11.大きな誤解
その頃、地下のシークレットルームでは、カモメが汗だくで、ラブラドライトアイをニセモノと交換している所だった。
装置に繋げてある幾つものコードを何の配線か確認しながらの作業は時間を要する。
やっとの思いで、ホンモノのラブラドライトアイを装置から取り外し、高さ30センチ程、横20センチ程の電流が通る特殊な円柱ケースを、
「重いよ? いい? 離すよ?」
と、カモメはシカに手渡した。
その円柱ケースには液体が入っていて、ラブラドライトアイがその円柱の真ん中で、目玉を正面に向けられて固定されている。
電流がなくなったラブラドライトアイは、最後に光った色を放ったまま、色を変えない。
今度は用意したニセモノを装置に固定し、コードを繋げ、うなく電流が流れて、目玉の色が変わるのを願う。そして、うまくニセモノと交換できた後、カモメは笑顔で、
「やった、パンダがつくった目も、ちゃんと色を変えてるし、ケースも電流を通してる。まるでホンモノだ」
と、シカを見るから、シカもそうだねと、笑顔。
そして、カモメはシカが持っているリュックを見て、
「オイラが背負うよ、ホンモノのラブラドライトアイ、オイラが運びたい」
と、リュックを背負う。大きな仕事だったのだ、最後まで自分で遣り遂げたいのだろう。
「ところでカモメ――」
と、シカが、何か言い掛けた時、
「いたいたぁ、終わったぁ?」
と、バニが駆けて来る。バニ!?と、なんでここに?とカモメは驚くが、可愛い笑顔で手を振って来るから、思わずニヤけた顔で手を振り返してしまう。
「まだ取っ替えてないの?」
「いや、もう取り替えた、あれはニセモノ。ホンモノはこのリュックの中」
「そうなんだ、だったら早く!」
と、バニはカモメの手を握って、走り出すから、カモメはバニに引っ張られて行く。
「まだシークレットルームのトラップ装置を切ったままだ! ちゃんと入れとかないと! 誰かがここに入ったとバレてしまう!」
「大丈夫だよ、結局、ラブラドライトアイも無事だとわかれば、大事にならないっしょ」
「いや、もしニセモノと気付かれたら大変だ!」
「気付かない気付かない」
楽観的なバニに、カモメは駄目だと何度も説得するが、手を振り解く気はなく、引っ張られたまま走っている。
シカは、バニとカモメを見送りながら、
「電源だけ入れとけばいいのかな?」
と、部屋を見回す――。
カモメは、バニのスピードについていけなくて、略、引き摺られてる感じに走っていて、今にも目を回しそうだが、
「ね、ねぇ、あのさ、そ、そんなに急がなくても・・・・・・ていうか、そんなにオイラを心配してくれてたの? ていうか、手を・・・・・・手を繋いで走ってくれるくらい、オイラを?」
と、呼吸を乱しながら、気力を振り絞って、喋る。
だが、バニには、カモメが何を言っているのか、わからなくて、
「なんか言った!? つーか、足遅っ! もうちょいスピード上がらない!?」
と、無茶を言う。
「い、いや、ホントはもう少し速いんだけどね、ラブラドライトアイをすり替える事で精魂尽きたと言うか、なんというか」
「なんでもいいけど、もう少し速く走ってよ! トビーが船で待ってるんだから」
「え? よく聞こえなかったけど、トビーって言った? そういえば、トビーさんってどうしてたの? ずっと姿見えなかったよね?」
今、城の外に出た瞬間、向こうからやって来るバイクのライトの光に向かって、
「ラビさぁーん、こっちこっち!」
と、バニが手を振る。
「ラビ? え? あれ? ここでラビが迎えに来るんだっけ?」
ハァハァと息切れしながら、カモメは頭の中でクエスチョンマークばかり浮かぶ。
「なんか手順間違ってない? ていうか、計画が違くない? だってシンバとかツナは?」
バイクが、キッと目の前に止まると、そのバイクにサイドカーが付いてて、
「いいからサッサと乗れって!」
と、バニに尻を蹴られ、カモメはサイドカーに倒れるように乗せられ、これって、なんか、拉致状態じゃない?と、思っていると、
「カモメー!」
と、シンバとツナが走って来る。あぁ良かったと、カモメは笑顔で、手を振るが、
「バイバーイ! アニキ達ー!」
と、バイクの後ろに跨ったバニも手を振り、カモメは、え?と、バイバイってどういう事!?と、バニを見た瞬間、バイクが走り出した。
サイドカーの中、バイクの勢いに体を後ろへ持ってかれて、うわぁぁぁぁ!!と悲鳴を上げるカモメ。
バイクを見送るシンバとツナは、それこそカモメ以上に息を切らし、闇に消えるバイクを見つめるしかなく――。
「・・・・・・何考えてんだ、アイツ等」
「わかんねぇ。なんでカモメを連れてった?」
「さぁ? ラブラドライトアイはどうなったんだ?」
シンバがそう言った瞬間、ツナはハッとして、
「シンバ、お前、とられてないか? スカイピース!」
そう叫ぶが、シンバは大丈夫と、首から下げてるスカイピースを服の中から引っ張り出し、
「実は1つ、バニにあげちゃったんだ」
今更、そんなカミングアウト。なんだと!?と、眉間に皺を寄せるツナに、
「母の形見がほしいって言うから。ボクはフックスのスカイピースさえあればいいと思って・・・・・・」
と、シンバは、そこまで言うと、黙り込み、ジィーッとスカイピースを見つめる。
「どうした?」
「これ・・・・・・よく出来たレプリカだ・・・・・・」
「何!?」
こんなもの作れるとしたらパンダしかいない。
シンバは頭を抱え、どういう事だと考えながら、座り込み、
「そうだ、これはボクがジェイドでラビに渡したレプリカだ。やられた!!」
そう叫んだ。なんだと!?と、ツナはどうするんだと焦る。
「つまり何か? いつの間にか、すり替えられてたのか!? すり替えるのは目玉だけでなく、スカイピースもすり返られたのか!? スカイピース全部アイツ等に奪われたってのか!? しかも揃ったんじゃねぇのか!? 4つ!? アイツ等の手の中に!!」
「どうしよう!!」
「どうしたの? リーダー? 座り込んで?」
今、この緊迫した空気に似つかわしくない声で現れるシカに、
「スカイピース奪われたんだ、ラビとバニに! なんでか知らねぇけど、カモメも拉致られた!」
ツナが大声でそう言うと、
「あらら、それは大変だね」
と、落ち着いた口調のシカ。ツナは苛立って、
「お前どこにいたんだよ!? なんでカモメと一緒にいない!?」
と、責めるように言うから、シンバが立ち上がり、やめろと、ツナを押さえたが、思ったよりツナの勢いがなくて、見ると、ツナはシカを見つめていて、いや、その視線を辿ると、シカの横腹に抱えられたモノをジッと見つめていて、シンバもソレを見て、
「シカ? それは?」
そう聞いた。シカは、ニッコリ笑い、
「ま、こんな事もあろうかと、カモメの助手を買って出た訳ですよ」
と、円柱のケースに入ったラブラドライトアイを、シンバとツナに差し出して見せる。
「ホンモノのラブラドライトアイ。ウサギちゃん達が持って行ったのは、ケースに只のピンポン玉が入ったニセモノ」
「・・・・・・流石だな」
さっきまでシカに怒っていたツナが、そう呟く。シンバも頷くしかできない。
「言ったでしょ? 昔から裏切るんだよねぇ、ラビは」
と、
「で、どうする? これと奪われたスカイピースと交換しようって取引する? それとも人質にとられたカモメと交換?」
シカが、そう言って、シンバとツナはお互い見合い、
「そういや、なんでカモメは連れてかれたんだ?」
と、2人、同時に、そう言って、2人、同時に、首を傾げる。
「とりあえず、こんな目立つ場所で立ち話はやめて、パンダとリブレと待ち合わせしてる場所へ移動しよう」
シンバがそう言うと、ツナもシカも頷いた。
そしてダムドエリアの東区にあるモウェイという村――。
ムジカナに似た村で、地図にも載っていない隠れた場所のような集落。
そこでシンバとツナとパンダとシカとリブレは、これからの事を話し合う。
「わからないのは何故カモメを連れて行ったかって事」
シンバがそう言うと、パンダはモシャモシャとパンを食べながら、
「オラだったらカモメより、シンバかツナを連れ去るな。だって襲われた時に強い二人なら役に立ちそうだ。オラを守ってくれるだろう?」
そう言うから、成る程と、シンバとツナとシカは思い、そして、シカが、
「役に立つから連れて行ったってとこだろうね、つまり、カモメの発明家としての能力」
と、そういえば、ジェイドにいた時、カモメの発明品をラビとバニは盗んで行ったなぁと思い出す。あの盗んだ発明品は持ってなかったが、売ったのだろうか?
「発明品を売って金にしたとは・・・・・・考え難いな、そんなに金に困ってなさそうだ。バイクに船に、アイツ等の服装や持ち物を見る限り、相当なスポンサーが付いてるだろ。アレキサンドライトの宝もあるしな」
ツナがそう言うと、シンバは、ラビから受け取っているサードニックスの資料をリュックから取り出し、スポンサーがサードニックスなら金はつくらなくても、沢山あるだろうと、
「カモメを拉致した理由は、カモメに発明品をつくらせて売るなんて、そんな面倒な事をする訳じゃない。やっぱり発明品そのものじゃなくて、カモメの発明家としての能力が必要だったとしたら、前にラビ達が盗んだ発明品は、スポンサーに見せる為だったんじゃないか? カモメの能力を――」
そう言いながら、シンバは、サードニックスのファイルを開けて、読み始める。
「スポンサーはサードニックスだと?」
ツナの問いに、シンバは、わかんないと首を振る。
「兎も角、こっちにはラブラドライトアイがある。ラビもバニもニセモノだと気付けば、またボク等の前に現れるだろう。どこへ行ったかもわからない奴を追いかけるのは無理だし、カモメは多分・・・・・・能力が必要なら、丁重に扱われるだろうし、ボク等はカーネリアンへ行こう。そこでスカイピースについての手掛かりがあればいいけど」
言いながらシンバは、カーネリアンってどこ?と、皆を見る。
そんな国の名前、聞いた事もないと、皆、首を振るから、地図にも載ってないしと、
「しょうがない、50年くらい前の地図を手に入れるしかないな。この村に図書館か、資料館みたいなとこがあればいいけど、なかったら、ジェイドへ戻るしかない」
そう言ったシンバに、ある訳ないだろ、只の集落的なこじんまりした村だと、ツナは思うが、
「さっき、来た通りに古本屋があった。昔の地図とかあるかもしれないよ」
と、シカがそう言って、シンバが頷き、
「じゃあ、ボクが、その古本屋に行ってみるよ」
そう言った。
「ダムドエリアだし、ダムドの歴史を知ってる人か、昔、騎士だったとかがいるかもしれないから、オラは、お年寄りに声かけて、ダムドが堕とした国について聞いてみるよ」
と、パンダが言う。
「んじゃ、暫くここで滞在っつー事で、俺は宿探し。野宿にしても、いい場所探さなきゃな」
と、ツナが言う。勿論、リブレはツナと一緒に付いて行くだろう。
「あー・・・・・・じゃあ、僕はお留守番・・・・・・って訳にいかないね、食料の買い出しかな」
と、シカ。だなと、頷いたツナに、買い出しって荷物が重くなるから嫌なんだよねと、シカがぼやき、女みてぇな事言ってんなと、ツナに突っ込まれる。
皆、大きめの荷物を草陰に隠し、貴重品だけ持って行く。と言っても、貴重品は現金だけで、他にはラブラドライトアイくらいだが、そんなもの誰も持っていかない。
子供達が追いかけっこをしている。今、シンバの横を駆けて行く子供達を微笑んで見ながら、古本屋へと足を進めるが、一人の少年に、シンバは足を止めた。
汗だくになりながら、独りで剣の素振りをしている。
なかなか筋が良くて基礎は完璧なのに、めちゃくちゃな構えに自己流かと思う。
まだ5、6歳程度だろうが、他の子と比べると、顔立ちも凛としているせいか、シッカリしているように見える。
黒髪に黒い瞳の少年の表情は余りなく、汗だくなのに、疲れを知らないのか、一心不乱にも見え、シンバは自分の手の平を見て、飴玉を出す魔法程度じゃ、心揺れそうにない子だなと、また少年を見る。
飴玉で気を引きたくなったのは、余りにも髪が伸びすぎてて、ボサボサで、着ている服も汚れていて、孤児に見えたからだ。だが――・・・・・・
「レオパルドさんの所のセルトくんよ、凄いわね、あれでまだ5歳」
と、井戸端会議をしているオバサン達の会話が耳に入り、そのセカンドに、父の子かと――。
――でも、父には似てないな。
――カラーも、ボクや、バニや、レオンと違い、オレンジじゃなく、ブラックだ。
――それに基礎や基本は完璧だが、剣術はメチャクチャだ。
――カラーは母親似だとして、メチャクチャな剣術は、なんでだろう?
――ていうか、あれ息子だったら、現役で頑張りすぎだよ、父。
――マジで息子が何人いるのか、わかんなくて怖くなってきた。
呆れるしかないシンバは、一応、弟になるのかなと、少年を見る。ヤバイくらい生意気そうな子供だと、関わるのはやめようと、その場を通り過ぎた。
――あの子が、父の息子だとしたら、ここに父が来るかもしれないな。
――レオンとどう決着をつけたか、わからないけど、うまく和解したとしても・・・・・・
――ボクとまた会うのは、父の気分を逆撫でしそうだ。
――早いトコ、ここを去った方がいいな。
小さな古本屋さんを見つけ、ここかと、外観を見る。
おんぼろの小屋のような造りの家に、嵐が来たら潰れそうだと思う。
中に入ると、本棚がギッシリ狭い場所に並んでいて、通る場所が狭すぎて、足元辺りにある本を見るのは至難の業だ。
でも沢山の古い本の香りは悪くない。
たくさんの人の手から手へと渡り歩いて、ここに辿り着いた本は、読み手だった主人の想いを未だ持ち、新たな主人を待ち続け、そして、人の想いを積み重ねていく。
シンバはまだ読んだ事のない物語を手に取り、パラパラと捲り見て、面白そうだなと暫くその場で読み耽る。勇者の冒険記は、幼い少年の頃だけでなく、大人となった今も楽しい。
――幼い頃、こういう勇者のストーリーに、ボクもこうなるんだと思ったっけ。
――英雄である父の子であるってだけで、自分を主人公だと思い込んでたし。
――まぁ、主人公って言う特別な地位にいると勘違いしてただけだけど。
――あぁ、思い出すのもイヤだなぁ、上から目線のクソガキだった事。
今、カタンと、ドアが開いて、他の客が来たかと、シンバが入り口に目を向けると、ベアの息子かと思われる少年が木の剣を背負い、立っている。そして、奥へと歩いて行くから、思わず、目で追いかけ、棚で見えなくなると、見える位置まで移動して、少年を見る。
奥にある階段を上ろうとして、少年は上るのを止めて、上を見る。すると、上から誰か下りて来る足音。少年は誰か下りて来るのを見上げたまま、立ち止まっている。
恐らく、ここは店と住宅が一緒になっていて、階段の上は、ここの住人の部屋だろう。
「おかえりなさい、セルトくん、汗でびしょ濡れね。ワンコは?」
知らないと言う風に、セルトと呼ばれる少年は首を振ると、
「そう、セルトくんと遊んであげなさいって、あれ程言ったのに。あ、セルトくん、着替え、ワンコのをどうぞ? それから、おやつはテーブルの上に置いて・・・・・・」
そこまで言われると、セルトは俯いたまま、階段を一気に駆け上っていく。
「セルトくん!? おやつ、テーブルの上にあるの食べていいからね?」
と、下りて来たのは17か、18歳くらいの若い女の子だ。
長いブラウンの髪をポニーテールにしていて、ブルーの瞳の、然程何の特徴もない、普通のどこにでもいる女の子。今、女の子が、シンバに気付き、
「あ、お客さんが来てたのね、気付かなくて。スイマセン」
と、苦笑い。そしてレジに入り、
「滅多に誰も来ないから店番ずっとしてなくて」
と、言い訳。
「この村の人じゃないですね? 旅の方? 何の本をお探し?」
まだ少女の可愛らしい声で、聞く。
「あぁ・・・・・・えっと・・・・・・昔の地図とかありますか?」
「地図は入り口近くの本棚に・・・・・・」
女の子がそう言って、シンバが入り口の方に目をやると、
「ただいまぁ!! ねぇちゃん、オヤツオヤツ!!」
と、元気のいい少年がドアを開けた。あのセルトと言う少年と同年齢くらいの子だ。
「ワンコ! 何やってたの!? セルトくん、1人で帰って来たけど、一緒じゃなかったの!? あれ程言ったわよね! セルトくんと一緒に遊んであげなさいって!」
女の子がそう怒鳴ると、元気のいい少年はヤバイと言う顔で、
「・・・・・・アイツ、もう帰って来たのかよ」
と、呟く。女の子は怒った顔で、
「今、セルトくん、二階でオヤツ食べてると思うから、ワンコも一緒に食べて」
そう言った。ワンコと言う少年は、あからさまに嫌だと言う顔で、
「なんでアイツと一緒に食わなきゃなんないの? だったらいらね。どうせ、ねぇちゃんの作った味の薄い平べったいよくわかんない焼いたもんだろ?」
そう言うと、女の子は顔を赤らめ、シンバを見て、だが、直ぐにワンコを見て、
「あれはクッキーよ!」
そう吠えた。
「失敗クッキーだぜ」
と、ワンコは、何故かシンバを見て笑いながら言うから、シンバも笑ってみるが、
「しょうがないの! 味が薄いのは調味料も高いし、小麦粉だって卵だってミルクだって高いんだから! でもオヤツ食べれるだけいいでしょ! 贅沢言わないの!」
と、女の子が大声で怒鳴り、ワンコを叱り付けて、シンバも怒られた気分になる。
「たまにはすっげぇ甘いもん食いたい」
「贅沢言わないの! セルトくんは黙って食べてるわよ!」
「バカだな、ねぇちゃん。アイツが食うわけねぇだろ。アイツ、お屋敷に住んでるお坊ちゃんだぜ? ねぇちゃんの料理なんて食わねぇで捨ててるよ。この前も袋に入れて、ソレ、外で捨ててたのを見たもん、ねぇちゃんの不味い料理なんて口に合わねぇよ」
シンバがいるからだろう、女の子は恥ずかしいとばかりに顔を赤らめ、何の反論もできず、無言で俯いてしまう。シンバは、ワンコに近寄り、ワンコは、シンバに怒られると思ったのか、やるかとばかりに拳を構え、ファイティングポーズをとるが、
「手の平を出してごらん?」
そう言うから、ワンコはなんだ?と、シンバを見上げる。
「手の平から溢れるくらいのお菓子を想像してごらん?」
「は?」
「ほら、早く! 目を閉じて、想像してごらん?」
「なんでそんな事――ッ」
「想像が現実になる」
「は?」
「いいから早く」
胡散臭く笑って、そんな事を言うシンバに、ワンコは疑わしい顔で、でも目を閉じて、言われるまま、手の平を出す。だが、
「駄目駄目、全然、想像できてない。嘘だと思ってるだろ? ちゃんと想像しなきゃ、美味しいお菓子は想像から飛び出して来ないぞ?」
そう言われ、なんで想像してないってわかったんだ?と思いながら、ちゃんと想像してみる。手の平に溢れんばかりのチョコやキャンディー、ラムネにガムにグミに・・・・・・。
「うわっ!」
手の平がモゾモゾして、思わず目を開けると、手の平から溢れるように、お菓子が出て来るから、ワンコは驚きながらも、落ちるお菓子を拾って、今、両手一杯のお菓子を持ち、シンバを見上げる。女の子も、シンバがそこに立っていただけで、ワンコの手の平に何もしてないのに、お菓子が出てきた事に驚いて、目を丸くしている。
「お、おにいさん、何者!? 魔法使い!?」
「さぁね? それより、そのお菓子あげるから、おねえさんの言う事を聞いて、上にいる子と、一緒にオヤツを食べておいで?」
シンバがそう言うと、ワンコは手の平のお菓子を見て、シンバを見て、お菓子を見て、またシンバを見て、いいの?と聞くから、頷くと、パァッと明るい表情で、
「ありがとう!」
と、元気いい声を出して、二階へと駆け出した。
「あの・・・・・・ありがとうございます」
女の子がそう言うので、いいえと首を振り、棚の本を見始めるシンバ。だが、直ぐに二階で大きな物音がしたと思ったら、ドタドタと階段を下りて来るセルト。そして女の子が、セルトの腕を掴んだが、セルトはその手を振り解き、外へと飛び出して行ってしまった。
ワンコと言う少年も下りて来て、
「なんもしてないよ? オヤツ一緒に食おうって言っただけだぜ? なのにアイツが突き飛ばして来て・・・・・・」
そう言って、気まずそうな顔。
女の子は、セルトを追い駆けようと、外へと行こうとするから、シンバが、
「ほっといた方がいい」
そう言った。女の子は足を止めて、シンバを見る。
「誰のせいでもない。多分、自分自身の問題なんだ。人に優しくされる事に慣れてないんだよ。だって、人に優しくされる事は、人から、下に見られる事だから」
「そんな! そんなつもりないわ! セルトくんはとってもいい子だし!」
「うん、でもそれが下に見られてるって思う原因だと思うよ。一緒に遊んであげなさいとか、一緒に食べなさいとか、そういうのが嫌なんだと思う。勿論、キミが悪い訳じゃない。さっきも言ったけど、自分自身の問題で、ソレを有り難く受け入れられる程、彼は本当の自分を知らないんだよ。失礼だけど、あの子、ここの子じゃないみたいだけど? どうしてここにいるの? さっき屋敷に住んでるって言ってたよね? お坊ちゃんとも言ってたけど、彼の身形を見ると、そんな風には見えないけど?」
シンバの問いに、直ぐに答えたのはワンコ。
「アイツ、つい最近、母親が死んだんだよ、病死って言ってた! 父親が有名なベア・レオパルドっつって、ダムド城の偉い騎士でさ、時々、会いに来てて、でも母親が死んだ時に、1人でやって行けって言われてさ、大人になって強くなった時、迎えに来るってさ。1人で生活して行く知恵を持ち、強さを身に付ける事も将来有望な騎士になる為の修行だってさ。でもアイツ、身の回りの事は母親がやってたんじゃねぇの? だから洗濯もできてねぇから、汚い服のままだし、風呂も入ってねぇかも。でも体は拭いてるのかな、そんな臭くはないけど・・・・・・ま、父親が、今迄通り時々は会いに来るって言うなら、ほっときゃいいのに、ねぇちゃんがさ――」
「私はセルトくんの気持ちがわかるだけよ。私が幼い頃、両親が亡くなって、ワンコと2人でやって来たんです。近所の人達に助けられて、なんとか幼いながらにワンコと2人、今日まで生きて来れたんです。私には、ワンコがいたから、辛くても、頑張ろうと思えました。でもセルトくんは、本当に独りなんです。大きなお屋敷で、独りぼっちで、多分、何にもできないと思うんです。誰かが彼を助けようとしても、彼はそれを拒否するから。お父さんの言いつけを守ってるんだと思います、1人でやって行けと言われた事を――」
「・・・・・・それでどうして彼はここに来る気になったの?」
「嘘を吐いたんです。ベアさんがセルトくんの面倒を見てくれと、私にお願いしたと嘘を吐きました。彼はソレを信じて、昼間だけ、ここに来るようになりました。せめて、食べる事だけでもって思って、今はそれで良しと思ってたんだけど。ワンコと同じ年齢だし、2人が友達になったら、セルトくんも、もう少し心を開くと思ったんですが・・・・・・子供って単純だって聞いた事があるけど・・・・・・嘘ばっかり――」
俯いてしまう女の子に、そういう事かとシンバは頷いて、
「単純だと思うよ」
そう言った。顔を上げて、シンバを見る女の子。
「特に男は単純。単純だから父親の言いなり。父親しか知らないんだよ。まだ世界が狭いんだ。あんな小さな子に1人で生きろなんて、まるで使い捨ての子供みたいに自分の子を、そんな風に扱う父親しか知らないんだ・・・・・・悪いのはそんな風な大人だよ、そして、そんな大人ばっか増えた世の中だ――」
ベア・レオパルドを悪く言う人を初めて見る女の子とワンコは、驚いた顔で、シンバを見た。
シンバは、一冊の古い世界地図の本を棚から取り出し、その本をレジに出す。
女の子は慌てて、その本を包もうとしたが、シンバがそのままでと言うので、そのまま手渡し、値段を言おうとしたが、シンバは、金貨を幾つか女の子の手の中に入れた。
「い、いえ、こんなにしませんよ、それに、その地図、古いから使えないと思うし」
と、女の子は、慌てて、金貨を返そうとする。シンバは笑顔で、
「ボクにとってこの地図、とっても必要なものでね、そのくらいの価値があるんだ。あの少年を昼間だけとは言え、面倒みるにも金は必要だろ? 儲けれる時は儲けとかないと」
と、店を出て行く。
女の子もワンコも、ぽかーんとした表情で、シンバを見送った。
セルトは屋敷に戻ったのかなと、このモウェイという村を見下ろすように聳え立つ大きな屋敷を見上げるシンバ。
関わる必要はない。
気にしてもしょうがない。
だが、大きな木の下で膝を抱え座り込んでいるセルトを、目にした瞬間、
「泣いてるのか?」
と、声をかけていた。
セルトはシンバを見上げ、直ぐに目を腕で擦り、鼻を啜ると、プイッとそっぽを向く。
「なぁ? 大丈夫か? 服とか、洗ったりできてるのか? 風呂はちゃんと入ってる?」
「・・・・・・なにアンタ?」
「いや、なんか泣いてるみたいだし・・・・・・」
「泣いてねぇし! ウザイから話かけんな! 向こう行けよ!」
生意気だなと、シンバは苦笑いしながら、
「そっか、じゃあ――」
と、手を上げて、その場を立ち去った。
――やっぱりボクはダメだなぁ。
――フックスなら、きっと、とっくに心を鷲掴みしてる。
――ボクじゃダメなんだなぁ・・・・・・。
凹むなぁと、落ち込みながら、シンバは、トボトボと歩いて行く。
ツナが探した宿屋は、老夫婦が営む小さな宿で、犬は好きだからと、リブレの事も大きな犬だと言って、部屋に入れてもらえる事になり、シカが調達した食材で、老婦人が夕飯を調理をしてくれる事になり、そして若い頃はダムド城で騎士をしていたという老主人の話で、パンダの探し人もここにいたとばかりに、その宿に、全て探していたものが揃った。
「見ろ、この傷はダムド第一戦争で戦った時にできたものだ、こっちはな、もう潰してしまったから、国そのものがなくなったが、その国の武将と戦ってできた剣傷だ。空軍第二戦争でも活躍してな、だが、当時のダムドは空の部隊が初心者もいいとこでな、敵の戦闘機に、あっという間にやられ、パラシュートで脱出して、堕ちた時にできた傷だ」
と、ご自慢の体中の傷跡を見せる老主人。
「昔は、わしもセルトの父親と同じで、家に帰る事もなく、騎士道を貫き、一生を騎士として終えるつもりじゃったが、片足を地雷で失ってな。若い頃は、義足もしてたが、今は、杖で、なんとか。只、そうなると騎士としては、只の足手纏い。騎士としての命を終え、帰るしかなかった。だが、気がつけば、子供もおらんし、子供をつくるには年をとり過ぎてて、今となっては後悔する事ばかり。子供でもおれば、今頃、孫でもおって、その子に、我が剣術を仕込んだりできたのに。折角、片足になって、武勇伝をイッパイ持っておっても、誰にも託す事なく、寂しいもんじゃよ。わし等の後輩となる騎士達は、そうなるまいと、子孫を残そうとする者も多く、外で家庭を持ち、子供をつくる者が多くなった。セルトも、そうじゃろう」
老主人は、夕食後、昔の武勇伝を話した後、少し寂しげに、そう話した。
父が、やたら子供をつくって、自分を残そうとするのは、そういう事かと、シンバは、思う。
きっと、騎士としての、沢山の傷跡を持つ者は、いつか、それが消えてなくなるのが、怖いのだろう。消えない傷は勲章として、未来永劫、残したい――。
だからと言って、自分の期待通りに応えない子供を、自分の思う通りに育たなかったからと言って、見放すのは、騎士云々じゃなく、人として、どうなのか。
「ところで、セルトって誰?」
パンダが問う。
「セルトはこの村の子供じゃよ、セルトの父親はな、ベア・レオパルドと言ってな」
瞬間、シンバ以外、皆、凍り付き、パンダは、また余計な事を言ってしまったと自分の口を抓ってみせるから、シンバは苦笑いしながら、知ってたからいいんだと唇だけ動かし、皆を見る。知ってたの?とホッとするパンダと、シンバを慰めるように、シンバの肩をポンポンと叩くツナと、全て悟ったような表情を浮かべるシカ。
「ベアは、このダムドエリアで、知らぬ者はおらんと言われる程の騎士で、英雄とまで言われておる。ダムド城で今も騎士をしておって、滅多に、こんな寂れた村には帰って来ないが、セルトがおるから、何かあれば、きっとあの英雄は駆けつけてくれるじゃろう、だから、この村が賊に襲われる事もない」
この村が賊に襲われないのは、襲う程のモノなど、何もないからだと、シンバは思うが、老主人の話を、黙って聞いている。
「それにセルトは偉い! まだ小さいのに独りで頑張っとる。他の子と違って、あの子は特別だ。まだ5歳だと言うのに剣の扱いは、かなりのもの――」
老主人の話を聞けば聞く程、自分の幼い頃を思い出すシンバ。
「温かい紅茶とクッキーはいかが?」
と、老婦人が飲み物を運んできてくれて、
「お客様なんて、滅多に来ないから、嬉しいわ」
と、優しい笑みで、テーブルにカップを置く。どうもと、カップを受け取ったシンバに、
「年寄りの話なんて詰まらないでしょう?」
老婦人の問いに、老主人が何を言うか!と怒り、シンバも、いえと、首を振り、
「それで、カーネリアンと言う国を堕とした時の話を聞かせてもらえますか?」
本題に入り、テーブルの上に古い地図の本を広げ、カーネリアンと書かれた島国を見せる。
「あぁ、忘れもせんよ、20年ぐらい前か、わしの最後の戦じゃったから――」
老主人の目が地図を見つめながら、遠くを見始める。その瞳に映るのは、大海原を行く何艘もの船。船旗はダムドの紋章。そしてグルッと小さな島国を囲み、海岸へと降り立つ戦士達。防御の為に待ち構えていたカーネリアンの騎士達と火花散る戦いで一気に美しい白い砂浜が血で汚れ、戦場となる――。
あっという間に小さな町は焼き払われ、女も年寄りも小さな子供までもが、逃げ場もなく殺され、囚われたのは、奴隷として使えそうな男達。
平和で、穏やかで、長閑な町は、地獄へと変わり果てる。
そして、城内へ、ダムドの騎士達を招き入れてしまうカーネリアン。
城は石の造りで焼き払う事はできず、小さな国相手に大砲は持って来なかったダムドは、カーネリアンの紋章が刻まれた扉や旗やオブジェなどを全て壊し、ダムドの勝利に思われたが、王と妃の首を持ち帰る際、王子の姿がない事に気付く。
王子らしき者と最後まで戦っていたのは、英雄ベア・レオパルド。
彼の話に寄ると、王子を城の天辺まで追い詰め、高い塔の上から落としたと言うが、王子の死体は見つからず、どこかに隠れているのではと、城内をくまなく探し、町も島全体をも、ダムド兵は数日かけて探し続けるが、結局、見つかる事はなく――。
そして無人島となった、その島は城だけが聳え立つ。
王子の帰りを待つが如く、紋章無き城が眠る孤島。
ダムドはカーネリアンの王族の血を絶った証拠の首を持ち帰れなかった為、その島の存在を世界から抹消する事で、カーネリアンを堕とす事としたが、やはり王族の首を持ち帰れなかった失態は、騎士達の間で噂にもなり、未だ堕としきれていないと、されている。
「今となっては地図にも載らない消えた島だ」
老主人はそう言って、遠くを見つめた瞳を、現実へ戻した。
「でもダムドにそんな権力あるんですか? 幾ら軍事力の高い国だとしても、小さな国に、1つの国を世界から消す力を持ってるなんて思えないんですけど? 他国はソレに賛同したんですか?」
シンバは、そう問いながら、ダムドに極秘保管されていたラブラドライトアイ関連で、他国は、賛同するしかなかったのかとも思っていると、老主人が、
「その地図をごらん」
と、テーブルの上に広げられた地図を指差した。
「カーネリアンの位置は、太陽がギラギラと暑く照りつける場所だろう? なのにその島は雪が降っとるんだ。それも真っ白に全てが積もっておる」
まさかと、シンバとツナとシカは眉間に皺を寄せ、地図を覗き込み、パンダはクッキーを頬張りながら、
「雪はいいね、シロップかけると美味い」
と、笑っているから、笑い事じゃねぇと、ツナがパンダの腹に突っ込みを入れる。
「昔から、呪われておると言われておってな、だからカーネリアンは他国から敬遠されておったんじゃ。その為、カーネリアンは孤立した国として独特な文化を持っておったよ。王子が生まれても、嫁に来てくれる姫はおらんかったじゃろう、だが王子が生まれただけ、一世代はなんとかなったじゃろうが、ダムドに潰されては意味がなかったな。結局、滅びの道を辿る運命じゃったって事。放っておいても、何れは、世界から消えた国だ」
言いながら、王子の死体は見つかっておらんから、まだ今は消えてはないんじゃがなと、老主人は笑う。
「あの・・・・・・島に行くルートは、わかりますか? どうしたらカーネリアンに行けますか?」
そう聞いたシンバに、老主人は目を丸くする。
「カーネリアンに行くのか!? 呪われておる島と言われ、今となっては世界からもなかったものと、その存在さえ、歴史からも消されたカーネリアンに!? 今更、王子が現れたとしても、最早、カーネリアンは、事実上、全て抹消されておるんじゃ。なのに何の為に!?」
「えぇっと・・・・・・実は内密なんで、ここだけの話にしておいてもらいたいのですが・・・・・・ボク等は・・・・・・とある国の調査隊でして・・・・・・カーネリアンに調査に行かなければならないと言う極秘の任務を受けまして・・・・・・その・・・・・・カーネリアンの不思議な気象現象を・・・・・・当時は無理でも・・・・・・今の技術でなら解明できるのではと・・・・・・それに新種の昆虫や植物、動物なんかも見つかるかもと――」
ペラペラとよくそんな台詞が出て来るなぁと、ツナはシンバに感心していると、
「極秘なもんで、国から船も飛行機も、乗り物は一切出せないんです。自力で行けと、そう命じられました。情報も何一つ与えられず、ルートも知らない状態で放り出されたようなものなんです、無論その状態ですから、経費もなく、微々たる金しか使えないんです」
と、これまたシカが、シンバの適当な話に乗かって、台詞をペラペラと、喋り出すから、ツナは更に感心する。
パンダに至っては、ここは喋ると、ろくな事にならないと自重し、クッキーを無言で食べ続けている。
「しかしそんな危険な場所に、たったの4人だけで調査? しかも大きな犬を連れて? 騎士などの護衛はないのか?」
老主人の問いに、ツナが名乗りを挙げる。
「こんな格好してるけど、俺が騎士なんだ。剣も荷物と一緒に持って来てる。鎧などは国の紋章が入ってるし、騎士の重装備をしていると何事かと思われ、極秘調査にならないから、騎士に見えないように鎧は身に着けてない」
元騎士だった老主人は、ツナの体付きや、腕や手などを、マジマジと見て、確かに剣士だと納得したようで、そうかと頷き、腕を組むと考え込み始めた。
「そうだなぁ、ルートとして空からか、海からかで乗り物も変わってくる。どちらも専門的な乗り物になるが、操縦者はパイロットか、キャプテンかを、務めれる者はおるのか? 航空士、航海士、そういう従事者も必要じゃろう」
黙っているシンバ達に老主人は、
「なら、操縦者も探さにゃならん。無論、乗り物を持っておる者は操縦も可能だろうが、カーネリアンに向かってくれる者となると・・・・・・」
と、うーむと唸り声を出し、考え込み出す。
皆、カモメがいれば操縦も可能だったかもなと、この際、ラビとバニがラブラドライトアイを奪う為、カモメを連れて、早く現れてくれないかと願ってしまう。
「あの人は?」
と、突然、話題に口を挟む老婦人。ソファーで寝ているリブレを撫でながら、
「ほら、あの人よ、あの人」
と、
「アナタがダムドの騎士をしてる頃に、ダムドの空軍として迎え入れたいと願ったけど、断られてしまったって、言ってたじゃない? その後、その話は別として、アナタと気が合って、暫くここに滞在してた飛行機乗りの――・・・・・・」
「オグルか。オグル・ラピスラズリ」
老主人がそう言うと、老婦人は頷くから、その名にシンバ達は驚き、
「オグルさんをご存知で?」
と、シンバが尋ねた。
「あぁ、奴が若い頃な、どこの国でも奴を空軍の兵に欲しがったもんだ。ダムドも例外ではない。奴は戦う為に空を飛びたくねぇって言ってな。どこの国も蹴ったんだ。大した野郎だって思ったよ。奴の腕で、国の為に空を飛べば、大金が手に入る。だが金じゃなく、飛行機に対するプライドを選んだ。かっこいい奴がいたもんだと、お前を気に入ったから、うちへ来いって呼んだ事があってな。なんとなく、好んで飲む酒の種類が似てたりしたせいか、意気投合して、戦い以外の理由でなら、移動手段なり荷物を運ぶなりの事くらいでも、空を飛んでくれるなんて言ってな。ま、酒の席での話しだから――」
老主人はそう話をしながら、近くの棚の中をゴソゴソと漁り出し、全ての引き出しを開けて、何かを探し始める。
「私を乗せて、空のデートもしてくれるなんて言ってくれたわ、若くて、男前の人に、そんな事を言ってもらえて、年甲斐もなく、なんか嬉しくて、あの人がここにいた時は、毎日がウキウキしてたわ」
と、老婦人は、本当に嬉しそうに、笑顔で言うから、可愛いらしい人だなぁと、シンバも、ツナも、シカも微笑ましく思っていると、パンダが、
「若い頃は美人だったのかな」
と呟き、それが丸聞こえで、だが、
「今はすっかり、しわくちゃのお婆ちゃんですものね、そうね、あの頃も、あの人にとったら、年寄りだったでしょうから、空のデートは優しいリップサービスね」
ニコニコ笑顔で、そう言った老婦人に、
「今もお美しいですよ、若い頃は、さぞかし綺麗だったんでしょうね」
と、シカが、サラリと言う。
「まぁ、嬉しいわ、アナタも、とても男前で、あの人みたい」
と、ニコニコ笑顔が、更に嬉しそうになるから、幾つになっても、女性に対してのリップサービスは大切だと、シンバは思い、ツナは、幾つになっても、女は面倒なんだなと思う。
「あった! あったあった! ほら、奴が来た時の写真だ」
と、老主人は古い写真を一枚、引き出しの奥から取り出し、シンバ達に見せる。
写真の背景には、宿ではなく、一軒の家が建っていて、まだここを宿にする前の事だと知る。そして、笑顔で親指を上にあげてポーズをとっている、若いオグルと、今より若い老主人。
写真の裏にはGood Luckと書かれた文字と〝うまい飯に最高の酒と笑えるトーク。楽しい時間だった。持て成された恩は返す。美人の奥さんの夢である宿ができたら、また楽しい時間を共有しよう、必ずまた来る〟と言うメッセージ。
そのメッセージを見た老主人は、
「これも只のリップサービスか?」
と、ムッとした顔。オグルは、必ずまた来ると書きながら、来ていないようだ。
「お忙しいのよ、今は飛行気乗りも、ちゃんとした職業ですもの。それに彼は伝説とまで言われている程なのよ。こんな小さな村の出来事なんて、彼の人生で記憶にも残らない通過地点だわ、きっと忘れてるわ」
老婦人がそう言うと、老主人は更にムッとした顔になり、その写真を、シンバ達に渡すと、
「やるから、オグルに恩を返せと言ってくれ。お前等をカーネリアンまで運べとな」
そう言った。シンバは写真を受け取り、
「でも、いいんですか? この写真を飾っておけば、あの伝説の飛行機乗りが来た宿だと、有名になるかもしれませんよ?」
と、商売に使えるのでは?と提案する。
「奴が来たのは宿になる前だ。宿に来た事なんて一度もない。それに奴はダムドの空軍の兵を蹴った男だ。なのにダムドエリアで、奴の写真を飾れるものか!」
「いや、でも、全ての国を蹴ったなら別に敵も味方もないし、意気投合したなら、飛行機乗りの友人として――」
「バカ言え! 元とは言え、ダムドの騎士だったんだぞ!」
そう怒鳴られ、それは何の意味が?と思ったが、老婦人が、
「頑固だから。やると言ったものを返されても受け取らないわ。それに写真なんていいのよ、彼の人生で、記憶にも残らない通過地点なら、うちの主人も彼と意気投合した事など、記憶にも残らない人生の通過地点だったって事。写真なんてあるから覚えてただけ」
そう言った後、小声で、そうしたいのよと、自尊心が高いからと、シンバに耳打ち。
「でも、オグルさん、今どこにいるのか・・・・・・」
シンバがそう言うと、パンダが、
「オグルさんはフォータルタウンにいるんじゃないかなぁ、フォータルタウンに、大きな駐機場をつくって、そこに沢山の飛行機をコレクションのように並べて置いてあるんだ。小さい頃、リーフを、飛行機乗りにするんだって言って、リーフに自慢の飛行機を見せてやるってね、その時、オラ達にも飛行機を見せてくれたんだ」
そう言うから、シンバは、そういえばリーファスを飛行機乗りにと、追い回してたっけと、思い出す。
それにカモメも、パンダも、あのラビも、フォータルタウンの孤児院から、ブライト教会の孤児院に来た子供だったなぁと、思い出す。
「じゃあ、とりあえずフォータルタウンか」
と、ツナが言い、そろそろ休もうかと言う事になった。
シンバは、本当に写真をもらっても良かったのかと、老主人に尋ねるが、老婦人の言う通り頑固なのだろう、そんなもんいらん!と、見たくもないと言う風に、顔を逸らす。
老婦人も、必要ならどうぞ、持って行って役に立ててと、笑顔で言うので、ありがとうございますと礼を言って、写真を素直にもうら事にした。
思った以上に、しかも短時間で、この小さなモウェイ村で収穫があったなぁと、シンバはベッドに寝転がり、暗い部屋の中、ぼんやりとしている。
隣のベッドでスヤスヤ眠っているのはツナ。
ソファーで、ずっと大人しく寝ているのはリブレ。
隣の部屋にパンダとシカ。
シンバはムクッと起き上がり、自分の鞄の中からフォックステイルの衣装を出す。
「――この村でフックスになって盗むモノがあるのか?」
寝ている呼吸音だったツナが、起きて、そう言うので、まぁ見つかるだろうと思っていたと、気まずそうな顔で振り向くと、
「盗むだけがフックスじゃない」
と、意味不明の台詞を吐くが、ツナには伝わったのだろう、そうかと頷かれた。
「何か手伝うか?」
そう聞かれ、シンバはバレバレかと、
「特にないよ。ちょっと、コソッと隠れて様子を見て来たいだけ」
そう答えた。ツナはハッと笑い、
「フックスで行ったら、速攻見つかるぞ。子供に見つかるのがフックスだ」
と、冗談を言うが、ソレは冗談にならないだろと、シンバも笑う。
「本当に暮らしぶりを見て来たいだけだから、見つからないようにするよ。でももし見つかって、その時、ボク自身だったら、多分、ボクはセルトの心を掴めない。ボクは人から影響を受け易いから、誰にでもなれるけど、逆に誰にも影響を与えれないから、誰もボクにならない・・・・・・ボクは誰の事も変えれない・・・・・・」
ツナの顔から笑みが消え、シンバの話を黙って聞き始める。
「ここの主人の話を聞いて、ちょっとだけ、父の気持ちがわかった気がするよ。自分を残したい。自分がいなくなった後も、自分が生きて来た理由や存在を伝えたい。でもボクは誰に何を伝えたらいいんだろう。フックスとしてフォックステイルをやってきた事に後悔はない。でもフォックステイルを終わらせるのは怖い。カモメやパンダやシカの居場所を見つけなきゃと思うのは、それ以上に自分の居場所がないからだ。そんなボクがセルトに会っても何もできない。だからボクはフックスになるんだ。誰かに何かを伝えたい時、ボクはボクじゃなく、フックスになるしかないんだ――」
「・・・・・・フックスはお前に何かを伝えたのか?」
「え?」
「俺はフックスから何も教わってねぇし、伝えられたものもねぇ。選択は常に俺自身にあった。道標になってくれたけど、でもフックスは強制しねぇし、悪い事には悪いと言うだろうが、俺が悪い方へ進んでも、フックスは止めなかったと思う。多分、お前と同じで、自分は何も伝えれないって思ってたんじゃねぇかな。なんもない自分が、誰かを変えるなんて、できないって、思ってたんじゃねぇの?」
「・・・・・・」
黙っているシンバに、ツナは、
「俺も最近わかった事がある。世界を変えるって言うのは、自分を変えるって事なんだってな。俺が変われば、世界は変わる。他人は変えれなくても、自分は変えられる。フックスも、そう思って、フォックステイルになったんじゃねぇのかなぁ? 自分に魔法かけてたんだよ。なぁ? そうじゃねぇの? フックス?」
と、まだフォックステイルの衣装を身に着けてないシンバに、フックスと呼びかけた。わからないとシンバが俯くと、ツナはまたゴロンと横になって、
「あんまり遅くなるなよ」
そう言うので、シンバは、コクンと頷く――。
シンバはフォックステイルの衣装を身に纏い、仮面を装着すると、宿を抜け出し、この村で一番大きな屋敷へと向かう。
民家にしては大きな門、広い庭、そして大きなドア。
こんな広い敷地内に、5歳の子が独りでいるなんてと、ドアノブに手を伸ばした時、
「誰だ!?」
と、背後で声がした。その少年の声に、セルトだと、振り向くと、竹刀を持ったセルトが汗だくで呼吸荒く、そこに立っている。
裏庭辺りで剣の稽古でもしていたのだろう。
屋敷内の様子を見たかったのに、屋敷に入る前から見つかるって、そりゃちょっとフックスでも、そこまで間抜けではないだろうと、苦笑いしながら、
「ここ、ベア・レオパルドって人のうち?」
と、わかっているが、聞いて見る。
「父さんの・・・・・・知り合い?」
疑わしい顔をするのは、仮面など付けて、動き易く、更に戦い易い軽装備の賊っぽい格好に、尻には、キツネの尻尾のアクセサリーが付いているからだろう。
そのコスチュームは何!?とばかりの顔をするセルト。
この小さな村には、フォックステイルの活躍は広まってないらしい。
「知り合いって言えば知り合いかな。余りいい印象は持たれてないだろうけど」
「・・・・・・父さんなら当分は帰らない。会いたいなら直接ダムド城へ行けば?」
「キミは独り?」
「あぁ」
「母親は?」
「・・・・・・」
黙ってしまうセルトに、
「ごめん、病気で亡くなったと、聞いたんだけど?」
そう聞くと、
「違う。母さんは殺されたんだ」
と、そう言うので、
「殺された?」
と、聞き返した。すると、
「アンタ誰なんだ!? 父さんならいないって言ってるだろ? もう帰れよ!」
突然、大声で、怒鳴ってきて、そう言うから、
「ちょ、ちょっと待てって! 殺されたって? 誰に? 落ち着いて話せよ!」
と、フォックステイルは、セルトの腕を掴んだ。
「なんだよ、離せよ! 離せって言ってるだろ!」
と、セルトは掴まれた腕を振り解き、邪魔だとばかりに竹刀を振り上げた。一度、振り上がった竹刀は、勢い良く、また振り上がり、ブンブン振り回してくる。
だが、セルトの攻撃を軽く交わしながら、
「ちゃんと話さないとわからないだろ? 殺されたって誰にだよ?」
と、問い掛けて来るので、セルトは驚いて、動きを止め、
「・・・・・・アンタ、本当に何者なんだ? なんで俺の剣を避けれる?」
そう問う。フォックステイルは、そんなセルトを見て、成る程と、
「キミはツナタイプだな」
と、フッと笑う。ツナ!?と、セルトが眉間に皺を寄せる。
「ボクと勝負しようか。ボクがもし勝ったら、キミの話を聞かせてよ。もしボクが負けたら、仮面を外し、ボクの正体を明かすよ」
「アンタなんか知らないのに、正体明かされてもわかんねぇだろ」
「ボクはキミに会ってる。キミはボクを知ってるよ」
セルトはフォックステイルを上から下までジィーっと見つめる。
アンバーの髪とブルーの瞳の奴なんて知らないと、セルトは、
「知らねぇよ、会ってねぇだろ、嘘吐くなよ!」
そう言う。フォックステイルはニッコリ笑い、
「だから、ボクが負けたら正体を明かすって言ってるだろ。最初から正体がバレるなら、そんな意味のない提案持ちかけないよ」
と、どうする?と、セルトの顔を覗き込む。
セルトは空に浮かぶ満月を見上げ、月明かりもあるし、庭には影になるような大きな木もないし、夜という闇の中だが、真っ暗ではないから、闇に隠れたり、見失う事もないかと、
「言っとくけど、容赦はしねぇぞ、俺の本気は、かなり強いから、逃げる事はできねぇし、逃さねぇ。後で泣き事言うなよ?」
と、挑戦を受ける台詞。
「フーン。言っとくけど、強い相手に、子供も女もないからね、ボクの本気に、大人気ないって、後から、難癖つけたりするなよ?」
と、更に挑戦的な台詞を返すフォックステイル。
セルトは竹刀を構え、フォックステイルは両腰から2つの短剣を抜くと、ソレを1つのソードにしたが、刃が竹刀同様、木で出来ている。
腰から両剣を抜いた時は確かに真剣の輝きだったのにと、セルトは、
「不思議な術を使うみたいだな、短剣をソードにしたり、真剣を木の剣に変えたり」
そう言った。
「面白いだろ? 笑っちゃうよね?」
「全然!」
「でもちょっとは笑いたくなるでしょ?」
「全然!!」
「微笑む程度には、笑えるでしょ?」
「ぜんぜん!!!!」
そうなの?と、残念そうに、ガクンと落胆するように、俯くフォックステイルに、何がしたいんだ?と、セルトはわからなくなる。
戦いたいんだよなと、戦う為に剣を抜いた筈だと、セルトから踏み込んだ。
思った以上のスピードだが、予測はできた。できなかったのはパワー。
セルトの竹刀を受け止めたフォックステイルの剣は余りの強い衝撃で、グリップを握っている手に振動が伝わり、手の平に痺れを感じる。
両手を使わなければ、パワー負けしそうだと、フォックステイルは驚くが、表情には出さない。
ガンガン竹刀を剣にぶつけるセルトに、
「めちゃくちゃな攻撃をしているようで、基本はできてる。父親譲りの剣裁きじゃないけど、癖は、父親そっくりだ。でも、おかしいな、お前の父親は騎士だよな? でもこれは騎士の戦い方じゃない。まるで荒々しい賊だな。誰から習得した剣術だ?」
剣で、防御しながら、問う。
「アンタもすげぇな、父さんの癖とか、わかるのか? だとしたら、本当に父さんの知り合いなんだな? 戦い方が、騎士じゃないとか賊だとか、そういうのもわかる訳? 剣術を心得ている証拠だ。益々アンタが何者か知りたくなった」
いや、キミが何者なんだ?と問いたくなる程、5歳の子供の癖に、セルトはまだまだ余裕だ。
嘘だろと、フォックステイルは、5歳児のセルトに怖くなる。
この恐怖はどこかで味わった事がある。
そう、アレキサンドライトを目の前にし、戦った時と似ている。
たった5歳児のセルトが大人になった時、アレキサンドライト程の強さを得る潜在能力が小さな体の中にあると言うのか――?
だが、まだその潜在能力は半分以上も眠っている状態で、覚醒しているのは僅かなチカラ。
その僅かなチカラでさえ、大きなチカラで、これが竹刀ではなく真剣ならば、そしてセルトの心力が揺さぶられれば、更に稽古や練習などではなく、本番ならば、間違いなく、やられるだろう。
このままでは押されて押されて降参せざる負えなくなる。
ならばと、フォックステイルはセルトの竹刀を、両手で構えた剣で、思いっきり弾き返し、
「キミと互角に戦える者になる」
そう言うから、セルトは、弾かれて、少し後退したが、直ぐに剣を構えて飛び掛ろうとして、フォックステイルを見た瞬間、戸惑って動きを止めた。
ガラッと急に雰囲気を変えたフォックステイルは、纏うオーラが重く流れない黒い風のようで、セルトの背筋にゾクッとするものが走った。
さっきまで、小さな草木や花を揺らしながら流れる心地良い、そよ風のような気を纏っていたのに、変貌するにも程がある。
「アンタ・・・・・・本当に何者なんだ・・・・・・?」
セルトは少し震える声で問うと、
「俺様を知らない? ならばその体に教えてやろう。この世で最も強く、恐ろしいチカラを見せてやる」
その声も、さっきまでとは違う。
しかも、姿は何一つ変わってないのに、セルトの目に、シャーク・アレキサンドライトが映る。シャークになど会った事もないのに、ポスターなどで見ただけのシャークが目の前に立っていて、大きなソードを構え、来いとばかりに立っている。
何も知らないのに、何故シャークが現れるのか、幻でさえ会った事もないのに、リアルに目の前に立たれ、そして何故シャークに挑まれているのか、わからなくなる。
シャーク・アレキサンドライト。
この世で尤も強いと言われ、悪の象徴とも言われる賊の頭。
そのシャークの最強のオーラを目の前に、戦う事など喪失してしまう。
恐らく、この世で、シャーク相手に怯まないのは、無敵のサードニックスだけだろうと言われているのだから、たった独りの5歳の子供が武器を構えれる筈もない。
なのにセルトは汗ばむ手の平を感じながら、竹刀をグッと強く握り締め、キッと強い眼差しで、目の前の敵を見据える。
冷や汗が頬を伝う。
恐怖が体を支配する。
心音が速く拍動する。
口の中が乾き、瞬きさえできない。
そんな極限的な状態でありながら、竹刀を構えたセルトにフォックステイルは、アレキサンドライトに成り切っていた事でさえ、忘れる程、驚いてしまう。
――コイツ、誰を見て、こんな風に育ったんだ?
――育ったのか、それとも、何かがキッカケとなって、こんな風になったのか?
――コイツは、ボクやレオンとは違う・・・・・・。
来ないならとセルトから踏み込み、でたらめに剣を振り回す。
自分より大きな存在に、勝機を失っているにも関わらず、攻撃を仕掛けて来るセルトに、無鉄砲な奴だと、
「何故、逃げない? 何も死に急ぐ事はない。只のお遊びだろう?」
そう言うと、
「武器を構えたら、死ぬか生きるかだ! 逃げる事はできない!!」
と、セルトは竹刀を振り回す。
「・・・・・・まるで賊みたいな言い草だ」
「アンタも賊だろう!? オーラっつーか、気っつーか、体から放たれるものでわかる。アンタ、黒くて重たいものを放ってる。まるで話しで聞いたシャーク・アレキサンドライトだ」
セルトはそう言いながら竹刀を無闇やたら振り回し、全て軽く受け止められ受け流され、まるで蝿でも払うようにあしらわれるが、それでも負けずに竹刀を振り上げる。
何度でも何度でも何度でも、トドメを刺されない限り、永遠に――。
だが、セルトのチカラに竹刀の方が壊れ、折れてしまった。
息を切らし、セルトは折れてしまった竹刀を見つめ、下唇を噛締めると、ギュッとグリップを強く握り締めた後、竹刀を捨てて、今度は自分の拳をギュッと強く握り締めると、
「うわあああああああああああああ!!!!」
と、雄叫びを上げて、拳だけで向かって来る。
――コイツ、なんでこんなにムキになってるんだろう。
――コイツだって、こんな勝負は、遊びだってわかってる筈だ。
――只の遊びの勝負に、ここまで本気になるなんて。
――力の限り、めちゃくちゃに拳を振り上げてくる。
――竹刀だけじゃない、今度は、拳が壊れる事くらいわかる筈だ。
――剣を握れなくなってもいいのか?
フォックステイルは、セルトの大振りの拳を避けていたが、真っ直ぐに飛んできた小さな拳をパシッと掴むと、中腰になって、セルトの目線に合わせ、
「お前・・・・・・ベア・レオパルドから何を教わったんだ?」
そう聞いた。すっかりアレキサンドライトの気配は消え、セルトの拳を掴み、目の前にいる青年は、心地良い優しいそよ風のようなオーラを纏い、小さな風が、光と闇を遊ぶように転がして行くような雰囲気に、安堵してしまったのか、張り詰めていたものが剥がれ落ちるかの如く、セルトの目から大粒の涙がポロポロと落ちた。
「・・・・・・俺が」
「うん」
「俺が母さんを殺したんだ」
「・・・・・・」
「父さんが、俺をずっと嫌ってて」
「・・・・・・」
「俺が父さんに似てなくて」
「・・・・・・」
「見た目が母さん似だった俺は・・・・・・父さんに嫌われてたから・・・・・・」
「・・・・・・」
「母さんが、俺に、せめて父さんみたいに強くなれって剣を持たせた。俺が強くなれば、父さんが帰ってきてくれるって。でも、どんなに剣の稽古をしても、父さんは、俺を見てくれなくて、母さんは、父さんに嫌われてるのは、俺のせいだって――」
「・・・・・・」
「ある日、母さんが倒れてしまって、心臓に病を抱えてたのが悪化したとか言って、
寝込んでしまってから、俺は、剣の稽古もまともにできなくて、父さんが来た時、全然強くなってなかった俺に、役立たずのゴミ共めって――」
「・・・・・・」
「不自由のない程の金は与えてやっているのに、母親は子供の面倒も見れず、寝てばかり。子供は、親の期待を裏切る。お前らは役立たずのゴミだって――」
「・・・・・・」
「母さんは、俺が強ければ、父さんは、あんな風にならなかったって、そう言うから、俺は、一生懸命、強くなろうとした。母さんの為に、父さんを引き留めようとした。でも――・・・・・・」
「・・・・・・」
「どんどん病が悪化していく母さんの面倒をみるのが、できなくなって来てて・・・・・・」
「・・・・・・」
「そしたら、父さんが来て、このままだと、その内、母さんは、もっと病気が酷くなり、立ち上がる事すら困難になると、介護が必要になるって。そうなる前に、ゴミは排除するべきだって――」
「・・・・・・」
「初めて、父さんから教えてもらったんだ、自分に利益にならないものは捨てろって、これからは銃も学べって、試しに撃ってみろって――」
「・・・・・・」
「俺が殺したんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
「父さんの、銃を、勝手に持ち出して、遊んでたら、発泡してしまったと、弾は、壁をぶち抜いたが、心臓に病を持つ母親は、驚いて、心臓発作で、死んだって・・・・・・病気で死んだって事になってる・・・・・・」
「・・・・・・」
「確かに弾は母さんに当たってない。でも、俺は、母さんを狙った。そして撃った」
「・・・・・・」
「父さんが、流石我が子だと、銃を撃つ事も躊躇わないって、お前は強くなるって、初めて俺を褒めて、俺を見てくれた」
「・・・・・・」
「でも、俺は、母さんの為に、父さんを振り向かせたかっただけだ。その母さんは、もういない。俺が殺したんだ」
〝武器を構えたら、死ぬか生きるかだ! 逃げる事はできない!!〟
そう言ったセルトのセリフは、こういう事かと、今も、コイツは、逃げれないんだなと思うと、心が、ぐしゃぐしゃになる程、苦しくなるのが、わかった。
こんな小さな子に、教える事が、銃を持ち、そして撃つ事?
母と子、父を求めながら生きてきた。母からは、父親が傍にいない事、見向きもしてくれない事の全てを押し付けられて、それでも母を支えて生きてきた、この子に、その母親を殺すよう教えて、全て子供のイタズラだったと、そういう誰の為でもない、自分の利益の為だけの嘘をも、子供に教えたのか?
一体、こんな小さな子供に、何を背負わせているんだと、悲しみと怒りで、今にも支配されそうになる。
「アンタ・・・・・・父親譲りの剣裁きじゃないけど、癖は、父親そっくりだって言ったよな? 俺は、父さんから、何も教わってない。見様見真似で、父さんの戦い方を、自分なりに習得しようと頑張ってただけ。でも、全然、真似できないって思ってたけど、癖は真似できてたんだな」
「・・・・・・」
「それも今更だよな。もう、母さんはいないんだから、強くなる必要なんて、ないのに――」
「教えてあげるよ」
そう言ったフォックステイルを、セルトは、涙でイッパイの目で見る。
「ベア・レオパルドの剣術、ダムド騎士の戦闘術、教えてあげる。キミなら、数時間もあれば、習得できる」
「え? なんで?」
「なんでって、キミがやって来た事、無駄にする必要なんかないから」
「で、でも――」
「キミはね、物凄く強いよ。ベア・レオパルドなんか目じゃない。だからこそ、ちゃんとした剣術を知っといた方がいい」
「でも!! でも俺!! 俺は・・・・・・父さんみたいになりたくない!!」
セルトはそう吠えると、ポロポロ落としていた涙をブワッと溢れ出させ、頬に流し、小さな体を震えさせるから、フォックステイルは、セルトをギュッと抱き締めた。
「ならないよ」
そう言ったフォックステイルに、セルトは涙を止め、抱き締められたフォックステイルから、少し離れて、フォックステイルを見る。フォックステイルは、笑顔で、
「あのメチャクチャに剣を振る戦闘法、独自で考えたのか? ビックリだな。お前、負けず嫌いだろ、凄いよ、ホント、頑張り屋の努力家だ」
と、フォックステイルは、そう言って、セルトの頭を撫でる。
「あんなメチャクチャな剣裁きを・・・・・・褒めんのかよ・・・・・・」
「いや、ホント、凄いんだって! あれだけデタラメに振り回してても、基礎も基本もちゃんとできてるから。流石、見様見真似が得意なのは、血筋かもな」
と、笑うフォックステイルに、血筋?と、首を傾げるセルト。
「アンタ、ホントに何者? 父さんの知り合いじゃないんだろ? 賊なのか?」
セルトはそう聞いて来た。
「賊? そう見える?」
見えると頷くセルトに、ショックだとフォックステイルはガクンと肩を落とす。
「賊ってのを隠す必要ないよ。俺は騎士である父さんを良く思ってない。だからアンタが賊でも別に構わない。ていうか、仲間にしてくれよ」
「セルト」
そう呼ばれ、セルトは名前を名乗ったっけ?と、沈黙する。
「セルト、おいで」
と、フォックステイルは中腰だったが立ち上がり、庭に置いてあるベンチの所まで行くと、そこに座り、自分の隣に座れと、セルトを手招き。
セルトは、素直にフォックステイルの傍に行き、隣に座る。
すると、フォックステイルは、どこからかハサミを出してきて、セルトの髪を切り始めた。
「な!? なにすんだよ!?」
「いいから、落ち着いて座ってろって。見るも無残な姿にはしないから。というか今よりマシにしてやるよ。髪の毛が視界の邪魔だろう? 景色が見え難いと、人の表情も見えないもんだ。自分の為を思ってくれて、イロイロと言って来てくれてる事も、表情がわからないと、悪く思い込んで、思いやりに気付きもせず、独りになるだろ? 独りだから、頑なになるんだ」
「・・・・・・そんな事ない。ちゃんと見えてるし、ちゃんと何を言われてるか、理解してる。独りなのは、独りがいいからだ」
「そうか? ならいいけど、剣を教えてやるから、ちゃんと視界を見えるようにはしないと、怪我するから、ボクが!」
と、お前の剣が当たると痛いってもんじゃないよ?と、フォックステイルが言うので、セルトは少し笑った。笑ってくれたと、フォックステイルも笑顔になる。
バサバサと躊躇なく髪を切って行くフォックステイルに、セルトは諦めたのもあり、大人しくなって、自分の黒髪が、風で飛んでいくのを目に映している。
「ボクもね、幼い頃、こうして髪を切ってもらった。独りでかなり落ちてて、絶対にもう笑える時なんて来ないってくらい沈んでたのに、髪を切ってもらったら、なんかサッパリして、気持ちが軽くなって、軽くなった分、気分も上がった」
そんな話をし始める。
「だからきっと、セルトも、髪が軽くなると、少しだけ気分が上向きになると思うんだ」
「・・・・・・そんな簡単じゃない」
「だな。そんな単細胞な奴はボクくらいだ」
と、ハハハッと、声と歯を出して笑うフォックステイルに、セルトは、また少し笑う。
「なぁ? 金とかどうしてんの?」
「それは、父さんが送って来るから不自由してない」
「フーン。風呂とか1人で入れるのか?」
「俺をバカにしてるのか?」
「いや、してない。只、まだ小さいキミが、独立するのは、早すぎるから、孤児院ってのもあるってのを教えてやろうと思って。この村から少し遠いが、行ってみないか? ボクが送ってってやるよ」
「俺は孤児じゃない。一人で何でもできるし、金だけは稼げないけど、身の回りの事は、誰の世話にもならない。母さんが寝たきりだった時だって、俺は、なんとかやって来てたから」
「そうか。でも洗濯とかは? 随分、汚れてるだろ」
「やる気が起きないだけだよ。風呂も入る気になれないだけ。体は拭いてるし、顔も髪も洗ってはいる。何もしたくないけど、何かしてないと・・・・・・だから剣を握って、稽古をするんだ。父さんの言いつけを守ってる訳じゃない。なのに、みんな、俺が、父さんの言いなりなんだって思ってる。気に食わないよ、村の連中は何もわかっちゃいない。俺の事なんてお構いなし。褒めてりゃいいと思って、適当な事ばっか。父さんの本性なんて知らず、英雄だって褒め称えてるバカばっかだよ」
「古本屋のおねえさんもか?」
「・・・・・・あの人は嘘吐きだ」
「嘘吐き?」
「父さんが、俺の面倒をみてくれって言ったってさ。言う訳がない」
「そうか。嘘が下手そうだもんな、あの人」
「それに迷惑だ、弟だが何だか知らないが、あそこのガキに、俺と遊んでやれだの、オヤツを一緒に食べてやれだの言いやがって。何かとウザッたいから、せめて嘘に付き合ってやれば、少しは面倒な言い草をやめてくれるかと思ったのに――」
セルトがそう言うと、フォックステイルは、ハハハッと笑い、そうかと頷く。そんなフォックステイルを、セルトは、ジッと見つめ、
「アンタ、ずっと笑って聞いてるけど、俺を怒らないのか?」
そう問う。
「怒る? なんで?」
問い返されるが、無言になってしまうセルトに、フォックステイルは、
「できた。なかなか、かっこよくなったんじゃないか?」
と、切った髪を払いながら言う。そして立ち上がり、自分の服に付いた髪を払いながら、
「セルト、人ってのはさ、悪い奴なんて誰もいないんだよ」
と、絶やさない笑顔で話す。
「根本的な人間の本質は正義なんだよ」
そう、正義なんだと、フォックステイルは自分の意見に頷く。
「最強のアレキサンドライトも、無敵のサードニックスも、捕まったら死刑になる程の悪い奴等どいつもこいつも、自分の正義を貫いて生きてるんだ。その正義が、この世界で悪となるから、この世界の正義が生まれるんだ。悪があるから正義がある。正義があるのは悪があるからだ。つまり逆から見れば、悪は正義で、正義は悪で、お互いの主張が合わないから反発し合う」
フックスは、道標になってくれても、強制はしない。
その理由は、シンバにはわからなかったのに、フックスとして存在していると、その理由がこうして答えられるから不思議だ。
「・・・・・・笑えよ、セルト」
「・・・・・・」
「笑えって」
「面白くもないのに笑える訳ねぇだろ」
「でも、笑うんだよ。セルトが笑えば、誰も煩わしい事を言って来なくなるよ。そうやって仏頂面でいるから、心配になって、お節介焼きたくなるんだ。ボクもその一人だ」
「・・・・・・」
「セルトが笑えば、みんな笑う。笑顔は連鎖する。笑い声は繋がって、どこまでも響く」
「それは・・・・・・ちょっとわかる気がする・・・・・・」
「そうか?」
「アンタ見てると、笑いたくもないのに、笑ってしまいそうになるから」
と、また少し笑顔を見せるセルト。だが、
「でも俺は誰かを笑顔にしたいとか、みんなが笑えばいいとか思わない。俺が辛くて悲しくても、誰も、その気持ちを共感はしない。だったら、笑顔だって共感しなくていい」
頑な心の台詞を口にする。
「それこそ騎士と同じじゃないか」
「え?」
「強くなって、戦争して、世界から、笑顔を消して、誰の声も聞かず、自分が、国を守っただの、なんだのと、英雄気取り。もっと、人々の声をちゃんと聞けばいいのに、きっと共感できる事もある筈なのに」
「そ、それはそうだけど、でもそれは、英雄って言われる程、騎士は強いから!! みんな怖くて、逆らえないのもあるし・・・・・・」
「だったら、笑ったらいいよ」
「え?」
「人を楽しませて、笑ってもらって、自分も笑顔になれば、怖くない。どんなに悪い奴でも、大声で笑わせられたら、怖くなくなる。英雄? シャーク・アレキサンドライト? ガムパス・サードニックス? そんな奴等、全員、笑わせてしまえばいい。笑わせたもん勝ちだ。その為にはまず自分が笑ってなきゃ」
「・・・・・・は、ははは、ハハハハ、なにそれ」
と、笑うセルトに、フォックステイルも笑う。
「本当に強いのは、どんな時も笑ってられる奴の事だ。みんなを笑いの渦に巻き込める奴程、強い奴なんだよ。そう思わないか? 死ぬ瞬間に笑った奴こそ、最強と言われるじゃないか。死と言う恐怖に勝った微笑だ。それに、誰かが笑ってくれたら、嬉しいだろ? その嬉しいって気持ちには、正義も悪もない。みんながひとつになって、平和な世界が広がる瞬間だろ? まるで魔法だ」
「魔法・・・・・・」
「だから笑えよ、セルト」
「・・・・・・」
「キミの笑顔はきっと多くの人を笑顔にする。子供の笑顔には、それだけ凄い力がある。それこそ魔法そのものだ、気付かない内に、最強の呪文を唱えてるんだよ、子供は――」
「・・・・・・」
「子供には大きな可能性があるんだ、これから何にだってなれる。正義にも悪にも。平和な世を築くのはキミ達子供次第なんだから。ボク等大人はもうキミ等を援護するしか力がない。それでも残された力で精一杯、子供達を守って、子供達を導きたい。どうか、キミが大人になっても笑顔でいられますように――」
フォックステイルは、そう言うと、何もない手の平に飴玉を出し、小さな魔法を見せる。
奇跡なんて本当はどこにもない。
でも奇跡は起こせるんだと知ってほしいから――。
セルトの手は5歳児のまだ小さな小さな子供の手。
その小さな手の中に転がる飴玉。
そして小さな手で飴玉をギュッと握り締め、フォックステイルを見上げ、コクンと頷いた表情は笑顔だ。
「本当に孤児院に行かなくていいのか? 孤児院も悪くないぞ? 場所によってはミリアム様の奇跡で裕福なとこもあって、食事も美味しいし・・・・・・作ってくれるシスターに寄るだろうけど・・・・・・服も新しいモノを用意してくれるし・・・・・・なにより友達ができる」
「父さんの存在があるのに孤児院には入れない。俺はセルト・レオパルドだから」
そりゃそうだと、だから自分の記憶がないふりをして来たんだと思い、
「そうだな、なら、何かあったら村の大人達を頼るんだぞ? 古本屋のおねえさんは優しいし、嘘を吐いたと言っても、優しい嘘だから。わかるだろ?」
そう言うと、セルトはコクンと小さく頷き、
「視界が明るくなったからね、見えなかったものも見えるから、わかるよ」
と、短くなった髪をを触りながら言った後、
「でもそんなに心配なら連れてけよ」
そう言った。シンバは笑いながら、ダメだと首を振る。
「別に弱小の賊でも、俺は気にしないよ、どうせ、笑わせて、ちゃんと戦えない賊なんだろ?」
「ちゃんと戦えない賊って、なにそれ」
「俺も、ちゃんと、笑って、笑わせてやるから」
「それはいい心構えだ」
と、無邪気な笑顔で笑うフォックステイルは、
「じゃぁ、夜明けまで、剣の稽古するか」
と、どこからともなく、セルトの身長に合った竹刀を、手に持って、
「キミの竹刀、折れちゃったからな、あげるよ」
と――。
セルトは、不思議な人だなと、短剣を長剣にしたり、木の剣に変えたり、飴を出したり、そして、視界を明るくしてくれたり・・・・・・まるで魔法・・・・・・?と、クエスチョンながら、そう思う。
セルトは、剣術と言うものを、余り理解はしてなかったが、筋はいいし、基礎も基本も完璧だったから、フォックステイルが言った通り、数時間で、綺麗な型ができるくらいになった。後は、地道に、稽古あるのみだなと、空が明るくなるのを見て、
「もう行くよ」
と、
「じゃあな」
と、バイバイと、手を振る。行ってしまうのかと、セルトが寂しそうな表情になるが、フォックステイルが、笑えよと、指で自分の顔を差し、ヘラッと笑って見せる。
でも笑わないセルトに、懐からカラーボールを出して、ジャグリングをして見せ、ボールをセルトに向かって投げていく。
慌ててボールを受け取りながら、セルトはボールを投げ返すと、フォックステイルは受け取れなくて、転ぶようにして、自分から投げた癖に、間抜けな格好で尻餅。
笑うセルトに、フォックステイルも失敗失敗と笑う。
今度こそと、またボールをセルトに向かって投げるが、投げる場所が悪く、セルトは受け取れず、また失敗と言うフォックステイルに笑いながら、飛んで行ったボールを追い駆けるが、ボールを持って、振り向いた時には、もうフォックステイルの姿はない。
まるで幻でも見てたのだろうか、風が連れ去ったように、一瞬だけ目を離した隙に姿を消したフォックステイル。
セルトは、手に持ったボールを見つめ、そしてもう片方の手の中にある竹刀を見て、そして、ポケットから飴玉を出して見て、幻じゃないと思い、明るくなって行く空を見上げる。その表情は子供らしい可愛い笑顔で、隠れてセルトの様子を見ていたフォックステイルは、大丈夫だなと安心する。
だが、この時、フォックステイルは大きな誤解を、セルトにさせたままだった。
セルトの強さに、シャークで挑んだ事、英雄と一緒に、シャークやガムパスの強さを並べた事、それは、フォックステイルが、賊だと思わせる事だった――。
――セルトは、ボクを・・・・・・フックスを追い駆けて来た。
――そのせいで、セルトは、闇で生きる事になる。
――浅墓にもボクはその事に全く気付いてさえいなかった。
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