8.フォックステイル指名手配

バイクを走らせる気にはならず、押しながら、トボトボと歩いてジェイドへと戻る二人と一匹――。

「・・・・・・なんでだ、なんでスカイピースを揃えないまま、去ったんだ? 罠か?」

そう呟くシンバに、ツナは溜息を吐き、

「ラビはスカイピースが何なのかを知らない」

そう言った。シンバがツナを見ると、ツナは、

「ラビは、俺が地下の書庫にいた時に会った。アイツは、ここにはスカイピースについて書かれたモノはないと言い切った。つまり、アイツは俺達より先に書庫の全ての本を調べたって事だ。調べるって事はスカイピースが何か知らないからだろう」

と、シンバを見る。

「なら、どうしてスカイピースを手に入れる訳? だって売れないモノを危険を犯してまで手に入れる理由は?」

「あのラビが金目にならないモノを欲しがるとは思えない。スカイピースは質屋では売れないだけであって、買いたい連中がいるって事を知ってるって事だ」

「買いたい連中?」

「あぁ、フォックステイルの正体を知りたい連中と同じ連中だろうな」

「・・・・・・賊?」

シンバがそう問うと、ツナはコクンと頷き、

「アイツ等のバックに賊がいる」

間違いないとばかりに断言した。

「ラビは、もしかしたら相当の値打ち物かもと、スカイピースの謎について調べてはいるが、解けない謎などに時間を費やして、俺達にスカイピースを持ってかれる前に、今、持ってるスカイピースだけでも売ろうと思ってるに違いない。だから一旦、ここで身を引いた。更にフォックステイルの正体を知り、売れるモノが増えたとばかりにな」

「・・・・・・で、でもバニは!?」

シンバはそう言うと、思い出すように、

「バニはアンタレスからスカイピースを奪うチャンスを待ってるようだった」

そう言った。そして、

「確かに、バニはスカイピースが何か知らなかった。ボクがスカイピースを頂くって言ったら、アイツ、スカイピースって何?って聞いたんだ。でも、アイツ、その後、態々アンタレスからスカイピースを奪って逃げたよね。逃げるだけなら、とっくに逃げれてたのに。だから、ボクも、ラビとバニは繋がってるのかもしれないって思った事もあった」

と、シンバは、黙っているツナを見て、更に説明するように、

「バニは、ラビの命令通り、アンタレスからペンダントを奪っただけで、それがスカイピースだと知らず、只、ラビの言う通りにしただけなのかもって。でも、パンダに、2人が、どこで繋がったの?って聞かれて、確かにって思った。ラビは、子供の頃、ボク等と一緒に孤児院にいたんだ。バニと繋がってはなかった筈。ムジカナにいた頃、ラビとバニは、仲が良かったみたいだけど、ジェイドで再会したって理由だけで、簡単にスカイピースをラビに渡して売ろうなんて思うとは思えない。バニはそこまでバカじゃない! と・・・・・・思いたい・・・・・・」

と、結構バカなんだよなぁと、俯くシンバ。だが、

「ジェイドで再会したんじゃない。もっと前からラビとバニは手を組んでるんだ」

ツナがそう言った事で、シンバは顔を上げ、首を振る。

「いや、有り得ないよ。だって、そうだとしたら、バニは、サソリ団にいた頃から、ラビと繋がってたって事になる。バニが、スカイピースを、態々、奪って逃げた時、バニは、まだサソリ団にいたんだから。ツナが一番わかってるだろ、バニは、アンタレスに育てられたんだ、アイツはサソリ団にいたんだよ、ずっと」

「あぁ」

「ラビはサソリ団にいなかった」

「あぁ」

「だったら、どうやって2人は出逢って、手を組んだって訳?」

「わからない。だが、思い出してみろ、8年前、俺達がムジカナに向かった理由を」

「・・・・・・ボクから盗んだスカイピースを、ラビに返してもらう為――」

「そうだ、そしてムジカナにはサソリ団がいた。つまり、ラビもあの時、ムジカナにいたのかもしれない。俺達とは会わなかったが、バニとは出逢った。俺がサソリ団に戻ってから、オヤジが宝が減っただの、宝が盗まれてるだの言うから、酔っ払いの戯言だと無視してたが、バニがラビに宝を横流ししてたとしたら・・・・・・」

そんな・・・・・・と、シンバは黙り込んでしまう。その時、向こうから沢山の灯りが見え、

「おーい、誰かいるのかー!?」

と、声も聞こえ、

「照明弾で騎士達が来たんだ、シンバ、隠れろ。後でテントで会おう」

ツナがそう言うと、シンバは頷き、近くの草むらへと身を投げ込んだ。ツナは、リブレを見て、お前もとアイコンタクトをとると、リブレは理解したのか、シンバの後を追うように草むらの中へと走り出す。そして、

「おーい」

と、ツナは騎士達にここにいると声を上げ、

「敵を追跡したんですが、見失ってしまいました」

そう叫んだ。

騎士達はバイトで雇っただけなのに、ライトの点かないバイクでよくやったと褒める。

「それで敵を見たか?」

「いいえ、暗くて・・・・・・」

そう答えるツナに、騎士達は頷き、その中の1人が、

「見た奴が言うにはフォックステイルと言うコソ泥らしい」

そう言った。ツナは、

「フォックステイル? ですか? コソ泥にそんな名前が? 聞いた事もないですが」

と、否定的な台詞を言うが、

「なんでも賊達の宝を狙う奴らしいが、最近は賊達も活動が盛んになれず、宝も持ってないのだろう。だから城へ潜り込んだに違いない」

などと言われ、ツナは怒鳴ってしまいそうになる自分を抑える事で精一杯で無言になる。

「賊から宝を奪う事でヒーローっぽく言われているが、泥棒は泥棒。そして今回は大勢の騎士達を賊の如く殺している」

「フォックステイルは殺しはしない! 例え賊でも!」

思わずそう叫んでしまい、皆がシーンと静まり、ツナを見るから、ツナは、

「お、思い出したんです、フォックステイルって奴の噂を・・・・・・殺しはしないらしいです」

そう言うが、そんなの只の噂だと、現に殺されてるではないかと言われ、またも怒りの感情を抑えるだけで精一杯になるツナは黙り込んでしまう。

「フォックステイルを指名手配しよう」

そう言った騎士に、ツナはなんでこうなるんだと、下唇を噛み締める。

指名手配など、賊扱いではないか。

バニが言っていた〝後始末、頑張ってね〟の意味が、こういう事かと知る。

ツナがテントに戻った時には、シンバは髪の色も瞳の色も戻して、フォックステイルの姿ではなくなっていた。

カモメも無事で、やはりラビが言った通り、裸になられて驚いて声を上げただけだったようだ。盗まれた発明はまた作ればいいが、盗まれたスカイピースはどこの誰に売られるのか、わからないから、これから動きようがないと、皆、黙ったまま、俯き出す。

そんな暗い空気の中、パンダが、

「でもツナがいながら、初失敗だね、フォックステイル」

なんて明るい声で言い出し、左右にいたカモメとシカから、バシーンと無言の突っ込みを受け、パンダは痛い!と声を上げて、叩かれた両方の頬を押さえる。

「・・・・・・俺は疫病神だな」

そう呟くツナに、カモメとシカは、パンダをキッと睨むから、パンダはヒィッと身を小さくする。ずっと黙っているシンバが何か言ってくれればと思うが、何やらずっと考え込んでいる様子。シカが俯いたままのシンバの肩を叩き、やっと顔を上げた。すると、ツナが、

「すまない、フォックステイルを指名手配させてしまって」

などと言うから、シンバはそんなのツナだけのせいじゃないと思い、自分が暗い顔をしてるから、ツナまで暗く沈み、失敗を自分のせいだと責めているんだと気付く。

カモメもシカも不安そうだし、パンダはこの空気が辛そうだ。

笑って過ごすって、フックスと約束した癖に、直ぐに落ち込んで、本当に駄目な奴だな、ボクはと、

「失敗したら挽回するしかない。まずはスカイピースが何なのかを探る」

そう言って、皆を見ると、

「ボクは母から譲り受けて、スカイピースを手にした。つまり母ならスカイピースが何なのかを知っているかもしれない」

言いながら、母から聞いた御伽噺を思い出している。

〝小さな島国の小さなお城で、小さな城下町があるだけの、なんにもない国。王に跡継ぎはなく、やっと生まれてきた子は女の子――〟

「でもシンバのお母さんって死んだんだよな? サソリ団にやられて」

カモメがそう聞いて、シンバは多分ねと答える。

〝生まれてきた女の子は男の子として育てられて、兵を率いる立派な王子になる為にと、剣を学ばせたの〟

「ならシンバのお母さんからはスカイピースの事を何も聞き出せないよ、死人は喋れない」

パンダがそう言って、シンバはフッと笑みを溢す。

その笑みの意味がわからず、皆、シンバを見る。

〝でも国は大きな国に領土を奪われ、王は殺され、負けとなった後も、王子として育てられた王女は、若い騎士相手に戦い続けたわ〟

そしてシンバも皆を見回す。

〝その若い騎士を追い詰めた所までは良かったけど、王女は彼を殺せなかった〟

「ボクの父は生きてる。幼い頃、母から聞いた御伽噺が本当なら、父は母から生かされた命を無駄に今も生きてる筈。父に会いに行く。父が若い頃に襲った母の国がどこなのかを知る為に」

決意した強い眼差しでそう言った。キョトンとする4人。直ぐにカモメがハッとして、

「言ってる意味はよくわからないけど、つまり、その、シンバのお父さんは、ベア・レオパルドでいいって事? ソレ、今、やっとこ認めちゃう?」

そう聞いた。苦笑いして頷くシンバに、

「シンバ・ブライトって拘ってたのに?」

と、念を押すように聞くカモメ。

「そんな拘り貫いてる場合じゃないからね。とりあえず、先にジェイドの船を頂くついでに、今回の騎士達を殺した者はフォックステイルじゃないと言う証明をどうするか、考えよう。その後、ボクの父に会い、スカイピースの謎を解く。謎さえ解ければ、フックスの言っていた事は只の神話で、何も問題のないモノなのか、それともやはり大きなチカラで何かが動き出し、世界の運命さえも変える事になるのかがわかる、それが光か闇かって事も――」

「も、もし、良くない邪悪な闇の大きなチカラだったら?」

パンダが怖いとばかりに震える声で聞く。

「その時こそ・・・・・・バニを殺してでもスカイピースはボク等の手の中に――」

問題は賊でもラビでもない、あの恐ろしい強さを持ったバニだとシンバは思っている。

次の日、朝日と共に、ジェイドエリア全域にフォックステイルの似顔絵が指名手配ポスターとして貼られた。

シンバは、バイクでグシャグシャになった庭を溜息を吐きながら直している。

折角の黄色い可愛い花がバイクで潰されて台無しだ――。

ごめんねと呟きながら、シンバは、もう駄目になった花をゴミ袋の中へ入れていく。

「可哀想、捨てちゃうの?」

その声に見上げると、ネイン姫。シンバは直ぐに顔を下に落とし、花を拾い集めてはゴミ袋に入れながら、

「しょうがないんです、もう駄目だから。今、新しいのを仕入れに行ってますから直ぐに綺麗なガーデンに戻します」

少し不貞腐れた感じで、でも、丁寧にそう答える。

「アナタもフォックステイルの仕業だと思ってる?」

そう聞いたネイン姫に、シンバはまた顔を上げる。すると、ネイン姫はストンと腰を下ろし、シンバに目線を合わせながら、膝に、肘をつくようにして、両手で頬を支えてシンバをジッと見つめ、

「みんな言ってる。フォックステイルの仕業だって」

そう言った。庭をバイクで駆け巡ったのは事実フォックステイルもそうなので、

「だったらそうなんじゃないですか、指名手配犯だし」

かなり不貞腐れた感じで言うシンバ。

「違うわ! フォックステイルはそんな事しない!」

と、ネイン姫は折れて潰れた花を拾って言うから、

「それはどうかなぁ」

と、呟く。今、ネイン姫が持っている花は、フォックステイルが潰したものか、フルムーンが折ったものか、そのどちらもか――。

「・・・・・・ねぇ、バイトさん、この黄色の花を白色にした手品を見せてくれたわよね?」

「え? あ、あぁ、ハイ」

「知ってる? 白い花は約束を意味するんですって」

「そ、そうなんですか?」

「フォックステイルがやったとしても、私はフォックステイルを信じる事にする」

「・・・・・・」

「そう約束してるの」

「え? 誰とですか?」

「自分に。それと、私に魔法は使えないけど、私なりにできる事をやるわ。それで世界を平和に変えてみせる」

言いながら、立ち上がり、

「そのゴミ袋、ちょうだい?」

と、手を出すから、コレ?と首を傾げながら、差し出し、

「何するんですか?」

と、聞いてみる。

「短く折れてしまったのはアレンジに使うの。潰れたのは押し花にするわ」

ネイン姫は笑顔で、そう答え、ゴミ袋を受け取り、

「まだ生きてるのに助けられないなんてフォックステイルのやる事じゃないわ。花だって命のひとつだもの。きっとフォックステイルなら魔法で直ぐに元に戻せるかもだけど、私は私の遣り方でフォックステイルの手伝いをする。これがフォックステイルの仕業なら、尚更、後始末を手伝うわ。だって彼は平和を願ってるから、彼のやる事に理由はあっても、悪意はないもの。私はそう信じてるし、そう思ってるの」

思わず、カッコいいと言ってしまいそうになる程、芯の強さを感じる。

そうだなと、拗ねてても何も始まらないと、シンバも立ち上がり、

「ソレ、ボクも手伝っていいですか? まだ新しい花が来るには時間がありますから、駄目になった花を拾い終えたら、押し花を作ります」

と、笑顔で言う。ネイン姫は勿論と頷き、準備してくると駆けて行く。

いい子だなぁと、シンバは思う。

明るくて前向き。それだけで周囲を引っ張り上げれるんだと、そうでなきゃいけないなと思いながら、フックスを思い出す。

――フックス。

――ネイン姫はフックスにソックリだ。

――どんな時も笑顔で、前向きで明るく、優しい。

――フックスが選んだ後継者なだけある。

――ボクもフックスに近付けるよう、頑張るよ。

折れてしまった花を手に取り、花も生きてるんだなと、青空に翳してみる。

「生きてりゃなんとかなる。生きてりゃ未来はある。生きてるだけで素晴らしい」

失敗を恐れてたら何もできない、周囲の目なんて気にしても意味がない、生きてれば悪い事もあるし、それを挽回もできるし、挽回できなくても、自分が間違ってないと信じて貫いた事を、例え世に裁かれたとしても恥じる必要はない。

自分を信じて生きてるだけでいいんだと、シンバは自分に言い聞かし、頷く。

――ボクは真っ直ぐ正直だ。

――フックスとしての信念は曲げてない。

――真っ直ぐに光を貫いている。

――失敗はしても、間違いは犯してない!

青空の中、一機の赤い飛行機が飛んでいく・・・・・・。

シンバが花を拾い続けていると、大きな木の下にテーブルとチェアを出して、そこで一生懸命に作業を始めるネイン姫。

押し花を作ってるのかなと、シンバも急いで花を片付けて手伝いに行こうと思う。

午後になる前に庭の花は全て回収され、土も綺麗に耕し直され、いつ新しい花が来てもいいように準備が整った。

シンバは汗を拭きながら、ネイン姫に近寄り、

「凄い! ソレ、栞?」

と、テーブルの上に積み重ねられていく小さなカードみたいなモノを見て問う。

白い小さなカードには、透明のセロファンでコーティングされた黄色い花。

ソレを端の方に穴を開けて、紐を通して、栞として使えるように作ってある。

「考えたね」

ネイン姫は笑顔でシンバを見ると、

「子守りのバイトさんにね、押し花にするから糊とか貸してくれない?って聞きに行ったら、栞にするといいよって、こうやって作るといいって教えてくれたの。なんか・・・・・・もぐもぐ食べながら教えてくれて、丸い人だった」

と、思い出しながらクスクス笑って言うから、パンダだとシンバも笑う。

「それから使わないテーブルとチェアが地下にあるかなと見に行ったら、頭にゴーグルを乗せた人が必要な備品を取りに来てて、私がテーブルとチェアを探してるって言ったら、一緒に探してくれたの。運ぶのも手伝ってくれるかなって期待したら、いきなり工具を出して、テーブルとチェアをいじりだして、壊れてたのかしらって思ったら、テーブルとチェアの脚が勝手に歩き出して! これで必要な場所まで歩いて行ってくれるよ、運ぶには重いから、自分で歩かせた方がいいって。ビックリ! でもそれじゃテーブルが動いちゃって、作業ができないって言ったら、大丈夫って、ボタン1つで普通に固定された動かない脚に戻るからって。思わず、凄いって、何者!?って聞いちゃった。只の整備士のバイトなんだって。信じられないでしょ?」

そりゃ凄いと、このテーブルが歩くの?と、シンバは驚いた顔をして、カモメだと頷く。

「まだあるのよ、メイドの女の子達が一杯集まってる素敵な薬剤師さんがいるの。見習いらしいんだけど、私がテーブルと歩いてたら、面白いペットを散歩させてるね?って声をかけてくれて、これから中庭で栞を作るって話をしたら、後で仲良しのメイドに美味しい差し入れを頼んであげるよって。きっと私が姫だって気付いてないんだわって思ったら、一仕事終えたら、お茶にコレを混ぜて飲むといいよって、疲れが吹っ飛びますよ、お姫様って薬をくれたの、目や肩の疲れに効くって」

姫だって知ってたんだねと言いながら、シカだなと思う。

「それから中庭に来る途中で、騎士が、テーブルとチェアを連れて歩いている姫が、また何か企んでるって噂になってるって教えてくれて、王が来たら企みも駄目になってしまうかもしれないから、誰も来ないように中庭へ通じる通路は警備してあげますって。武愛想な顔なのに、とっても親切! やっぱりバイトだって」

それは王が来たら何か合図してくれるって事?と、言って、無愛想は絶対にツナだと確信。

そしてツナに通されたのだろう、メイドが来て、ポットに入ったお茶と、焼き菓子が運ばれた。

大きなカートに乗せて運ばれた菓子は、クッキー、マカロン、バームクーヘン、ワッフル、マフィン、スコーン、ブラウニー、タルト、マドレーヌ、パウンド、ダックワーズ、その種類様々で、生クリームだけでなく、ジャムやチョコやハチミツなどのシロップ、バターやオリーブオイルなども置かれ、唖然とするシンバ。

だが、あんまり美味しそうで、シンバがお腹を鳴らすと、ネイン姫のお腹も鳴り、2人見合うと、ネイン姫は照れるように笑い、

「そろそろお昼の時間だから、お腹減っちゃた」

そう言った。

「あぁ、そうですね、ボクもペコペコだ」

「サンドイッチとか、何かランチを用意する?」

「え? あ、いや、この焼き菓子で充分ですって言うか、コレ、ボクも食べていいですか?」

と、シンバは鼻の頭を掻きながら、図々しいかなと言う苦笑いで言うと、ネイン姫は勿論よと、笑顔で頷き、メイドにお茶のカップを2個用意してもらう。

「それから、この焼き菓子、少し包んで、差し入れしておいてほしいの。バイトしてる人なんだけど、子守りの仕事をしてて太った人がいるの、その人と、頭にゴーグルを付けてて整備士の仕事してる人と、それからアナタ達メイドがカッコイイって騒いでる薬剤師の人、後、ここへ来る時に警備で立ってた騎士がいる筈。その人に――」

ネイン姫がそう言うと、メイドは畏まりましたと、綺麗な布を直ぐに用意して、焼き菓子を包んでいく。

態々みんなに差し入れしてくれるんだと、シンバはネイン姫に、ありがとうと、心の中で思う。

「後は、私ができるから」

ネイン姫が、そう言うと、メイドは、困ったようにしながらも、姫がそう言うならと、頭を下げて、去っていくが、心配そうに、何度も振り返っていた。

「そんな不安そうに行かなくてもいいのに。あのメイド、ちょっと失礼じゃない? 私だって、ポットで、紅茶くらい、淹れれるんだから」

と、任せてと言わんばかりに、ポットから湯を出そうとして、シンバが、

「あぶッ!? 危ないですよ!? わかってます? ここから、熱い湯が出てくるんですよ? なんでそこに手を置いちゃう訳? 火傷するトコです!!」

と、急いで、ネイン姫の手を握って、ポットから遠ざけた。

握り締めた手を、直ぐに、シンバは、バッと離して、

「怪我ないですか? ボクが淹れます」

と、お姫様は座ってて下さいと、椅子を引いて、姫を座らせた。

紅茶を淹れると、いい香りが辺りに漂い、シンバとネイン姫は、焼き菓子を食べる。

シンバはシンプルなクッキーを手に取り、ジッと見る。

――小さい頃、母がこういうのを焼いてくれたのを覚えている。

――バニはチョコが入ってるクッキーが大好きで、ボクの分も食べてたっけ。

思い出を感じながら、クッキーを口に入れるが、もう遠い昔のようで、あの頃の味がわからなくて、懐かしさは何もなく、甘さが口の中に広がると、只、今が幸せに思えた。

「甘いの平気?」

「ボクは甘党だと思います。余りスイーツは買わないんですけど・・・・・・その、買う余裕がなくて・・・・・・でも甘い物は大好きです、多分、小さい頃から」

言いながら、バニが奪ったチョコクッキーを奪い返したのを思い出し、少し笑う。

「私も」

「この丸いの初めて食べました」

「ソレはマカロン」

「マカロン?」

「可愛いでしょ?」

そう言われ、可愛い?と、マカロンを裏表見て、丸いだけだけどなと思いながらも、そうですねと頷いて、サクッと食べる。

「スコーン、プレーンだから何か付けて? 何がいい?」

「あ、えっと、じゃあ、生クリームとチョコソースで」

そう答えたシンバに、ネイン姫はクスクス笑い、

「ホントに甘党なのね、バターとかオイルを選ぶかと思っちゃった。しかもダブルソースなんて、かなり好きなのね」

言いながら、

「アタシは生クリームと苺ジャムで。しかもタップリと」

そう言うから、シンバも、

「それは相当の甘党ですね」

と、笑う。ネイン姫はコクコク頷きながら、まるで子供のような表情で、嬉しそうに、生クリームをタップリとスコーンに乗せて、

「メイドがいないと、好きなだけトッピングできるのがいいわよね」

なんて言うから、シンバは、ブハッと吹く程に笑ってしまう。

「私の旦那様になる人はね、甘い物が好きな人って決めてるの。だって、こうして、一緒に甘い物を食べてくれる旦那様がいいでしょ? タップリのクリームにも、下品だなんて怒ったりしないで、笑って許してくれる人」

「じゃあ、ボクはその点でクリアだ」

そう言ったシンバに、ネイン姫がキョトンとした顔をして、シンバを見た。その視線に、何?と、シンバも思ったが、直ぐに何言ってんだと気付き、何故か慌てて立ち上がると、

「ちちちちちち、違います! 変な意味でとらないで下さい! 会話の流れと言うか! 何て言うか! えっと、ボクは庭師のバイトで、お姫様との結婚なんて考えてもないと言うか、無理な事だとわかってるし、その、いや、なんか違います!」

テンパリ過ぎてて、意味不明。だが、ネイン姫は、

「わかってるわ」

と、クスッと笑い、大きな口を開けてスコーンを頬張って、

「私の旦那様はどこかの国の王子様だもの」

モクモクと口を動かしながら、そう言った。シンバも一呼吸して、速い鼓動を落ち着かせて、椅子に座り、スコーンを口にする。

「でも好きな人と結婚できたら幸せよね」

「・・・・・・好きな人いるんですか?」

「アナタは?」

ううんと首を振るシンバの顔を覗き込み、

「恋人もいない?」

と、聞くから、

「その質問は変です、恋人がいたら好きな人はいるって頷いてますよ」

そう答えると、そっかとネイン姫は頷く。

「お見合いパーティーでね、一緒に貧しい国へのボランティアをしてくれる人と結婚しますって条件を出して、未来の旦那様を決めようかと思ってたの。でも、決めない事にしたの。やっぱり、もう少し、探してみようかと思って。私を愛してくれる人を。無条件で私のお願いを聞いてくれるくらい、私を愛してくれる人」

シンバはスコーンを頬張りながら、コクコク頷く。

「そんな人、いると思う?」

ネイン姫は、疑わしそうな目で、シンバに問う。

「いると思いますけど」

コクコク頷きながら答えるシンバに、本当?と、更に疑わしそうな目を向ける。

「アナタを愛する人は普通に一杯いると思いますよ。でもどうしてですか? どうして愛してくれる人? アナタも愛さなければ意味はないでしょ? やっぱり両想いがいいじゃないですか」

「でも相手は魔法使いさんだから」

「え?」

「私の好きな人、魔法使いさんだから、両想いは無理かな」

シーンと静かになった後、

「えええええええええええええええええええええええええ!?」

と、立ち上がるシンバに、ビクッとするネイン姫。その驚きようは何?と目を丸くする。

「ま、ま、魔法使いさんって、そ、それは、か、か、怪盗フォックステイルって事ですか!? そ、そ、それはえっと、昨日の怪盗ですか!? つまりどっちかって言うと昨日の怪盗ですか!?」

何故か二度聞くシンバに、ネイン姫は、どっちかって言うとってどういう意味?と、

「フォックステイルの事」

と、言うから、シンバは、

「こ、こ、子供の頃に会った?」

そう尋ねる。そうよと答えるネイン姫に、なんだと、残念なような、ホッとしたような溜息を吐いて、フックスの事かと椅子に座ると、

「昨日、会って、確信したの。私、この人の事、好きだって」

などと言い出すから、また立ち上がり、

「えええええええええええええええええええええええええ!?」

と、大袈裟に驚くシンバ。

「なにさっきから!? そんなに変!? 私みたいなブスが人を好きになるなって!?」

そんな事言ってないと首を振るシンバ。そして、

「だ、だ、だって、ソ、ソイツでしょ!? 指名手配されてるのは! アナタはお姫様なんだから、そんな人を好きになっちゃ駄目でしょ!?」

と、自分でお前は父親か!と突っ込みたくなるような台詞を吐く。

ネイン姫は誰もいない中庭を、更に誰もいない事を確認すると、小声で、

「昨日、フォックステイルの他に変な黒ずくめの奴が現れたの。きっと悪いのはその人よ。だって黒いのよ、真っ黒! 絶対に怪しいもの! フォックステイルは何も悪くないの」

そう言って、信じてとシンバをジッと見つめる。その真っ直ぐな目に応えられず、フィッと視線を逸らし、苦笑いしながら、椅子に座るシンバ。

――落ち着け、ボク。

――少し状況を整理しよう。

――昨日のフォックステイルはボクだ。

――でもボクはフックスを演じてるから、それはボクじゃない。

――フックスだ。

――ネイン姫が好きなのはフックス。

――でもそのフックスはボク。

――余計混乱してきたし、複雑な気分だ・・・・・・。

そして、焼き菓子を食べ終えた後、黙々と栞を作り続ける2人。

目も肩も疲れたと、ネイン姫が首を回すので、薬剤師からもらった薬を飲んでみたら?と勧めると、ネイン姫は、その薬を飲んだ後、コテンと眠ってしまったから、睡眠薬かよ!?と、シンバはシカに何与えてんだと思うが、テーブルに顔を置いて、スヤスヤ寝ているネイン姫に、少し癒された気分になる。

「首、寝違えるよ」

と、少し微笑んで言ってみるが、ネイン姫はグッスリ眠っている。

「薬が効いたみたいだね」

その声に、見ると、シカだ。そして、カモメもパンダも。

「沢山作ったみたいだけど、まだまだ花はあるから、まだまだ作らなきゃだね」

と、パンダが山積みの栞を見ながら言う。

「よし、オイラ達もやろうか」

と、カモメがどれから手をつければ?と、シンバを見る。

「・・・・・・みんな、仕事終わったの?」

シカはコクンと頷き、

「ツナくんは、騎士の数が足りなくなって、亡くなった人の遺族の出入り激しいし、こっちには来れないみたい。でも僕等だけで栞を仕上げられるよ」

そう言って、寝ているネイン姫にハハッと笑いながら、可愛いねと。

あんまり見るなよと、ムッとするシンバに、ハイハイとシカは両手を上げて、何もしませんよのポーズ。

「もうすぐ花が来ると思う。ボクも今夜はガーデンを作る為に夜も仕事になると思うから」

シンバがそう言うと、わかってると、3人は頷いて、

「オラ達でやっておくよ。で、姫が起きた時には、栞は全部出来上がっていると言う設定」

と、パンダがそう言って、

「オイラ達のせいでもあるしね、花を駄目にしたのは」

と、カモメがそう言って、

「フォックステイルの後始末は、フォックステイルでちゃんとやらなきゃね」

と、シカがそう言う。そして、3人はニヤニヤしてシンバを見ると、声を揃え、

「仕事で失敗したら恋で挽回!」

そう言うから、は?とシンバは眉間に皺を寄せる。

「まぁ、長い人生、癒しは大切。どこかでうまくバランスとらないと不安定の中にいる事にも気付かず、落ちる一方だから。男の僕等にとって、女の子は癒しだからね」

シカは、そう言うと、何故かシンバの上着を持っていて、眠っているネイン姫の肩に、ソッと、ソレをかける。

何故ボクの上着を持ってんの!? いつ出したの!? と、思っているだろうシンバの表情を見て、フォックステイル並の魔法でしょっと爽やかな笑顔で言うシカ。

「ネイン姫が起きたら、栞は仕上がっていて、全部、シンバがやったと知ったら驚いて感動するに違いない!」

カモメがそう言うと、

「ありがとう、シンバさん、お礼にキスをしてあげるわ」

と、パンダが唇を尖らせて、シンバに迫って言うから、そんな事言う訳ないだろと、シンバは迷惑そうにパンダの顔を突き飛ばす。

「そこまでいかないにしても、好感度はアップする。悪い話じゃない」

シカはそう言って、シンバにウィンク。

「・・・・・・ボクが姫の事を好きだと言う前提で動くのやめてくんない!?」

ムッとして、シンバがそう言うと、カモメもパンダもシカも笑いながら、好きな癖にと――。

「でもさぁ・・・・・・ちょっと不思議なんだけど、今日、初めて地下室の倉庫で彼女に会った時に、オイラ、前にも一度会った事がある気がしたんだ・・・・・・なんでだろう・・・・・・」

カモメがネイン姫の寝顔を見つめながら言う。するとパンダも頷き、

「オラもそれ感じた。もしかして運命!?とか・・・・・・思ってません」

睨むシンバに、運命を否定しながら、でも前に会ってる気がするとパンダは言う。

そしてカモメとパンダはシカを見て、そんな気しない?と聞くが、

「さぁ? 僕は出会いが多いからね。只、言える事は、確かに姫はブスじゃないし、凄く可愛くて、いい子だと思うけど、僕は何も感じないから安心して」

と、キッパリ興味ない宣言で、シンバに胡散臭い笑顔を向けるから、信じられないと、シンバはシカを睨む。

「よぅ」

ツナが手を上げて現れ、

「その答え、教えてやろうか」

と、皆を見る。

「ツナ、仕事は?」

急に現れて、会話に入るツナに、シンバが問う。

「あぁ、休憩。お前等どうしたかなって思って、ちょっと来てみた。なんか、可愛いらしい包みで、俺には似合わない甘ぁい菓子もイッパイもらったし、俺にも少しだけ手伝える事あるかなって思ってさ」

「ツナももらったんだ、久し振りに、あんな贅沢な菓子食べたよ、美味しかったね」

と、カモメ。

「オラも。ホント美味かったね、あの丸いカラフルなのとか結構好き」

と、パンダ。

「あれ、マカロンって言うらしいよ、姫が可愛いでしょって言ってた」

そう言ったシンバに、可愛い?と、クエスチョンで、ツナも、カモメも、パンダも首を傾げ、シカは、笑いながら、

「キミ達って、女の子とデートとかした事ないから、お洒落なカフェとか行った事ないんだね、マカロンは、可愛くて、女の子の人気スイーツなんだよ」

なんて言うから、ツナは舌打ちをし、カモメが嫌味なの?と、睨み、パンダが、シカの好感度は、かなり下がったと、ムッとする。

「それより、ツナ、みんな、姫に出会ったような気がする答えがわかるの?」

シンバが、そう尋ねると、ツナは、頷き、

「あぁ、お前等だけじゃない、俺も、そう感じてる。シンバも言ってたよな、どこかで会った事があるような気になるくらい、親しみ易い子だって」

「うん、言ったけど・・・・・・」

「もしかして、会った事ある気がするんじゃなくて、オラ達、姫と、どこかで実際に出会った事があるって事?」

そうに言ったパンダに、カモメも首を傾げて、いつ?と、考え込む。

「姫に何も感じない僕は無関係って事だから、キミ達の歴史の中で数少ない女の子を思い出したらいいんじゃない? キミ達4人でいた頃の事――」

数少ないは余計だと、カモメがシカを睨む。

「オラ達4人でいた頃ってブライト教会にいた頃? 女の子って言ったらラビくらいしか思いつかないけど、他にも女の子は結構いたよね。でもそんなに仲良く会話したりとかなかったから・・・・・・というか、孤児院に姫はいなかったよ」

パンダの言う通りだと、カモメも頷くが、シンバは気付いたようだ。

「・・・・・・リサシスター」

眠るネイン姫に、そう呟く。その通りとツナ。

カモメもパンダもハッとして、確かに!と、

「言われれば、似てるかも。リサシスターは綺麗系だったけど、彼女は、どちらかと言うと、可愛らしい系。でも表情の雰囲気とか、横顔とか! リサシスターに似てなくはない!」

と、カモメが頷きながら、ネイン姫の寝顔を見て言う。

「姫は俺達と同年齢の20歳、姫の兄になる王子は22歳。まだ若い。なのに2人を結婚させたがり、早くも王子に王の座を譲ろうとする王と妃は、既に結構な年で、姫と王子を授かったのは、かなり年をとってからって事になる。地下の書庫で見つけた歴史について書かれた記録には、妃の不妊治療について書かれていた。だが、実際は妃の方に問題があったのではなく、王の方に問題があった。種無しとまではいかないが、精子の数が少ないみたいだ。それに気付くのが遅く、王子誕生までに時間がかかった。王に問題があるなんて、世に公表できる筈もなく、変な噂が広まる前に、王子の次が必要になった。しかしもう王も若くはなく、治療に専念し、次を期待できる程、良い結果になる確率は低く、最終手段に出たんだ。それは精子提供者を探すと言う、極秘で行われた動きが記されてた。跡継ぎとなる王子は授かっているから、次は男でも女でも良かったみたいだな」

シカ以外、シンバもカモメもパンダも、まさかの顔で、ツナの話を聞いている。

「大国ジェイドの妃が身篭るんだ、相手は誰でもいいって訳ではない、絶対に秘密を守れて、絶対に悪とは交わらず、神に値する者、そう、聖職者でなくてはならない。選ばれた数人の名前の中にブライトってのがあった。恐らく彼女は俺達が育ったブライト教会の牧師さんの娘だ。つまり腹違いになるが、リサシスターとは姉妹になるって訳だ」

シカ以外、シンバもカモメもパンダも、開いた口が塞がらない。

「精子提供者は数名いた。だから、絶対と言う訳じゃないが、姫とリサシスターが似てる雰囲気は、他人の空似にしては、出来過ぎだろ。十中八九、姉妹だろうなって思う。この事は、極秘と書かれてて、鍵の付いた書物に記されてた内容だったし、特にフォックステイルとは関係ないから、話す必要もないかと黙っていようと思ってたんだが――」

と、ツナは、シンバを見て話し出す。

「なんとなく、思い出してな。昔、牧師さんの部屋にシンバと忍び込んだ事があったんだ、リサシスターに見つかったが、孤児のプロフィールが書かれたファイルにフックスのがあって、シスターがフックスについて話してくれた事・・・・・・今思えば、シスターはフックスに恋をしてて、フックスもまた、シスターを好きだったんじゃないかって。あの頃は、そうかなと思っても、恋なんて、うまく理解できる年齢でもなく、気恥ずかしくて、ひやかす程度に思うくらいで、ちゃんとわかってなかった。今もよくわからないが、それでも頭で理解はできる年齢ではあるし、ま、なんていうか、俺に特定の女はいないが、シカ側の人間だから――」

最後の台詞がわからなくて、シンバもカモメもパンダも、シカ側?とクエスチョンで首を傾げると、シカがフッと笑いながら、女性の経験があるって意味だよと言うと、またも3人はまさかの顔。そして、パンダが、

「シカ側って言い方どうなの!? さっきまでマカロンでオラ達の仲間だったけど、ツナは、シカ側なの!? は!? 言い方!!!!!」

と、

「そうだよ!! 何!? そっち側とか、あっち側みたいな? その言い方!! やってる側!! やってない側!! そういうので分けるのやめろよ!! 感じ悪いってわかってる!?」

と、カモメが、そう怒鳴った後、パンダとカモメ、2人、声を揃えて、

「やってないシンバが泣いちゃうだろ!!」

そう言った。

「なんでボクだけなんだよ。おかしいだろ」

と、シンバは、2人を睨む。ツナとシカは、笑いながら、ごめんと、謝るから、余計惨めだと、カモメとパンダ、2人、怒っている。

「悪い。そういう意味で言ったんじゃない。女なんて、特に、大事に思った事ないって意味で、シカ側って言ったんだ」

ツナが、そう言って、笑っているが、それは、とても悲しいセリフだった。

悪魔の瞳だと、子供の頃から、人々から忌み嫌われて来たシカ。

賊の子として、子供の頃から、人々から遠ざけられて来たツナ。

愛なんて知らない2人は、愛情というモノが欠けているのかもしれない。

よくわからない感情のまま、体だけ大人になり、気付いたら、女性相手に、本気の恋をするよりも、性欲を満たす為だけの存在として、見ているのかもしれない。

「僕は大事にしてるよ? その時だけね」

その時とは、抱く時だけと言う意味か、シカが、王子スマイルで、そう言って、パンダが、女の子を惑わせる悪魔め!と、呟き、鬼畜だよと、カモメが言う。

「だからさ、なんていうか、シンバの恋は応援してやりたい。お前は、フックスの意思と魂を受け継いでいるんだ。そして彼女はリサシスターと同じ血を持ってる。二人は出逢い惹かれる運命だったのかも。フックスと、リサシスターが結ばれなかった分、お前が結ばれるべきなのかも。そう思ったんだ」

ツナのセリフに、シンバが、黙っていると、

「残念だね、シンバくんは王族ではないし、そして彼女は王族であるって事が――」

シカはそう言って、惹かれ合っても結ばれない運命だねと、言うから、シンバも、そうだねと、別にそんな事、考えてもないよと、笑って、眠っているネイン姫を見ながら、まるで前世でも来世でも交わらないような運命だよと、思う。

そして、

「悪い、俺、もう行くわ。何か手伝える事あるかと思って来たけど、話しだけで終わっちゃったな。今日は亡くなった者の追悼式とかも、これからあるらしく、王も妃も王子も大忙しだ。ジェイドは教会がないから、葬儀屋を手配して、広いパーク内で、棺並べて、最後のお別れをするんだと。バイトの俺は行かないが、城に残って、任された仕事を片付けなきゃならない。さっき王も妃も、姫を探してたが、忙しくて、姫の行方を捜し続ける余裕もないらしく、衣装を何度も着替え、行ったり来たり。追悼式には縁起が悪いからと、近々見合い予定のある姫は出なくていいらしいから、ここでずっと眠ってても問題ないが、風邪をひかすなよ」

と、仕事に戻ると、背を向けた。

王族は王族同士じゃないと駄目なのかなぁと、パンダが呟く。

好きってだけじゃどうしようもない事もあると、カモメが囁く。

でも姫はまだ誰とも婚約さえしていない。なら、今はまだフリーだよと、シカが、

「シンバくん、今を楽しめばいいじゃない? 僕はそうしてる」

と、笑顔で、シンバの肩を叩き、さぁ、栞を作ろうと、作業を始める。

シンバはツナの〝2人は出会い惹かれる運命だったのかも〟と言う台詞を頭の中でリピートしながら、そして、奇跡というモノを考えながら、ネイン姫の寝顔を見つめ、栞作りに手を動かした――。

日が沈む頃、トラック一杯の花が届き、シンバは庭師の指示に従い、ひとつひとつ丁寧に植えていく。

カモメとパンダとシカは栞作りに励み、そのテーブルでスヤスヤ眠るネイン姫。

――ボクの恋愛の為に、みんな、一生懸命になりすぎだよ。

――それに睡眠薬盛る事はないよなぁ。

――やりすぎなんだよ・・・・・・。

日付が変わる真夜中――。

やっと花が全部、植え終わり、後は明日の午後から花が根付いていくか確認しながら水やりをして、周りに芝生も植える仕事をするから、それまで帰ってゆっくり休めと言われ、庭師は先に帰った。シンバもやっと終わったと、テーブルを見ると、姫が眠っているだけで、3人の姿はなく、だが、潰れて折れてしまって台無しとなった花は全て栞として生まれ変わっていた。

シンバは土で汚れた顔で微笑みながら、夜空を見上げ、泥だらけの軍手を外したが、手も汚れていて、爪に土が入ってる始末で、でも、その汚い手で星を掴むように手を伸ばし、ひとつの仕事を終えた達成感に気持ちと体を伸ばす。

そしてその場にゴロンと横になり、キラキラ光る星を目に映す。

ぼんやりしながら、いろいろと考える事が頭を過ぎるが、頭が働いてなくて、呼吸が深くなっていく。

風が頬を通り過ぎて、花がくすぐったい。

スッと目を閉じたが最後、夢の中へと堕ちて行く――。

それと同時に、夢から目を覚ますネイン姫。

ゆっくりと顔を上げて、寒いと肩に手をやり、かけてある上着にクエスチョンマーク。だが、直ぐに寝てしまったんだと、慌てて立ち上がり、テーブルの上の、山積みになった、栞を見る。

椅子にも山積みになって置いてある栞に、全部、出来上がっていると、驚いて、空が真っ暗な事に、今、何時頃なんだろうと思いながら、風が運ぶ花の香りに気付く。

星明りの中、黄色い花畑が浮かび上がる。

ガーデンがまだ未完成だが、出来上がりに近い状態で広がっている。

まるで目を覚ました瞬間に、何もかもが願ったままに叶ったような出来事。

全て魔法がかけられたのかと思うが、寝転がっているシンバを発見して、ネイン姫はフッと笑みを溢すと、クスクス笑いが漏れて、

「アナタの仕業ね、バイトさん」

と、近寄って、シンバの寝顔を覗き込み、笑う。

「まだまだ魔法使いには程遠いわね、バイトさん。アナタが頑張った仕業だとバレバレよ」

言いながら、シンバの顔についた泥を指で擦ってみるが、余計に汚れが広がった。

ごめんと謝りながら、全然、悪いと思ってないように笑う。

シンバは頬に触れるものに目を開けて、バチッとネイン姫と目が合うと、バッと起き上がり、スイマセンと謝りながら後退するから、なにそれ?と、ネイン姫は、更にクスクス笑う。

「こんなとこで寝てたら風邪ひくわ。お互いね」

「あ、あぁ、ハイ。寝るつもりなかったんですけど」

「これ、アナタの?」

「あ、そうです」

と、シンバはネイン姫から上着を受け取る。

「栞、全部やってくれてありがとう」

「あぁ・・・・・・」

「ガーデンも、あっという間に元通りね」

「はぁ・・・・・・」

「魔法使いの仕業かと思っちゃった」

「・・・・・・」

「でも疲れて寝てるアナタを見つけて、なんだ、バイトさんの仕業かって」

「スイマセン」

「どうして謝るの?」

「い、いえ・・・・・・」

答えに困っているシンバに、ネイン姫は、

「バイトさんは、魔法使い見習いって感じ。いつか魔法使いになれたら、私にも教えてくれる?」

そう言うから、何を?と、シンバは少し首を傾げると、

「黄色い花を白い花にする魔法」

そう言われ、あぁ!と頷き、あれなら今直ぐに教えられると思ったが、確かに未だフックスのような魔法使いになれてない自分は見習いが調度いい肩書きだと、

「わかりました、失敗しないようになったら、教えます」

そう言った。すると、約束と、小指を出す姫に、シンバは照れ臭そうにしながら、小指を出すと、姫がその小指に小指を絡ませ、約束の誓いを口ずさむ。

黄色い花畑のガーデン。

闇に瞬く光は満天の星々。

甘い花の香りを運ぶ風。

そして横で微笑むキミ――。

おやすみなさいと、テーブルとチェアを連れて行ってしまうネイン姫に、もう少し一緒にいたいと思うだけで、口には出せないシンバ。

スタッフルームでシャワーを浴びて、洗濯をして、テントには戻らずに、そのままソファーで仮眠していたら、パンダの大きな声で起こされた。

「起きて! 起きてよ、シンバ!」

「なんだよ、パンダ。もう少し寝かせて」

「シカが! シカが捕まったんだ!」

「は?」

「シカはフォックステイルだって! 捕まったんだよ!」

「なんだって!?」

と、飛び起きるシンバ。

シカのラブラドライトアイは、眼帯やコンタクトで隠していたが、メイドの女の子の誰かが、あの目は悪魔の印だと、彼はフォックステイルに間違いないと、証言したようだ。

「だから女は信じられねぇ。大体バカだろ、なんで女の前で眼帯とったりするんだ」

と、苛立ったように言うツナ。

「プライベートでは眼帯外してもいいと思ったんだよ、後、悪魔の印で女の子を虜にする」

と、シカの代弁をするように言うカモメ。

「どうすんの!? どうすんの!? シカ、死刑になんの!? どうすんの!?」

と、オロオロするばかりで、同じ事を何度も繰り返し言うパンダ。

そんな3人の先頭をスタスタと歩いて行くシンバ。

そして、今、王の間へ続くレッドカーペットの上を、フォックステイルを捕らえたと、王に報告に行く騎士隊長が、シカの手首に錠を嵌めて、引っ張って連れて歩いて行く所――。

シカが、シンバに気付き、大丈夫と言う風に笑顔を作る。

その瞬間、早く歩けと、騎士隊長がシカの顔を殴った。

シカと声を上げそうになる4人だが、必死で声を抑える。

「・・・・・・死刑はいつ?」

シンバが誰になく、そう尋ね、

「見合いパーティー後になるらしい」

カモメが答える。

「なら問題ない」

シンバはそう言うと、

「パーティーでフォックステイルが参上する」

そう言って、3人を見た。

「船を頂くってカードだけを置いて、船を頂いて行くだけじゃなく? 態々、参上する? どうせパーティーは賊が現れてメチャクチャになるんだろう? 姫は自分を好きになってくれる人を探すって言ったんだよね? なら、幾ら賊から救ってくれた王子が現れても、結婚はしないよ。したとしても――」

「カモメ、ボクが姫を救う」

「え?」

「フォックステイルが姫を賊から救う。でも賊は殺さない。殺さず叩き潰す。それでフォックステイルは誰も殺さないって所を見せ付け、指名手配を解いてもらうんだ。更にフォックステイルはボクだとわからせる。シカは無関係となって、無実だ」

そう言ったシンバに、ツナは腕組をしながら、黙って聞いていたが、直ぐにニヤッと笑い、

「攻めて来る賊の正体がわかれば、いい作戦だ。勝ち目がある相手なら、その作戦を進めてもいい」

そう言った。だが、慎重なカモメは、

「勝ち目があっても無謀だよ! 大勢集まるんだ、パーティーは夜じゃない、見合いが成立すれば婚約パーティーとして夜も続くだろうけど、賊は見合いの時に現れるんだろう? フォックステイルの出番は夜じゃないと、魔法の仕掛けが見えてしまう! それに、もし捕まって、大勢の前で仮面を剥がされたら、それこそ終わりだよ」

と、反対とは言わないが、不安を口にする。

「そうだよね、それに、フォックステイルは、大勢の前に現れちゃ駄目だよね、その存在を明らかにしてしまうもん。でも、終わったら終わった時だよね。その時はオラ達、全員で死刑だ。だってシカは本当にフォックステイルだからね。オラもカモメもツナも。捕まって当然だもんな。だからフォックステイルじゃないって、またみんなを化かさなきゃ。それも大勢を化かさなきゃ、シカを救えないし、指名手配も解かれないまま。だったら、存在を明らかにしてでも、やるしかない!!」

と、一番うろたえていたパンダが、一番納得している。

「カモメ、時間がない、直ぐに魔法が明るい場所でも見えないように工夫して。でも船の整備の仕事は手を抜くな。ツナ、多分シカは攻めてくる賊の正体を大臣から得ていると思う。騎士としてシカに近付いて聞いてくれ。パンダ・・・・・・」

うんうんとパンダは頷きながら、シンバの指示を待っていると、

「子守の仕事、頑張って」

そう言うと、解散とばかりに、去っていくシンバに、ええええええ!?と、パンダ。

「オラもフォックステイルの仕事ほしいよぉ」

「オイラは猫の手も借りたいくらいだ」

と、カモメも仕事へと走る。

「オラもフォックステイルの仕事したい」

「休める時は休んどけよ、好きだろ、昼寝」

まだ朝だと唇を尖らせて言うパンダに、じゃぁと手を上げ、ツナも仕事へと向かう。

午後から、ツナは牢屋へ向かい、見張りを交代すると、

「よぉ、色男」

と、牢屋の中で両手を錠に嵌められたまま、ベッドの脇に座っているシカに声をかける。シカはやぁと笑顔で手を上げるが、殴られた顔が少し腫れていて痛々しい。

「これに懲りたら女は少し控えるんだな、どうせ愛だの恋だの、そんなもんナイだろ、只、寂しさを埋めようとしてるだけなんだから」

「こんな事で懲りてたら男やめるよ。愛も恋も知らなくても、寂しさは女の子に埋めてもらいたい」

「マジか、懲りねぇ奴だな」

「マジで、好きだもん、女の子」

「痛い目に合ってるのにか?」

「そりゃぁ、男に痛い目に合わされたら、許せないけど、女の子からの仕打ちは楽しい」

「マゾッ気たっぷりだな、おい」

そう言ったツナに、ハハッと声を出して笑うシカ。

「それに僕がフォックステイルとして死刑になれば、これからのフォックステイルは動き易いんじゃないかな」

「うちのリーダー知ってんだろ、アイツが、仲間を見捨てたり、犠牲にしたりすると思うか? それとも、ご存知ないか? アイツの性格を――」

「でもここはジェイドだよ? そしてジェイドがフォックステイルを指名手配にしたんだ。わかるでしょ? 僕がホンモノだろうがニセモノだろうが、どうでもいいんだ。世界の中心が白と言えば、白で、黒と言えば、黒になる」

「うちのリーダーもそうだ、黒でも白にして見せる。しかも権力じゃない、実際に目に映し出して見せ、完璧に騙し通す。今更、怖気づいてもしょうがねぇ。相手が世界の中心だろうが、最強の賊の王だろうが、神だろうが、フォックステイルの手にかかれば、いちころだろ? 地獄に行っても、天国逝きのチケット見せて堂々と光の道を歩く。そう信じて、やってんだろ? フォックステイル」

そう、ツナの言う通り、みんな、自分自身でさえ、騙し続けて来た。

本当は強くない。本当は魔法じゃない。本当は奇跡なんて嘘――。

「お前がフォックステイルではない事を証明する為に、多くの人の前に、フォックステイルで参上するらしい」

なんだって!?と、無茶だとシカは牢屋の格子を掴み、ツナに近付く。

「お前はフォックステイルだけど、フォックステイルではないと証明して見せて、みんなを騙すんだ。だが、仲間とは言え、男を助けるだけじゃ、こんな危険な橋は渡りたくねぇ。だろ?」

と、ツナは、女好きのお前ならわかるだろ?と、笑う。

「僕以外に誰を――?」

今、この牢屋に入っているのはシカだけだ。他に誰を助けるんだ?と不思議に思う。

「うちのリーダーが助ける女って言ったら1人しかいねぇだろ、今んとこ」

「・・・・・・ネイン姫?」

「あぁ、姫を賊から救ってみせるらしい。妙な茶番劇だが、俺は賛成だ。ネイン姫を攫おうと現れる賊の情報は持ってるのか? それともまだ手に入れてないのか?」

「カジキだ。カジキ団――」

シカがそこまで言うと、騒がしい声と一緒に誰かが階段を下りて来る。

「姫様、困ります、こんな所に来られては!」

「いいの、ほっといて! どいてよ!」

と、大騒ぎしているのはネイン姫。

何事だと、眉間に皺を寄せるツナとシカ。

ネイン姫は騎士の男を突き飛ばして、突破すると、牢屋の前に走って来る。

そして、シカをジッと見つめて、

「アナタがフォックステイル!?」

そう聞くから、シカはチラッとツナを見るが、ツナは、俺に助けを求めるなと目を逸らす。

「ねぇ、コレ! この栞!」

それはシカが昨夜、手伝った栞だから、よく知っているが、何故、それをシカに見せるのか、まさか手伝った事がバレたのかと、難しい顔でフリーズしているシカに、

「この黄色い花を白い花に変えて?」

などとネイン姫は言い出し、それはどういう意味?と、全く理解できずに、シカは首を振り、

「そんな事、僕にはできないけど・・・・・・どうしてそんな事を?」

と、聞いてみる。

「できないの?」

「できません」

「ホントに?」

「ホントです」

「黄色い花の意味は知ってる?」

「何の意味ですか? 花言葉って事ですか?」

「じゃあ、白い花の意味は?」

「・・・・・・何の質問ですか、さっきから――」

シンバが白い花の意味を話した時、シカは、カモメとテントの中にいて、聞いてないし、姫とフォックステイルとのやりとりも、無線がおかしくなって、聞き取れてない状態だった。だから、本当に、わからないとシカは眉間に皺を寄せたまま、そう言うと、ネイン姫は、直ぐ傍にいたツナに、

「この人、フォックステイルじゃないわ!」

そう言いだした。早速、うまく騙したなとツナはシカを見るが、シカは正直に受け答えしただけで何もしてないと、首を振る。

「ねぇ、聞いてる!? この人、フォックステイルじゃないの!」

「え? あ、はぁ、しかし、コイツはフォックステイルだと言われてますから」

「だから違うって言ってるでしょ! この私が!」

怒鳴るネイン姫に、意外に気が強いお姫様だなと、ツナは苦笑い。

「釈放してあげて! 今直ぐ!」

「できません」

「どうして!? 彼はフォックステイルじゃないのよ!?」

「その証拠は・・・・・・?」

「私が証言してるじゃないの! 私の言う事が聞けない!? 私は姫なのよ!」

突然、そんなポジションを盾に言われたら、

「では、王から釈放の命令が出れば釈放します」

更に上のポジションを盾に出すしかない。それにと、

「俺はバイトですので、そんな勝手な事を幾らお姫様の命令でも聞けません」

と、自分の低いポジションを出した。ネイン姫はムッとした顔で、ツナを睨むと、

「いいわ、私から父に話す! 釈放しなかった事、後悔するからね! 私の言う事、素直に聞いておけば良かったって思うんだから!」

と、階段をズカズカと、足に力を入れて上って行く。

「おっかねぇ姫だな」

と、笑うツナに、

「いいね、気の強いとこ。僕好みだ」

と、笑うシカ。牢屋に入って、その台詞を言える辺り、すげぇなと、ツナは呆れる。

「彼女に任せとけば、フォックステイルが大勢の前に登場しなくても釈放されるかな?」

「無理だろ。姫が王に何を言ったって、お前はフォックステイルとして祀り上げられる運命だ。大人しくホンモノのフォックステイルが現れるのを待ってろ。そこにいれば女と絡めなくて調度いいだろ、反省してろ」

そう言うと、ツナも階段を上り出すから、

「賊の情報はもういいの?」

と、シカが聞く。

「カジキだろ? よく知ってる連中だ」

そう言ったツナに、そうか、元賊だったねと、シカが呟いた――。

そしてパーティー当日。

庭は美しいガーデンになり、午前中でシンバの仕事も終了。

カモメは昨夜の内に仕事が終了し、ツナとパンダは今日の夕刻で仕事が終わる。

給料をもらい、この瞬間が一番嬉しいんだよなと、自分で稼いだ金を握り締めるシンバ。

「リーダー」

その声に振り向くとカモメ。

「オイラの方は準備オッケーだよ」

「ボクも着替えて準備しないと」

「その前に、今夜には旅立つんだ、ネイン姫にお別れの挨拶しなくていいの?」

「あのね、カモメ。言っとくけど、ボクはバイトで、ジェイド城にいただけ。彼女との身分違いは百も承知だ。最初から対象じゃない」

「シンバの? 姫の?」

「姫の対象じゃない、ボクは」

そう答えたシンバに、カモメは笑いながら、

「シンバの対象じゃないって言ったら怒ってたよ、何もフォックステイルの1人でもある仲間のオイラまで、騙さなくていいだろってね」

そう言った。シンバは小さな溜息を吐いて、

「別に騙す気はないよ」

面倒そうに、そう呟く。

「それって自覚ないって事?」

「あのさ、ボクは別にネイン姫の事・・・・・・」

そこまで言うと、好きじゃないと言う台詞を吐き出せなくて、黙ってしまう。

そんなシンバにカモメはしょうがない奴だなと笑みを溢す。

「恋してないって、無理に思い込もうとしてるとか? それはやっぱり身分のせい? 恋の対象に身分は関係ないと思うけどね。だって相手が誰であろうと、恋をするのは自由だ。想うだけなら誰にも責められない。それに好きになる理由も、世の中、みんな、きっと大した理由じゃなく好きになる。顔がタイプとか、好きな食べ物が一緒とか、目が合っただの、肩がぶつかっただの、或いは幼馴染とか、なんでもいいんだよ、運命なんて、そこ等に転がってるんだ。只、人は人を好きになる。悪い事じゃない。小さな理由が、両想いになれば、都合良くロマンチックな演出したくて、それが運命に感じるってだけ」

「説得力あるよ」

「そりゃぁ、そうだよ。オイラも恋してるんだからさ、無駄に運命感じてるよ、きっとバニはオイラを好きだ、小さい頃から!」

「そんな言い切る程、自信あるのか?」

「ある!」

無理してるなぁと、カモメの表情に思い、でも、そうかとシンバは頷く。

「でも、ネイン姫が好きな人はボクじゃないって、ボクは知ってるから」

「え? それって好きな奴いるって聞いたって事? 誰? やっぱどっかの国の王子なの?」

まさかフォックステイルとなって、フックスを演じてる自分だとは言えず、

「あぁ、うん、なんかいるらしい」

と、適当に頷いて、

「所でパンダは、ここ最近ずっと夜遅くまで子供達の衣装を作ってたけど、パーティーで子供達がお披露目する劇って何やるの? 子供って男の子ばかりって言ってたから、プリンセス系の御伽噺じゃないだろ? なのになんか凝った衣装作ってたよな」

と、どうでもいい話題を持ち出し、話を変えさせた。

「あぁ、オイラも忙しくて何も聞いてないや。何か作ってるとは思ってたけど、子供達の衣装だったんだ? ちょっと前に、子供達に絵本つくってるのは知ってたんだけど・・・・・・」

「絵本?」

「ビックリ絵本を作ってやるんだって言って、ほら、飛び出す絵本って、わかる? 開いたら、イロイロ仕掛けしてあって、立体になって絵本が飛び出して来るみたいな奴。あれの、レベルアップしたような絵本。開いたら、音が鳴ったり、紙吹雪が出たり、ビックリするような絵本を作ってたよ」

「へぇ! それは、大人でも楽しめそうな絵本だね」

「その後の事は、オイラ、わかんないや。衣装なんて作ってたのかぁ」

「確かそんなような事を言ってたよ? ボクも忙しくてパンダの話、適当にしか聞いてなかったんだけど・・・・・・なんかパンダには悪い事したなぁって・・・・・・今回、何もやらせてない気がするから・・・・・・」

「あぁ、フォックステイルとして? でもしょうがない、そういう時もある。パンダには給料で何かうまいもん奢ればいいよ」

と、給料袋を見せるカモメに、

「フォックステイルの仕事に給料は出ないけど、今回も問題なく、バッチリ? いつもとは違う、明るい場所だよ?」

シンバはそう聞いた。

「そんなの聞くまでもないでしょ。オイラを誰だと思ってんの? 不可能を可能にする男、カモメ様だよ? オイラがいる限り、フォックステイルのチカラと謎は解けない魔法になる。太陽の下でもね!」

無理してない完全無欠の自信たっぷりなカモメの表情に、シンバはそうだなと頷く。

それじゃそろそろ動き出しますかと、2人は自分のポジションへと向かう。

ジェイド城にあちこちから王族達が集まり出す。

「来るわ来るわ、ゾロゾロとまぁ、キンピカな連中が」

と、城のバルコニーから景色を眺めながら言うツナ。

絶景かなと、ニヤリと笑い、

「あれ全部、着包み剥がして奪うだけでも、相当な額になりそうだな」

と、王族達の衣装に舌なめずりをしながら、おっと、そういう仕事じゃなかったなと、リブレの遠吠えの合図に、オペラグラスを覗いて、ある王族の到着を確認。

来やがったと、引き連れている兵の数に、

「・・・・・・賊相手に取引したにしちゃ、少ない数だ」

そう呟く。

「少数で大丈夫だと? そう言われたか? あんまり賊を信用するもんじゃない。カジキは一癖も二癖もある厄介な野郎だ。ま、アンタはラッキーだ、カジキの相手はフォックステイルがしてくれるってさ、その代わり、お姫様のハートも頂きますよっと!」

オペラグラスの中、王子の爽やかな笑顔を見ながら、独り言で話しかける。

その頃、シンバは、フォックステイルになり、王の間の天窓の外で待機中。

高い場所で身を潜め、強風の中、落ちないように必死。

派手な登場シーンの裏はカッコ悪いもんだと、イヤフォンから聞こえる仲間の合図を待つ。

じっと、地味にその場で耐えながら、ツナが教えてくれたカジキ団の情報を思い出す。


〝カジキ団の親玉は若い。最近できたグループで、つっても10年以上も前だけどな。俺達より10くらい年齢が上の男で・・・・・・フックスが生きてりゃ同年齢くらいだろうな〟

〝――カジキ団? 10年も前にできた賊なら聞いた事があってもいい筈だ。でも全く耳に入ってこなかった、全然、知らない賊だ〟

そう言ったシンバに、

〝若いみたいだし、知名度のない賊なんて大した事ないって事だね〟

〝ちょちょちょいって軽く捻ってやればいい、それこそ魔法みたいに〟

と、カモメとパンダは楽勝とばかりに言うが、ツナの表情はそうじゃない。

〝知名度がないのは指名手配されてないからだ。指名手配されてないのは悪い事をしてないからだ。なのに奴等は賊家業。つまり悪い事をしてないんじゃない、悪行が全くバレてないってだけなんだ。或いは裏工作が得意って事だ。今回だってそうだ、依頼で動いたなら、城へ堂々と入れるが、指名手配になる事もないだろう。城内で何かなくなっても賊を城へ招いたんだ、文句は言えないし、証拠もないだろう、人の出入りの激しいパーティーで宝がごっそりなくなってもな。疑われてもしょうがない程度で終わる。挙げ句、船も合法でもらってくと言う・・・・・・・厄介な連中だぜ、フォックステイル並にな〟

〝・・・・・・成る程、犯罪歴のない賊か〟

〝奴等はそこ等の賊とはちょっと違う、力で捻じ伏せるんじゃなく、知能犯に近い。人前で殺しはやらないってだけで実際は大勢殺されてる。だが、今回、大衆の目が多くある。なら、殺されはしない〟

〝お互い殺さずの戦いとなるって訳か・・・・・・強いの?〟

〝どうかな〟

〝武器は?〟

〝カジキの武器は風変わりな剣だ、刀と言う細長いスティル系っぽい奴〟

〝と言う事は戦闘法もスピード重視?〟

〝そうだな〟

〝戦った事ある?〟

〝まぁな〟

と、ツナは服を捲り上げ、横腹の傷を見せた。そこに剣の傷跡があり、

〝カジキにやられた傷だ〟

そう言うと、カモメが、

〝ツナがやられた!?〟

と、驚きの声を上げ、パンダが、

〝それって相当、強いよ、だってツナに傷を負わせるなんて!〟

そう叫ぶ。

〝あのな、お前等アホか? 最強と言われるシャーク・アレキサンドライトも、無敵と言われるガムパス・サードニックスも傷だらけなんだぞ? 見た事ねぇから多分だけど〟

〝そうなの? 最強なのに? 無敵なのに? 誰かにやられたりするの?〟

〝パンダ、思い出せよ、シンバはシャークの片腕をとったよ、オイラ、ちゃんと覚えてるぞ、最初のフォックステイルの仕事だから〟

〝でもシンバも最強で無敵だ、オラ達のリーダーだし〟

自慢げにそう言ってパンダは、シンバを見て、ニッコリ笑う。

〝だが、その最強で無敵のシンバだって、やられる時はやられる。いいか、最強とか無敵とか、そういう肩書きが付くには、それなりにやられて来てるって訳だ。やられて、やり返して、その繰り返しで、戦い抜いて生き抜いて、何度も瀕死状態になっても蘇ってみせ、多くの血を浴びて、それでも飢えたように血を求め、強さを手に入れる事が当然と、戦いが日常で、寧ろそれが平穏だと体に染み付いてしまう程のイカれた奴の事だ、その内、化け物の異名さえ手に入れる。その地位も常に狙われ、いつ奪われるか、わからねぇが、言い伝えられる化け物だって、いつかは必ず英雄にやられるもんだ〟

ツナの話に、カモメもパンダもゴクリと唾を飲み込んだ。

〝だが、俺もカジキも、無論シンバも、そこまで達してねぇ。問題はそこじゃねぇ〟

ツナがそう言うと、シンバは頷いて大きな溜息。

〝参ったね、殺意なく戦いに挑まれるのは一番遣り難い。今迄、賊相手に戦い過ぎたから、殺意丸出しの相手との戦いが慣れてる。殺す勢いで来てくれないとボクの方が加減がわからない。特にツナに傷を負わせる程の剣の使い手だと、決着が着かないままになってしまう。持ち越しなんてないからなぁ〟

〝あぁ、また来週って訳にいかねぇ〟

〝でも・・・・・・フォックステイルが登場する事を、カジキ団は知らない。船をフォックステイルに横取りされる事も、フォックステイルが姫を助ける事も、そしてカジキの事をよく知ってるツナが騎士にいるって事もね――〟

シンバはそう言うと、

〝人は誰でも計画通りに事が進まないと焦り苛立ち怒る・・・・・・そこをうまく逆撫でして、本性を出してもらって本気出してもらうしかないね〟

と、賊の本気は恐ろしいからなぁと、またも大きな溜息。だが、それしかないと、ツナも、

〝うまくいけば奴にも賞金首がかかる。いや、ここはジェイド。カジキを捕まえて、処刑できる。また1つ、賊が潰れるのはフォックステイルとして、いい話だ。だが、うまくいかなければ、被害は大きい。特にネイン姫が人質に攫われるんだ、演技じゃなく本気にさせたら、姫を絶対に奪い返さないと、姫が殺されるぞ〟

一か八かの大勝負だなと、溜息。

〝ツナ、カジキの戦闘法、ボクに詳しく教えてくれる?〟


今、王の間から盛大な拍手とクラッシク曲が流れ、シンバはハッとする。

そして窓に映る自分の姿に、フォックステイルだったと気付き、本番はもう直ぐだと言う事にも気付き、今更、ぼんやり記憶辿っても無駄な足掻きだと、出番にスタンバイ。

王の間では他国から集まった王子達が、ジェイドの王と妃、王子に挨拶を交わしながら、ネイン姫の手の甲にキスをして、自分をアピールし、是非、踊ってくれと手を引っ張り、広間へとムリヤリ姫を連れて行き、姫はクルクル回転しながら、次から次へと、どこの王子かもハッキリわからないまま、苦笑いをしてダンスをして行く。

パンダは子供達を舞台の裏に整列させ、劇の出番が来るまで大人しくしててと言うが、子供達はワイワイと騒がしい。

地下牢では、シカがクラシックに耳を傾け、曲に鼻歌を乗せて、独りのんびり優雅に過ごしている。

ツナはバルコニーの警備に飽きて、突っ立ったまま、居眠り中。

カモメは、外でリブレと一緒に、何やらピコンピコンと反応しているレーダーと睨めっこ。

今、曲が終わり、姫は王座へと戻り、王子達のプレゼント贈呈の儀式が行われようとしていた。皆が、少し騒がしくなっている中、広間への大扉がバンッと強く開き、賊達がぞろぞろと入って来る。一瞬の静けさの後、誰かの悲鳴で、大騒ぎ。

賊達は広間の出入り口を塞ぐように立ち、また王が騎士達はどうしたのだと叫び、騎士隊長が、広間への出入り口は警備しなくて良いと大臣からの命令だと言い出し、大臣は王族の出入りの為に警備は解いたと意味不明な言い訳。

他国から来た王子達の護衛の兵も、この王の間にはおらず、別の部屋で待機中。

そして、賊の頭である男が、舌なめずりをしながら、ツカツカと中央を、我が物顔で歩き、レッドカーペッドを履き潰した靴で踏みながら、

「ジェイドの王よ、今日は姫の見合いパーティーだとか? 是非、この俺も参加したい」

そう言いだした。なんだと!?と王は賊を睨むと、

「おっと、俺はいちいち名乗らねぇよ? ジェイドを支配したい訳じゃねぇんだ。嫁をもらいに来ただけだ」

と、男は、カジキと言う名は、名乗らないらしい。鍔の大きな羽帽子を被り、顔を隠して、ちょっとした貴族っぽい洒落た格好に、腰に剣を携えている。

その格好とその剣は余り似合わないが、似合う似合わないなど、どうでもいいのだろう。

要は顔が全て曝け出さなければいいって事だ。

王が大臣に、姫を連れて逃げろと命じるが、賊の男は剣を抜き、大臣に向けると、

「逃げる? どこへ? 出入り口は全て塞いでるが?」

と、ニヤリと笑い、逃げ場がない事を教える。そして・・・・・・

「さぁ、死人が出ない内に、姫をよこせ」

「待て。娘の変わりに、何か別の物をやろう。金でどうだ? 幾ら出せばいい?」

「無駄な交渉だ」

「何故、我が国の姫を狙う!?」

「ジェイドの姫ってだけで血統証付きってもんだ」

「王族の血がほしいのか!? ならば他の国の姫でもいいだろう!」

「ジェイドの血がほしいんだよ。わかるだろ? 俺達は名も売れてない賊だ、だから俺の跡継ぎにはデカイ国を背負える程の者がいい。デカイ賊になる為に」

「しかし娘が貴様などの子を生んだとしても、その子が大物になれるとは限らん!」

「そうだな、だが、確立はいい筈だ」

「待て、待ってくれ、まずその剣を下ろしてくれないか」

「嫌だね」

必死の王に、これ以上、話す事はないと、

「もう面倒だ、皆殺しにしてしまえ」

そう吠えられ、王がわかったと叫んでしまう。

わかったとはどういう事!?と、妃が王の横で泣き叫ぶが、王は黙ったまま俯き、

「わかった・・・・・・わかったから・・・・・・誰も殺すな・・・・・・頼む、誰も殺さないでくれ」

もう願うしかない。

ネイン姫は覚悟をした表情で、王の命令もなく、男の元へと歩き出す。

やめなさいと言う妃の泣き声と騎士隊長に何とかしろと言う王子の叫び。

俯いて、目を閉じて、唇を噛み締め、何もできない王。

今、賊の男が姫に手を差し伸べ、姫もその手に手を伸ばし、そして、男が姫の手をグッと力強く握ると、自分の方へ引き寄せた。

抱きかかえる様に、ネイン姫を自分の横に立たせ、

「自ら俺の所へ来るとは、なかなかの度胸のある女だ、気に入った」

そう言って、ネイン姫の顎を持ち、顔を上へとあげさせて、ジッと顔を見つめる。

その時、

「我が姫に手を出すのは許さない!」

1人の王子が勇ましく、そう言って、長剣を構え、賊の男の前に立ち、

「わたしと剣で勝負しようではないか。1対1の男の勝負だ。わたしが勝ったら、姫を解放し、ジェイドへは近付くな!」

そう、大声で言うが、何故か棒読みの台詞に、王も妃も王子もネイン姫も不思議に思うが、

「クックックッ、面白い。俺が勝ったら?」

と、賊の男が何も不思議に思わず、会話をし始めたので、王は、あの王子はどこの国の王子だ!?と、大臣に耳打ちで尋ねる。

「・・・・・・お前が勝ったら、わたしの国で一番の宝をやろう」

王子がそう言った時、

「ソレ、ボクも参加していい?」

と、誰かの声――。

なんだ?と、賊の男も王子も、そして、ネイン姫も、王も、妃も、王子も、大臣も、広間にいる皆が、辺りを見回す。

そして、バルコニーから入って来た騎士が、

「あ! あんな所に人が!」

と、どこぞの王子よりも棒読み口調で、天窓を指差す。

その天窓から飛び降りて、着地する男――。

「・・・・・・嘘、飛んだ、あの高い窓から」

誰かが、思わず、そう呟く。

顔には目の部分だけ仮面が装着されており、サラサラの綺麗なアンバーの髪とブルーの瞳。そして、トレードマークのキツネの尻尾アクセサリー。

初めての大勢の前での登場の中、

「フォックステイル参上!」

と、態とそう言って、自分がフォックステイルである事をアピール。

フォックステイルは地下牢にいるんじゃないのかと王が叫び、大臣が何度も首を傾げ続け、勇ましい王子も予定にない事にクエスチョン顔。

だが、賊の男の横で、ネイン姫は嬉しそうな顔をして、フォックステイルを見ている。

「話には聞いていたが、お前がフォックステイルか。随分、若いな」

「話にも聞いた事はないが、カジキとはお前か。随分、いい帽子を被ってるな」

そう言ったフォックステイルに、まさか名前を大衆の前で言われるとは思ってもおらず、しかも、王の前で紹介するなど有り得ないと、怒り露わの表情になる。

「貴様、俺とどこかで会ってるのか?」

フンッと鼻で笑い、質問に答えず、フォックステイルは王子を見て、

「ボクが勝ったら、キミんとこの国の一番の宝くれるの?」

と、どうでもいい話をし始める。王子も、しどろもどろと、

「い、いや、そ、それは、その、えっと? アナタは誰なんですか、フォックステイルって、指名手配されてた人でしょ? 捕まったんじゃないんですか?」

と、どうでもいい話を出す。

「捕まった? ボクが? そんなヘマをするように見える?」

「で、でも捕まったって聞きました。ジェイドの地下牢に閉じ込められた筈」

「へぇ。何を閉じ込めちゃったんだろうね? ボクはここにいるのに?」

「そ、そうですよね」

「何を捕まえて閉じ込めてるかは知らないが、サッサと出してあげた方がいい。ジェイドは罪のない者を裁くと妙な噂にでもなったら大変だ」

「そ、そうですよね」

王子とフォックステイルの会話に、

「おい!? 貴様等、何を暢気に話し込んでやがる!」

と、カジキは怒鳴るが、

「所で、キミ、なんで剣持ってんの?」

と、カジキを完全無視状態のフォックステイル。

「え、そ、それは、その・・・・・・物騒な世の中ですから――」

「だって、兵を引き連れて来たんだろう? 王子様は剣を握らなくていいじゃないか、姫と見合いするのに武器は逆に物騒だ」

「そ、そうですよね」

「それにキミ、剣を扱えるの?」

「は、はぁ、まぁ・・・・・・・」

「賊相手に?」

「そ、それは、その・・・・・・」

「じゃあ、ボクから行くよ」

「え?」

と、言葉が漏れるか、漏れないか、フォックステイルはあっという間に王子の数センチ目の前に移動して、短剣で王子の剣を弾き飛ばし、宙へ舞った剣が落ちてくるのをキャッチすると、その剣のグリップ部分を王子へ向けて、差し出し、

「返すよ」

と、相手にならないと王子を見る。王子は恥をかかされたと顔を赤らめ、剣を受け取り、だが、カジキは自分の味方だと思ったのか、

「悪いが、キミをこの戦いに参加はさせれない。黙って見ててくれないか、これは姫を救う為の戦いなんだ、遊びじゃない。わたしはあの賊相手なら姫を救う為に本気でやるつもりだ、必ず倒してみせる、姫の為に!」

そう言った。

「成る程! わかった! ボクは手を出さない。つまり、ボクに負けたけど、カジキには勝てるって訳だよね? カジキはキミに負けたら、ボクより当然弱いって事だ」

なんだと!?と、カジキはフォックステイルを見る。

フォックステイルはニヤリと笑い、

「王子様のお手並み拝見。カジキは王子様に負け、賊家業廃業だね」

と、挑発。

ギリギリと奥歯を鳴らし、カジキは怒り爆発寸前。そして、

「取引は終わりだ、大臣!!!!!」

そう叫んだ。何の話だ?と、皆、カジキと大臣を交互に見て、王子はオロオロ。

「冗談じゃねぇ。名前を暴かれた上に、演技だとしても弱さを主張などできるか!」

と、ネイン姫に剣先を向ける。

「・・・・・・強いなら姫を離してボクと勝負すればいい」

「貴様と戦って何の利益がある!?」

「ボクはシャーク・アレキサンドライトの腕をとった事がある」

「・・・・・・だからなんだ?」

「あのシャークの腕を鍵腕にしたボクが負けたら、カジキはシャークの腕を斬り落とす程の実力があると証明される」

「ハッ! 面白ぇ。だが貴様は何の為に戦う? 怪盗なんだろ? 何を盗みに入った?」

「大臣がキミの為に用意した船を頂く」

その台詞に、皆、ザワザワ騒ぎ、王も大臣にどういう事だ!?と怒鳴り出す。

「・・・・・・船を? 残念だな、お前が船に辿り着き、操縦する前に殺してやるよ。怪盗なら怪盗らしくポケットに入る程度の品を狙え」

「ハハッ、ボクは船の操縦なんてできないさ。でも船を動かす事はできる」

「不明な発言だな、どういう意味だ?」

「意味なんてない、意味不明で、理解不能で、謎、それがフォックステイル。船は必ず頂き、正真正銘、ボクがフォックステイルである事を証明してあげるよ」

「イカれた野郎だ」

賊に言われちゃオシマイと、苦笑いした後、フォックステイルは、剣を構えて踏み出した。

予想していたんだろう、カジキはフォックステイルの短剣を刀で容易く受け止め、ネイン姫を片手に抱き寄せたまま、フォックステイルの剣を弾き返す。

だが、フォックステイルも動きを止めず、攻撃を連続で繰り出す。

カジキは姫を抱いたまま、剣裁きを披露。

そして、そんなもんかと、フォックステイルに不敵な笑みを浮かべて見せる。

姫が人質状態で、そこにいる為、誰も手出しできず、ハラハラと見守るばかり。

「なかなかやるね」

「お前はその程度か? 遅すぎてスローモーションだ」

「なら、これならどうだろう?」

と、フォックステイルは、もう片方の手に短剣を構え、両剣を宙に投げて、ジャグリングのようにクルクルっと回転させたものをパッと両手で掴み、サッと構える。

「二刀流か・・・・・・派手好きな怪盗だな」

「パーティーだろ? 演出は大事だ」

「剣が2つになった所でスピードは変わるまい!」

と、カジキの方から突っ込んだ。

カジキの長く細い刀の刃を左手に持った短剣で弾くと、カジキは弾かれた刀を直ぐに振り切り、差し込んで来るが、右手に持った短剣で弾き返してやると、チッと舌打ちし、フォックステイルを睨む。

フォックステイルは緩い口元を絶やさず、ジャグリングのように短剣を宙に投げてはキャッチして、カジキに構え、余裕を見せ付ける。

姫を抱いての攻撃は、これ以上のスピードを上げれない。

だが、姫を本の一瞬だけ手放し、奴に襲い掛かれば、反撃の隙さえ与える間もなく、姫の元へ戻り、姫を再び束縛すればいいとカジキは、姫を背後へ引っ張り、フォックステイルへ向けて走る。ガキンガキンとカジキとフォックステイルの刃がぶつかり合う。

カジキの長い刃先がフォックステイルの喉元へ伸びる。

フォックステイルはバック宙しながら、カジキの攻撃を避け、着地すると同時に、

「あっぶねー」

と、笑って見せた。

「・・・・・・剣を使うにしちゃ面白ぇ動きだな。アクロバティックな動きも演出か?」

「本気ってだけさ」

そう、誰かの真似の動きでは勝てないと、フォックステイルは自分自身の、シンバの動きそのもので挑んでいる。

「フンッ、道化の本気か。俺を殺す気で戦ってるって訳か」

と、カジキが笑うと、

「道化? 自己紹介まだだった? ボクは怪盗フォックステイル」

今更、何の話だとばかりに、ふざけた台詞を言うフォックステイル。カジキの眉間に皺が寄ると、フォックステイルは楽しそうにクックックッと笑い、

「怪盗が目の前にいるのに、大事なモノを手放しちゃ駄目だろ」

そう言われ、カジキは目を見開き、バッと背後を振り返るが、そこに姫の姿はない。

どこにやった!?と、フォックステイルを見ると、フォックステイルにお姫様抱っこされた姫の姿。いつの間に!?と、カジキは驚く。

カジキだけではない、その場で見ていた誰もが、いつの間に!?と、驚いている。

まるで魔法のように姫を消し、姫を手の中に収めるフォックステイル。

そして姫救出に、王は拍手と声を上げ、大臣が、フォックステイルは敵ですぞ!と怒鳴る。

そうだったと、王は拍手を止めて、姫を返せとフォックステイルに吠える。

フォックステイルはネイン姫を降ろすと、あの王子が、

「ネイン姫! こちらへ! わたしがお守り致します!」

と、叫ぶ。ネイン姫は王子を見て、フォックステイルを見て、また王子を見る。

王子は、さぁ!とネイン姫に手を伸ばすが、決して、フォックステイルの傍まで来ない。怖いのだろう、フォックステイルはしょうがないなぁと肩をすくめ、

「ボクと一緒にいるより安全だ」

と、ネイン姫の背を王子へと向けて押した。

そうはさせるかと、カジキが走り出すが、カジキが姫の傍に辿り着く前に、フォックステイルが立ちはだかり、カジキの刀に剣をぶつけ、カジキは攻撃を受け止めながら歯を食い縛り、悔しそうな表情で、後退していく。

今、ネイン姫が王子の元に辿り着いた瞬間、

「賊も怪盗も全員、ひっ捕らえろ!!!!」

騎士隊長の大声がフロアに響く。

その隊長に、1人騎士が話しかける。

「妙な噂になる前に、フォックステイルだと捕まった男を解放してきます」

「あ、あぁ、そうしてくれ、だが、出入り口は賊達で塞がれている。気をつけろ」

いやいや、そんなのとっくに片付けましたよと、騎士は口には出さず、只、頷いておく。

姫を人質にされ、ずっと大人しく待機していた騎士達は、一斉に、フォックステイルとカジキに向かって突撃。

出入りを塞いでいた賊の男達は、サッサと片付けて、フォックステイルの逃げ道をつくっておいたツナは、お先にと、地下牢へ向かう。

騎士達は捕まえた男をロープでグルグル巻きにし、刀を没収。

だが、フォックステイルの姿が見当たらない。

王の座から右の舞台の上に立つフォックステイル。

あそこだと誰かが叫ぶ中、カジキは縛られたロープに足掻きながら、フォックステイルを睨みつけ、悔しそうに奥歯をギリギリと鳴らし、

「言っておくがなぁ!! 俺は裁かれねぇぞ!! 俺は大臣に雇われただけなんだ!!」

そう怒鳴る。大臣は何の事だかと、オロオロ。

カジキの睨む目と怒りの表情に、フォックステイルはフッと笑みを溢し、

「・・・・・・笑えよ、カジキ」

そう言った。

「なんだと!?」

「誰に雇われようと、お前は賊だ。犯罪歴がないのはさっきまでの話。姫を人質にしたら最大の罪だ。しかもジェイドのお姫様を手にかけた。その罪は大きい。良かったな、賊として立派な罪を背負い、処刑されるんだ、その名が残る、賊としての――」

フォックステイルはそう言うと、

「望んだ人生だ、笑えよ、カジキ」

いつものキメ台詞というか、捨て台詞というか、笑えと言って、笑っている。

その間、騎士達が剣を構え、フォックステイルにジリジリと近付いていく。

今、フォックステイルを捕まえるぞと言う所で、フォックステイルも身を翻し逃げようとしたが、舞台の脇から子供達がワァッと飛び出して来て、揃いも揃って、皆で、

「笑えよ、カジキー!!!!」

と、フォックステイルのコスプレでキメポーズ。

ポカーンとするフォックステイルと、騎士達と、王と、妃と、王子と、大臣も――。

子供達はワイワイと、フォックステイルに成り切って、何度もキメ台詞。

あっちへ走ってキメ台詞、こっちへ駆けてはキメ台詞、そっちへ転がってはキメ台詞。

これではフォックステイルを捕まえられない。

今、クッと笑いを堪えていたが、もう堪えきれずに漏らしたのはネイン姫。

そして、大口開けて、アハハハハハと大笑いして、

「子供に大人気なのね」

と、言うから、フォックステイルは、

「これはまさかの演出。でもこの状況でキミが笑ってくれた事は奇跡。証明できたかなぁ? 王様? ボクは誰も殺さない。只、笑ってほしいだけ。でも頂くものは頂いて行く。だから、また指名手配のビラを配るなら、お好きにどうぞ」

そう言うと、舞台裏の扉から逃走。

追えと、騎士隊長が言うが、子供達が邪魔で、なかなか追えない。

子供をなんとかしろ!と、騎士の誰かが怒鳴り、パンダが、

「そんな! 子供達は劇を楽しみにしてたんですよ!」

そう言って、子供をなんとかする気はない。

「ほっとけ! どうせ奴は何も頂けない! 言ったろ、船は操縦できないさ」

カジキがそう吠えるが、大臣が、

「船が動いているんだ!」

大慌てで、そう叫び返す。

「船が・・・・・・動いてる? 誰か操縦してるのか?」

「そんな筈はない! 無人だった! 船への通路は誰も通してない!」

「なら何故、動いてる!?」

「わからん! 船が地下水路を通ってると、レーダーが反応しておる!」

「壊れてんだろ!?」

「壊れておるもんか! このレーダーは・・・・・・そんな事より、船が!!!!」

「自動操縦の装置でも付けたのか!?」

「そんな設計は渡しておらん!」

「勝手に付けられたんじゃねぇのか!?」

「そんな訳はない! 船を整備したのは、ろくに資格もないバイトで集まった連中だ!」

「俺の船だぞ!! なんとかしろ!! クソ大臣!!」

「何を言うか! こんな事になって、報酬など渡せるか! 貴様は直ぐに処刑だ!!」

カジキと大臣の、その会話は、外にいるカモメのイヤフォンにも届いていて、

「資格はないけど、只のバイトじゃないんだな、オイラは」

と、軽快な口笛を吹きながら、リモコンを手に、ラジコン感覚で、レーダーを見ながら、船を動かしている。

そして、大臣とカジキの会話を止め、

「船はフォックステイルの魔法で動いてるのよ、誰も止められないわ、彼は魔法使いだから」

と、ネイン姫は、

「船と、賊との関係と、そこの王子様も、お仲間かしら? 詳しい話が聞きたいわ」

と、大臣に迫り、大臣は、何も知らないと首を振りながら、後ろへ下がる。

フォックステイルを追う騎士達は、今、フォックステイルが大きな外壁を飛び越えた事に、

「な!? なんなんだ、アイツは!? 翼でも持ってるのか!?」

と、驚きの声を上げる。外へ急いで回り込んでも、フォックステイルが屋根から屋根へと飛んでいく姿に、空飛ぶ相手に、もう追いつけないと、諦めかけた時――

「なんだありゃ!?」

と、突然、騎士達の前に現れた男。男は目を細め、屋根を飛んでいくフォックステイルに、

「ありゃ、カタチからして・・・・・・人間か?」

と、呟く。

「これはこれはオグルさん!」

「おう、隊長! ありゃなんだ? てか、妙な騒ぎだな? 今日は姫さんの見合いじゃねぇのか? おれはそのつもりで呼ばれて来たんだぜ?」

飛行機乗りのオグル・ラピスラズリ。彼の登場に、騎士隊長は嬉々とした声を上げ、

「追い詰めて下さい、あの空飛ぶ怪盗を!! アナタの飛行機で!」

そう言った。あん?と、オグルは不機嫌な表情で隊長を見る。

「今ならまだ追いつきます、早く飛行機へ!!」

「ちょ、ちょっと待てよ、おれはパーティーをだな、てか怪盗ってなんだ?」

「走りながら話しますから早く!! 町から出られたら厄介だ!! 急いで!!」

隊長にそう言われ、オグルは、意味もわからず、飛行機乗り場へと走る。

フォックステイルは、カモメの発明品のワイヤーを屋根から屋根へと引っ付かせると、ヒョイヒョイと空を駆けるように飛んで行き、追って来る騎士達相手に軽く逃げてる途中、イヤフォンからカモメの叫びを聞く。

〝みんな、聞こえる!? 船がリモコンで作動しなくなったんだ!〟

フォックステイルは屋根の上、立ち止まり、耳にイヤフォンを押し当て、

「カモメ? 落ち着いて? リモコンが壊れた?」

と、問うが、壊れたんじゃないとカモメの焦った声が聞こえ、

〝おい、カモメ、今、シカとそっち向かってるから落ち着いて話せ〟

と、ツナの声も聞こえる。

〝落ち着いて話せって言われても・・・・・・わかんない。わかんないよ、誰かが船に取り付けたリモコン操縦をぶっ壊した。でもレーダー反応で船は動いてる。誰かが船に乗って、自分で操縦してるんだ。そうとしか考えられない!〟

カモメはそう言うけど、誰が船を操縦してると言うのだろう。

ジェイドで船を造っていた事は極秘だった。

船の大工や整備などをしていたバイト連中は、カモメ以外、大した知識もなく、言う通りに動くしかできない者ばかりだった。

ましてや船が完成した後、船場へ入れた者などいない。

誰が、船がある事を知っていて、リモコン操縦を壊し、船の中へ潜り込めると言うのか。

フォックステイルじゃあるまいし――。

〝カジキはどうなったの!?〟

カモメはカジキだと思っているようだ。

〝全てうまくいってる! 船も、レーダーが壊れてるだけだろ!〟

ツナがそう言って、フォックステイルも頷き、

「うん、そうだよ、カジキはジェイドの騎士に捕まったんだ、うまくいっ――!?」

うまくいってると言う台詞を最後まで言えず、フォックステイルは突然の強風に身を固め、目の前のプロペラが回る大きな飛行機に息を飲む。

「おい、ヘリの操縦は言う程、得意じゃねぇんだ、サッサと終わらせたい」

と、ボリューム目一杯最大にされたマイクから聞こえる大きな声と、ヘリコプターの窓から見えるパイロットに、

「オグルさん!?」

と、フォックステイルは声を上げた。

何故、オグル・ラピスラズリが!?と、思いながらも、逃げた方がいいかと、後ろを振り向くと、騎士達が屋根を登って来ている。

冗談だろ!?と、前と後ろで挟み撃ち状態のフォックステイルは幅がかなり開いてはいるが、左の民家の屋根へと飛び移る。

「おいおい、すげぇジャンプ力だな、しかもちょっとカッコイイじゃねぇか」

と、デカイ声がマイクから響き、せめてボリュームを落とせとフォックステイルは思う。

ヘリコプターはプロペラの回転が無音で、只、強風を生み出し、フォックステイルの視界も動きも鈍らせるが、それは追って来る騎士達も同じ。

兎に角、逃げなければと、屋根を飛んでいくが、どこへ飛んで行っても、ヘリコプターに先回りされ、振り向けば、騎士達が迫ってくる。

だが、既に道は騎士達が大勢いて、屋根から降りる事はできない。

町も封鎖され、絶体絶命。

――なんでオグルさんが!?

――飛行気乗りだからジェイドに!?

――あぁ、そういや、なんかスゲェ飛行気乗りだったか?

――つまりパーティーに呼ばれたとか!?

――確かに凄い飛行機乗りだ、だって操縦が普通じゃないだろ、アレ!

――屋根ギリギリを飛び、狭い道をヘリで小回り利かせた動きは有り得ないテクだ。

――しかも、ボクの動きを先読みしてるのか、どこへ逃げても回りこまれる!

もう駄目かと、腕で顔を隠して強風から身を守るようにし、屋根の上、ヘリコプターを睨みながら立っていると、

「リーダー!!」

風に紛れて聞こえる声。

「リーダー!!」

振り向くと、仮面を付けたシカとツナ。そしてリブレ!

こっちが緊急事態だろうと判断し、カモメの所へ行く前に、来てくれたようだ。

シカは麻酔銃を構えて、騎士達を撃っている。

その狙撃の腕前も半端ない。

麻酔針は鎧を貫通しない為、僅かに出ている喉部分を狙い撃ち。

細く小さな針は刺さると、シカが調合した麻酔薬は即効性が高く、直ぐに皆、その場でフラフラした後、倒れて眠ってしまう。

半端ない腕前と言えば、ツナの剣裁き。

だが、ツナは、フォックステイルが持っていた長剣を装備していない。賊の頃から愛用している長剣を装備している。

理由は、フォックステイルのソードは、攻撃力が異常で、桁違いだったからだ。

ツナが手に持ち、その軽さも衝撃的だった。

片刃である、そのソードは、片側のみに刃がある。ツナの愛用している長剣もそうだ。片刃の剣というのは、斬る事に特化していて、刃の厚みが薄い事から、その重さも、通常の剣より軽く、そして、斬れ味が抜群である。

ツナが片刃の剣を選んだ理由は、軽いという利点と、刃がある逆は、刃がないと言う事だった。逆刃で、切れば、斬る事はなく、殴るという攻撃になり、相手に、ダメージは与えても、手加減すれば、もしくは攻撃場所に寄れば、殺す事はない。

だが――・・・・・・

〝フックスは、この剣をどこで手に入れたんだ・・・・・・? こんな剣は有り得ない。この剣は、逆刃で攻撃しても、相手に大ダメージを与えてしまう。こんなに薄いのに、こんなに強化で、岩や剛鉄も、一振りで真っ二つだ。相手の剣と、この剣を重ねただけで、相手の剣を斬ってしまう。まるで最終兵器のような剣だ〟

ツナは、そう言って、これは使えないと言った。だが、

〝でも、俺がもらっていいか? フォックステイルの剣を持っていたい〟

そう言って、

〝もし、俺の訓練次第で、扱えるようになったら、その時、装備したいと思う〟

と、背中に背負った。剣を背にするのは、背中に十字架を背負うという意味がある。

剣士として、人を殺す事の罪を背負っているという意味だ。

きっと、ツナは、フォックステイルの剣を背負って、フックスの死を背負っているんだろうと、そして、フックスが背後で、いつも見守っているように思えるのだろうと、シンバは思った。

お守りのように、自分の愛用の剣を腰に携える時は、必ず、フォックステイルの剣も背負うツナ。

今も、フォックステイルの剣は、ツナが背負っている。

だが、本当に軽い、その剣は、ツナの動きの邪魔はしない。ジェイドの騎士達を、簡単に叩き潰していく。

そして、半端ない奴が、もう一人、リブレだ。

その野生の動きは、ツナより速い。

何も攻撃しなくても、唸り声と吠える声で、騎士達は逃げて行く者もいる。

「バイクでソルジャーもやって来るぞ! その前にヘリを何とかしねぇと!」

と、ツナの手が、背中の剣のグリップを握った!!

その剣なら、一振りで、ヘリコプターを真っ二つにできるって!?と、シンバは、

「待って!! ここで、ヘリを落としたら、民家にも大打撃になる!! それに、流石に、真っ二つになったヘリは、オグルさんでも、操縦不能だ、そしたら、怪我だけじゃ済まなくなる!! 死者も多く出す事になる!!」

誰も死なせない、それが、フォックステイル。

「じゃぁ、どうする!?」

シンバに、そう吠えるツナ。そして、

「バイクとヘリで挟み撃ちされたら、どうにもならねぇぞ!」

そう叫ぶツナに、シンバは頷き、懐から、カラフルな丸いボールを取り出した。

この強風でジャグリングは難しいなと思うが、成功させなければフォックステイルじゃない!と、そして、ここは見せ場の笑う場面と、ニッコリ笑顔で、幾つものボールを空中へ投げ、キャッチして、まるでショーを見せるかの如く、うまくボールを操る。

オグルは、何やってるんだ?と、ヘリコプターの窓から覗き込むようにして見て、フォックステイルのジャグリングに、ショーを楽しむ子供のような無邪気な表情を浮かべ、

「すげぇな、お前! 風を操るたぁ、お前もおれ達の仲間の空の人間だ」

と、褒め言葉をボリューム全開のマイクで言う。だが、フォックステイルから返って来たのは褒め言葉に対し、礼の言葉ではなく、カラフルなボールだ。

宙に投げたボールが、ひとつ、手の中に返って来ると、ソレをヘリコプターの窓へ向けて投げつける。赤いボールは窓にぶつかると、潰れて、ペッタリとペイントを付け、青いボールは青いペイントが、黄色いボールは黄色のペイントが、ヘリコプターの窓一杯に広がり、オグルの視界を完全に奪った!

ヘリコプターは一旦、上昇し、着陸する為、どこか広い場所を探し、彷徨い始める。

強風もなくなり、フゥッとフォックステイルは一息吐いて、振り向くと、大勢の騎士達が倒れているから、片付いたのかと思うが、あちこちからバイク音が聞こえ始め、フォックステイルは一旦、下へ降りて、細い路地へと身を潜める。

ツナもシカも、勿論、リブレも、後はシンバ1人で大丈夫と判断し、とっくに逃げたようだ。

イヤフォンから、

〝リーダー、それからカモメ、パンダ、船が着く予定だった港で落ち合おう〟

ツナの声が聞こえ、シカの声も、

〝みんな、リーダー、ありがとう、僕を地下牢から出す為に危険を承知で戦ってくれて〟

と、聞こえ、みんな、とりあえず無事で良かったと一安心。

やれやれと思っていると、直ぐそこにある小さな窓から女性が、

「ダーリン? なんだか外が騒がしいわ、見てきてくれない? ねぇ? ねぇったら! ちょっと! 聞いてるの!? それともまだ寝てるのー!?」

結構、大きな声で、そう言うから、その声の大きさからして、傍にいる人に話しかけてはないなと、フォックステイルはその家の二階にある窓を見上げ、

「ダーリンのお部屋は二階ですか?」

と、壁を登って行く。

窓から侵入し、2階のその部屋にシャワールームがあるのを発見。

ラッキーと、脱衣所には洗濯機と乾燥機もあり、またまたラッキーと、乾燥機から着れそうな服を漁り、そして髪の色を戻す為、シャワーを浴びる。

シャンプーで髪を洗っている最中、

「ハニー? シャワー浴びてるのかい?」

と、男性の声。コホンと咳払いしながら、フォックステイルは、

「ダーリン? 起きたの? もう少し寝ててちょうだい? 直ぐベッドに行くわ」

さっきの女性の声色をソックリ真似て、そう言うと、

「OK、待ってる」

と、男性は行ってしまった。そしてフォックステイルは、乾燥機の中にあった服に着替え、着ていた衣装やら、懐に入っている色々なモノを入れるリュックも拝借し、再び窓から外へ。

もうフォックステイルではない。

シンバだから、ソルジャー達がバイクでウロつく町中を堂々と、歩いて通る。

さて、港まで一人旅。

船は、きっとリモコンとレーダーの故障だろう、ここは気分を変えて楽しまなきゃ損かなと、

市場通りをブラブラしながら、ジェイド城下町にサヨナラを告げる。

城を何度も見上げ、ネイン姫に何も言わずにバイトを終わらせてしまったと思うが、要らぬ心配かなとも思う。

ふと、市場で買い物をしている親子が目に入り、可愛い女の子が栞を持っている事に気付いた。その栞は、カモメやパンダやシカに手伝ってもらい、ネイン姫と一緒に作ったもの。

女性が林檎を品定めしている間、子供はつまんなそうにしているので、

「やぁ」

と、話しかけると、子供もシンバを見て、やぁと手をあげて、笑顔。

人見知りしないなと確認した所で、しゃがみ込んで、女の子の目線に合わせ、

「可愛いね、その栞。どうしたの?」

そう聞いた。女の子は手に持っている栞を見ながら、シンバに見せるように持って、

「募金したらくれるのよ、ジェイドブリッジの上でもらえるわ」

そう教えてくれた。フーンと頷くシンバに、栞を差し出し、

「裏を見てみて。お姫様のメッセージとサイン入りよ、凄いでしょ」

と、女の子は自慢げ。シンバは栞を受け取ると、言われた通り、裏側を見た。

アナタに幸せが訪れますように・・・・・・と、メッセージが書かれている。

「うん、凄いね、この栞を持ってると、幸せが訪れるのかな、しかもジェイドの姫のサイン入り。でもジェイドの姫は余り人気ないって聞いたけど?」

そう聞くと、女の子は、

「でもプリンセスはプリンセスよ! 憧れだわ」

と、いつの世も女の子の憧れはプリンセスなんだなぁと思わされ、ブランド効果って奴なのかなと、立ち上がって、栞を裏表、交互に見ながら考えていると、

「それに!」

と、女の子はシンバを見上げるから、それに?と、聞き返す。

「それにネイン姫は、とってもいい人だわ!」

そう言った女の子。

こんな小さな女の子に、〝いい人〟と言われるネイン姫が、なんだかおかしくて、そして嬉しくて、シンバは笑ってしまう。

「どうして笑うの? 変!?」

シンバは笑顔で、ううんと首を振り、

「ボクもネイン姫はとってもいい人だと思うよ」

と、女の子の頭を撫でると、栞を返すふりをして、目の前で栞を消して見せる。

びっくりする女の子に、ポケットじゃない?と言ってみる。

女の子は自分のポケットに手を入れて、そして栞があったと、更にびっくり顔。

更にいつもの軽い手品で、飴玉を出して、ソレをプレゼント。

シンバは喜ぶ女の子にバイバイと手を振り、ジェイドブリッジへと行ってみる。

緩やかに流れる川の上、大きな橋がある。

その橋の真ん中で、募金お願いしますと言っている子供達の姿――。

どうやら城下町にある学校へ通っている子供達で、ネイン姫が、その学校の校長に募金活動の運動をボランティアでやってほしいとお願いしたようだ。

校長は、世界中の子供が少しでも幸せに繋がる事ならば喜んでと、授業の一環としてボランティアをやらせているらしく、子供達はダラダラしていて余りやる気がなさそう。傍に行くと、募金をしてくれた人には、栞を配っている様子。

「姫のサイン入りの可愛い栞が1ゲル、2ゲル程度で手に入るなら募金する者も増えるって訳か。考えたね」

と、ネイン姫のアイディアに、シンバは流石と思い、自分も500ゲルコインを募金する。籠に500ゲルコインと一緒に、金貨一枚も入れておく。

500ゲルも!?と、子供達は驚いた顔でシンバを見るから、

「安いぐらいだよ、この栞、それ以上の価値があると思うけど? だって姫のサイン入り。ここだけの話、あるマニアの間でジェイドの姫はかなりの人気者らしい。ボクもその1人・・・・・・内緒ね? ファンが増えちゃうと困るから」

と、栞を受け取り、調度、川をカヌーのボートが流れてきたから、バイバイと子供達に手を振って、橋から飛び降り、ボートへ降り立った。そしてボート漕ぎの男にチップを渡しているシンバに、子供達は橋の上から覗き込んで、身軽な人だと驚いた後、皆で顔を見合わせ、頷き合うと、

「この栞はネイン姫のサインとメッセージ入りだよ、500ゲル以上の価値はあるものだよ、姫様が世界中の子供達の為に、幸せを祈って、平和を願う黄色い花の栞だよ、今、時代はネイン姫にきてるよ、募金しなきゃ勿体無いよ」

そう叫び出した。その子供達のやる気ある声を聞いて、シンバはボートに座りながら、まずったかな、強制してるようになってる・・・・・・と独り言で苦笑い。

ボートは橋の下を潜り、城下町の外まで続く川を下り、終着まで乗せてもらった後、そこから出ているバスに乗り、次の町ヘ向かうと、ヒッチハイクで港町まで車で行く事ができ、結局、余り寄り道せずに目的地に着いてしまった。

日はすっかり暗くなっていたが、ジェイドの港町は漁港も盛んで、輸入船も多く、客船のルートとしても、途中乗船場所としてのポイントで賑わっている。

シンバはウロウロしながら、リュックの中を漁り、無線イヤフォンを探していると、

「シンバ」

と、声をかけられ、振り向くとパンダが立っている。

「オラ、今、来たトコ。シンバは? カモメとか一緒?」

「ボクも今来たんだ。それよりパンダ、ジェイド城での、あのフォックステイルの子供達はなんだったんだ?」

「だってオラだけフォックステイルの仕事くれないんだもん。仕事くれないなら、自分で仕事やるだけって思って、子供達にフォックステイルになってもらった。ホンモノのフォックステイルが逃げる時の時間稼ぎくらいにはなるかなって思って」

「流石!」

「お、褒めてくれる? って事は役に立ったって事?」

「バッチシ! お姫様が笑ってた」

「オラ、フォックステイルの逃走の手伝いをと思ってやったのに、全然違うとこで役立ったって事? ていうか、今、気付いたけど、シンバ、その服、誰の?」

「・・・・・・ちょっとね」

と、苦笑いして、誤魔化すと、ちょっとってなんだよーって、パンダは、唇尖らせるから、そんなパンダに、シンバは、

「いつもありがとう」

そう言った。パンダは、へ?と、シンバを見る。

「ボクが、フォックステイルの服、派手にやぶってしまっても、次に、その服を着る時には、綺麗に直されてる。ボクの私服も、いつも綺麗に洗ってあって、ほつれたトコも直してくれてて、靴も、いつもピカピカ。ボクの剣を磨いてくれてるのも、パンダだよね。それに、ボクの小道具の手入れも、パンダが、いつも壊れてないか、確認してくれてる。テントなどの大きな重い荷物は、率先して持ってくれてるし、道中、野宿になっても、保存食で、美味しい料理を作ってくれるのは、いつもパンダだ」

「な、なんだよ、そんなの当然だろぉ? だってオラ、そんなんしかできないし」

と、パンダは、照れたように、頭を掻きながら、そう言った後、

「オラだって、フォックステイルなんだから、フォックステイルとして、やる事やってるだけだよ。だから、ありがとうって言うなら、オラの方も言わないとだな! シンバ、いつもありがとう! フォックステイルとして、表舞台で、シンバ、いつも笑って、平気っぽいから、オラ、それが当たり前に思ってたけど、本当は怖いよね。だって、相手、賊だもんね。なのに、オラ達に、全然、怖いなんて言わないで、いつも1人、頑張ってくれて、ありがとう」

そう言うから、シンバは、笑って、

「怖くなんかないよ、ちっとも」

と、答えた。パンダは、ちっとも?と、

「嘘だぁ」

と、言うから、

「嘘じゃないよ、だって、ボクは1人じゃないから。ボクの直ぐ後ろには、パンダや、カモメ、シカ、ツナがいるんだから、ちっとも怖くないよ」

と、

「これからも、よろしくね」

そう言って、ニッコリ笑うシンバに、パンダも、ニッコリ笑い、任せとけ!と、ドンッと自分の胸を叩いた。頼もしいなぁと、シンバは笑う。そして、

「早くみんなと合流しよう、パンダ、港の方へ行ってみようか」

港はあっちだと、シンバが指差す。

「オラ、新鮮な魚介料理、食いたい。もぉ腹ペコ」

と、グゥッとお腹を鳴らすから、シンバも頷き、

「みんなと合流したら飯食おう。給料も入ったし、ちょっと贅沢なもの食えるよ」

そう言って、人込みの中を歩き出す。

広い港には多くの船が停まっていて、ジェイドの船はどこだろうと探す。

「でもカモメが船は動いてて、誰かが操縦してるだの、何だの言ってたよ?」

「あぁ、うん、言ってたな。でもリモコンが壊れただけだと思うけど」

「カモメが作ったリモコンだよ。カモメが一番わかってるモノだよ。もし、リモコンが壊れたなら、カモメが直ぐに直すよ」

「じゃあ、カモメの言う通り、船に誰かが乗ってたって言うのか? それでリモコン操縦の装置を壊して、船を自ら操縦したって?」

「だってカモメが、そうとしか考えられないって言ったなら、そうなんじゃない?」

「そう言われたら、そうなんだけどさ・・・・・・」

と、シンバがそう言った時、パンダが、みんなだと指差した。

そこには、ツナとリブレ、そして、カモメとシカがいて、何やら妙な真顔で、暗い海を眺めている。

つまり、眺めているのは海で、船じゃない。

そこに到着する予定だった船がないんだ。

「・・・・・・船はどこへ消えた訳?」

皆に近付き、皆の背後で、シンバがそう問うと、皆、振り向いて、やっと来たかと、シンバとパンダを見る。そして、カモメが、

「レーダーは途中まで反応してたけど、エリア外を抜けられたらしく、もう反応がない」

と、首を振る。シンバは、ちょっと待てよと、

「マジで誰かに船を盗まれたって事!? フォックステイルが誰にしてやられたって言う訳!? フォックステイルが手に入れたものを横取りする奴って!?」

そう叫ぶが、そんなの知るかよと、ツナも不機嫌な顔で、シンバを睨む。その時、

「おにいちゃん達、変な5人組み?」

と、声をかけて来たのは少年。

「変な5人組じゃなく、只の5人組だから人違いだ」

と、言い切って答えたのはパンダ。

「あっそ。変な5人組がここに現れたら、これ渡してって言われたんだけど」

と、少年は手紙を差し出す。パンダが人違いだと言い切る中、シンバは手紙を受け取り、

「誰から?」

そう聞いたが、少年は肩を竦め、知らないと言う態度。

「知らない訳ないだろう? この手紙を頼まれたんだろう?」

「頼んで来たのは飲んだくれのオッサン。そのオッサンも頼まれたらしいけど、酔っ払ってて、言ってる事がよくわかんない。だから差出人は知らない」

「シンバくん、とりあえず中開けて読んでみたら? 僕宛のラブレターかも」

そんな訳ないだろと、シンバはシカを見る。

「まぁ、この状況から考えて読むしかないだろ」

ツナがそう言うので、シンバもそうだなと頷き、手紙に何か仕掛けはないか、振ってみる。特に何の音もしないし、封筒に妙な膨らみもないので、本当に只の手紙っぽい。

少年はちゃんと変な5人組に届けたからねと走り去り、パンダが、絶対に手紙を渡す相手を間違えてると、まだ言っている。

「ま、確かに間違ってるかも。正確には6人組みだから」

そう言いながら、カモメはリブレを見る。

「間違ってたら、ボク等で変な5人組を探して手紙を届けるしかないね」

と、シンバは、封筒を開けて、中から手紙を取り出す。

そして、皆で、手紙を覗き込み、書かれている内容を黙読――。

読み終わった後、それぞれを見回し、

「嫌な予感がする」

と、シンバが言い出し、

「嫌な予感しかしない」

と、ツナが言い、

「この語尾にハートマークが描かれてるのが嫌な予感を的中させる気がするよ」

と、シカが言い、

「いや、寧ろ、なんかこのウサギの絵が嫌な予感を促進させてるんだ」

と、カモメが言い、

「つまり、やっぱりオラ達は変な5人組な訳? そう思われてるって事?」

と、パンダが言い、皆で、また、それぞれ見合うと、手紙を覗き込んだ。

〝ムジカナで待ってる〟

DEARの後にキツネの絵だの、語尾にハートだの、キスマークだの、FROMの後にウサギの絵だのが描かれてはいるが、メッセージはそれだけの手紙――。

今、ジェイドの騎士が、フォックステイルの指名手配のポスターの回収に現れ、シンバ達にも、フォックステイルに殺人の罪はなしという号外のペーパーが手渡されたが、まだ指名手配だった方がマシだったんじゃないかと、シンバは、手紙を睨みつける――。

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