10.自分との対決

祭りも終わり、ラブラドライトアイを手に入れる為、ダムド城に集まっている7人、いや、リブレを入れると8人。

既に王と密会しているラビ。

そして、裏口からメイドを呼び出し、仕事の邪魔はしないから傍にいたいと甘い言葉で城内に入り込んだシカ。

シンバとツナとバニとカモメは、カモメが侵入する1階の窓の下にいる。

万が一の為、シンバだけでなく、ツナと、カモメも、仮面を付けている。

フォックステイルの仮面は、顔の上半分が隠れるようなもので、口元は隠してない。

多分、それは、笑顔がわかるようにだろう。

だが、バニは、黒いマスクで、顔の下半分が隠れるものだ。

頭も黒い頭巾のようなモノを被っているので、全身、真っ黒で、影のよう――。

「おい、そんなガチガチで大丈夫なのか」

と、ツナがカモメに言うが、カモメは顔を強張らせながら引き攣った笑顔で、だが今にも泣き出しそうな目をしながら、それでも頷くのかと思えば、無理だと、今更、首を振るから、全然、大丈夫じゃないなと、シンバもツナも困り果てる。

ここに来る前も、何度もトイレに行き、吐きそうだと青くゲッソリした顔で、物凄く緊張しているカモメ。変わってやりたいが、こればかりはカモメじゃないとなぁと、

「カモメ、リラックスしろ、直ぐにシカが来る。心配ない。うまくいく! お前ならやれる! 大丈夫だ!」

と、ツナが、励ますが、直ぐ来なかったら? うまくいかなかったら? 心配ないなんて気休めだ、大丈夫な訳ない、オイラは裏方なのに、こんなのやれないよと、マイナス思考で、益々げんなりしていく。

「カモメ、失敗してもいいから」

そう言ったシンバに、失敗してもいい訳ないだろと、

「アンタねぇ!!」

と、バニが、カモメの肩を人差し指で強く突き飛ばすように突き、

「失敗したら殺すよ?」

と、脅すから、なんで追い詰めるような事を言うんだ、もっと優しく励ますとか気遣うとかできないのかと、シンバとツナは思うが、

「まだ頑張ってもないのに、いちいち嘆くなよ、頑張って、駄目だったら、その時に嘆け!! 殺してやるから!! 全く!! うっとうしい!!」

と、バニが言うと、カモメは、頷いて、

「わかった、殺される気で頑張る」

と、一応前向きな台詞。ツナが、それを言うなら、死ぬ気で頑張るだと、呟きで突っ込む。

バニのいい加減な脅し文句に、カモメのガチガチだった表情が一変にして男前に変わるから、恋ってパワーは無駄に凄いエネルギーだなぁと、シンバは思う。

あんな台詞で頑張ろうと思うものなんだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。

「侵入者の放送が流れたら、カモメはこの窓から中に入って? ボク等はもう行くよ」

と、カモメを置いて、シンバは南の塔へ、ツナは北の塔へ、バニは中央塔へ向かう。

ワイヤーでゆっくりと上って行き、高い高い塔の上に辿り着くと、バルコニーでワイヤーを巻き取り、イヤフォンを耳に当て直し、身形を整えて、城内へ侵入。

キョロキョロと壁や天井辺りを見回し、小さなカメラを発見すると、笑顔でレンズの向こうで見てるであろうシカに、ブイサイン。

ツナも北の塔のフロアでカメラに向かって、ベッと舌を出し、シカに無愛想な挨拶。

バニも中央塔のフロアでカメラを見つけると、ヤッホーと手を振る。

3人の合図で、シカは全員眠っている警備員に変わり、城内に放送を流す。

「全塔の最上階に侵入者発見。直ちに侵入者を捕らえよ。繰り返す、全塔の最上階に侵入者発見! 配置に着いている騎士も全塔最上階へ向かい、侵入者を捕らえよ!」

沢山並ぶ画面を見ながら、騎士達が最上階へ急いで向かうのを見て、シカは放送のスイッチを切ると、カモメが地下へ向かう通路でコソコソしてるのも画面で確認し、持って来たリュックを肩にかけて、さて行くかと、警備室を出て行く。

フォックステイルは最上階に配置されている騎士達を叩き潰しながら、広間へと向かって走っている。

いつも通りに敵を気絶させて行くが、いつもよりドキドキが激しく、鼓動が痛いくらいだ。

何事も祭り後と言うのは、無礼講と言いつつ、その浮わついた気持ちが残ってる者が多く、城内は暫く多くの騎士が警備に配置されている。

この時期は、基地へ戻ってない騎士達とそれぞれの部隊を束ねる隊長達が、この城内にいる。

つまりベア・レオパルドも、この城内にいて、放送を聞いたベアは、コチラへ急いで向かっている頃だろうと、心臓は今にも壊れそうな程に鳴っている。

だが、今、シンバではなく、フォックステイルなのだからと自分に言い聞かせ、フックスを演じようと必死で心臓を押さえつけるように、無理に落ち着こうとしているのだが、そのせいだろうか、余計に緊張してしまっている。

それにしてもさっきからイヤフォンを通して聞こえる悲鳴――。

〝ぎゃー!! ちょっとなんで起き上がんの!? 寝てろよ!! 大人しく!!〟

どうやらバニは殺さずという方法がうまくできないらしく、手を抜いて戦えないようだ。

思ったより使えない奴だと思う。

だが、まだ悲鳴を上げれるだけの余裕はある。

今、広間に辿り着き、出会ったのはツナ。

中央塔の通路を見て、バニが来ないなと思うが、

「大丈夫だ、アイツはマジ強ぇ」

と、ツナが言うから、そうだねと頷いておくが、少し心配だ。

なんせギャーギャー悲鳴がイヤフォンから鳴り響いている。

そして追って来た騎士達相手に、ツナと背中合わせで剣を構え、再び戦い続ける。

次から次へ来る騎士達。だが、バニが現れる様子はなく、広間に現れる騎士達をツナと2人で叩き潰していくが、やはり少し心配になり、

「ツナ、ここ任せていい?」

と、ツナの返事を聞かずに、中央塔の通路へ向けて走り出すから、

「おい!? なんだよ、あのバニだぞ、大丈夫に決まってんだろ・・・・・・はぁ・・・・・・なんだかんだ妹想いじゃねぇか」

と、ツナは、ぼやきながら、騎士達を1人で潰していく。

中央塔のバルコニーに逃げ込んでいるバニは、騎士達に追い詰められて、手摺りの上に乗ったまま、来ないでと悲鳴を上げている。

「バカか、アイツ!? そんなとこに逃げたら逃げ場が逆にないだろう!」

と、急ごうとするが、バニは落ちた。いや、ギリギリ手摺りに捕まって、落ちてはいない。

助けてぇと騒いでいるから、元気そうでなによりと安堵の溜息を吐いて、そこにいる騎士達を気絶させていく。

そして、手摺りに捕まっているバニの手首を持つと、

「アニキ!?」

と、バニが顔を上げ、そして、なんだとばかりに

「アンタか」

そう言うから、

「悪かったな、ツナじゃなくて」

そう答え、バニを引っ張り上げた。

「だってアンタ私を助けないって言ったじゃん。もし今、私とアンタが賊から逃げてて、アンタと私の手が離れたら、アンタは私を助けてくれるのかって聞いたら、助けないって言い切ったよね? 今は賊相手じゃないとか言わないでよ? アンタ、私の命なんて助けないって意味で言い切ったんだろうから、聞くけど、なんで私を助けた訳!?」

「それは・・・・・・今はお前の兄じゃないからだ」

「は?」

「フックスは助けるよ、きっと、お前の事」

「誰!?」

「つまり仲間は裏切らない。お前はボクの仲間だ。今はね」

「フーン、あっそ。ていうか、助けてやったとか思わないでね、感謝とかしないから。そもそもアンタが殺すなって言わなければ、こんな事にはなんなかったの。見りゃわかんでしょ、パワー重視じゃないんだよね、私! 騎士をぶっ叩いて気絶させる程のパワーなんて、ある訳ないでしょ! 一気に急所狙うスピード重視なの。それができたら、私だって、あっという間に、こんな奴等、倒せたんだから!」

「どうでもいい」

「は!?」

「無駄話してる暇ない」

と、シンバは、走り出すから、バニはイラッとする。

――感謝なんかいらない。

――ボクも助けてやったとも思ってない。

――お前が誰も殺さないでいてくれる、それだけで充分だ。

広間では倒れた騎士達を、隅の方へ、綺麗に並べて置いていくツナ。

「早いな、もう全員、片付けちゃったのか?」

「あぁ、騎士っつってもアルコール飲んでる奴相手に楽勝だろ。何の為にコイツ等ここにいんのかね? 祭り後の打ち上げっつっても浮かれ過ぎて騎士の意味ねぇじゃねぇか。本当に軍としては最強を誇ってんのか?」

「ツナが強すぎるんだよ」

言いながら、ベア・レオパルドまで片付けてしまってないだろうかと、倒れている騎士達を見ながら、皆、当分は起きないだろうなと、腹部や後頭部などを逆刃で思い切り殴られてるにも関わらず、どいつもこいつも、アルコールのせいで、幸せそうな顔で眠っているから、笑えて来る。

「何、もうホントに全員やっつけちゃったの? だったら、私、必要なかったじゃん、めんどくさいんだから、2人でやれるならやってよ、最初から」

と、バニが、ブツブツ口の中で文句を言っている。

「王の護衛に行っちゃったとかあるかな?」

「うん? あぁ、英雄様って奴か?」

「うん」

「どうかな、王の寝室はここから遠い。だったら王を避難させた後、ここへ向かうだろう」

「だよね」

「で、その英雄様は少しは強ぇのかな、それともコイツ等みたく大した事ねぇのかな」

ツナがそう言った時、

「高が三等兵を倒したくらいでいい気になるな」

と、現れた男――。

若くて、オレンジ色の髪と瞳をしていて、顔立ちも、なんとなくシンバに似ているから、ツナは驚いて、

「双子って言われたら、そうかもって思うなコレ」

そう呟く。男は何か言ったか?と、ツナを睨み、腰から剣を抜くと、

「二等兵、一等兵は外のパトロールに出払っている。ラッキーだったな? 束の間の強さを味わって有頂天になれただろう、直ぐにその天狗になった鼻を圧し折ってやるけどな、このゴミ共め!」

と、余裕の笑みを浮かべるから、ツナは、これはシンバの嫌な奴バージョンだなと、フォックステイルを見る。

フォックステイルも苦笑いしながら、昔の自分がそのまま大人になって現れたようだと、頷いておく。

「おい、ゴミ共、只のゴミにしては、妙な格好をしているな。何者だ? その仮面は素顔がバレないようにしているのか? 城に浸入したのは何が狙いだ? 騎士達を倒しても殺してはいないようだな、ならば我が国への反乱と言う訳ではないだろう? それとも我が国に潰されたどこかの国の復讐か? テロ行為なら爆弾などを仕掛けたりしたのか?」

男がそう聞いた後、男の背後から、

「ソイツはキツネだ」

と、現れた男は、ベア・レオパルド。

少し老いているが、まだ現役の騎士という体格と、眼力の強さを持ち、ツカツカと自信のある足取りで、現れた。

「父さん、ここは僕ひとりで――」

「レオン、ソイツはな、フォックステイルと言って、卑怯者だ」

「フォックステイル? 聞いた事があります。確か怪盗――?」

「フンッ、何が怪盗だ、ろくに戦う事もせず、人様のモノを盗み、逃げて行くキツネだよ、まだ賊連中の方がいい。奴等は、戦いの末で、モノを持って行くからな」

その親子の会話に、

「ちゃんと戦って叩きのめしたぜ? 三等兵だったみたいだが、そっちが三等兵を城に配置させたんだろ? 俺達は一等兵でも、全然良かったんだけどな」

と、ツナが入り、ベアとレオンの会話を止めた。

そして、ベアがツナをジィーっと見ている。いや、その視線は、ツナが背負っている剣を見ているようだ、肩のから出ているグリップを見つめている。そして、その目線を、フォックステイルに移す――。

それはシンバだが、フォックステイルとして、フックスである筈なのに、ベアが直ぐそこにいるという緊迫なのか、シンバは、硬直するように突っ立ったまま動かず、ベアから目が離せないでいる。

いや、思っていた以上に、シンバの心音は通常で、緊迫した雰囲気も感じていない。

只、思い出している。

ベアが言ったセリフを――。

〝お前の獣のような動きは長所だ。それを伸ばすといいだろう。だが、決して狐にはなるな。一匹では何もできぬ癖に、二匹、三匹と――。己の力でもない癖に、のうのうと我が力という顔で、肉を喰らう。ズル賢く、騙す事で、勝利するような汚い奴等だ。お前はプライドを持ち、独りでも戦える力を持て。そしてその誇り高き強さで、強い連中のトップに立ち、国の戦闘力を支配するのだ。まずはそこを目指し、今は地道に進め〟

ホンモノのフックスに出会った事があるから故の台詞だったんだと、シンバは、ベアを見ている――。

「おい! おい! リーダー!?」

ツナの声に、ハッとして、我に返り、

「あぁ、ごめん、ちょっとぼんやり」

と、軽快な口調で答えるシンバ。ツナは、シンバの、いつものフォックステイルの感じに、少し妙に思う。

父親を目の前に、もう少し、困惑すると思ったからだ。

フォックステイルは、ベアを見て、

「久し振りだね」

そう言うから、ツナは、おいおいと、やっぱり少しは困惑してるのかと、

「リーダー! しっかりしろ、お前はフォックステイルのリーダーだろ!?」

と、今はベアの息子のシンバじゃないぞと教えようとする。だが、そんな事はわかった上で、久し振りだと言ったのだ。ベアはニッと口元を上にあげ、

「あぁ、久し振りだな」

そう応えた。ツナは、息子のシンバだとバレてるのか?と、ベアを見るが・・・・・・

「貴様がいつ来るか、いつ捕らえる事ができるか、いつ吊るし上げてやれるかと、ずっと待っていた。あの時の屈辱を晴らす時がやっと来たと言う訳だな、フォックステイル」

ベアがそう言った事で、息子だとバレてない?と、ツナは、なら、どういう事だ?と、妙に思うが、シンバは――・・・・・・

いや、フォックステイルはコクンと頷き、まるでベアとの〝あの時〟を知っているかのよう。

知る筈はない。

だが、シンバは、あの時を知っているくらい、フックスを知っていて、そして、父親を知っている。

フックスが考える事、思う事、その行動全てを、シンバは、知っている。

そして、父が、どういう人間かも、シンバは知っている。

今、フォックステイルのフックスとして、ベアを見つめ、ベアも、あの時のキツネだと思っている。

「面白いな、貴様はあの頃と余り変わりないように思える。我が息子と同じくらい若く見えるのは、そう化けているのか?」

ベアの台詞に、ツナはアンタの息子だよと言いたくなるのを堪える。だが、堪えたつもりが口に出して言ってしまったか?と、ツナは思う。何故ならベアの視線がツナに向けられたからだ。しかし、向けられたのはツナではなく、やはり、ツナが持っている剣のようだ。

「お前もキツネの仲間か? 私の剣を返しに来たと言うなら、あの頃の罪を少しは軽くしてやってもいい」

そう言われ、ツナは、背負っている剣の事か?と、思う。

「その剣は、最高の武器を手にかけてきたと言われる武器職人が、己の業と技を果てるまで使い、作られし、伝説にもなろう剣だ。絶妙な鋭さと輝きを持ち、そして最高の鉱石を含ませた刃だ。斬れるだろう、それはもうどんな硬いモノであっても――」

そうだなと、誰が作ったかは知らねぇが、斬れないモノはないだろう事はわかっていると、ツナは思う。ベアは薄ら笑いを浮かべ、ツナに、

「お前の手に持っている汚らしい剣は、なんだ? その背負っている剣を何故使わない? 装備できないのか? 宝の持ち腐れとは、この事だな」

そう呟く。そして、剣を抜き、ツナに向かって、

「返してもらうぞ、その剣があれば、我が軍は世界で尤も最強の名を手に入れられる。私の名声と栄光が世界に響き、我が息子はそれを受け継ぎ、私の名を継いで行く、未来永劫な」

そう言うから、騎士っつっても賊と変わんねぇなと、ツナは、なんだかなぁと頭を掻く。

「・・・・・・何故、ボクが剣を盗んだと思う? そして売らずに持ってると思う? 装備できないボク等が何故? 考えた事ある?」

そう問うフォックステイルに、ベアは、ハッと笑い、

「装備できぬとも、最強の武器を持っていると言うだけで、強さを手にする。お前等は、最強を謳われるが為に盗んだんだろう!!」

そう吠えて、

「だがな、剣の使い方もろくにわからん奴に、最強の剣を持たせても無駄と言う事を教えてやろう。強さは手にしても、使わなければ、無意味なんだよ」

そう言って、嫌な笑みを浮かべている。するとフォックステイルも笑みを浮かべ、

「そう、無駄だね、だからこそボク等が盗んだ。ボク等なら、強さを無駄にできるから」

と、ベアを見る。どういう意味だ?と、ベアもフォックステイルを見る。

「だから、使わなければ、無意味なんでしょ? 使わないから、強さを手にしても、無意味で終わってるんだよ。こんな恐ろしい武器、平和な世界に必要ないから」

そう言ったフォックステイルに、ベアは、眉間に皺を寄せる。

フォックステイルは、倒れている騎士達を見て、レオンを見て、ベアを見ると、

「じゃぁさぁ、教えてよ。アナタ達は、何の為に武器を手にするの? もしその答えがボクと同じ答えなら、剣は返すよ、だけど、答えが違ったら、アナタは、あの時と何も変わってないと言う事だ。剣は返さない」

そう言うから、ツナは返すのか?と、フォックステイルを見て、俺は返す気ないぞと、不満顔。

レオンは、ベアを見て、そしてフォックステイルを見ると、

「それは何の質問だ? 何の話をしているんだ?」

と、問うが、ベアが耳を貸すなと言う。そして、

「コソ泥が質問をできる立場だと思っているのか? 貴様はここで私に吊るし上げられて正体を露わにし、芋蔓のように出て来る貴様の仲間達と共に死刑を喰らう。そして剣は私の手の中に戻り、本来の役目を果たすだろう。私が持つに相応しいと、剣も喜び、その役割を果たしてくれるだろう」

と、さぁ、今直ぐ戦おうと、剣を抜いて、剣先をフォックステイルに向ける。するとレオンが、

「父さん、僕が! 父さんとあの者に何の因果があるのか知りませんが、今、若き日の父さんの想いを、僕が晴らします!」

と、フォックステイルを見る。そうだなと、まずは、フォックステイルが、どんな手段を使って来るのか、レオンで試すかと、ベアは、

「いいだろう、レオン、お前に任せる」

そう言った。

そう言うだろうねと、自分が率先して犠牲になろうとは、絶対に思わないだろうからと、フォックステイルは思い、逆に、レオンは、任された事に、嬉しそうだ。

「奇妙な連中だ、油断するとまんまとハメられ、騙されるから、気をつけろ。アイツのあの姿ですら、真実かどうかも怪しいもんだ。卑怯で卑劣極まりない薄汚いキツネに、正々堂々と言う事を教えてやれ」

そう言って、ツナを見ると、手を出すなとばかりに睨むから、ツナは肩を竦め、言われなくても何もしねぇよと、やれやれと鼻で溜息。

レオンがソードを構えると、フォックステイルも、両手に短剣を構えたが、レオンのソードを見て、自分の短剣を見て、またレオンのソードを見ると、

「ちょっと待って」

と、何か考え事。は?と、レオンは、

「・・・・・・どうした? その両手に持っている剣を使うんだろう? 二刀流みたいだな、こっちは気にしない、来いよ、ゴミ」

そう言った。フォックステイルは、

「気にしないでくれるのは、有り難いけど、こっちは気にする。だから、ちょっと待って」

と、何故か、短剣を宙に投げて、ジャグリング。何をしているんだ?と、レオンは、眉間に皺を寄せて見ていると、短剣が、フォックステイルの手に戻った瞬間、1つのソードへと姿を変えた!!

「ボクも同じソードで戦おう」

ニッコリ笑って、そう言ったフォックステイルに、なんだ、その剣は!?どうやって短剣を長剣にした!?と、レオンは驚いている。

しかも、その長剣は、ダムドの騎士の剣だ、グリップにダムドの紋章も入っている。

どこから持ってきた!?と、レオンは、驚くばかり。だが、フォックステイルの口元が、ニッコリ微笑んでいて、その仮面の下は、いい笑顔なんだろうなぁ!?と、思うと、一体何の余裕なんだ?と、バカにしているのか?と、レオンの顔が怖くなっていく。そして、こんなマジックショーみたいな芸を見せられて、これが油断に繋がるんだなと、騙されるものかと、フォックステイルを睨みつける。

ベアは、フンッと鼻で笑いながら、相変わらず、奇妙で、気味の悪い奴だと、フォックステイルを睨み見ている。

フォックステイルと、レオン。

一歩踏み出したのは、お互い同時。

ガキンガキンと鳴り響く刃が重なる音。

両方、一歩も譲らない。いや、譲らないのではないと気付いたのは、ベアだ。

「なんだ、あれは!? まるで鏡じゃないか!?」

そう、レオンも気付いた。

動きが全く同じだと言う事に。

まるで鏡に映る自分と戦っているかのよう。

クックックッと、楽しそうに笑っているのはツナ。

一旦後ろに下がるレオンに、フォックステイルも後退すると、笑顔で、

「驚いた?」

と、まるでビックリ箱を仕掛けた子供のような無邪気で弾む声で言う。

「ど、どういう事だ!? 貴様は僕を真似れるのか? 僕の動きが・・・・・・父さんの戦術が世に流出してるのか!?」

「英雄ベア・レオパルドになってみた」

「なってみた!?」

そう聞き返すレオンに、ベアは、

「なれる訳ないだろう! 騙されるな! 私の戦闘術をどこかで盗んだに違いない!!」

そう吠える。そして、こうも自分の戦闘術を知られているとなると、厄介だと、ベアの表情が固くなり、

「もういい、真っ向勝負とか、正々堂々とか、騎士としての正攻法は捨てろ! 所詮コソ泥相手に、そんな礼儀が通じる訳はないんだ!! どんな手段を使ってもいいから、何が何でもキツネを殺せ!!」

そう叫んだ。レオンはベアにコクコク頷きながら、

「悪いが、父さんから、殺せの命令が出た。ここで処刑させてもらうよ」

と――。

「ボクも処刑はされたくないから、処刑する立場がいいな」

フォックステイルが、そう言い出し、またも、は?と、レオンは眉間に皺を寄せ、そのセリフの意味を考える。

「そうだ! こんなのはどうかな?」

と、フォックステイルは持っている剣を掲げ、空を斬るように一振り。

すると刃が太く長く、自分の身長さえも超える大剣に姿を変える。それだけで目を丸くしてしまうレオンに、ツナが、

「今の奴は騎士でも、キツネでもねぇ、本気で気をつけねぇとヤベェぞ、ソイツは、賊の最強の名を持つ男だから」

そうアドバイス。レオンは賊!?と、眉間に皺を寄せ、そしてフォックステイルを見ると、フォックステイルの纏っているオーラが先程とは違い、禍々しくも恐ろしく、そして大剣を引き摺るようにして無防備に近寄って来る姿に、シャーク・アレキサンドライトを見る。

思わず、アレキサンドライト!?と口吐いてしまう程。

これは何なんだ?と、レオンは冷や汗タラタラで雄叫びを上げながら、フォックステイルに向かって剣をデタラメに振り回し始める。

そんな攻撃当たらねぇなと不敵に笑みを溢し、まるでシャークそのもののようなフォックステイルは、大剣を片手で一振りし、壁などお構いなしで斬り壊して行くから、そんなバカな!?と、レオンは後退する。すると、フォックステイルは、また無邪気な笑顔に戻り、

「ごめんごめん、これじゃ怖い過ぎだったね? もう少し怖くないのにするかな」

と、また剣を空で一振り。すると刃が細長く、シンプルな剣になり、またフォックステイルの雰囲気がガラッと変わる。

カジキかと、カジキもコピーしてんのかと、ツナは喉の奥で笑いを堪えながら、流石だよ、フックスと呟く。

フォックステイルは、大きな鍔のある帽子を被っているつもりなのか、ジェスチャーで、鍔を上にあげる仕草。そして、暫くレオンと剣を交えるが、また剣を普通のソードの大きさに戻したと思うと、フォックステイルは動きを再び変える。

また変わった!?と、レオンは剣を構えるものの、もうどう動いていいか、わからなくなる。

目の前に、1人しかいないのに、何故か、何人もいるように思えて、何と戦っているのか、敵が誰なのか、何者なのか、わからない事など、当たり前で、戦闘が乱れる理由にならないのに、誰なんだ・・・・・・と、戦いにならなくなっているレオン。

そんなレオンに、ベアは舌打ちし、イライラしながら、使えない奴だと、キツネのペースにまんまとハマりやがってと、傷1つ負わせられないのかと、悪態。

「レオン、ソイツはコソ泥だ、盗むんだよ。いろんな奴の戦術を盗んで来たのだろう、だが教えてやればいい、所詮、誰かの真似は真似。オリジナルには勝てないのだと言う事をな! それを教えられないようでは、お前は、私にはなれない」

ベアのその台詞で、レオンは、小さく頷いて見せるが、よくわからなかった。

何故なら、オリジナルはベアであり、自分はベアの真似に過ぎないからだ。

ベアの真似事はできても、本体ではないと、レオンはフォックステイルの攻撃を受け止める事だけで精一杯になる。

だが、ベアになれなければ、一体、今まで、何を頑張って生きてきたのだろう――。

目の前にいるフォックステイルが、誰かの真似をしているのであれば、それは、自分と何が違うのだろう。

彼は、自分自身じゃないか――。

もう殆ど、戦闘喪失気味のレオンに、ベアは苛立ちを隠せない。

ツナは、今のフォックステイルの動きがわからなくて、

「バニか? 違うな・・・・・・俺と出会う前に戦った賊の誰かか? 俺も大概、賊の連中を見て来てるから、誰か、わかると思ったが、まだ俺も知らねぇ奴がいるってのか? こんないい動きをする賊が? あ、賊じゃないのか?」

と、ブツブツ呟きながら、眉間に皺を寄せて考えていると、フォックステイルは振り向いて、アハハッと、ツナの表情に笑い、〝キミだよ〟とばかりにツナを指差した。

俺かよ!?と、ツナは額に手をあて、

「おい、リーダー! 遊んでないでそろそろ本題に入れ」

怒ったように言う。フォックステイルは、そうだねと、レオンの剣を強く叩き、レオンの手から剣を宙に弾くと、宙に飛んだ剣を、パシっと片手で受け取る。

レオンは、驚愕の表情で、只、ソレを見ているしかできない。

まるで赤子の手を捻るが如く、自分の剣を軽く弾き飛ばし、ソレを受け取ると言う事は、剣が飛んで落ちる場所まで、わかっていたと言う事。

いや、わかっていたと言うか、自分の手の中に落ちてくるように、弾き飛ばしたとしか思えない。

そんな事、有り得る訳がない。

レオンは嘘だ嘘だ嘘だと頭の中で何度も連呼しながら、こんな戦いは有り得ないと、首を振り、夢なんだと現実逃避。

「役立たずめ。それでもベア・レオパルドの名を継ぐ男だったのか?」

ベアにそう言われ、レオンはゆっくりと振り向いて、ベアを見ると、冷や汗で一杯の顔で、今にも泣きそうになりながら、

「父さん、僕は・・・・・・どうしたら・・・・・・? これは、幻か何かを見せられてるんでしょうか・・・・・・?」

震えた小さな声で、そう言った。混乱しているレオンに、コイツはもう使い物にならないと、

「そうかもな、キツネは人を化かすのがうまいからな。だが、お前はキツネ一匹狩れない男だ。どうやら私の見込み違いだったようだ。そこ等にいるハンターの方が余程マシ。もうお前などいらぬ。せめて騎士道を貫き、我が息子として名乗ってしまった以上は、私に恥をかかせる事はするな。わかるな? 恥じぬ終わりをしろ。私を継ぐのは、お前じゃなくてもいいんだ」

ベアは、見捨てた台詞を吐いた。

お前じゃなくてもいいと言われたレオンはガクガク震えながら、

「と、父さん・・・・・・そ、それは――」

と、震える声を出す。

「私には、私に成り得る息子がいる。お前よりも若く、お前よりも強く、そしてお前よりマシに動ける奴がな。まだ幼いが、幼い故に育て甲斐がある。お前と言う失敗作を教訓にな。いいか、お前はまだレオン・レオパルドだ。ベア・レオパルドではない。レオンとして、ダムドの騎士として、せめて私のプライドは守れ!」

レオンはそう言われると、震えは止まったが、ガクンと無気力に、その場で膝を落とし、俯き、涙なのか、汗なのか、床にポタポタと滴を落とした。するとベアが、レオンの目の前の、その床に、自害しろとばかりに、聖なるナイフを置くから、

「大量生産だな。で? 後、何人いるんだ? アンタの息子は――」

フォックステイルは、そう言って、ベアを見る。ベアも、フォックステイルを見る。

「相変わらず、勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に切り捨てるんだな。しかも簡単に。なんでだろうな、それでも、アンタの名前を受け継ぎたいと、心底思ってた自分が、バカだと思ってたが、今、やっと、可哀想だと思えたよ」

ベアは、そう言ったフォックステイルに、何を言っている?と、また何か騙そうとしているのかと、疑わしい表情。

レオンは、ベアの言う通りに従おうと、ナイフを手に持った。だが、

「なぁ、自分をバカだと思ってるだろう? でも、これで死んだら、本当のバカだ。もっと自分を可哀想だと思った方がいい。こんな奴が父親で、偉大だと思って、そうなろうと、従って来た事は、従わせられてたんだと、可哀想だと思えよ、そしたら、少しは自分に優しくしようって思える」

そう言ったフォックステイルを、レオンはナイフを握り締めたまま、見る。

「騎士は簡単に命を殺す。それが戦いの末の結果で正義なんだろう、だから己の命も簡単に捨てれるのかもしれない。その職業に命を懸け、プライドや騎士道が大事なのもわかる。無様に生きるくらいなら死んだ方がいいと思うのも理解できる。でも生きてると、挫折も恥もあって、悲しみも苦しみもやってくる。大事なモノだって、失って、それでも当たり前に時間は流れる。それを抱え続ける事や超える事の方が死ぬより辛い。騎士じゃなくても、強くなくても、立派な職業を持ってなくても、何の取り得もなくても、それ等がない事に、自分は何もないと、嘆きながら生きてる奴だっている。誰もが、みんな、大なり小なり、苦しみもがきながら、生きてるんだ。死ぬのは簡単だ、今じゃなくても、いつか死ぬ。なら今じゃなくてもいい。自分で自分を終わらせる程の事はしてないだろ、ボク達は、騎士全員を倒したが、誰一人として、殺してはない。つまり、城に侵入者が入ったが、ダムドの騎士は何の打撃も受けてない。何の失態もないって事だ。それに、キミは、命じられた通り、ベア・レオパルドそっくりに、戦い続けた。只、ボクに、惑わされて、うまく戦えなくなっただけ。ベアだって、ボクと戦ったら、そうなる。なんせ、キミは本当にベアそっくりだったんだから。それに、まだこっちは何にも終わってない、だから勝手に全て終わらそうとするな。最後まで見届けてみろ、見えてくるかもしれない、キミが本当に追わなきゃいけない背中が――」

と、フォックステイルは剣を2つの短剣に戻すと、腰の鞘に納め、そして、手の平に小さな炎を出す。熱くないのだろうか、炎をつかんでいるフォックステイルに、

「キミは・・・・・・さっきから不思議な事ばかりして・・・・・・それは魔術なのか・・・・・・?」

レオンが呟く。ゴミと言うのをやめて、キミと言う辺り、少しはベアの洗脳から解けたかなと、フォックステイルは、

「魔術? その言い方はなんだか悪役っぽくて嫌だなぁ、できれば魔法って言って?」

と、冗談っぽい口調で、笑いながら、そう言うと、手の中の炎を天井へ向けて飛ばす。火の玉はふわりふわり宙を舞うように浮かんでいく。

フォックステイルは、次から次へと、手の平に炎を生み出し、宙へ炎を送る。

ゆらゆら揺れて、ふわふわ舞って、宙へ浮かんで、飛んでいく炎のカケラ達を、レオンは目に映し、ぼんやりとした表情――。

何が始まるんだ?と、ベアも炎を見つめている。

フォックステイルは、たくさんの炎を出した後、ベアを見て、

「アナタが尤も驚く事が起こるだろう」

そう言った。ベアはフンッと鼻で笑い、

「相変わらず下らん真似を。何をしようとしているのか、理解できんが、こんなもの、種も仕掛けもあるものに、大の大人が驚く訳ない。なのに子供だましのマジックショーに私が驚くと言うのか? ならば余程のマジックなのだろうな? 今世紀最大のマジックショーに拍手でもしてやろうか?」

バカにした口調と表情で、拍手などする気もないのに、そう言い放つ。

フォックステイルは、ハッ!と、笑いを漏らし、口元を上にあげ、

「種も仕掛けもない」

そう言った。あちこちに浮かんだ炎のせいでスプリンクラーから水が溢れ出す。

ザーッと雨のように落ちてくる滴に、フォックステイルの髪の色がアンバーからオレンジに変わる。

今、フォックステイルは仮面を外し、俯いて、コンタクトを外すと、その顔をベアに向けた。レオンに似たその顔に、ベアは目を丸くする。

勿論、レオンも、自分に似ていると、驚いている。

髪の色、瞳の色、肌の色、そのカラー全てがベア譲り。

今、フォックステイルはシンバとなるが、ベアが、驚いた顔をしたのは一瞬で、直ぐに、

「はーっはっはっはっ、何のつもりだ? フォックステイル? 貴様、それで何に化けたつもりだ?」

と、大笑い。レオンは、驚いた顔のまま、シンバを凝視している。

ツナは、スプリンクラーの水を浴びて、起きてしまった騎士達を、再び気絶させる為に、

「悪いな、まだ寝ててくれ」

と、シカがつくった催眠スプレーを、かけて行く。

スプレーが広がり過ぎないように、少量を吹きかけて行く。もし、広がって、フォックステイルが眠ったら、ショーは台無しだ。

「父、これが本当のボクだ」

「ふざけるな!! 何が狙いだ、フォックステイル!? 何を盗みに来た!?」

「父、教えてほしい事があって来たんだ。ボクの母はどこの国の人だったの?」

「なんだと!?」

「それだけ聞けば消える」

「あくまで貴様は我が血族者のふりをする気か!?」

「あれ? もしかしてボクの名前がわからない? わからない程、息子いるの?」

「黙れ! 本当に殺されたいらしいな!!」

と、ベアは、剣をシンバに向ける。

「おっと、いいのかなぁ? 勝算ないでしょ? キツネは卑怯だの、卑劣だの言うけど、それは、お互い様だよね? 息子にボクと戦わせて、ボクがどういう動きをするのか、見たかったんでしょ? でも、ベア・レオパルドになれるボクに、勝算はないって思ったんじゃない? それを全て息子のせいにして、息子を自害させようとしたんだよねぇ? 城に侵入者が入った責任を全て息子に押し付けて、自分は、のうのうと、息子を失った悲劇の騎士隊長で、ヒーローのままって、やりたいんでしょ?」

「黙れ!!!! そんなに殺されたいか!!!?」

「小さな町に賊が攻め入ったのを知って、暗い森の中で、小さな息子が、助けてほしくて、腕を掴んだのに、それを振り払って、さっさと消えるくらい、卑劣だよね。賊相手に、たった1人で挑める程、英雄様はそんな強くない? でも、強くなくても、戦ってる姿を見せるべきだったんじゃない? あぁ、でも、息子は大量生産だもんね。自分さえ生き残れるなら、息子は死んでもいいよね」

「・・・・・・」

「その子、どうしたと思う?」

「・・・・・・」

「なんと、フォックステイルに救われた」

「何の茶番だ、これは!!!!」 

ベアは、そう怒鳴ると、剣のグリップを握り直した。

「ここまで話しても、ボクの事が、誰なのか、まだわからないの? わかった、いいよ、お望み通り戦おう」

と、シンバも、再び2つの短剣を抜いて、1つのソードにした。

「妙な剣だ、貴様の戦い方が変わるように、剣もいろんなカタチに変化するようだな。だが、私に合わせる必要はない、二刀流でも構わん。あぁ、そうか、私の戦術をお見通しで、私に成り切るつもりか? だが真似事で勝てると思うのか? オリジナルの私が、影に負けるとでも?」

「何言ってんの、ボクはボクだよ、本当のボクだって言ったろ?」

「貴様の戯言を信じる訳ないだろう!!」

「あっそ。でも、覚悟した方がいい、ボクは本気を出す。幼い頃、出した事もない本気を出すよ。父に好かれようと、父の言いなりになって、父より弱さを出し、父より目立たないよう、だけど父の名を落とさぬよう、演じてきた。そして疑問を口にしないよう、考えないよう、何も見ないようにしてきた。それがボクの心を麻痺させ、ボクは正しいと、父のようになるんだとソレを誇りに思っていた。でもボクはボクに戻った時、空っぽだと気付いた。そして、バカだと気付かされた。本当にボクは何にもなかった、何にもなかったけど、それでもボクは、笑顔を取り戻せた。その時に気が付いた。ボクは可哀想だったなと。人に優しくする事もできない可哀想で哀れな子供だったと。でも、アナタが鍛えてくれたお蔭で、剣術と、それなりの強さは持っているんだと、それから誰かに成り切って演じる事ができた。父になろうと一生懸命に演じて来た事は無駄じゃなかった。だからとても感謝している。この貧しい世で、この逞しい体の基礎ができているのも、父、アナタがボクに不自由のない暮らしを与えてくれたからだ。ありがとう――」

あんなに憎い相手だった父親に、感謝を言えるまで、どんなに独りで戦って来ただろうかと、ツナは思う。ツナ自身、父親に対し、いい感情は抱いていないからこそ、今のシンバがどんなに頑張っているか、わかる。だが、やはり独りで戦うしかないから見守るしかできない。

そして、レオンに、見せたいが為の、回りくどいセリフと姿勢なのだろうと、どうか、レオンに、シンバの想いが、届きますようにと、願う――。

だが、そんなシンバの気持ちなど、考えてもないのだろう、いや、想像もできないだろうベアは、フンッと鼻で笑い、バカにしたように、

「あくまでも我が息子だと?」

と、いつまでも馬鹿な真似をして、勝手に言ってろとシンバを睨んでいる。

そんなベアにツナは残念に思う。

少しでもシンバの気持ちに応えてやってほしいと思うが、駄目だったかと、自分の父親を思い出しながら、シンバも辛いなぁと――・・・・・・

だが、レオンは、シンバとベアの会話で、何かを感じているようだ。

レオンは、シンバが本当に自分自身だと、気が付き始めている。

似ているとか、真似だとかじゃない、自分自身なのだと――。

そう、ベアに好かれる為に、気に入ってもらう為に、愛される為に、見捨てられない為に、一生懸命、ベアの言う通りに、だが、ベアを引き立てるよう、ベアより上に立たぬよう、ベアの期待を裏切らぬよう生きてきて、それが自分の意思であると、そして正しい道であると、そう麻痺した思考で、今日まで生きて来た。

気が付けば、ベアの望む場所で騎士という地位を手に入れたが、友と呼べる者すら、1人もおらず、ベアから見放された瞬間、自分には、他に誰もいない事に気が付いた。何にもない、空っぽの人形だ――。

何の才能もない、何のチカラもない、何も持っていない、生きる価値もない。

ベアそのものになる為に生きて来たから、ベアから排除を言い渡されたら、どう生きていいか、わからない。全て終わりだ。

だからレオンは、今、シンバとベアが、剣を交え始めるのを見ながら、負けるだろうと思っている。負けるだろう、自分は絶対に勝てないのだから、もう1人の自分も負ける。絶望の暗闇を見つめるような瞳のレオンに、ツナが、

「お前はラッキーだ」

そう言うから、レオンはツナを見ると、ツナは仮面を外し、そして、笑顔で、

「フックスに出逢えたんだから、お前はラッキーだ」

と、レオンを見ながら、そう言った。なんで勝てない戦いを目の前に、この人は笑顔なのだろうかと、それとも勝てるとでも思っているのだろうかと、だが、その笑顔に期待し、

「・・・・・・彼はフックスって言うのか?」

もう1人の自分の名を問う。

「いや、アイツはシンバだ。でもフックスという男の全てを受け継いだ。だから、アイツは、フックスなんだ。フォックステイルのフックス」

「フォックステイルのフックス・・・・・・? でもシンバ・・・・・・?」

「あぁ」

「よくわからないが、結局、彼は父親から離れても、自分自身を失い、別の誰かになったのか?」

「それは違うかな。アイツは、自分自身を失っちゃいねぇよ。アイツはシンバだ。シンバとして、フックスになったんだ。アイツは自らフックスになる事を選んだ。アイツはな、なりたい自分に、なろうとしてるんだ。俺から見たら、割りと、フックスなんだけど、きっと、アイツは、今も、フックスになろうと頑張ってる最中だ。なりたくもない事に、自分を偽って、なろうとするのと、なりたい自分に、正直に、なろうとするのは、全く違うだろ?」

「・・・・・・」

「お前はそう思わねぇか? まぁ、みんな同じ考えって訳じゃねぇしな」

「彼も、そう考えているのか? なりたい者になる事は、他の誰かになる事とは違うって――」

「どうかな、アイツに聞いた事ねぇし。只、俺がそうだったからさぁ、なりたくねぇ自分になる事で、やりたくもねぇ事の連続で、嘘で固めて、それで罪悪感で一杯になってて、明日なんて来なけりゃいいって思いながら、また明日を生きてたからさ。俺も父親の持ってるモノを全て受け継ぐ筈だった。けど、俺は父親の名も地位も何もかも受け継ぎたくなかった。だってオヤジが勝手にそう決めた事に、どうして俺が従う必要がある? 俺は俺なんだ、オヤジみたいになりたくねぇしな。なってほしいなら、カッコいいトコ、見せるべきだろ? カッコいいと思わねぇのに、なりたいって思う訳ない。俺は、俺がカッコいいと思った奴みてぇになる!!」

「・・・・・・自ら決めたとしても、フックスって人を受け継ぐ事は、従う事とは違うのか?」

「フックスがアイツに残したものは、フックス自身じゃねぇから」

「・・・・・・じゃあ、何を残し、何を受け継ぐんだ?」

「未来だよ。フックスは未来を残してくれたんだ、だからアイツは未来に生きて、その未来を守る為の術を受け継いで、フックスが守ってきたモノを守ろうと、今、頑張ってる。フックスが頑張ってたように頑張ってるんだ。だからアンタも、今の自分がどうこうって事なんて、全部、捨てて、未来に目を向けたらどうだ? アンタが生きる未来、今より少しまともになってる事を願ってさ」

ツナの話を聞きながら、手に持っているナイフを、レオンは強く握り締める。

「なぁ、お前は何になりてぇ?」

そう言ったツナに、レオンはわからないと首を振る。

「よく考えたらいい。残された時間はまだまだ長い。きっとな」

ツナがそう言うので、レオンは考えてみる。一生懸命やって来た事は無意味ではないとしたら、そして、今、まだ死ぬ時ではないのなら・・・・・・

「僕は騎士になるんだ。いつか隊長になって、僕は王と国を守って、民を守って生きる。父さんの名は関係ない。僕自身が、騎士として、守るべきものを守りたい」

と、手の力を抜いてナイフを床に落とし、レオンが、今、シンバを真っ直ぐに見て言った。

「・・・・・・いいんじゃない? なれるよ」

ツナがそう言って、レオンを見て、微笑む。レオンもツナを見て、少し微笑んだ。

今、シンバがベアの腕に傷を負わせ、ベアが後退し、シンバも追わずに後退すると、

「貴様ぁ!? 恐ろしい動きをする奴だな、まるで獣みたいに疾風の如く、この私の懐に入り、私の腕に傷を付けるとはッ――!」

と、怒り露わの表情で、ベアに、そう言われ、

「昔は褒めてくれたよ?」

シンバはそう言った。ベアは眉間に皺を寄せる。

「父はボクに〝私にその年齢で傷を負わせた事は誇りに思うがいい〟って、多分、褒めてくれた。でも、ボクは、父を傷つけてはいけなかったんだ。やっぱり父はどこかでボクを見限っていたんだろう。ボクは父にとって、邪魔になる存在と思われていたのかもね」

「・・・・・・シンバ」

そう呟くベアに、シンバは笑顔で頷き、

「そう、ボクはシンバ。シンバ・レオパルド。大丈夫、名乗ってない、ずっとシンバ・ブライトと名乗ってきた」

何もかも許しているのか、それとも、もう何も感じてもないのか、シンバの口調は穏やかだ。そして表情も柔らかく、ずっと微笑を絶やさない。

「目の前にいるのが本当にシンバなら・・・・・・フォックステイルとは誰なんだ? 私から剣を盗んだあの若造は誰なんだ? 今、どこにいるんだ? お前にこんな事をさせて、どこかで見てるのか?」

「父が会ったのはフックス・ブライトって言って、ボクは彼に出逢い、彼に救われたんだ。彼はね、ボクを最後の最後まで、見放さなかった。だから、ボクが、彼の人生を辿ろうと決めて、ボク自身で彼を受け継ぐ事を願い、そして彼がやっていたフォックステイルをやってるんだ」

「泥棒だぞ、フォックステイルは!!!!」

そう怒鳴るベアに、そうだよと、笑うシンバ。

「何故そんな事をして生きてるんだ!? ムリヤリやらされてるのか!? お前はそんな子じゃなかった筈だ!」

「そう? じゃぁ、ボクはどんな子だった?」

その質問に、ベアは何も答えれない。だから、

「父、最初にした質問に答えて? アナタは何の為に武器を手にするの? 正義? 悪? 復讐? 強さ? 義務? 平和?」

そう聞いた。

「正義に決まっているだろう!!!!」

何の迷いもなく、即答するベアに、シンバは、だろうねと、笑顔で頷き、

「だからフォックステイルは剣を盗んだんだ。最強の剣を正義の為に使えないから」

そう言った。

「なら、悪の為に使えと言うのか!?」

「まさか! だったら剣は直ぐに賊に渡すだろう、剣は、ボク等の中で一番ソードの扱いがうまい奴が持ってて、でも、使ってない。ボク等は正義じゃない、でも悪だと思った事もない。只、この世界が平和になればいいと思ってる。その為に武器を持って戦ってる」

平和だと?と、ベアは顔を強張らせたまま、黙って、シンバを見る。

「残念、父が平和の為に武器を持っているって言えば、剣は返してあげたのに」

冗談っぽく言うシンバに、ツナは言わないとわかってて聞いたくせにと、だからキツネとか言われるんだと呆れた顔で、シンバを見る。そして、バニにも、あれがお前の父親でもあるんだってよと言おうとした時、バニが、どこにもいない事に気付く。

「父、次の質問だ、母の国はどこ?」

「知らん」

「母はその国の王族だった?」

「何の戯言だ?」

「父、頼むよ、教えて? それともボクがアナタの子供だと、ダムド王に打ち明けて、聞いた方がいい? 嫌だろう!?」

「脅しか? ハンッ! 王が貴様の戯言を本気に聞くとでも思っているのか! それに今更、そんな事を知ってどうする? お前自身、王を継承するつもりか!」

「そんな事は思ってない。母の死を母の国で祈ってやりたいだけだ!」

それこそ、そんな事は思ってもなかったが、ホント、こういう時、うまく舌が回ると自分を褒めたくなるような、貶したくなるようなシンバ。

「父、母の国の名は? 母を少しでも愛してたなら――」

「知らんと言っているだろう!」

「父が堕として来た国の名だ、知らない訳ないだろう?」

「貴様に教える事など何一つない。腐っても我が血を受け継いだ息子だろう。なのに泥棒になるような情けない者が我が息子として生きて存在していたなど、我が身を呪う程の気分だ。貴様に剣術を教えてやり、生き方を指導してやった恩を仇で返され、こんな風に我が国へ乗り込まれ、こんな屈辱を受け、なのに貴様に何を教える必要がある!? 何一つ、お前には与えたくない!!」

そう叫んだ後、ベアは、

「幼き頃、この手で殺しておくべきだった」

そう言った。そう言われる覚悟で、いや、そう言うだろうと、ベアの人柄を理解しているシンバは、耐えず笑顔で、ベアを見つめ、

「父、母の国の名は? それだけ教えて? そしたら、大人しく消えるから」

と、何の反論もせず、優しい口調で問う。まるで投げても跳ね返って来ないボールのようで、相手にされてないようで、しかし、受け止められている救いのようでもあり、ベアはシンバのその態度が許せないのだが、シンバに剣を抜いて構えても、この態度同様、簡単に交わされてしまうだろうとわかっている。

もう剣を腰の鞘におさめたシンバは戦う気がない。だから攻撃も跳ね返っては来ない。そして、シンバは問うだろう、ベアが答えるまで同じ質問を――。

だからこそ、時間稼ぎさえすれば、外に出ている騎士達も、もうすぐここへ駆け付け、他の階級の兵を束ねている隊長もやって来る筈。

侵入者と言っても、剣だけで大丈夫と思って来たが、もう少しだけ待っていれば、銃を持ってる連中も来るだろう。なのに、

「カーネリアン」

と、レオンの裏切り。シンバはレオンを見て、カーネリアン?と聞き返す。

「父さんが堕とした国で、キミの母親の国って言うならば、僕等が生まれる前の話になる。幾つか堕とした国の中で、未だ堕とし切れてないと噂のある国があり、理由はその国の王族が一人消えたからだ。遺体も見つからないままで、未だ逃走中なのか、わからないが、キミの母親が王族だったと言うならば、もしかしたらカーネリアンの事かもしれない。小さな島にある小さな城と小さな城下町があるだけの、なんにもない国って聞いた事がある」

シンバはコクコク頷き、

「そう! 母が言ってた! 小さな島にある小さな城と小さな城下町!」

そう言って、ありがとう!と、レオンに言うが、ベアは、レオンに、何のつもりだ!?と怒鳴った。だが、レオンは、もうベアに怯えてない。

「小さな島で逃げ場所もないのに、王族が消えた不思議は、父さんの仕業か。記録には王子だと書いてあったが、実は王女だったの? その王女を身篭らせ、そこにいる息子をつくって、自分をつくりあげようとした? 僕のように? そして僕もソイツも失敗作?」

淡々とした口調で、問うレオンに、ベアは黙る。

「意思を持った人形が怖い?」

レオンの問いに、ベアはフンッと鼻で笑い、

「貴様も切り捨てられて当然だ、この役立たずが!」

と、唾を吐き捨てるように言う。シンバはレオンの雰囲気が怖くなっていて、これはマズイなと、冷静にさせた方がいいかもしれないと、

「あぁ、えっと、カーネリアンだね、ホントありがとう、教えてくれて助かった。物凄く役に立った!」

などと言うから、レオンはそんなシンバにクッと喉の奥で笑いを漏らすと、声を上げて笑い出すから、シンバは気が狂ったかと、オロオロしてしまう。

「大丈夫、僕は壊れてないさ。まだ自分の意思をコントロールしきれないだけ。やっと目が覚めたばかりの感情は生まれたてだからね。だから、こんな時、どんな風になっていいか、わからないだけで、壊れた訳じゃない。僕は正常だ」

「こ、壊れてないなら良かった。殺し合いの戦いになるかもと、ちょっと心配した」

「僕や父さんの心配より自分の心配をした方がいい。知りたい事を知れたなら、もうここには用がないだろ? 行けよ。後片付けしとくよ」

「後片付け?」

「僕はここを追放されるだろう。だったらもう反逆者として、キミの味方をしてやるって言ってるんだ。この場は僕に任せて、もう行った方がいい」

「で、でも――」

「ごめん、キミも必要かもしれないが、僕はキミ以上に必要なんだ」

「え?」

「自分との対決」

と、レオンはベアに剣と鋭い目を向け、動くなとばかりに睨みつけている。

ベアも殺さねばと思うのか、逃げる事もなく、そんなレオンを見つめ、

「イカレたガキ共め」

口の中で、そう囁いた。

レオンはベアと対決するしか、自分を解き放つ方法がないと思っている。

シンバもそうだったように――。

シンバは、レオパルドを名乗るのさえ、イヤで、ベアにも、レオンにも、絶対に会いたくないと、思っていた。

会えば、自分が、どうなるか、わからないと思っていたからだ。

だが、ベアにもレオンにも、それなりに普通に接する事ができた。

恐れる事も、悲観する事も、怒る事さえなく、シンバは、ベアを許しているし、与えてくれたモノの大きさを感謝しているのは、それだけ時間が流れ、シンバ自身、大人になったと言う事もあるだろう。

だが、全てフックスの魔法だと、シンバは、今も、童心のように信じている。

だからシンバは、自分を救ってくれたフックスのように、誰かを救える人でありたいと、今を生きている。

真っ直ぐに続く道を、派手に転ぶ事もあり、何度もつまづいて、酷い怪我を負っても、例え、険しい道のりになろうとも、走り続けている。

笑顔で――。

レオンも、そうなってほしいと思うから、ベアと、戦おうとするレオンを、止めようと思うが、

「僕もちゃんと未来を見てみるよ」

レオンは、無表情だが、声色は優しく、シンバを見て言った。

「僕は、腐っても騎士だ。武器を持って、戦う。でも、それは正義でも悪でもなく、世界を平和にする為だって、ちゃんと考えてみる。大丈夫、僕は、ここを追い遣られても、生き抜いてみせる。キミにできるんだ、僕だってできるよ」

レオンのその台詞に、大丈夫そうだと、シンバは思い、止めるのをやめて、

「うん、ボクにできる事は、キミにもできる」

と、今のレオンなら、うまく決着をつけるだろうと、頷いた。

ベアとレオンの親子の絆を引き裂くような事をしてしまった事は辛いが、また1人、味方ができたとシンバは思う。だから、シンバは笑顔で、

「いや、でも、結構、楽しかったなぁ、今度、会ったら、何して遊ぶ?」

夕焼けの中、もう帰る時刻だと、子供同士が明日の約束を交わすように言う。

失ったけど、手に入れたものもあると知って欲しくて――。

レオンは、フッと笑みを溢すと、

「今度会う時までに考えておく、キミが最初の僕の友達だ」

そう言った。やはり、レオンはもう大丈夫だ。

今、どこからか戻って来たツナが、

「バニがいねぇ」

と、この階のフロアを、全部見て来たが、どこにもいなかったと言う。

バニもベアとの再会に、何か思う事があって、姿を、この場から消した・・・・・・?

とは思えない――。

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