやろうって言うんだ、素直に受け入れた方が身の為だ」

と、既に勝ち誇った台詞。その台詞に、

「素直にお断りするぜ」

と、答えたのは撃たれたツナだ。冷や汗たっぷりで立ち上がっているツナだが、血がどこからも出ていないと、男は不思議に思い、

「どう見ても普通の小汚い服装で、鎧などの防御力はない筈だ。なのに何故だ? しかもあんな至近弾を受けながら立ち上がれるのか? どんな術を使えばそうなるんだ?」

と、銃口をツナに向け、もう一発食らわせてみるかと、思う。

「撃つなら撃て。何度でも起き上がる。おもしれぇくらいにな」

「ゾンビか」

「あぁ、化け物にでもなれる。アンタとは違うんだ」

「何が違う? 強さなら確かに違う。お前の方が弱い」

「確かにパワーもスピードもアンタは俺より上回っている。だが、リーダーへ懸ける想いは俺の方が強い。絶対に俺の方が上回る。アンタ、エル・ラガルトの為に命懸けれるか?」

黙った男に、ツナはヘッと笑い、

「俺は死なない。リーダーが俺を最強だと言ってくれたからには、それに応えなければならない。アンタは? エル・ラガルトの期待に応えれるか?」

そう言った時、男は銃を撃った。だが、弾は、ツナが剣で斬り落とした。

その剣は、フォックステイルから受け継いだ剣!!

いつも、お守り代わりとして、背負っていた剣だ。その剣が、今、ツナの手に装備された!!

おおっと、声を上げたのはパンダで、しかも、

「見た? ツナがあんな小さな銃弾を、しかも一瞬のスピードの弾を、剣で斬ったよ! あれって、初代フォックステイルが所有してたソードだよね!?」

と、解説するように言い出すから、シカは、クッと笑いながら、

「フォックステイル最強の男が、今、最強の剣を装備したんだから、銃弾くらい、斬るよね」

と、ツナに、期待してるのはリーダーだけじゃないとばかりに言う。すると、カモメが、

「オイラ達は、賊と変わりない犯罪者かもしれない。でも、お前等と違って、心だけは汚れてない。死んだって、お前等の組織になんか入るもんか! そんでもって、死んだって、お前等にブルーアースを渡すもんか! オイラ達は、死んでもいいって覚悟で、フォックステイルやってんだ。お前等とは覚悟が違うんだよ!」

そう吠えた。よく言ったと、ツナは、震えているカモメに、

「おい、天才。お前の長い台詞のお陰で、時間稼ぎできたみたいだ」

と、形勢逆転だぜと、男を見る。男は、シカやカモメやパンダを見て、

「雑魚が何匹いても無意味だ」

そう言ったが、

「だが、最強の俺と同じくれぇ強ぇ奴がもう1人いたら?」

と、ツナに言われ、男は、他にもいるのか!?と、辺りを見る。

「紹介しよう、フォックステイル無敵の女神だ」

ツナの背後に突然現れた大きな真っ白い狼に、男は驚愕の表情。

「子供達を乗せたソリを引っ張ってったリブレが戻って来たんだ」

またも解説するように言うパンダに、そうだねと、笑いながら頷くシカ。

「アンタ、エル・ラガルトファミリーで5本の指にも入んないって? 俺達はフォックステイルで5本の指に入っちゃうんだな、これが・・・・・・6人しかいねぇから!!」

と、笑いながら、ジョークを言った後、ツナとリブレが攻撃に走り出す。

パンダが、5本の指に入るって全員で6人いるから最後の1人は誰だろう?と、シカに聞いている間に、男とツナとリブレの激しいバトルが繰り広げられる。

フォックステイルはイヤフォンを聞きながらリブレが登場したのか?と、少しホッとしたのか、油断してしまい、エル・ラガルトの右手に新たな銃が構えられている事に気付くのが遅く、既に銃口を額に突きつけられ、左手に構えた剣先は喉を狙われて、動けなくなっていた。エル・ラガルトの表情に余裕はなく、怒り露わの顔で、今にも引き金を弾きそう。

「おふざけは終わりだ、フォックステイル」

エル・ラガルトはファミリーの誰1人として援護に来ない事にも苛立っている。そして、フォックステイルの適当な剣をあしらうバトルにも、ナメられたものだと気分を悪くしている。確かにフォックステイルはエル・ラガルトの剣裁きならば、適当に受け止めて弾き返せると思っていた。だが、それもバトルを集中してれば余裕だったと言うだけで、仲間の危機に集中できずに、余裕を失ってしまっていた。

「ブルーアースを渡せ。断ったら殺すまでだ。別にキツネ一匹の命など、誰も惜しまんだろう。死体から宝石を捜すまでだ」

「・・・・・・ボクは持ってない」

「ならば、この島にあるのか?」

「・・・・・・」

「この島のどこかに隠したのか?」

「・・・・・・」

「答えろ!! キツネェ!!」

怒鳴るエル・ラガルトに、

「島になんか宝を隠すかよ、海賊じゃあるめぇし、メンドクセェ」

と、答えたのはツナだ。かなり息が上がっているが、エル・ラガルトの背後に立ち、シカの麻酔銃をエル・ラガルトの後頭部に当て、

「俺等は宝なんかにゃ興味ねぇからよ、ブルーアースだか、なんだか知らねぇが、たまたま持ってきちまったってだけの話だ。だが、お前に渡す程、お人好しじゃねぇ」

と、とりあえず銃を下せと、エル・ラガルトの後頭部に銃口を押し当てる。麻酔銃だが、エル・ラガルトには銃としかわからず、ゴクリと唾を飲み込み、本の少し頭を動かすと、ツナは動くなよと、

「気をつけろ、俺は銃なんて滅多に扱わねぇんだ、手が滑って撃っちまうかもしれねぇ。いや、今の俺は手が滑るどころか、手が痺れちまってるからよ、なんせアンタの部下が強ぇの何のってよ、片付けるのに時間は食うわ、やられちまって腕に痺れが来てるわで、こっちも厳しい状態なんだ、早いトコ、銃を下して、剣を仕舞ってくんなきゃ、立ってんのもやっとの俺がテメェに致命傷を与えても、そりゃ事故だかんな。態とじゃねぇ」

脅しの台詞を言う。

「そうか、フォックステイルには仲間がいたのか、そりゃそうだな。だがコチラにもキツネの強敵になる者を沢山抱えている。ワタシの身に何かあれば、この先、只では済まないだろう。フォックステイルの存在はワタシの中で架空から現実になったのだ、最早、お前等は我がファミリーに追われる身になる。ここは利口になって考えた方がいいぞ」

「利口ってなんだ? 俺は頭悪ぃんだ、ハッキリ言ってくれよ」

「撃てるものなら、撃ってみろ。撃てるものならばな」

エル・ラガルトが、そう言うと、

「じゃぁ、そうするわ」

と、ツナは、銃の引き金を弾き、エル・ラガルトの後頭部に麻酔銃を放った。エル・ラガルトの頭の後ろに突き刺さる針の弾。まさか撃つと思ってもなかったフォックステイルも前のめりに倒れるエル・ラガルトに驚き、エル・ラガルト本人も、もう少し駆け引きするもんだろと、振り向いてツナを目に映しながら、朦朧とした瞳になり、ツナが、

「撃てって言ったろ?」

そう言ったので

「バカか」

そう口の中で呟いたエル・ラガルトに、

「だから頭悪ぃんだって。そう言ったろ?」

と、ツナがそう言ったのを最後に、エル・ラガルトは、グルンッと黒目が上に向くと、ドサッと雪の上に倒れた。

すると、ツナは腹部を押さえ、呼吸荒くして、その場に跪くから、

「ツナ!!」

と、フォックステイルは仮面を外し、シンバに戻って、駆け寄る。

直ぐにリブレが駆け寄り、そして、カモメとシカも駆け付け、ツナに手を貸す。

「内臓が破裂してる恐れがあるよ。幾ら防御服着てて、弾が貫通しなかったからって、至近距離で弾をくらったんだ。その後も直ぐに立ち上がって戦闘したんだし」

カモメがそう言うと、まさかとツナは、自力で立てると、ゆっくり立ち上がりながら、

「内臓が破裂してりゃ喋れねぇだろ、こうして立ってる事もできねぇよ」

そうは言うが、元々、戦闘ばかりで傷つく事に慣れてるから、重傷も軽症に思えるのではないかと、皆で思っていると、パンダが、今、エル・ラガルトの船内から降りて来て、

「ツナ、もう死んじゃった!?」

などと縁起でもない事を叫びながら、避難用のボートを引っ張ってくる。そして、

「あ、生きてる生きてる。なら、これでツナを運ぼうよ、ロープ引っ掛けて、リブレが引っ張れば、城まで安静にツナを運べるだろう?」

と、ナイスアイディアである。

「大丈夫だよね? 例えば本当に内臓が破裂してても・・・・・・大丈夫だよね!?」

と、シンバが、シカを見るから、シカは小さな溜息を吐いて、

「破裂してるかしてないか、腹部を切り開いて見てみなきゃね、破裂してたら、内臓に、例の治癒薬をぶっかけよう、傷は直ぐに回復するなら、内臓も回復する筈だし、切り開いた傷も直ぐに治る。なんて言ってもツナくんの精神力なら耐えれるよ」

そう言った。ツナは、精神力の問題か?と、

「なんにしても麻酔っつーのを使ってくれ。銃でいいから、撃て! 俺に!」

と、借りていた麻酔銃をシカに返すツナ。シカはOKと笑いながら頷く。

「ツナ、大丈夫? 無理しないで」

今にも泣きそうな顔で、そう言ったシンバに、

「そんな顔すんな。お前の危機一髪に間に合っただけで、全然大丈夫だからよ」

と、冷や汗たっぷりで呼吸荒く言うツナ。

「みんな、ごめんね、ツナ、本当にごめん。オイラがブルーアースなんてモノを持ってきちゃったから。なんで鞄なんかに入っちゃったんだろう」

と、カモメ。

「オラ思うんだけど、鞄に入っちゃったんじゃなくてさ、入れられたんじゃないかなぁ」

と、パンダ。

「入れられた?」

と、聞き返すカモメ。パンダは頷き、言おうとしたが、

「言うな。嫌な予感がする。何も言うな!」

と、ツナ。

「あ、キツネだ」

と、突然、シカが雪の上にヒョッコリ現れたキツネを指差し、皆、振り向いて、見ると、鼻の頭を雪だらけにしたキツネがコチラを見ている。

「うわぁ、オラ、キツネって初めて見た!」

と、嬉しそうに言うパンダに、皆、

「ボクも」「俺も」「オイラも」「僕も」と、頷き、リブレは舌なめずりしながらも、「私もよ」と言っているかのよう。

「どこにいたのかな、雪が溶け始めて暖かくなって来たから、餌を求めて出てきたのかな。長い間、ずーっと雪から身を守ってたから、何かを口にしてたとしても、ろくな餌もなく、お腹も空きすぎてるよね。よく生き抜いたよ、あの吹雪の中で」

そう言って、可愛らしいキツネに微笑ましい表情のシンバ。

この島には動物がいるんだなと、他の動物もいるのだろうかと思っていると、カモメが、

「あ、ウサギだ」

と、指を差した。よく見ると、真っ白い雪の中に溶け込むようにして真っ白いウサギがいるが、キツネをジッと見ていて、またキツネもウサギをジッと見ている。

ツナは冷や汗タラタラで、腹部を押さえながらも、ヘッと笑い声を漏らし、ニヤリとして、

「ありゃキツネの餌になるな」

と、呟いたのも束の間・・・・・・

「普通、逆だろう!?」

と、思わす、大声で叫び、イテテと直ぐに腹部を押さえる。

何故か、ウサギがキツネを追い、キツネがウサギに追い駆けられ、逃げている。

「ウサギもお腹空きすぎてるにしても、これは正に何かの予兆を表すが如くだね」

と、シカ。

「てか、あのウサギ、肉食?」

と、カモメ。

「つまりさ、あの肉食ウサギは正にラビバニで、あの逃げてるキツネがフォックステイルのオラ達で、そして予兆って事はブルーアースはラビバニがカモメの鞄に入れたんじゃないかって気がするって事だよね? オラもそれ言おうとした、さっき!」

と、そう言ったパンダに、だから言うなっつったろ!?と、ツナはパンダの頭をぶっ叩こうとして、腹が痛くて、力は入らないと、叩くのを止めた。

「でもだとしたら、なんでブルーアースをカモメの鞄に入れたんだ?」

わからないとシンバは難しい表情で考え込みながら呟く。

「ウサギちゃん達、ブルーアースを手に入れる為にサードニックスに潜り込んだのかな? それでブルーアースを持ち出すのにカモメの鞄に忍ばせた?」

そう言ったシカに、カモメが青冷めた顔で、

「ならオイラはブルーアースを盗んだ奴って事でサードニックスに追われるの!? 知らなかったって言っても信じてもらえないよね!? 賊に説明も言い訳も通じないよね!? だって賊だもん!! 話し合ってわかり合える連中なら賊なんてやってない!!」

と、かなり焦った声を出す。

「落ち着けよ、カモメ。サードニックスはブルーアースがなくなった事に気付いてないかもしれない。それにブルーアースをカモメの鞄に入れたのがラビバニなら、ブルーアースを取りに来るのはラビバニだ。なのに、なんでエル・ラガルトが? 大体エル・ラガルトはブルーアースをカモメが持ってるって、どうして知ってたんだろう?」

と、わからないと言った表情のままのシンバ。

「カモメが持ってるって知ってたんじゃねぇ、奴はフォックステイルが持ってると思ってる。つまりフォックステイルが持ってると情報を提供した奴がいるんだ。ワニ野郎にな」

と、ツナ。

「だからそれがラビバニでしょ?」

と、パンダ。

「益々わからないよ、ラビとバニはボク等とエル・ラガルトを戦わせたい訳? その理由は? そんな事して何の利益がある? 何を考えてるんだろう? ボク等を潰したいのか? 或いはエル・ラガルトを? いやボク等が殺しをしないのは知ってる筈。だったらやっぱりボク等を潰したいのか? ボク等が消えれば、ラビバニに何か特がある?」

本当にわからないと言った顔のままのシンバに、

「オラ達に対して超ツンデレとか! だから意地悪しちゃいたいとか!」

パンダの意味不明発言が、余計にシンバの顔を難しくさせる。

「うん、まずデレられた事ないからね、僕達」

と、パンダに突っ込むのはシカ。

「つぅか、どうでもいい、アイツ等の考えなんて誰もわかりゃしねぇよ、兎に角、俺達の前に立ちはだかる奴はぶっ倒す!」

と、ツナは、威勢のいい台詞を言うが、今現在、超ダメージ大の重症。

「ラビバニの仕業と決まった訳じゃないし、とりあえずツナはシカと一緒に先に戻って手当てしてもらって。リブレ、ツナとシカを乗せたボートを引っ張って城へ戻って。ボクとカモメとパンダは、エル・ラガルトとその連中等が眠ってる間に、ここを片付けて、船内を調べた後、船を出そう」

と、シンバが皆に言う。皆、頷き、シンバの言う通り、動き出す。

倒れているエル・ラガルトを船内に運び、シンバとカモメとパンダは船内を物色。

だが、宝らしい宝はこれと言ってない。当然だろう、賊と違い、世界中にファミリーを持ち、組織として、あちこちに拠点を持っているのだとしたら、宝を持ち歩く必要はない。

エル・ラガルトの個室と思われる部屋でシンバは発信レーダーを見つける。

「カモメ、ちょっと来てくれる?」

違う部屋を見て回っていたカモメがシンバに呼ばれ、向かうと、シンバの持っている発信機のレーダーを見て、

「中央で点滅してるね、つまりここって事だ」

そう言ってシンバを見て、まさかと言う顔をしながら、自分の体を見回す。

「手紙を残そうと思ってたんだ」

「へ? 手紙?」

「うん、ボク等がこの島を出るって手紙。またこの島に戻って来られたら困るから」

「あぁ、うん」

「でもこのレーダーがボク等を示したモノなら手紙は不要だ。エル・ラガルトはブルーアースを持ったボク等を追ってくるだろう」

「・・・・・・あった」

と、カモメは苦笑いしながら、発明品を入れているショルダーの奥に、小さな発信機を見つける。ブルーアースは、持っているのが怖くて、城の中に置いて来たようだ。

「そんな所に、いつの間に付けられたんだ?」

と、シンバも苦笑いしながら問う。

わからないとカモメは首を傾げ、

「付けとくよ。フォックステイルを追ってくるようにね」

と、今度はわかりやすく胸の所に、まるでバッチでも付けるように付けた。

特に得るものはなく、シンバ達は、船を自動操縦にして、島から出し、城に戻った。

ツナは既に元気にピンピンしていた。

内臓は、破裂していたのか、どうなのか、わからないが、例の治癒薬を飲んだら、治ったみたいだ。

恐るべし天空人の力!

「そろそろ行く準備して」

シンバがそう言って、フォックステイルの衣装も着替えずに、そのままで荷物を纏め始める。

「シンバ、本当にもう行ってしまうの?」

カラが寂しそうに尋ねる。

「うん、多分、空も晴れてるし、そろそろオグルさんが来る頃だ。飛行機が着陸できそうな場所に移動しておくよ。それでお願いがあるんだ。そのオグルさんが、ここへ来たら、船で彼をフォータルタウンまで送ってくれないかな? それから賊から奪った宝石類を少し置いて行くから、街で金に換えて食料を買うといいよ、子供達には、お土産にお菓子も買ってあげて」

「ちょっと待ってシンバ。オグルさんを船で送るってどういう事?」

「飛行機だけ借りたいと思ってるんだ。母も、もうわかったと思うけど、天空人の力はボク等地上人の力を遥かに凌ぐ。空の大陸へ行くのは危険だ。オグルさんを巻き込めない」

「・・・・・・アナタ達は危険を承知で行くの?」

「誰かがやらなければならない」

「勿論そう思うわ、でもそれがアナタなの?」

当然と言う風に頷くシンバ。そして笑顔で、

「ボクは・・・・・・ボク等はフックスに助けられなければ死んでたかもしれない。きっとボクがあの時に死んでも世界は変わらないだろう。でもボクは生き残った。フックスの命と引き換えに。それはボク等を生かす事で何かが変わるかもしれないと、フックスは思ってくれたからだ。応えたいんだ、命ある限り、フックスに!」

余りにも素敵な笑顔でそう言ったシンバに、カラは何も言えなくなる。そんなカラに、

「戻って来るよ。必ず。だってここがボクの帰って来る場所だから」

と、約束の言葉を言うシンバが、とても優しいと、カラは嬉しくなる。

「僕達も王子と共に戻ります、絶対にね」

と、シカ。

「うん、帰ってきたら、王子だよね」

と、カモメ。

「やる事イッパイだけど、まずは無事に戻って来る事だよね」

と、パンダ。

「無事に戻って来るさ。それぐれぇの約束守れなきゃ王子なんて勤まらねぇよ」

と、ツナ。シンバは皆を見回し、王子と言われる事に諦めた小さな溜息を吐いて、少し笑顔を作ると、

「みんなで無事に戻ってこよう。みんなの場所だから」

と、ちゃんとリブレの事も見る。そして、

「母、フォックステイルの事は秘密だから、絶対にオグルさんには言わないでね」

と、大事な事だからと、カラに念を押す。すぐ傍にいるライガも無言だが聞いている。

カラとライガ、そして子供達や数少ない街の人々に見送られ、シンバ達は青空快晴の下、旅立つ。我が息子の旅立ちを見つめながら、カラはあんなに幼くて自分勝手で傲慢だったシンバが、あんなに変わるものなのかと、昔を想い出しながら、

「ライガ・・・・・・あの子が帰って来る前に、この国を少しでも変えましょう。あの子が、王として、この国を背負う時に、片付けばかりさせるような事はさせたくありません。あの子の理想とする国を、世界を、あの子が、つくって行けるように!」

と、決意した表情で言う。ライガはカラの隣に立ち、

「陛下の仰るままに――」

と、少し頭を下げる。そんなライガを見て、カラは笑顔で、

「あの子達はこの国で奇跡を起こしてくれた。この晴れ渡る空の奇跡を無駄にしたくないわ。吹雪の中で立ち往生するのは終わりよ。街の修復もあるし、人手も足りないわ。さぁ、カーネリアンの存在を、世界に認識させるわよ!」

と、前向きな瞳で、勇ましい表情で言う。

「まずは人手が必要でしょうな。街を修復するにも、国を復興するにも、人が必要でしょう」

「そうね。どこから人を呼び込もうかしら・・・・・・」

「それは心配いりませんよ、陛下。この世は賊がのさばり、王子達のような子等が沢山いる。孤児院で大人の年齢になっても、誰にも引き取られず、働き口も見つからない連中が賊となるか、放浪するか、或いはこの世を去るか・・・・・・」

「・・・・・・来てくれるかしら?」

「行く宛のない連中に、他に選択肢はなかろう。だがカーネリアンも似たようなもの。明日の太陽が拝めるとは限らない崖ッぷちです。とりあえず少しの金額で雇い、寝る場所と食事を与え、街の修復をさせる事で希望を持たせ、この国に住んでもらいましょう。幸い、皆、王子達のように若いでしょうから、よく働いてくれる事でしょう。うまくいけば、民が増えるだけでなく、金回りも良くなります。王子が帰ってくる頃、少しはマシな国になっておられる事かと――」

「ライガ、アナタって、ホント年の功なのかしら、ナイスアイディアね」

「お褒めに預かり幸せでございます、陛下」

ペコリと頭を下げるライガに、そうと決まれば準備始めるわよと、カラは大張り切りでドレスの長袖を捲くり、パッと見では想像もつかない、剣で鍛えた逞しい腕を見せる――。


シンバ達は飛行機が降りた大体の場所まで戻りながら、これから行う作戦を話し合う。

雪はまだ大量に残っているが、溶けてしまっている所も多くあって、水浸し状態の地面が広がりつつある。綺麗な白い雪だったのが、足跡と土と泥で汚くなっていく。

「――ボクの記憶だとね、フォックスイヤーの操縦席って、2つあったんだよ」

「僕は操縦席の方まで見る余裕なかったけど、大型飛行機だからね、2人で操縦する場合もあるんだろうね。伝説の場合は1人でいいのかな?」

「伝説は大型でアクロバティック飛行するバカだからな。俺は思い知ったよ、この世の伝説ってのはバカしかなれねぇんだろうなって。俺達平々凡々にはなれねぇ地位だ」

「ツナが平々凡々!? そしたらオラは?」

「お前はパンダだ」

「ツナもパンダもくだらない事言ってないでさ、ちゃんと聞いててよね?」

聞いてるっつーのと、シンバを睨むツナと、ツナが悪いとツナを睨むパンダ。

「でね、カモメ、操縦お願いできる?」

「え!? オイラ!? いやぁ、まぁ、できなくはないよ、頭では理解してると思うし・・・・・・でもオイラ・・・・・・飛行機の操縦ってした事ないから・・・・・・」

「うん、ボクも。だからボク1人じゃ危険だろ? しかもボクの場合は本で読んだだけの知識なんだよ。しかも一夜漬けって奴! だからカモメも操縦お願い!」

「もしオイラ達の操縦でフォックスイヤーが墜落したら?」

「その時は・・・・・・みんな一緒」

と、苦笑いするシンバに、皆も苦笑い。

「まぁ僕等、運命共同体だからね」

「わかってたけど、やっぱ、俺達、生きるも死ぬも一緒か」

「ツナとシカは女の子とあんな事やこんな事してるから、死ぬかもって時も、そんな平気そうなんだ! オラも死ぬ前にあんな事やこんな事したかった・・・・・・」

「だよね。オイラも」

「なんで死ぬって決めてんの! ボクを信用してないの!?」

「信用してるけど・・・・・・墜落するかもしれないかもしれないんだろ? その時オラは死ぬかもじゃんか! 女の子と何もないまま死ぬかもじゃんか!」

「女の子そんなに大事か!? 俺にはわからん!」

「だからツナはやる事やってるから! この気持ちがわかるのはオラとカモメとシンバだけだ!」

「ボクもその仲間に入ってんの!?」

「なんだよ、シンバ! じゃあ、シンバは女の子と何もないまま死んで後悔ないの!? オイラは後悔するよ! 正直に言えよ、後悔するだろ!? かっこつけんな!」

「い、いや、かっこつけてる訳じゃないけど・・・・・・ボクはその後悔も勿論あるかもだけど、その後悔は一杯ある後悔の中で大半を占めないと思うから・・・・・・多分――」

「パンダ、僕がその気持ちをわかってあげるよ、僕だって、まだ出逢ってもない女の子は世界中にいるからね。その女の子達を食わないままで死ぬなんて考えられない」

「あのね、シカ。シレッと凄い事言ってるって気付いてる? オイラはシカの気持ちが一番わかんないけど、オイラだけじゃなくてパンダもシンバもツナもわかんないと思うよ」

そんなどうでもいいくだらない話をしていたら、青空に一機の飛行機――。

「フォックスイヤーだ! オグルさんが来た! 急げ!」

駆け出すシンバに、皆も走り出す。

そして飛行機が着陸するであろう場所で、雪の中、埋まるようにして隠れる。

フォックスイヤーが狙われているなど全く知らないオグルは、広くて、なるべく平らな場所に飛行機を着陸させ、降り立つと眩しそうに空を見上げ、

「不思議な事もあるもんだな。危険空域が穏やかに晴れ渡るなんてよ」

飛行機のドアを開けっぱなしで、そう呟いて、雪景色を遠くまで見渡し、

「雪が溶けるのも早ぇよぉだな。アイツ等・・・・・・どこにいるんだ?」

そう言った時、フォックスイヤーのプロペラが回る音と強風に、オグルは驚く。

振り向くと、少し宙に浮いたフォックスイヤーと開いたドアの前に立つ男が、

「オグルさん、フォックスイヤー借りるね」

と、不敵に笑っている。

「お、お前!? フォックステイル!? ちょっ、ちょっと待て!!」

「ごめん、待てない」

「フォックスイヤーをどうする気だ!?」

「ボクと運命を共にしてもらう。無事に帰れたら、ちゃんとアナタの元へ帰す」

「俺をここへ置いてく気か!? こんな何もない場所に!!」

「城に人がいるみたいだよ」

「なんだと!?」

「行ってみたら?」

「ソ、ソイツ等は多分あれだ、俺が運んだ奴等で、フォックスイヤーを待ってんだ!」

「そうなんだ」

「お、おい! 行くな! 待て! 待ちやがれ! 待てー!!!!」

バイバイと手を振ってドアを閉めたフォックステイルに、オグルは見送るように呆然と見上げ続け、そして、空の彼方へ消えて行くフォックスイヤーに、

「クソヤロウ!!!! キツネーーーーッ!!!!」

そう吠えた。そして息を切らし、辺りを見回し、何もないから城へ向けて歩き出す。

「チクショウ! なんなんだアイツ等! アイツ等・・・・・・アイツ等だろう!? アイツ等だよな!? だとしたら城にいるのはアイツ等じゃねぇだろ」

オグルが言うアイツ等と言うのは、フォックスイヤーに乗せて来たシンバ達の事だ。

「アイツ等、俺に世話になっといて、どういうつもりだ!? アイツ等を少しでもいい奴だと思った俺がバカだった! なんで俺がこんな目に!!」

ブツブツと文句を言い続け、怒りマックスで歩き続け、城下町で人がいる事に驚く。

子供達が笑って雪で遊んでいて、大人達は雪が溶けた水を流す為に地面を掘っている者と残っている雪を運んでいる者がいて、皆、忙しそう。

「アンタ・・・・・・余所者か?」

甲冑を来た者に声をかけられ、オグルはハッとする。

「あ、あぁ、ここは・・・・・・」

「カーネリアンだ」

「あぁ、それは知ってるけど・・・・・・」

「何者だ?」

「え? あ、俺は格好でわかるだろうが、飛行気乗りでな」

「悪いが目が見えん」

「え? そ、そうか、すまん。俺はオグル・ラピスラズリって言ってな、飛行気乗りだ」

「そうか、アンタがオグルさん。我が名はライガ。この国の騎士だ」

「騎士? アンタ、俺を知ってるのか?」

「そりゃぁな、伝説の飛行機乗りの名前を知らん奴はおらんだろう」

「あぁ・・・・・・」

「頼まれておる。アンタを船でフォータルタウンに運んでやってくれと――」

「誰に?」

「今はまだ正体を明かせぬが、いつか明かされるであろう」

「・・・・・・フォックステイルか?」

「あぁ、フォックステイル・・・・・・そう名乗った奴が確かに現れた。何しにここに来たのか知らんが、現れたよ。だが、アンタの事を頼んだのは、フォックステイルではない」

「フォックステイルじゃない?」

「フォックステイルなど知らんが、アンタの事を頼んだ彼等は、いつか正体を明かす。今は明かせぬがな。彼等は先を急ぐとかで、先に船で行かれたんだ。この国での用が済んだらしい。そして行かなければならぬからと急がれた。だからアンタの事を頼まれた」

「なんで俺の事を頼む? 飛行機を盗まれた事を知ってるみてぇじゃねぇか?」

「盗まれたのか? それは残念だ」

「おい、なんで俺の事を頼んだんだ、ソイツ等は?」

「頼まれたのは、まだ吹雪いておる時だった。吹雪の中、彼等は旅立ったんだ。アンタが吹雪の中でも迎えに来るかもしれないだろうと、もし迎えに来たら、飛行機で飛び立つのは危ないから、飛び立てないで、ここに来たら、船で送ってあげてほしいと頼まれたんだ。彼等の言った通り、アンタは来た。彼等に頼まれた通り、フォータルタウンへアンタを運ぼう。氷山を割って突き進む船が何艘かある。それで送る」

「・・・・・・なんで国の騎士が、あんな大道芸人の旅のニイチャン達の頼みを聞くんだ?」

「・・・・・・今は明かせぬが彼等の正体は必ず明かされる――。その時にわかる」

意味深なライガの台詞に、オグルは無言になる。そして、奴等はフォックステイルなんだろ?と、奴等の正体はフォックステイルなんだと、意味のない確信を持っているオグル。

そう、フォックステイルは、確かに奴等だ。

その奴等は――・・・・・・

フォックスイヤーの中で、緊張と不安で緊迫した空気を出していた。

手に汗いっぱいで操縦レバーを握っているシンバとカモメ。

操縦者が誰であろうと乗っているだけで恐怖のツナ。

いつ落ちるかと硬直しているパンダ。

酔い止めの薬をつくってくれば良かったと思っているシカ。

とりあえず大人しくツナの傍で座っているリブレ。

「シンバ・・・・・・そろそろ東大陸の上を飛んでると思うんだけど」

カモメがそう言ってレバーから手を離したから、シンバは慌てるが、

「大丈夫、自動操縦」

そう言われ、コクコク頷くが、何が大丈夫なの?と思ってしまう。

「あのね・・・・・・カーネリアンの隠し部屋にコンピューターがあったから、サードニックスの飛行船の設計図を書いて、わかりやすく、飛行船の原動機と、その原動力を説明したモノを、大量に印刷して、それを風船で飛ばしたんだ」

「え? え? いつの話?」

「今朝。カーネリアンの子供達と一緒に――」

「知らなかった・・・・・・えっと・・・・・・僕が寝てた時・・・・・・?」

「うん、シンバは図書室で寝てた。一応、声かけたんだけど起きなかったから」

「嘘!? ごめん! そんな爆睡してたんだ」

「それでね、風船がどこまで飛んで行ってくれて、誰が拾って見てくれるか全くわからない。多分、殆どが誰にも届かない気がする。そもそも、必要な人の場所に届かなきゃ意味ないしね。だから空から飛行船設計図のプリントを降らせようと思う。それは、飛行機に乗ってる今しかない」

「あぁ、うん・・・・・・」

「だから少し低めに飛ぶ為、ちょっと下降しよう。それで、窓からプリントを捨てる!」

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・うん・・・・・・そうだな・・・・・・巨大な船が空を飛ぶシステムと、そのエンジンと燃料さえわかれば、賊達はサードニックスに続く為に空へ行く。地上から賊を消すにはそれしかない」

言いながら、シンバはこの美しい空に賊を誘き寄せる事が本当にいい事なのか迷う。

迷うが、賊達を一掃するには、それしか方法はないのだ。

賊は賊同士、勝手に暴れててくれ。

真っ当に生きる人に迷惑をかけないでくれ。

遠くに消えていなくなれ。

そう願っている人は一杯いる。

そして賊達も無敵のサードニックスに続きたいと言う野望を持ちながら、飛行船の技術を失われたまま、足踏み状態。

アレキサンドライトでさえ、サードニックスと対決できず、最強という肩書きを持ちながらも2番手である事に何もできず、未だ地上にいる。

飛行船の設計図さえあれば――・・・・・・

「シンバ? 勝手に風船で設計図を飛ばしちゃってマズかった? でもその為にフォックステイルは、オイラをサードニックスから連れ出したんだよね?」

「うん、いいんだ、それで。下降しよう。賊達は空へ。地上が少しでも平和になるように」

東大陸には大きな国も街もあり、空から舞い落ちた飛行船設計図は、数時間で世界に広がり、ジェイドの王を始め、世界中の王に、そのプリントは治められた。

無論、シャーク・アレキサンドライトも設計図を手に入れ、直ぐに動き始める。

賊達は設計図を理解できる技術者を探し始める。

設計図は解り易く説明されている為、サードニックスに続く第二の飛行船が造られるのも時間の問題だろう。

しかし、その設計図で未来計画が狂い出した者がいた。

エル・ラガルトだ。

エル・ラガルトファミリーの革命が崩れ出す。

何故ならエル・ラガルトファミリーはサードニックスに続く飛行船を、既に完成間近で造り上げていたからだ。

大きな勢力の1つであるエル・ラガルトファミリーは、今直ぐにでも飛行船を出し、サードニックスの次に、空に出る準備をするしかないが、空に出た所で、その目的がないと、只のサードニックスへ喧嘩を売る為の賊と同じ行動となってしまう。

サードニックスを消す事も考えていはいるが、今直ぐと言う訳にはいかない。

なんせ賊の頂点を築いているサードニックスを倒せば、他の賊達の狙いはサードニックスを倒した者へとなる。

今はまだ賊達が多い世だ。標的にはなりたくない。

それにアレキサンドライトに狙われるのも厄介だ。

サードニックスとアレキサンドライトで戦わせ、同時に潰させるのが理想。

そしてその他の賊達も数を減らす必要がある。

今は賊と関わる時ではない。

狙いはサードニックスではなく、空へ出る為の別の理由がほしい。

そんな理由、見つかる訳がないと、エル・ラガルトファミリーが頭を抱えるのは一晩だけだった。

明日の朝には理由が見つかるからだ――。

地上にあるミリアムの全ての像が粉々に砕ける現象が起き、神に仕える者達は祈り続ける。

ミリアムの像が空の大陸の接近に反応し、ジェイドの上空に大陸が現れると同時に全て砕け散った。

地上のミリアムの像こそが、天空人の最後の足掻き。

像が壊れた事は、ミリアムの力が解放された証なのだ。

地上からは空の大陸へ繋がる道は消え、そして大陸にバリアが張られ、地上の人間は空の大陸へは入れないようにミリアムのチカラが発動される。

天空人のチカラは地上の人間が手に入れる事はできない。

地上の人間が天空人のチカラを手に入れようとする日、それは地上からミリアム様が消える日なのだ――。

だが、エル・ラガルトにとって、それこそが計画にもなかった幸運。

王の地位、賊の無敵や最強という地位ではない。

ミリアムと言う神の地位を狙うエル・ラガルト。

ミリアムの像が砕け散り、神が地上から消えた時こそ、エル・ラガルトがその地位を手に入れるチャンス。

こんなチャンスが、何の手も下す事なく舞い降りた。

今こそが、革命を起こすチャンスなのだ。

そして空の大陸を手に入れる為に、飛行船を出す!!

一石二鳥とはこの事か、いや、一石三鳥、四鳥と言う程ではないか、なんせフォックステイルを示す発信機のレーダーは空に現れた大陸へと向かっているのだから――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る